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過去の記憶2

レイラの過去編はこれで終わりです。

連投失礼します。

  トラウマというのは、なかなか払拭されない。


  中学生の時期に抱えた傷はなかなか癒えない。

  表面的には問題なく見えても、私の人生は大きく変わってしまった。

  それでも私の人生は続いている。あの日、自分の命を無駄にしないと決めた時から、ずっと。


  私は中学生の頃の傷を抱えながらも大人になって、上手く折り合いをつけながらも、やはりまだ立ち直れていないことを実感する。


  皆が皆、敵ではないと知っていても人間不信は治らない。

  人を信じられるようになりたいと思っているのに、人を信じられない。

  誰かを助けられる人間になりたいと心から願っているのに、そんな私が人を信用出来ない。


  それでも私が出来ることをするしかない。


  ただ寄り添うだけでも誰かの心を救うこと、相手を理解出来なくても理解を諦めずに努力し続けることで何かが変わる──それは私が経験上学んだこと。

  私が出来るかもしれない最善。


  中学生の頃のトラウマは消えない。

  高校もその先の進学先でも、誰かと話すことは怖くて仕方なかった。

  それでも友人は出来たし、ありふれた日常を送る程度にはトラウマから抜け出すことは出来た。少なくとも人と会話のキャッチボールは出来るようになっていた。

  大分、拗らせてしまったが、それでもマシになった方ではないだろうか?


