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「……贈り物?」

 そっと体を離そうと胸元に手を添えてさり気なくズラしていく前に、肩を抱かれる。

「……! フェリクス様、これでは何も出来ません」

「ごめんね、つい」

 悪気なさそうに笑う彼は、言われてようやく手を離した。

 私はそそくさと離れて、ポケットから小さな小箱を取り出した。


「フェリクス様が私に贈り物をくださって、嬉しかったです。せっかくなので私からも……と思いましたので、ちょっとしたものですが……これを」

 少し照れくさかったので、彼の手の中に小箱をさっさと預けてしまってから、ぱっと距離を取った。


 はっ! 少し強引に渡してみたけど、いらないとか迷惑だったらどうしよう!?

 ここは、相手の了承を得てから渡すべきだったのでは?

 こう少しずつ差し出して、受け取ってくれるのを待つとか……。

 はたまた執務室に隠してもらうとか。


『ご主人。謎の迷走はしなくて良いぞ』

 うう……つい。


 ルナの指摘により、しゃんと顔を上げると、かなり驚いた表情をしたフェリクス殿下が居た。

「指輪の魔術具?」

 銀色の指輪に、夜空の魔法石。小さな星たちが夜色に瞬く幻想的な宝石は、微弱な魔力を発していた。殿下もそれに気付いたらしい。

「随分昔に洞窟で見つけた原石を宝石にして、こうやって魔術具として加工したのです。魔力は微弱ですけど、とても綺麗だと思って」

 フェリクス殿下は、嬉しそうにふわりと微笑むと、いそいそと自らの左手の親指に指輪を填めた。

 殿下の指の太さに合わせて金属が調整されていく。前世では考えられないが、これも魔術だ。

 恋人にサプライズをして指輪のサイズが違うなんていう災難をこの世界は克服していたらしい。


 というか、早速つけてくれるのですか!?

 ちょっと嬉しいような恥ずかしいような。

 まさか、身につけてもらえるとは……。指輪……今更だけど、これで良かったのだろうか?


「ありがとう。大切にするよ」


 僅かに頬を朱に染めて微笑む殿下は、本当に喜んでくれたように見える。


 ほっと安堵した私は、恥ずかしさから早口で説明し始める。

「魔術具と言っても些細なもので、連絡用の魔術具なのです。私が持っているこちらの──」

 私の指輪は鎖を通してペンダントにしていたので、それを服の中から取り出したところで、殿下は「え!」と声を上げた。

 どうされたのだろうと首を傾げると、殿下はそわそわとした様子で聞いてきた。

「もしかして、対の指輪?」

「……? はい。男性用と女性用で少しデザインは違うのですが……」

 ペンダントを首から外して、私の女性用のデザインを彼に見せた。

「ほら、魔法石が同じでしょう? デザインが対になっていて、こんな風に少し違っているんです」

 我ながら良い品物になったと自負している。


 意気揚々と説明しようとしたところで、ふと顔を上げると、フェリクス殿下が柱に手をついて何やら悶絶していた。

 いつの間に移動していたのか。


「ええ!? ど、どうされたのです!? 何か具合が──」

「いや、なんか胸にこう、込み上げるものがあるというか、胸にクるものがあるというか。ときめき? いや、そんな言葉じゃ軽い? なんだろう。凄まじい破壊力だったけど、むしろ具合は良いというか、本日は絶好調!と言うべきか。待って……今、見せられない顔をしているから少し待って」

 だ、大丈夫なのだろうか? 何か無作法でもしたとか? 殿下は指輪が地雷とか!?

 思わずルナを探そうとして、そういえば影の中に居たことを思い出す。

 そんな気配を察したのか、ルナはいつも通り落ち着いた声を私にかけた。

『健全な青少年が健全な理由で感極まっているだけだろう。ご主人、何も言わずに察してやれ』


 まあ、特に嫌がっている訳ではなさそう?

