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本日、2度目の投稿失礼します。
「何故、レイラさんが居るの?」
リーリエ様を伴って出かける当日。
殿下の隣に居る私を見たリーリエ様は、不思議そうに首をこてん、と可愛らしく傾げてこう言った。
私が殿下の婚約者になったという話は、調べれば簡単に知ることが出来るのだが、彼女は知らなかったらしい。
いずれは知られることだ。腹を括って彼女に婚約のことを伝えておかなければならない。
きちんと、誤解する余地もないくらいにハッキリと。
リーリエ様は時々、突飛な考え方をされる時がおありだし。
「正式な発表はまだですが、この度フェリクス殿下の婚約者となりましたレイラ=ヴィヴィアンヌと申します。改めてよろしくお願いいたします」
「え……?」
リーリエ様の目が溢れんばかりに見開かれ、未知の生き物でも見るように凝視された。
うう……。なんか居心地が悪い。物凄くガン見されている……。
居心地の悪さと、小さな罪悪感を覚えながらも、追い打ちをかけるように私は続ける。
「これは両家の話し合いにより決定したことです。これは決定事項です」
ここまで言えば理解してくれるはずだ。婚約者になり、これは覆されることはないから諦めてくれということだ。
ゲームではハッピーエンドを迎える訳だし、リーリエ様の立ち居振る舞いによっては、認められたのだろうか?
……少なくとも今の現実はそうではないから、すぐに「たられば思考」は打ち切ることにする。
「婚約……婚約……」
リーリエ様はうわ言のように、何度も呟き、やがて聖女のように私に微笑んだ。
ん? 微笑んだ?
「政略結婚っていうものでしょ? 好きでない人と無理矢理、結婚するなんて間違ってるよ」
はい?
「2人とも無理はしなくて良いんだよ?レイラさんは仕事を続けたいだろうし、それに私が口添えすればどうにかなるかもしれない」
どうにかなる? つまりはこれは婚約破棄のお誘いだろうか?
「は?」
いつも爽やかなアルカイックスマイルをしていたフェリクス殿下が真顔で声を漏らした。
何を言っているのか分からないと言わんばかりの雰囲気を一瞬感じたけれど、すぐにそれは霧散した。
変わり身が早い!
「そういうことに決まったんだ。身分も条件も文句ないし、何より信用出来る相手だ」
穏便に済ませようとしていたはずのフェリクス殿下は、有無を言わせない雰囲気で断言した。
察してもらおうなんて甘かったし、穏便に済ませるのが間違いだったと言わんばかりに。
その瞬間、フェリクス殿下の中で何かがカチリと入れ替わったのを感じた。
ある種の諦念のようなもの。おそらく、リーリエ様とお兄様は分からなかったかもしれない。
表面上はニコニコと穏やかに微笑みながらも、彼の中では何かが決定事項として判断されたような気がした。
「えっ? でも2人とも好き合っている訳ではないよね? 結婚は好き同士でないと、意味ないよ!」
「貴族に政略結婚なんて当たり前のことだよ。今更すぎる」
フェリクス殿下が応戦している間、お兄様がチョイチョイと私の手をつついた。
「リーリエ嬢っていつもあんな感じなの?話が通じなさそうだね?」
『お前が言うな、お前が』
ルナは少々食い気味で言葉を重ねていた。周りの人にルナの声は聞こえないから、気付かれてはいないけど。
それにしても今日も隠形魔術をその身にかけている。リーリエ様の精霊と顔を合わせたくないんだろうな。
「レイラ。助けに行った方が良いと思うよ?」
「え」
『は?』
私とルナからは呆気に取られた声が漏れ出す。
私と男を絶対に近付けないと病的なまでに暗躍しているお兄様が。
シスコンが行き過ぎて、変人扱いされた上、好きなタイプは『うちの妹』とか言っているあのお兄様が。
『ご主人を、王太子の……男の元へ送り出す……だと?』
目を白黒させていれば、お兄様はニコリと微笑んだ。
「彼とは協力者だからね。誠意には誠意で返すと僕は決めているんだ」
何やら私の知らないところで交流があったらしい。
少し離れたところで何やら苦戦しているフェリクス殿下の隣へと近付いて行く。
優しげだが、どこか呆れを含んだ声音。
「私は貴女を好きではないんだ。そもそも、どうして婚約の話がこんなにも早く了承されたのか、貴女は分かっていないようだね。……そもそもの発端は──」
言いにくそうだが、はっきりと口にしようとする殿下。
それを彼本人に言わせるのはどうかと思った。
だから、彼の口にしかけた言葉を私が引き取る。
「そもそもの発端は貴女ですよ。リーリエ様」
ああ。こうして悪役令嬢っぽくなっていくのね。
言わなきゃ分からない。はっきり伝えないと分からない。
もしかしたらゲームに登場していたレイラ=ヴィヴィアンヌも同じような気持ちだったのかもしれない。
彼女が都合の良い勘違いをしないようにと。
端的に、分かりやすく。
もう、こうなればシナリオと戦ってやろうじゃない。
これはゲームではなく、現実だ。
「光の魔力の持ち主。それは珍しく大切にされるべき存在なのでしょう。だけど、王家は、フェリクス殿下と貴女を結婚させるつもりはなかったんですよ」
「そんなの分からないよ! それにもしもだよ? もし、好きあってたらそんなの関係ない!」
さっき、好きではないと言っていたじゃない。
私に噛み付いてくるリーリエ様を見て、フェリクス殿下が手で制した。
「レイラ。私から言うよ。王家の者として」
「は、はい」
再び、フェリクス殿下がリーリエ様を見据える。
整ったその双眸を見て、リーリエ様はポッと頬を染めた。
カッコイイのは分かるけどさ……うん。もはや、何も言わない。
「リーリエ嬢。……正しくは、貴女の振る舞いを見て、王家が断固拒否したというのが正しい」
「そんな……なんで!?」
リーリエ様は悲鳴のような声を上げながら、彼をそのまん丸な目で縋るように見上げた。
「貴女が貴族らしい振る舞いをしないから、尚更、結婚は有り得なくなった。私と結婚させたくない相手。そんな貴女と不名誉な噂が立っていたから、こうして速やかに婚約者が決められた。まあ、理由は他にもあったけどそれは割愛するよ」
「私は変な振る舞いなんてしていないよ? 皆が酷いだけ」
フェリクス殿下が疲れたようにため息をついたので、私は以前のことを例に出した。
「酷い……ですか。貴方が以前、問題を起こして私に謝罪してくださったことがあったと思いますが、その時のことはもうお忘れですか?」
あれだけ泣いて、あれだけ殿下に窘めてもらったというのに。
あの時の振る舞いは貴族と言えたのだろうかと言外に告げた。
「そんな前のことを持ち出すなんて、レイラさん……意地悪だよ!」
「……」
何と言って良いのか分からなくなった。
言葉を失っていると、リーリエ様は何かに気付いたように手を叩いた。
「あっ……。分かった。レイラさんもフェリクス様のこと好きなんでしょ? 意地を張ってるけど、好きなんでしょ? だから、私に突っかかって来るんだよね?」
リーリエ様は意図せず、私に真実を突き付けていた。
背後関係も色々あるけれど、確かに私は彼に恋をしている。
近付いて欲しくないという感情が全くないとは言えなかった。