  大人になり、私は念願の養護教諭になり、日々を過ごしていた。

  養護教諭として採用された私は学校で勤務をしているし、教師たちともそれなりに上手くやっている。

  週2日の休日以外は昔のように保健室に居る。

  白衣を纏った自分に慣れず、私を頼る生徒たちの話を聞きながら試行錯誤の毎日。


  あの頃、私自身がしてくれて嬉しかったことを今度は、生徒たちに出来れば良い。

  聞き上手になりたい。面白い話を出来る訳ではないけれど、せめてそれくらいはと思っていた。

  かつての養護教諭の桜川先生と再会してから、何度か連絡を取り、その抱負を語り、おすすめの講習を紹介してもらったり。

  勉強に終わりはなくて、何かに気付けば気付くほど何かが足りないと思う。

  「そういうものだよ」と桜川先生は言う。


  恵まれた環境に居ると思う。

  学生時代の友人たちと趣味の話で盛り上がったりと、私生活も充実していた日々の中、ある時一人暮らしのアパートに届いた中学校時代の同窓会の案内。


  私は良い思い出などなかったけれど、あの頃のことは乗り越えたのだと知りたくて、参加にマルを付けて送り返した。



  皆、大人になっただろう。何か変わったのだろう。


  それを見て今度こそ、過去は過去だと確認したかったのかもしれない。

  結局のところ、私は向き合いたかった。



「七原さん?」

「うっそ、めっちゃ美人になってる!?」

「今、どんな仕事してるの?」

  会場に到着して、クラスごとに別れて席に着いて、昔の面影のある皆に囲まれながら苦笑する。


  ほらね。皆にとっては取るに足らないことだったんだ。私のことなんて。


  私が囚われれば囚われる程、惨めになっていくだろう。


「保健室の養護教諭になって働いてるよ。学ぶことは多いけど充実してる」

  私は心から綺麗に笑うことが出来たと思う。

  ずっと瑠奈みたいな人になりたかった。彼女の笑顔はさっぱりとしていて、自分のやることに迷いなどなかったのだ。

「なんか七原さん変わったね……」

「すごく綺麗になった」

  そう見えるのならば、私の大切な人たちのおかげだ。

  青春時代は台無しになったけれど、私は今からでも青春を謳歌しようと思っていて、この参加は1種の区切りみたいなもの。

「昔はごめんね。怖くて庇うことも出来なくて」

「私も見て見ぬふりしてた」

「あはは。そういう気持ちも分かるよ」

  気にしていないとも、昔のことだからもう良いよとも言えなかったけれど、こうやって笑い飛ばせるくらいにはなれた。

  まあ、今更すぎるとも思いはしたけど。


  何故か、周りから視線を集めている気がするが、それが悪意の色でないことに私は安心した。

「七原さん、かっこよくなったね」

「うん! 大人の女性って感じ。もしかして恋人でも出来た?」

  心臓が嫌な音を立てる。

「今はないかなー。仕事で忙しいし。仕事と結婚したい」

  人間不信の上、あれから男に関わるのは懲り懲りで、そういう雰囲気になりそうになったら逃げて来た。

  昔の弊害で、私は人が怖いが何よりも異性が怖い。

  おちゃらけて返すと元同級生たちは笑った。

  昔の同級生たちに何か思うところあるだろうなあと思っていたけれど、こうして話してみると、どうやら昔のことは程良くどうでも良くなっていた。

  トラウマは消えなくとも、少しずつ乗り越えることは出来ていたらしい。

  私はもう自分から死ぬことはないだろう。

  昔の事件のことには触れることないまま、友好的に話をしている中、近くで甲高い声。


「さいってい!」

  見覚えのある女性が顔を歪め、不機嫌そうに顔を顰めている。

  傍らにはこれまた見覚えある男性。


「もしかして、高橋さんと佐々木くん? 2人、今も付き合ってるんだ? そうか。幼なじみだもんね」

  元凶の2人を目にして思うところは多大にあったが、何とも思っていない振りをした。

  あっけらかんとした私の様子に元同級生たちはホッと胸を撫で下ろしながら口を開き、耳打ちした。

「昔、中学時代から付き合ってるんだけど、佐々木くんは浮気放題で高橋さん荒れているらしいよ」

「へえ」

  高橋さんの機嫌を取ろうとしている彼を見ながら、私は興味無さそうに返事をした。

  あまり関わらないでおこう。


「ほら、佐々木くんってカッコ良いから、モテるんだよ」

「でもミュージシャン志望で、まともな仕事についてないんでしょ?」

「ヒモなんじゃなかったっけ?」

「たまにバイトしてたよ、たぶん」

  うわあ……と思った。 どうやら高橋さんに養ってもらっているのに浮気をしているらしい。


  そもそも、私に告白してすぐにフって、その直後に高橋さんと付き合い始めた彼のことだ。誠意はない。

  あの時、私は幼なじみの仲を引き裂く悪役みたいな役割だったから今でも思うことはある。


  人を不幸にして結ばれて、それで満足ですか?、と。


  まあ、とにかく関わらないでおこうと思っていたら、そういう訳にもいかず。


  佐々木くんと彼の友人らしき人たちに囲まれる羽目になった。

  彼らはどういう神経をしているのだろうかと呆れつつも、私はとりあえずニッコリと笑っておいた。

  話すこともないので、「懐かしい顔ぶれがいっぱいだね」と当たり障りのないことを言っておく。

  何故、私に話しかけたし。


「七原さん、美人になったね。当たり前だけど大人っぽくなった」

  佐々木くんは私を見ながら目を細める。

「そりゃあ、大人ですから」

  引き攣らないように気をつけながら愛想笑いを浮かべる。

「なんか大人の雰囲気っていうの?バリバリのキャリアウーマンって感じ。うちのミリアはバイトだからなあ」

  働いてないお前が言うな。

  自分のことを棚に上げる人って居るよね。


  怪しまれるのも嫌なので、適当に相槌を打って自然にその場から離れる口実を作る。

「七原さん、聞き上手だね。それに気遣いの出来る素敵な女性になったんだね。あの頃から、俺と付き合ったままだったらって思ってしまったよ」

  うわあ。最低だとは思っていたけれど、仮にも彼女持ちが、これはない。


  案の定、彼から離れたら、高橋さんとその仲間たちに囲まれる。

「七原さん相変わらずね。人の彼氏に色目使うなんて」

  高橋さんは私を睨む。

「中学生の頃から進歩ないよね」

  いやいや、集団で取り囲んでくる貴女がたの方がどうかしていると思う。

「まだ佐々木くんのこと好きなの? 人の男に手を出すなんて」

「あんた、どうなるか分かってるの?」

  高橋さんの友人らしき女性が私を睨んでいる。


  はあ、と私は溜息をついた。


「私は、佐々木くんを好きではないです。まだそんなことを言っているのですか?そもそも、私には好きな人が居るので。優しいけど全部抱え込んでしまう人なんですが」

  2次元だけどね。

  私はこの時、完全なヲタクだった。

「ええ! 誰々!?」

「話、聞かせて!」

  先程まで話していた元同級生たちが私の両側から腕を掴んでいた。

  ふと周りを見渡して気付く。周囲の人々は苦笑している。

「もう昔と違うのに、高橋さんまだあんなこと言ってる」

「絡まれている七原さんも気の毒に」

「自分が彼氏と上手く行ってないからって当たり散らすなんてね」

「佐々木もあんな粘着質な女が彼女なんて、そりゃあ浮気もしたくなるだろ」


  呆れたような周囲の視線。

  昔とは違うシラケた雰囲気に、高橋さんは顔を真っ赤にしてその場から立ち去った。


  この時、高橋さんが私を睨み付けて去って行ったのだが、気付けば良かった。

  彼女の憎悪に。きっと、佐々木くんの浮気に参っていたのだろう。

  降り積もったストレスは、この日たまたま再会した私に向けられることになったのだ。


  同窓会の帰り、本屋に寄ろうと歩道橋を渡って居た私は勢い良く背中を押された。


「何よ! あんたばっかり! あいつは私の彼氏なんだから!」


  高橋さんの金切り声と共に、私は階段の1番上から思いきり突き飛ばされ、下へと落とされていった。

  激痛。


  ああ。男と関わるとロクなことにならないなと思いながら、私の意識はフェードアウトした。


  これ以降、私が七原玲として、目覚めることは2度となかった。


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