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連続投稿、失礼いたします。

「こ、婚約って、いきなりどういうことでしょうか?」

 待って。落ち着いて、私。まずは冷静になろう。


 フェリクス殿下が私に助けを求めた。

 何やら悩ましげな表情を浮かべていたので何かと思えば、私と婚約して欲しい……と。


 待って。これがいわゆるシナリオ補正!?

 悪役令嬢ポジションに世界が誘導している?


『ついに追い込みに来たか。どうするご主人。王族のご指名だ……って聞こえてないようだな』


 死亡フラグの展開が頭の中でグルグルと回っているので、ルナが言っていることも頭に入らなかった。


 婚約したら、私はリーリエ様を邪魔する展開に巻き込まれるのでは?


「レイラ、落ち着いて?もちろん理由は説明するよ」

 フェリクス殿下が私の頬を撫で、その端正な顔を近付ける。

 なんか今日の殿下、近くない!?


 身を引こうとすれば、距離が縮まっていることに気付いたのか、彼はごく自然に身を引いている。

 改めて殿下は、私に説明しようと切り出した。


「最近、精神的負担が祟ってか、胃腸が悪くてね。ついに魔法薬に手を出してしまったんだ。まだ若いというのに……」

「ええ!? 胃に来てしまったのですか!?」

 この若い年頃でストレス性胃炎ですと!?

 確かに仕事は抱え過ぎだし、たまに憔悴していたりしていた。

 ただ、人前に出る時の殿下はそれを、おくびにも出さない。平然とした顔で難なく全てをこなす超人だった。

 明らかに溜め込んでいるのは理解してはいたものの、基本的に殿下は人に弱みを見せたがらないというか、平気な振りをすることに長けている。

 友人である私にはたまに見せてくれるが、それもほんの一端なのだろう。


 その殿下が! 助けを求めている!?

 しかもこんなにも弱った声。これは非常事態だと、前世の記憶持ちの私は警報を鳴らしている。

 なかなか本音を吐き出さない人の「助けて」を見逃してはならない。

 私はシナリオ補正だとか、悪役令嬢のことは横に置いておくことにした。


 まずは、話を聞こうと向き直る。

「詳しく、話を聞かせていただいても?」

 戸惑い声から一転した私を見て、殿下は呆気に取られたように目を瞬かせる。


「レイラ……、心配してくれるのは嬉しいんだけど……うん。なんだろう。すごい罪悪感が……」

「……? フェリクス様。貴方が罪悪感を覚えることなど何もありませんよ? さあ、話を聞かせてくださいませ」

 彼を見上げると、何故か彼は熱い目で見返してきて、それから気持ちを落ち着かせるためか目を閉じて……しばらくしてから目を開けた。


 フェリクス殿下は憂いを帯びた表情で私を見下ろして、語り始める。

「リーリエ嬢の周りに配置していた皆を分散して、私が全て対応することになったのは知っていると思うけど……」

「はい」

 リーリエ様と2人きりになったからこそ、私は気が気でなかった。

 ふとした拍子で何か想いが芽生えることもあるかもしれないと。

 殿下の方はリーリエ様を苦手にしていたようだけれど、人の感情がどうなるかなんて誰にも分からない。

 往生際が悪い私は、それに怯えていた。

 恋人関係でも将来を約束した訳でもないのだから、私がウジウジして何かを言う権利などないというのに。


「こんなことを言うのは1人の令嬢に対して失礼だと思うし、陰口になるから卑怯だと思うけど、そろそろ私も限界なので一言だけ言わせて欲しい」


 苦虫を噛み潰したよう、とでも言うのだろうか。

 15歳の男の子がする顔ではなかった。

 なんだろう。よくお父様がしていた顔というか。


「私は、リーリエ嬢のことが苦手なんだ」


「え」


 リーリエ様のことを苦手に思っているんだろうなあということは、察していた。

 リーリエ様が色々と問題を起こしているのを見ていたから尚更。

 だけど、改めて、しかもこんなにハッキリと口に出していることに私は驚いたのだ。


 基本的に人を嫌いになったり、苦手になったりしない殿下が!

 品行方正で温厚で、懐の広い殿下が!


 ここまでハッキリと口に出すということは、相当なものだと思う。


 な、何をリーリエ様はやらかしたの?


