表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/252

66

 倒れ込んでいる貴族の男に近寄っていく。


「やめろやめろやめろ……!」

 立ち上がっても動いても、何をしようとしても上手く地に足をつくことが出来ない男は半ばパニック状態に陥っていた。


「さて、どうしようかな?」

 お兄様が良い笑顔を浮かべていた。

 その寒々しいお兄様の魔力の膨張を感じ取った貴族の男は、完全に錯乱しながら魔力の全てを塊にして放とうとして。

 お兄様はちらりと一瞥すると面倒そうにしながらも防御膜を張って、私を下がらせる。


「うわあああああ!!」

 錯乱した相手は、確かに面倒だなと思っていたその瞬間。



 男の足元が凍った。


「え?」

 衝撃を待ち構えていた私は思わず、間の抜けた声を漏らした。


 瞬間冷凍のように白い煙が立ち上がりながら、足元からピキピキと音を立てながら、貴族の男の全身に分厚い氷が張った。

 叫んでいた口元も氷で固められ、動けなくなった。

 まるで琥珀の中に閉じ込められた虫のように、宝石のように美しい氷の中に男は閉じ込められていた。

 急速展開中の衝撃波の魔力ごと、氷漬けに出来るなんて、なんという干渉力なのか。


 驚愕していた私と、「何か知らないけど手間が省けた」と言ってのけるお兄様。

 そんな私たちを後ろから呼ぶ声がした。




「レイラ嬢!! メルヴィン殿!」

「フェリクス殿下!?」



 この氷の魔術はフェリクス殿下だ。

 それにしてもレベルが段違いすぎる。


「魔力探知で辿って来た!! 濃い魔力の気配を感じた! 一体、ここで何があって──」

 と、そこまで言ったところで、殿下は私の顔を見て目を見開いた。


「怪我をしたのか!?」

「少し掠っただけです」

「他には何ともない!?」

 慌てて頬にハンカチを押し付けられ、私は目をパチパチと瞬かせる。

 何故、こんなに心配されているのだろう?私が戦えることは知ってるはずなのに。

 不思議に思っていた私が黙って、ハンカチを押さえていたら、後ろからシュバっとお兄様が殿下の元へと進み出た。


 え?お兄様。


「フェリクス殿下。この男を処罰する権利をヴィヴィアンヌ家に譲っていただきたい!! レイラの頬に傷を付けたのは、この男で──」

「許可する」

『即答だな!?』

 早すぎるだろう、とルナはボヤいた。

 お兄様の突然の申し出に、フェリクス殿下はあろうことか即答したのである。

 しかも若干、食い気味で。


 ええ……。そういうのって勝手に決めて良いの?


「どうせ牢に入れられるなら、僕が考えうる限りえげつない罰を与えて見せましょう!」

『この男の目と顔が既にえげつないことになっているのだが。そしてやはり怒っていたのだな』

 私の影の中に潜り込みながら、直前にお兄様の顔を見てしまったらしい。声がドン引きしていた。

 お兄様は戦闘中に集中を切らすことはしないのだ。

 冷静に見えていたが、顔に出さずに怒っていた。

「生かさず、殺さず、精神的にも肉体的にも苛んで、自ら死を望むようにして差し上げましょう……! きっと死ぬことが奴にとっての救いになるでしょう!」

「許可する。私の権限を最大限に活用してその権利を貴方に与えて見せよう。楽しみにしていると良い」

『それを職権乱用と言うのだぞ』

 ルナはすかさずツッコミを入れた。

 フェリクス殿下も怒ってるらしい。

 満面の笑みで。目は笑っていないのに、どうしてこの人は爽やかな笑顔なのだろう……。

 普段笑顔の人程、怒ると怖いって本当だったんだ。

 頬の傷くらい大したことないのに、殿下は私のために怒ってくれていた。

 でも怖い。

 怒りの余波なのか、フェリクス殿下の足元にピキピキと氷が張っていた。

 ひえっ! 魔力が漏れ出ている!


