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 花壇の前でしゃがみ込みながら、成長した苗を選別している中、後ろからドンッと何かがぶつかって来た。


 ぐほっ……!と変な声が出そうになるのは淑女としてはアレなので、堪えつつ、振り返ってみた。

「ねえっ、姫さん、姫さん。たまのこしだってよ、たまのこし!」

 玉の輿だろうか?

 最近、字を教えているためか、子どもたちは少々マセた会話をしたがる傾向にある。

 姫さんと呼ばれているが、可憐でお淑やかな雰囲気の姫ではなく、筋肉姫の略であることを忘れてはいけない。

 筋肉姫の連呼はちょっと嫌だったので、やめて欲しいと言いたかったが、嫌がったら余計にそう呼んでくることが予想出来たので放置することにしている。たまに呼ばれる。


「どうしたの?」

 スコップを置いて聞いてみれば、さらに後ろからドッと子どもたちが押し寄せてきた。

 男の子の上に体重をかけている男の子が居て、純粋に重い。

「筋肉姫が王子と結婚したら、玉の輿になるって聞いたぞ」

「知ってる! 本で見たわ! 武道会でしょ!」

 惜しい。舞踏会である。女の子が私の腕を取って引っ張っていた。

「レイラちゃんは王子様と結婚するの?」

「しません」

 王子と結婚とか、恐れ多すぎるのでここでハッキリと口に出しておく。

「お城に行ったら、『控えよ!』って言うんでしょ?それで扇でバサバサーって」

  剪定していた葉が入っていた桶の中から、数枚取り出して、女の子は扇を作ってはためかせてみせる。

「レイラお姉ちゃんは、貴族の人なんでしょ? 金色の王子様の玉の輿狙えるよ!」

 金色の王子様……。これは何の推薦なのだろうか?


「ちょっ……と! 待って! 転ぶから」

 しゃがんでいた私だったけれど、子どもたちが体重をかけていたので、私はドサッとその場で尻もちをついた。

 お構い無しの様子で子どもたち詰め寄ってくる。


 迫り来る子どもたちの会話を紐解いていけば、簡単な話だった。いや、私には簡単な話ではないけれど。


 リーリエ様とフェリクス殿下が孤児院に慰安とか見聞の名目で来るらしい。

 ついでに光の魔力の持ち主であるリーリエ様が神様に祈ってもらえば、御の字とのこと。

 孤児院は教会に併設されているのだ。

 ちなみに、クレアシオン王国と近隣諸国で信じられている神様には名前がない。

 神様、だとか。主、だとか。お父様だとか。色々な形で呼ばれている。

 上位精霊や御使いに働きかけて、森羅万象を治めているとこの国でも信じられている。

 人間が接触出来る精霊は中級精霊まで。

 リーリエ様のところの精霊も、クリムゾンのところの精霊も、私のところの精霊も、皆、中級である。

 上位となれば、人前に姿を表さない。

 ルナによれば、『森羅万象のために直接的に働いているのは上級精霊たちだ。私たちはただこの世界に居るだけで世界を支える礎になっているらしいぞ。詳しくは知らん』と興味なさそうにしていた。


 うん。一般的な精霊たちは気まぐれだもんね……。

 精霊社会、けっこう適当だな。

 ルナは適当に生きてきて、私とたまたま出会ってなんとなく気に入ったから契約したらしい。

 良いのか、それで。

 人間と契約するのは初めてだと聞いたことがある。


 だから理屈で考えれば、リーリエ様が祈ることで何か奇跡が起こる訳でもないのだけれど、縁起物ってそういうものだ。

 少なくとも、私が祈るよりは良いことありそうなイメージがある。


 だからそれを利用して、あらゆる方面にパイプを作るために、光の魔力の持ち主の顔合わせを行っているらしい。

 フェリクス殿下が居るのは、王家と懇意にしていると知らしめるため……といったところか。


 とにかく、フェリクス殿下ルートの展開に似ているし、場所もまさにここだった。


 唯一、服装だけが違うけれど。

 ゲームのスチルの中のレイラはお忍び用のワンピース。市井に紛れるべく生地もこの辺りのものだという。

 もちろん、私はそんなものを用意しては居ない。

 今の私はお忍びではないのだし。


「ねえ、レイラちゃん! こっち、来て来て!」

 女の子に手を引かれて、言われるがままに彼らの寝室に連れ込まれた。



 それで何が起こったって?