 嫌だったら指輪を外すだろうし。

 先程から「ああ……」とか「うう……」とか悶えながらも、指輪を大切そうに撫でているし。

『ご主人、放置だ。分かったか?』

 とりあえずルナは、常識狼のはずなので、素直に従うことにした。


 少しして復活した殿下は、なんともご機嫌そうな笑みを浮かべながら、こう言った。

「こうやってお揃いの──対のものをわざわざ作ってくれるなんて嬉しい。夜空の色と星の瞬きのような小さな光がとても綺麗だ。ふふ、貴方が取ってきて手ずから作ってくれた指輪。それも対の」

「喜んでいただけたなら、何よりです。連絡用になりますが、念話ではなくて音声になりますので、少し不便ですけれど。非常事態の時……たとえば魔力を使えなくなった時の対策として作ってみました。ほら。私の兄は魔力を吸い取る魔術を使うでしょう?」

 クリムゾンのことは何も言わないでおく。ものすごくニコニコしている彼だけれど、クリムゾン──貴族としての名はブレインだった──の名前を耳にしたら、機嫌が急降下しそうだと思ったからだ。

 私たちの知らない間に何があったのか。まさしく犬猿の仲、水と油という2人だった。


 指輪のペンダントを直していたら、殿下が私に声をかける。

「ところで、貴女は指にはめないの?」

 ごもっともな疑問である。

「ああ……それは深い理由がありまして」

 顔を引き締めて、真剣な顔をした私につられて、殿下もほわほわとしていた空気を引き締めた。

「……何か問題でもあったの?」

「それがですね──」


 説明しようと口を開いた時だった。



「レイラあああああああ!!」

『何か、わいたぞ……』


 ルナ……。お兄様を虫か何かみたいに……。

 お兄様が特攻してきたのである。


 ちょうど立った状態で、何やら真剣に且つ悩ましげな表情を浮かべながら向き合う私たちを見て、お兄様はパチクリと目を瞬かせる。

「おや? イチャイチャではなくて、思っていたよりもシリアス?」

 などと呟いて、ほっと息をついていた。

 私と殿下が2人きりになるのを危惧していたらしい。

 思わずシラーっとした目を向けていれば、お兄様は、そんな私の視線を恍惚とした顔で受け止めていた。

 お願いだから、そんな目で見ないで欲しい。切実に。

『ご主人。変質者が居るんだが』

 うん。ルナ。無茶かもしれないけど、慣れた方が色々と楽だと思うよ。うん。慣れたら何も思わなくなるから。

 数分前にお兄様が来ていたらド修羅場だったのかもしれない。

 フェリクス殿下は本当に運が良かった。

 本当に。冗談抜きで。


「ちょうど、リーリエ様のことについて話すところでした」

 フェリクス殿下は「そうだったの?」という表情を微塵も浮かべることなく、あたかもそれが真実のように重く頷いている。

『この王子、ちゃっかりしすぎだろう』


 ま、まあ……世を渡っていく上で必要なスキルなのだと思う。うん。


「ほら、リーリエ様って殿下のことを想っていらっしゃるから、必要以上に仲良く見せると刺激を与えるかもしれないという話です」

 そう。だから指輪も、見えるところに私がつけていてはいけない。

 どちらか一方がつけるならともかく、お揃いはいけない。リーリエ様が暴走しそう。


「ああ……だから」

 フェリクス殿下はそれだけで、お兄様が来る前に私が言おうとしたことを察したようだった。

 つまりは、リーリエ様対策。

 そして──。


「はっ! フェリクス殿下の指にあるのは!! はっ! レイラの指には! 何もない! よしっ!」


 ぐっと手を握って何かを疑い、何かに安心するお兄様を見ながら、思う。

 隠していて良かった、と。


『婚約者同士に気を使わせるとか、論外すぎるのだが』


 気を使うのは当たり前だ。少しでも火種をなくしたいからだ。


 この日は、お兄様のシスコンのせいでまともな作戦会議が出来ないかと思ったが、お兄様は割とノリノリで作戦会議に参加したのだった。


 そう。どうやらフェリクス殿下は、このお兄様にも協力を頼んで居たらしい。

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