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王都案内……といっても、リーリエ様にはこの辺りの観光案内をしただけで、特に何か特別な意味がある訳ではなかった。
遺跡、大聖堂、時計塔、有名な自然公園、王家が保護している珍しい生き物が見れる動物園のような施設、植物園、美術館、有名な魔術師のアトリエなどといった有名な場所の中から彼女の行きたいところをピックアップするというのだから、いたれりつくせりだ。
大方、リーリエ様に観光案内をしてこのクレアシオン王国に愛着を持ってもらおうという思惑なのだろう。
他国に出ていかれないように少しでも出来ることはしておくつもりなのだろう。
光の精霊がついているから、魔力封じの陣や魔力封じの枷を施さない限り、彼女は容易に逃げ出すことが出来る。
「これ、僕たち必要あったの? リーリエ嬢はフェリクス殿下が居れば満足そうに見える」
ハイライトがないお兄様の言葉はごもっともすぎて私も何も言えない。
「私はどんな形とはいえ、お兄様と外出出来るのが嬉しいですよ?」
また手を繋がれないように、さりげなく後ろに手を回しながら、上目遣いで言ってみる。
うわあ。あざとい。嫌すぎる。
我ながら気持ち悪いと思いつつも、これがお兄様に有効なのだから仕方ない。
本来の私はそういう、あざとい仕草が好きではない。
他の人がやるのはともかく、私がやるのは駄目だ。鳥肌が立つ。ついでに私のメンタルもやられる。
『少しの辛抱だ、ご主人。私は応援しているぞ』
ルナの声に同情の色が含まれているのが辛い。
精霊から見ても可哀想な状況になっているのだろうか?
「護衛も形骸化しているよな」
ノエル様は、少し先を歩いているフェリクス殿下とリーリエ様を見つめながら呟いた。
フェリクス殿下の腕に自らの手を添えているリーリエ様を見て、心の奥底がもにょもにょしているのを無視したくて、ノエル様の方へ顔を向けた。
「形骸化……ですか」
ああ……とノエル様は頷きながら語っていく。
「元々はあの女が貴族社会へ入り込めるようにと集められたのが僕たちだった。光の魔力の持ち主と言っても元は平民。身分差の問題で虐げられることなどあってはならないと、学園内に影響を持つ面子が選ばれた。それが僕たちだ」
生徒たちへの発言力を持つ生徒たちは学園外でもそれなりに影響力を持っていたらしい。
フェリクス殿下とユーリ殿下は言わずもがな、ハロルド様はフェリクス殿下に仕える者として将来が決まっているし、実家は有力な貴族。
ノエル様の場合、元々魔術師として有名であり、彼の作る薬は取引をされているため独自のルートを持っているからだろう。貴族として力は持っていないが、魔術師界隈では名の知れた魔術師であり、会合では顔パスで通れることもあるらしい。
そんな彼らが周りに居ることによって、光の魔力の持ち主の重要性は必然的に周りへと広がっていき、リーリエ様はそれなりに穏便に貴族社会へと捩じ込まれる予定だったらしい。
つまり、彼らが傍に居ることにより、彼らと縁のある貴族たちがリーリエ様と交流する切っ掛けを作れる。
光の魔力の持ち主が周りにどう捉えられるか予想出来なかったため、念には念を入れた結果、こうなったとか。
女性を起用すれば良かったのだけれど、学園中に影響力のある女性は、少し思いつかない。
シナリオ補正かと思っていたけど、それなりに理由があったのね。
それでも無茶苦茶な案だとは思うけど。
「本人の自覚が足りてなかったせいで、あの子は学園から完全に浮いてしまったんだよね。せめて、お茶会とかサロンとか社交をそれなりにこなしてくれたらね。最初の頃はまさかそこまで世間知らずとは思っていなくて、お茶会はなるべく参加してねって言っただけなんだよ。もっと最初にしつこく言い聞かせとくんだった……。そうすれば兄上だって、大変じゃなかっただろうに」