 作業着を着替えされました。


「ええー……?」

『ご主人、どうした?』

 子どもたちに連れられ、彼らが一張羅を用意してくれて……。


 完成しました。ゲームのスチルのレイラ=ヴィヴィアンヌが。

 嘘。スチルと同じ服? 嫌な偶然である。


 でも、私は嫉妬深い表情なんて絶対にするものか。

「れいらお姉ちゃん! 似合ってるよ! この可愛い服を着れば、王子様もイチコロだよ」

「ありがとう……」

 せっかく着せてくれたのだから。

 私に似合うと思って着せてくれた服で、これは皆の善意だというのに、私は上手く笑えなかった。

 不器用な笑みを浮かべる私に、女の子たちは可愛い可愛いって言ってくれる。


 でも。


『ご主人。調子が悪いのか?』

 子どもたちの前で会話をする訳には行かないので、私はふるふるとさり気なく首を振ってルナに応えてみせた。


「俺たち恋のキューピッド!!」

「後はお若い2人でってやつだよね!」


 何故、子どもたちは私とフェリクス殿下をくっつけようとしているのだろうか。

 懐いてくれるのが嬉しくて文句は言えなかった。

 この賑やかな空間に心癒される私も確かに居て。

 仕事に来たというのに、私の方が元気をもらっている気がした。


 貴族の中に居て疲れてしまっていたのだと実感してしまう。


「ねえ! お姉ちゃん! 王子様が来たって!」

「あれ? でも隣に女の子が居るよ?」


 寝室の窓から、遠目にフェリクス殿下とリーリエ様の姿が見えた。

 子どもたちは珍しい客人の姿に興奮して駆けて行ったけれど、きっとシスターたちに注意されるだろう。確実に。

 まず、廊下を走るのが良くない。


『どうする? ご主人』

「影から様子を見て、逃げる。それに尽きるわ」

 彼らは私が今日ここに居ることを知らないのだろうと思う。

 だったらわざわざ姿を現す必要などない。


 私は子どもたちの寝室からそっと出て、薬草畑に向かうことにした。

 こんな裏に誰も来ないだろうと、日陰で育てる薬草畑へと向かい、経過観察としてスケッチを行うことにした。

 木で出来ている小さな椅子を運んで来て、葉っぱの表面を眺めながら、思う。


 やっぱり2人の並び立つ姿は絵になるなあ、なんて。少しそんなことを思ったりして。

 うん。遠ざかろうとしているのは、私のはずなのに、何で私はモヤモヤしているのだろう?


『そんな顔をするくらいなら、何食わぬ顔をしてあの2人の前に居れば良いのではないか?』

「え? 特に何か思ってる訳じゃないよ?」

 そのはずだ。

『何も思うところがないのなら、尚のこと。あの2人の前に姿を現すなんて訳ないはずだろう』

「…………」

 ルナは容赦なく現実を突き付ける。

 うん。私は何とも思っていない訳では、ない。

 最近はフェリクス殿下とリーリエ様が2人きりで過ごしていると聞いていたから、その噂ばかりが耳に入って来て、ただ気になっている。


 フェリクス殿下とどうにかなんてなるつもりは一切ないのに、私は嫉妬なんて感情を募らせている。本当によく分からない精神構造をしている。


「あんな男、止めてしまえば良いんですよ」

「きゃっ!」


 ふいに聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら、後ろから抱き竦められた。


『お久しぶりですね? レディ。ご機嫌うるわしゅう……』

「アビスと、クリムゾン?」

「こんにちは、レイラさん。貴女に会いに来ました、なんて言ったら引きますか?」


 視界の端に見えたのは茶色の髪。


 ああ。今日のクリムゾンは紅の髪ではないのだと、どうでも良いことを思いながら私は、抱き竦める腕を引き剥がすのだった。


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