 お兄様の顔もヤバかった。

 殿下に向ける笑みは黒く、目のハイライトは失っている。

 どう見てもヤンデレの人である。

 どうにか出来るのは殿下だけだと思っていたのに。


「殿下! 何卒! 僕たちに罰する権利を!!」

「許可する」


 何でこの人たち、先程から似たような会話を繰り返しているの? 無駄にテンション高くない? 純粋に怖い。


『何故、この男たちは、こんなところで意気投合しているのだ……』

 ルナの言葉が本当にその通りすぎて、私は無言になるしかない。

 お兄様と殿下の波動がどことなく似ている……。

 先程から良い笑顔を浮かべながら顔を見合わせている姿は異様な光景だ。


 殿下たちが声を潜め始めたので、私は気になって聴力強化をして盗み聞いてみた。


「ふふふ。叔父が新薬開発していましてね。情報を引き出せるだけ引き出した後、精神攻撃でゴミのように扱った後に、治験にしてみようかと」

「ふふ、分かった。拷問場所もこちらで用意するよ。リストに上げてくれれば出来るだけ用意するよ」

「ありがとうございます、殿下。叔父上の新薬はどんな精神魔術も治癒して見せるでしょう。どうせ治るなら、何をしても良いですよね?僕は優しいので多少は温情を与えてあげるのです」

『その薬、2日間狂うらしいがな』

 ルナの言う通り、どちらにしろ地獄だと思う。

 というか、聞かなきゃ良かった。


「お2人とも、その……やり過ぎる拷問は……」

 意味がなさそうだが、そーっと近寄って声をかけてみたら、2人揃ってグリンっと勢い良く振り向いた。


「情報収集のため、だよ?相手次第では少し痛い目に遭ってもらうかもしれないけど、本当は私たちだって酷いことはしたくないんだ」

 と、フェリクス様。後半とか嘘くさすぎる。

「情報収集のためなら仕方ないよね?吐いてもらう必要があるんだから。この国のためだもの。それに叔父上の実験動ぶ──未来の医療のためにも」

 お兄様、今、実験動物って言いかけましたよね!?

「貴女は心配しなくて良いんだよ。私たちに任せて」

 優しい声音なのにフェリクス殿下の目は本気だった。

 お兄様の方は……言うまでもなかった!

「そうだよ、レイラ。このお兄様が血祭りに上げるから安心して」

『私怨しか感じないのだが』

 2人は私が治癒魔法の使い手だと忘れていないだろうか?

 一応、医務室の人間として働いている身の上なのだけれど。



 納得出来ないことはありつつも、お兄様の手に委ねられた貴族の男は、最終的に叔父様のところへ送られるということで決まったらしい。

 この後、フェリクス殿下が手を回すのだろうけれど、トドメとして叔父様に委ねられるのは可哀想すぎる。敵ながら同情してしまう。


 騎士団駐屯地に1度皆で集まることになった。

 フェリクス殿下、ユーリ殿下、ハロルド様、ノエル様とお馴染みのメンバーに加えて、私とお兄様。

 と、そこで足りないメンバーが居ることに気付く。

「そういえば、リーリエ様は?」

「あの女なら、王城の来賓室に案内されてるところだろ。あそこなら護衛も必要ないし、好き勝手も出来ない」

 護衛。本当なら、ノエル様たちが護衛をしなくても近衛騎士たちで事足りるということだ。

 顔を顰めるノエル様に、フェリクス殿下が「そう言えば、さっき指示したことなんだけど」と声をかけた。


 つい先程、采配したとサラリと口にしたフェリクス殿下は、皆を見渡してこう言った。


「今までリーリエ嬢の周りに固まって居たけれど、皆はこれから彼女に付き合わなくて良い。これからは私1人でどうにかするよ」


「兄上!? それでは兄上に負担がかかります!」


 真っ先に声を上げたのはユーリ殿下で、ぶんぶんと「それは駄目だ」首を振っていた。

 他の皆の顔も晴れない。フェリクス殿下に負担をかけるつもりなど毛頭ないのだろう。


「兄上が、リーリエの扱いに苦労しているのは知ってる! 兄上1人に押し付けるなど!」

「ユーリ。私が1番嫌いなことは知ってるよね。私は何よりも無駄を嫌うんだ」


 ──無駄。リーリエ様の周りに大勢が集うことを、殿下は非効率的だと思っているんだ。

 それは、そうよね。護衛なら騎士だってたくさん居るのに。


「彼女は精霊が居るし、身を守ることは出来るんだ。これ以上、非効率なことをするのは気持ち悪い。幸い、今回のことで貴族が関わっていることが判明したんだ。皆にはその調査を頼むという名目が出来たから、これを切っ掛けにリーリエ嬢からは離れられる。それで、実際に動いてもらうことにする」

 澱みなく紡がれる言葉から、前々からフェリクス殿下は、状況の打開策を模索していたことが分かる。角が立たない形でリーリエ様から皆が離れるようにと。

 騎士団との繋がりがあり、腕の立つハロルド様。

 魔術師界隈で有名なノエル様。

 王家の権限も利用出来、情報収集のエキスパートであるユーリ殿下。

 皆、若いながらも有能な人材が揃っていた。


「情報を整理していこうか」


 フェリクス殿下は何事もなかったかのように、いつも通りの笑みを浮かべていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