ユーリ殿下はこめかみを押さえながらためいきをついている。
それに続いてノエル様も毒づいた。
「もっとあの女は、最初の頃に痛い目に遭っておけば良かったんだ。貴族社会にもっと揉まれれば良かった。ショック療法というものがあるだろう?」
ゲームでは、フェリクス殿下の婚約者のレイラが居たし、ある意味彼女の存在がヒロインを成長させたのかもしれない。
問題にはならない程度に、痛い目に遭えるし、ライバル役の令嬢がすぐ近くに居ることでヒロインは貴族社会での令嬢の振る舞いを見て学ぶことが出来たのだから。
つまりは、私のせい……なのかもしれない。
フェリクス殿下があんなに疲労しているのも、全部。
でも私は、どうしても死にたくなかったから、シナリオをぶち壊した。
思わず俯いていれば、ノエル様を宥めるでもなく、同意する声が。
「分かるよ。君の気持ちはなんとなく。苛立つのも、分かる」
聞こえてきた諦念の声に私はそっと顔を上げる。
ノエル様の過激な発言にユーリ殿下は、力なく首を振っているところだった。
そして、それを見たハロルド様が、今度はノエルの肩を叩いて宥めた。
「ノエル。滅多なことを言うものじゃない。それはそれでフェリクス殿下に負担がかかるだろう」
リーリエ様の身に何かしらがあったら、1番立場が上のフェリクス殿下が責任として問われることになる。
「そうだよ。ハロルド君の言う通りだ。兄上はただでさえ執務を抱えているのに!」
フェリクス殿下以外の方たちも、色々と大変そうだ。
恐らく、フェリクス殿下は努力を努力と思わないタイプ──大丈夫ではなくても大丈夫と言ってしまい、最終的には大丈夫にしてしまう能力を持つお方だ。
それを歯がゆかったり、申し訳なく思っていることが伝わってきた。
「とにかく、あの女が学園内で浮いてしまった時点で僕たちは無意味だ。ただの形だけの集団。この護衛も、学園内での何もかもが無駄になってしまった。かと言って今更、距離を置き始めるのも外聞が……」
ブツブツと呟いているノエル様を見て、お兄様がポツリと私に囁いた。
「なんだか皆、若いのに大変そうだね。ああ、それにしてもレイラの憂い顔は可愛い」
『この男、もはやご主人なら何でも良いのではないか?』
それはそれで怖いんですが。
思わずお兄様をチラリと見上げれば、幸せそうなお兄様の顔が間近にあって。
「キスしていい?」
「え?」
まともな反応をする前に、お兄様の唇がこめかみに優しく触れた。
今、そういう場面だった!? 脈絡がなさすぎる
『変態だ……』
ルナはお兄様が何をしても変態だと言っている。
まあ、居た堪れないのは確か。
皆さりげなく目を逸らしているし。
お兄様はご機嫌そうに鼻歌を歌っているし。
もう嫌だ、この空間。
『ん?』
影の中に潜っていたルナが何かに反応した。
『ご主人。怪しい気配がするぞ。以前の魔獣のような。ただ緊急性はない。大方、魔法陣を作成中といったところか』
「……!?」
思わず上げそうになった悲鳴を押し殺す。ぎゅっと手を握り締める。
シナリオ通りではないことは知っている。クリムゾンが何かをしているのかどうかも知らないけれど。
リーリエ様も居るし、ここは私がさり気なく様子を見に行って、陣を壊すことだけでもした方が良いかもしれない。
敵と顔を合わせるのは避けて……。
今はまだ、それに気付いているのは私だけ。なるべくパニックにならないように、こっそりと対処した後に、皆に情報を伝えて……。
とここまで考えた時に、前方から声が上がった。
「皆さん、私の精霊が言ってる!禍々しい気配が近くに!」
ああ。そうだった。おかしな気配を察知出来るのは、私だけではないのだ。
リーリエ様も光の精霊と契約していたのだから。




