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フェリクス殿下の決断

 

 フェリクスがリーリエと共に孤児院に向かったのは偶然のようなものだった。


 つい最近のことだ。

 それから、本格的に2人で行動するようになったのは。

 2人きり。それは、また嫌な響きだ。

 その際、変な噂を立てたくないので、フェリクスの婚約者は侯爵家以上から決めると公言しておいた。


 ……にも関わらず。


 リーリエは好意全開で、全く気持ちを隠そうとしないので、結局のところ、無駄骨だった。


 実は2人は身分を超えて結ばれた婚約者なのではないかと噂され始め、正直滅入っている。

 否定しても何故か効果がない。

 あまりにも話が通じないので、おかしいと思って調べさせたら、なんと。

 市井で、フェリクスとリーリエをモデルにした恋物語が流行っていると言うではないか。

 それに影響された人々が話の種にしているのか、だから変な噂が立つのだろうか?

 ひっそりと出版され、水面下で流行っていると聞いた時、己が世界に呪われているのではないかと思った程だ。どう考えても、何かの陰謀か嫌がらせとしか思えない。

 何故、そんなものを書いたのだ。

 許さない。

 貴族もその物語を嗜むと聞いて絶望した。

 とりあえず、レイラがその物語を読んでいないことを確認しつつ、被害届を出しておいた。

 期待はしないでおく。


 とにかく、いずれリーリエが1人で貴族社会を渡って行くためにもコネが必要だと判断し、王家直々、顔合わせを行っているのが今の状況で。

 フェリクスはいつまでもリーリエの傍に居る訳にはいかないからだ。


 この事実が武器になるとリーリエには何度も伝えておいたが、なんとなく分かってなさそうだった。

 正直、彼女自身が変わらないので、無駄なのではないかと思うが、王家として行動はしたという事実は作って置かなければならない。

 あらゆる方面の猜疑心の芽は摘んでおかなければ。


 たまたま訪問した先で、ちょっとした騒動があった。


 魔術というよりも魔法──いや、奇跡だろうか?それくらいのレベルの魔術を発動したリーリエに肝が冷えた。

 無から有を生み出すなど、空恐ろしい。

 現実への干渉力がとてつもなく、彼女の術式はこの世界に定着しかけた。


 精霊や神レベルの奇跡に恐ろしくなり、最近では、リーリエを外に出してはならないとすら思い始めた。


 ──封印措置、か? だが、あまりにも人権を無視しているし。彼女は悪人でもなければ、罪人でもないからな。


 魔力を封じるのはともかく、地下に幽閉するのはやりすぎだ。

 ──それか、王家の息のかかった修道院に送るか……。と言ってもあそこも罪を犯した貴族が行く場所。


 だが、彼女は貴重な光の魔力持ちで。

 罪もない彼女にこのような措置。

 王家がこんな判断をしたら、魔術師連中は黙ってはいない。少なくとも信用は失墜する。

 どうしたものか、と。


 あの一瞬でそこまで思考し、とにかく子どもたちに幻だと説明し、リーリエに魔術を解かせて。

 その場で出来ることをテキパキとしていたのが、ふいに物凄く近くで魔力が弾けて消え去る気配を感じ取った。


 それと同時に、その解除を行った術者の気配も感じ取る。


 ふと数十メートル先の何者かに視線を向けて、視力を強化して、フェリクスは見てしまった。


 レイラとブレイン=サンチェスター公爵令息が手を繋いでいる光景を。


「……え?」

 目を疑った。

 すぐ近くに居たリーリエのことなんて、完全に忘れてしまう程に、それは衝撃的な光景だった。


 ブレインがレイラの体を引き寄せて、顔を近付けて──。


「……!?」


 どう見ても、レイラに口付けていた。


 その瞬間、フェリクスの頭に血が上った。


 レイラは後ろ姿しか見えなかったが、ブレインはフェリクスの方へと勝ち誇ったような視線をちらりと向けた。

 頭の中が真っ白になって、フェリクスは気が付けば走り出していた。

 それは、衝動的な行動。


 奪われたくない。身のうちから激しき炎が疼いていた。

 レイラが自分以外に触れられた、それだけで、おかしくなってしまった。



 気が付けば、ブレイン=サンチェスターの胸ぐらを掴んで、壁に押し付けていた。


 レイラが怖がっている。

 他人の目がある。

 我を忘れそうになっている。


 今の状況が悪いと知っていて、激昂していた。

 ブレイン=サンチェスターは、あろうことかレイラの唇を奪った。彼女の唇にこの男が触れたと思うだけで、信じられない程の憎悪が込み上げてきた。もしかしたら、想いが通じあっていたら?なんて考えたくもないまま、感情に振り回され、こうして暴力を振るおうとしている。