「これを言うのはどうかと思うのだけど……、最近リーリエ嬢の顔を見るとね、こう頭がズキズキと痛んで、胃の辺りが重く感じることが増えて、これはマズイと思い始めて……」

『ご主人、これは……今のこれは素だと思うぞ……』

 ふっと目が虚ろになった殿下を見たルナはそう零した。


「好きでもない人と噂にはなりたくないと、私の婚約者は侯爵家以上からだと公表したのだけど、それでも効果はなく……一部で彼女との噂が流れ出し……まあ、私には婚約者もいないし、そんな状態で彼女と2人きりだったのだから、それもいけなかったんだろうな。それで……」


 目で先を促すと、彼は心得たように頷いた。


「光の魔力の持ち主とはいえ、リーリエ嬢とどうにかなるつもりは王家としても私個人としても一切ないんだ。だというのに、噂は執拗で……」

「確かに、望んでもないというのに、周りからあれこれ言われるのは、かなり……嫌ですね」


 そこで殿下は、何故か顔を隠すようにして、口元を手で覆うと、「それで……」と続きを口にした。


「信用の置ける者と婚約しようと思い立って、頭の中に浮かんだのが、貴女だけだったんだよ、レイラ」

「……!」


 フェリクス殿下は私を見て、弱ったように、そして照れたように微笑んでいた。


 助けを求められている。それから信用出来ると、私を頼りにしてくれている。


「私は、何もかも自分でやって来たし、今までどうにかなって来たことがほとんどなんだ。だから、助けを求めるなんてしたことないし、たぶん初めてなんだろうけど……」

 は、初めて!?

 確かに、人に頼ることはなさそうだと思ってはいたけれど……。

「情けないことこの上ないけど、どうか私を助けてくれないかな。婚約は今だけの仮でも構わないし、もし貴女に好きな人が出来たら、相談してくれれば良い」

 それはいつも余裕そうな殿下にしては珍しい口調で。

 そっと、縋るように伸ばされた手を私は思わず取ってしまった。

「心配、してくれている? ……ありがとう、レイラ」

「…………」

『ご主人、絆されている。絆されているぞ、ご主人。しばし待て。少し冷静になるのだ。仮とはいえ婚約だぞ、婚約。常日頃から嫌だと言っていただろう』

 ルナはそう言うけど、別に私は絆されているつもりは、なかった。

 しかもきちんと冷静だ。


「……私が婚約者を決めればリーリエ嬢との噂も大人しくなると思う。ただ、レイラにはきっと迷惑をかけてしまうだろうから……無理は言えない」

 そう言って顔を伏せる殿下の手を私はぎゅっと握った。

「……無理くらい、たまに仰ってくれても良いんですよ」

 普段、あれだけ押し殺しているのだから。

 私じゃなくても、ハロルド様やユーリ殿下、ノエル様にだって。

 周りには仲間がいるのだから。

「本当に、良い?」

 緊張したように尋ねてくる殿下は、本当に真面目な人なのだ。

「だって仮、でしょう? あと……もし、殿下にも好きな人が出来たら、必ず仰ってくださいね? その時も婚約破棄の相談をしましょう」

「いや、私の心配までしてくれるのは嬉しいけど……」

『私のご主人は男心が分からぬな』

 あれ? なんでルナに呆れられているの?

 殿下は安心したように笑うと、私に身を寄せて囁いた。

「何かあっても、貴女のことは全力で守る」

 守るって大袈裟な……と一瞬思ったが、確かに王太子と婚約したら色々あるのだろう。

 やっかみもあるかもしれないし、リーリエ様とも色々あるかもしれない。

 だけど、これは私が決めたことだ。

 好きな人を助けたいと思ったから、助ける。

 それだけの話。

 もちろん死亡フラグなど不安なところはあるけれども、戦闘訓練をして来たのは、生き残るためだ。

 怖気付いてどうするのだと自らをふるいたてる。

 あと、気になることは……。

「ですが、殿下。私はともかくとして、兄は……納得しない可能性があります」

『それがあったな。むしろ、それしかない』

「ああ……メルヴィン殿ね。うん、今から念話で連絡してみるから。聞いてて」

「今からですか? それは唐突な」

 念話ということで、魔術を発動させた殿下は、私の手も握って来た。

「相手の声と私の声、両方そちらにも伝達するから」

「なるほど」

 今日のクリムゾンの感覚共有みたいなものか。

『私も聞きたい。敵のことは知りたい』

 ついでに私もルナとの感覚を深めておく。

 契約精霊とは、繋がりを深めることが出来るのだ。

 それにしてもルナはお兄様のことが関わると、過保護になる気がする。

 敵って。


 正直、お兄様が面倒なことを言い出して、交渉決裂になるのではないかと思っていた。


 まず、殿下はお兄様にこう切り出した。


『たまたま、リーリエ嬢と向かった先で、貴女の妹が男に絡まれていたんだ』

 突然ぶっ込んだ。兄の反応は、予想通り。

『なんですって!? レイラは! レイラは無事なのですか!? その不届き者はどこのどいつですか!!』

 うわああああ!と錯乱した様子に相変わらず過ぎて真顔になった。

 ルナに至っては『これを跡取りにして良いのか? 本当に良いのか?』と呟いている。

『落ち着いて。相手はブレイン=サンチェスターだ。決定的なところで邪魔させてもらったよ。どうやら口付けの寸前で──』

『口付け!? はああああ!? あの男……公爵家でなければ闇の中に葬ったものを……』

 お兄様が絶賛荒ぶり中である。収拾がつかないような気がしたけれど、殿下はお兄様が叫び終わるのをひたすら待っていた。

 私とルナはどんどん目が死んでいった。


『私も変な女と噂になってしまって大変困っているからね。お互い苦労するよね。それにしても公爵家か。今気付いたんだけど、向こうから婚約なんて言われたら断れなさそうだね』

