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まず、操られていた人間だ。
お兄様が余分な魔力を吸い取った結果、黒ローブを着た者たちは正気を取り戻した。
「闇の魔術が施されている。無理矢理、魔力を植え付けられている。どうやら、人為的に魔力量を増やす実験をしていたらしいな。」
ノエル様が資料を出しながら指で指し示す。
資料の上で写真のような図面が動いている。
まるでカメラで切り取ったように。
体内の様子を写し取った魔術らしい。
「この部分。人間の精神に影響する部分だろう?ここに術式が施されてる。どこかの大元から接続された魔力が直接流し込まれている形跡があった。残念ながら大元がどこにあるかは特定出来なかったけどな」
えげつない。私はそっと口を挟んだ。
「これならあのようになってしまうのも無理ないと思います。魔力が膨大すぎて精神にかかる負荷は相当のものですから」
もはや人体実験の域だと思う。植え付けられたそれは魔力の塊。
「それともう1つ異常が見つかったんだ。ヴィヴィアンヌ医務官が見つけた」
ノエル様が私の方へ振り向いた。
「叔父様がですか?」
「ああ。無意識下に命令を刻まれている。ようするに洗脳だな」
フェリクス殿下は嫌悪感を滲ませたながら確認した。
「つまりは、こういうこと? 注ぎ込まれた大量の魔力を処理しきれず、彼らは精神を侵された。正気を失い意思を失ったが、彼らは元々洗脳されていた。だから、そのまま意思のない操り人形のようになってしまったと」
まとめられると、そのエグさが浮き彫りになった。
つまり、洗脳されて実験体にもされたということだ。
「そう。殿下の言う通り。命令通りに動く肉人形の完成ってことだよ」
なんてえげつない真似をするのか。
それを考えて実行してしまうこと自体が恐ろしい。
叔父様の薬が完成して、狂うなんていう副作用もなければ、こういう時に便利なのかもしれなかった。
まさか、人の精神をねじ曲げる魔術師が本当に現れるなんて。
それも、見るからに大物っぽい相手。
この状況を憂いて、思わず言葉が溢れ出た。
「叔父様はこの事態を予見していたのでしょうか?」
『いや、完全に趣味だったと思うぞ。時折、寝不足で薬をキメている薬物中毒者みたいになっていたからな。最近ではご主人が仕事中、いつもそんな感じだ』
真昼間から、それはそれでどうなのだろう。彼は彼の仕事が忙しいはずなのに、趣味を優先しすぎだと思う。
叔父様と口に出したからか、お兄様が声をかけてきた。
「あのさ、レイラ。例の叔父上の新薬だけど、さっき、少し前に念話で聞いたんだ」
先程から私の隣に陣取り、間近から私をガン見していたお兄様。
ルナに虫でも見るような目を向けられていたお兄様。
そんな彼が、くいっと私の服を引っ張っていた。
「何を聞いたのですか?」
「例の新薬、満月の狂気? だったっけ? なんかよく分からないけど、増幅ではなく、活性化だとか、オールマイティな薬にしてみせるだとか叔父上が言ってて」
何か嫌な予感がする。
叔父様……というか研究者はある意味で凝り性なのだ。拘りに拘りを重ねる気持ちは分かるのだけれど。
「精神をねじ曲げられてしまった相手だけでなく、まさに精神操作真っ只中の患者でさえも治癒する万能な新薬を開発しようとしたら、2日が4日になったって」
「ええと、何の日にちでしょうか?お兄様」
嫌な予感がする。なんか嫌な予感がする。
「方向性を増幅から活性化にシフトした結果、精神錯乱期間が4日に増えたらしい」
「ええ……何やってるの、叔父様……」
副作用がさらに悪化してどうする。
『精神錯乱とか言っている時点で、もはや薬でも何でもないな』
もはや劇薬の類である。
何がどうしてそうなったのか。
いや、さらに良い発明品を作ろうと試行錯誤しているのは分かるけど。
もはや、4日狂う薬を飲みたいとは誰も思わない。
「あ、ちなみに今は黒ローブの男たちの元で、手をワキワキさせているようだよ」
叔父様は色々なことに着手しすぎだと思う。
研究もして、事件の被害者の容態を診たりと、忙しく駆けずり回っているようだ。
話が脱線しかかったので、私はこほんと咳払いをして誤魔化す。
「とにかく、洗脳されたのなら、黒ローブの者たちは、精神医療で治療を行ってもらうことになるのですね」
強引にまとめれば、心得たようにフェリクス殿下が頷いた。
「どこかの大元から接続されているという術式も、医療班たちがどうにかして取り除けないか、苦心しているところだ」
とりあえず、私はそれを聞いて胸を撫で下ろした。
「それで、メルヴィン殿とレイラ嬢を襲った貴族なんだけど……。スティアーン伯爵家当主の弟君だった。2人が向かった場所で潜んでいたんだ。ちょうど今、半殺しに──コホン、話を聞いてもらっているところだ」
今、半殺しとか聞こえたのだけど!?
ノエル様が何かを言いたげな様子でフェリクス殿下をジト目で眺めていたので、フェリクス殿下は心配させないようにと爽やかに笑った。
「大丈夫だよ、ノエル。法の下、正しい尋問方法に則って全ては行われている。少しお茶目が過ぎることがあるかもしれないけど瑣末なこと。生かさず殺さず、潰さずに。それに、これから近くには治癒魔術の使い手も居るからね」
『どう考えてもその使い手、ご主人の叔父な気がするのだが』
そういや、治験をやるとか言っていた気がする。お兄様と殿下が結託して、怪しげな新薬の被検体にするとか何とか……。
顔を青ざめさせていれば、私の横に立っているお兄様が私の肩をポンっと叩いて微笑んでいる。
『……とりあえず笑い事ではないと思うぞ』
ルナがぽつりと、ぼやいた。
どうしよう。信用出来ない。
死ぬことはないだろうけど、死ななきゃ良いってものでもないような。
「大丈夫だよ、レイラ。精神が使い物にならなくとも、全て叔父様の新薬で解決さ!」
『4日狂うがな』
ごもっともである。それを人は、大丈夫じゃないと言うんだ。
細かいところに突っ込みたいが、話の流れを遮るのは嫌だったので、私は黙っていることにした。
「貴族が関わっていた以上、あの男の親類縁者から洗っていくことになるだろうね。とにかく、召喚陣を作り出した首謀者に近付けたと言って良い。あの召喚陣は今までのものと同じものだ。つまり、貴族に関わる何者かが、生贄を集めているということだ。今回スティアーン家の者が捕まったけれど、あれはどう見ても首謀者ではない。洗脳された形跡もなかったことからも黒幕の配下だったのだろう。……黒幕は、上位貴族の可能性が1番高い」
伯爵家の者を配下におけるということは、伯爵家か、伯爵家よりも上の立場の貴族が真犯人ということなのは明白だった。
貴族は魔力が強いからという理由だけで、己より下の者には従わない。
ならば、答えは簡単。犯人は、それなりに貴族社会に影響を持たせることが出来る貴族だ。
皆はその深刻さを思い、沈痛な面持ちになった。