 レイラに今の顔を見られたくないと冷静な部分が告げている。

 ──きっと酷い顔をしているな。


 レイラを背に庇いながら、ブレインに対峙し、自らの状況に打ちのめされている。

 リーリエと2人になることを選んだのも結局は自分で、失敗したのも自分だ。

 フェリクスは仄暗い笑みを浮かべた。




 結局、このままレイラの前で出来る会話ではないと判断し、フェリクスとブレインは空き室へと入っていったのだが……。


 悠々と歩き、余裕の笑みで振り返った男は、早速切り出した。


「話、戻りますが。貴方にはあの光の魔力の女が居るから、レイラは俺がもらっても良いですよね」

「生憎だが、私には彼女しか居ないから無理だ。はい、と頷ける訳がない」

「だから、貴方にそれを言える筋合いないんですって。ただの友人でしょう? 自分は他の女と居ながら、レイラには許さないって、おかしくないです?」

 分かっている。そんなこと。彼女の心に干渉する権利など、フェリクスにはない。

「……。私は今、レイラにとってただの友人。確かにその資格はない。()()()()()()、ね。だから今は代わりにお前に言う。……不愉快だから、レイラに近付くな」

 ──ああ。おかしな論理だ。

 自分が無茶苦茶なことを言っているのは自覚していたが、先に戦いを仕掛けてきたのは、目の前の男である。

 この男は、フェリクスの反応を見ながら、わざと煽っている。

「それは、こっちの台詞です。彼女のこと、理解を出来ない男など。レイラには俺が居ます。俺は彼女の家族にも友人にも恋人にもなれる。貴方ではいずれ彼女を傷付けるだけ」

「何故、そう決めつける?」

 この男のこういうところが気に食わない。

 レイラに相応しいのは自分だと、本気で思っているところだ。

「彼女の光も闇も、俺は抱き締める覚悟があるからです。ですが、貴方は彼女のこと何も知らないでしょう? 教えて貰っていない事実もたくさんあるでしょう? 信用されてないんですよ、結局は」

「……」

 確かにレイラには色々と隠され、逃げ回られ、フェリクスは友人という関係性に縋ってさえいた。

 だけど。

「全部教えてもらわなくても良い。ただ私が傍に居たいだけだ。何もかもを教えてもらえるなんて思っていない。それを承知で私はレイラと居る」

「…………」

 今度はブレインが黙り込んだ。


 お互いを知らなくても、寄り添うことで、時間をかけることで何かを変えられると知っている。



「ですが、現状を考えて貴方には無理ですよ。レイラは貴方から好意を伝えられたら、きっと怖がります」

「知ってる。好きだなんて正面切ったら、怯えられるだろうね。……何をするにしろ、逃げ道をつくっておかなければ、ね」


 フェリクスは今日、行動することに決めた。

 目の前の男にかっさらわれる前に。

 彼女に負担をかけず、繋ぎ止める方法。

 ……正直、賭けなところもある。

 だが、今フェリクスの想いがどこにあるかを伝えておかなければ、余計に拗れてしまう。

 潮時だった。


 ブレインという男は、レイラのことを色々な意味で愛しているのだろう。

 そして、フェリクスと同じように執着している。



 お互いに、お互いを敵と認識した瞬間。


「何をするつもりですか……。どうせ、レイラには怯えられて終わりです。ですが……どうせ振られるとはいえ、少しでも彼女の中に貴方の存在が刻み込まれるのは、気に食わない。何より貴方が彼女に愛を伝える時点で許せる訳がありません。恋人なんて、尚更相応しくない」

「少なくともお前が決めることではない。選択権は彼女にあるし、もう一度言うけど、私は既に覚悟を決めている。怯えられる覚悟も振られる覚悟もね。まあ、彼女に負担はかけないように上手くやるけど」

 怯えられるのはキツいが、その覚悟はとうの昔に出来ている。現状の関係をぶち壊さなければ、新たな関係は作れないと知っているから。

 問題は、レイラの方だ。彼女はフェリクスという友人を失うことになる。

 友人と伝えた時の、彼女の輝く瞳が頭に浮かんで、仄かに罪悪感を覚える。

 ──結局、全てが曖昧なことになっているな。本当は正面切って好きと伝えたかった。

 ふっと、自嘲するように笑えば、ブレインがこちらを睨み付けていた。

 ああ。この男も化けの皮が剥がれた。

 それは余裕のなさそうな男の顔だった。


「彼女は、貴方になど渡しません」

「渡すも何も、お前のものじゃないだろうに」



 延々と言い合いが続いていく。

 お互いに、にっこりと微笑み合って。


「本当に目障りな男ですね」

「2回目だが、お互い様だろう」



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