『ああああああ! レイラああああ!!』

 もはや、これは念話ではない。ただの叫びである。

『そうなると、公爵家より、高い身分の者に守ってもらうしか方法が……あ、今思いついたんだけど聞いてくれる?』

 真実を知っている身からすると、ものすごく白々しく聞こえる。

 殿下はさりげなく提案した。

『私はリーリエ嬢と噂になりたくない。貴方は妹をブレインから守りたい。利害が一致するし、いっそのこと、私と貴方の妹が婚約を結ぶというのは──』

『それも嫌です! 結局、レイラは他の男のものになるじゃないですか!! あああああ!』

 ヒステリックに兄は叫んだ。もう一度言うが、もはやこれは念話ではない。

『ご主人。この兄は、そなたの叔父の精神錯乱する新薬の被検体にでもなったのか?』

 ここには居ない兄に、ルナはいつものようにドン引きしていた。声がもうそんな感じだ。

 分かる。さすがに情緒不安定すぎるもの。

 フェリクス殿下は苦笑しつつ、こう付け足した。

『婚約……と言っても、事態が落ち着くまでの仮だよ。どちらかに他に望む相手が出来たら、相談するということにすれば良いと思ったんだが。ほら、彼女が兄である貴方と離れたくない可能性もあるし』

 ピタリ、と兄の呻き声が止まる。

『何故、そこで呻き声が止まるのか』

 ルナがぼそりと呟いている。

 それを切っ掛けにフェリクス殿下は、言葉を重ねていった。畳み掛けると言い換えても良い。

『もちろん、仮に婚約したとして、夜会では義務としてエスコートとファーストダンスを頼むことはあるだろうけど、それさえ終わればすぐに貴方の元に妹さんは返す。公務も婚約期間だし、彼女には医務室の仕事があるから必要最低限の他は免除という措置も取れる。仲の良い兄妹を引き離すことはしたくないし』

『仲の良い兄妹……』

 何故かお兄様はそこで反応した。

『王太子妃教育も、彼女にはほとんど必要ないみたいだから、それに時間を割かれることもない。妹さんとの時間を失わないように配慮はさせてもらう。あなた方の関係性は尊いものだ。私が切っ掛けで破綻させたくないし、何よりブレインに奪われてしまえば、2人は離れることになる。それを見るのは私としても忍びない』

『殿下……。貴方というお方は……』

 え? 何この感動しているような空気は。

『私と婚約すれば、確実にブレインは手を出せないだろう。身分の差もあるし。対策出来るのは、向こうから婚約を促される前の今だけだよ。そう、今が契機なんだ』

 巷で噂の、今だけ商法に聞こえるのは私だけだろうか。もしくは、期間限定商品か。

 本気でお兄様が熟考し始めている気配を感じる。

『大切な妹さんを守るためなら、この世の全てを利用する覚悟でいけば良いよ。私を利用してくれて構わない。……問題は、私の方があなた方に迷惑をかけないか、ということだけど』

 後半、殿下はとたんに申し訳なさそうな響きで言葉を紡いだ。


『殿下! 僕たち兄妹のことをそこまで思ってくれる貴方に、僕たち兄妹が文句を言うことはありません! 貴方は何も悪くない!』

 申し訳なさそうにする殿下に、お兄様は感極まったように言葉を返した。

 え? お兄様、良いの? それで良いの?

『……いずれ出会うであろう妹さんの結婚相手が、貴方たちの間を邪魔するような相手でないことを祈るよ。あなた方を気にかけるのは……やっぱり仲の良い兄妹には一緒に居て欲しいからかな。仲の良い家族って良いよね』

 殿下は言葉の端々に羨望のような気配を込めて、そう締めた。

『殿下……。貴方というお方は、なんて慈悲深い……。分かりました。その提案、乗らせていただきます。あの男に渡すくらいなら、理解のある殿下に助けを求めて……』

 お兄様は陥落していた。

 え? 嘘。本当に良いの? お兄様? チョロくない?

 というか、殿下、本当にやり遂げた。

 絶対に無理だと思っていたのに。


 念話を終えた殿下は、何やらやり切った表情で、ぐっと指を立てて、こちらを振り向いた。


 なんだろう、今の殿下の仕草が年相応の男の子っぽくて可愛い。

 少しだけ私は現実逃避をしていた。



『私はかつてない伝説を目の当たりにしている』


 既に影の中に戻っていたルナは何かに戦きながら、そう感想を漏らした。


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