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  日々は過ぎていく。

  危うく変な噂に私も巻き込まれそうになるも、なんとか回避してから数週間。

  精霊の湖でフェリクス殿下と遭遇してから1週間経過した。

  あの時はどうしようかと思ったが、殿下は思っていたよりも質問攻めにすることなく、帰りは無事に月花草も採取して帰ることが出来た。

  思い通りに行き過ぎて怖いくらい。


  あれから1週間経ったがバレることもなく、何か言われることもなく安寧な日々が続いたある日の昼下がり。


「しばらく晴れないだろうね」

  鏡の向こうのフェリクス殿下の視線は空に向けられている。

  今日も今日とて週に1度程になった鏡通話。

  特に怪しまれることなく普通の会話が続いている。

  私も思わず空を見上げる。

  曇り空だが、空気は澄んでいる。

  雨上がりの濡れた空気の香りが心地良い。


「そろそろ、夏の休暇前の試験の時期ですね。雨ばかりなので、ちょうど良いかもしれません」


  この世界ではなんと、四季が存在し、ちょうど今は初夏。

  時折、雨が降る時期だった。

  天気を変える大魔術も存在するけれど、学園内のフィールドを使う重要な演習がない限り、そのような大魔術は使わない。

  精々、防御膜を張って雨を防ぐ程度である。


  防御膜の使い方は無限大で、私も敷物を直接引くと濡れてしまうので、防御膜を地面の上に張ってからその上に敷いたりしている。


「試験勉強か……。結果が貼り出されたのも、つい最近のことに思えるよ」

  フェリクス殿下は首席で、ノエル様は2位である。

  特に試験勉強に喘いでいる様子もなかったノエル様は、どうやら授業を聞いて1回で理解出来るという良く分からない頭の構造をしていた。

  フェリクス殿下は、試験勉強ではなく、執務に喘いでいたのだけれど、それで首席だというのだから、この人たちは人間を止めていると思う。

  そして、ハロルド様の成績は9位。普通にすごいのだが、それでも勉強に苦手意識を持っているらしい。

  リーリエ様はどうやら15位くらいだ。1学年が90名程なので、頑張ったのだろう。


「ハロルドなんかは、ヤキモキしているだろうな。筆記試験も悪くないし、成績も良いのだけれど、この時期は気落ちしているね」

「野外で体を動かすのは気持ち良いですからね。思い切り魔術を使うなら彼の魔術の場合、放電しないといけませんし」

「あれ? ハロルドの使う魔術を知ってたっけ?戦闘訓練でハロルドは魔術を使っていなかったような気が」

  あ。ヤバい。あの時の私は、月の女神ということになっていたんだった。

  お、落ち着いて。ハロルド様と話す機会はたくさんあったんだから、怪しいことなんてなかったではないか。

  疑われないように、自然を装い、私は落ち着いて答えた。

「……たまたま聞いたんです。前回、ご一緒させてもらった時に」

  フェリクス殿下はふっと笑う。

「ああ。勉強を教えてもらっていたんだっけ?」

「そうです! そうです!」

  どうしよう。力いっぱい頷いちゃったけど、これ怪しく思われるかな。

  あ、でも、殿下も別に何も言ってないし、問題ないのでは?


『私からはもはや何も言うまい……』


  差し込まれたルナの声が何か悟りを開いたみたいに抑揚がないことが気になったが、気にしない。

  ルナが諦めていようとも、私は諦めない!


  殿下はいつものように微笑んでいるし、たぶんこの場もなんとか乗り切ったはず。

  私に抜かりはない!抜かりそうになったけど、セーフ!


「そういえば、随分前に読み終えていた本の感想会をしていなかったね。色々あって後回しになっていたけれど」

「そういえばそうですね?」

  数週間の間、リーリエ様の件で殿下は疲れ切っていたし、私は学園内の様子を知り得る限り報告していたので、その話題は後回されていた。


「どうでした? かなり人を選ぶ作品だと思うのですが」

「サスペンスだというのは分かったし、名門貴族の邸宅の謎について明かされていくのはハラハラしたし、ページを捲る手が止まらなかった」

「サスペンスだけあって、トリックも凝っていましたからね。その部分も評価が高いですよね」

  ちょっとした描写すらも見逃せない程、伏線が張り巡らされていて、最初の部分の狂信者の噂が後々に関わってくるとは思わなかった。

「伏線が一気に回収されていく様は見事でしかなかったし、ラストの一文には戦慄したなあ」

「皆さん、そう仰る方が多いので、この本は後ろのページを覗かずに最初から順に読んでいただきたいですね」

  ミステリーを後ろから読む人とか、最後のページを覗いてから読む人は一定数居るとは思うけれど、これに至っては前から順に読んで欲しい。


「ただ、青年貴族の愛と執着に全てが持ってかれてしまって、今印象的なシーンを上げろと言われたら、青年が窓に板を釘打つシーンしか出てこない。主人公の女性は幸せそうだったが、あれは幸せなのだろうか?」

「世間的にどうかは分かりませんが、2人は幸せですよ」


  つまりは、メリーバッドエンドという代物である。


「私的には、最後のどうとでも取れる描写や仄暗さ、余韻の残る切なさが胸に迫ってくるものがありまして」

  しばらく引きずる感じがまた良いのである。

「うん。芸術的ではあった。ただ、監禁はどうかと思う。レイラはああいう妄執がお好み?」

「フィクションに限ります」

「だよね」

  現実の監禁男など、たとえイケメンでも無罪にならないし、私的にはお近付きになりたくないし、知り合いにもなりたくない。


「ほら、私って事なかれ主義なところがあると思うので」

  なるべく平和に生きたいものだ

「レイラが事なかれ主義……? 嘘でしょ」

『自称事なかれ主義だな』

  心から理解出来ないと言わんばかりの殿下。

  そして似たような声音のルナ。


  だって、ほら私は破滅エンドを回避しようと色々と考えている訳だし。


『ご主人。今だから言うが、そなたはかなり派手な立ち回りをしていた気がするのだ』

「……」

  ほら、仕方ないこともあるじゃない。

  世の中には例外もあるのだ。


  勝手に1人で納得していたら、殿下も私に物申した。

「レイラは強いし、有能だし、結果は何かしら残してくるからその面では心配していないし、瑕疵が見当たらないからどう注意して良いのか分からないけど、一応言っておく。危険なことはしないでね。これは私の気持ちの問題みたいなものだけど」

『ご主人は時折、迂闊だからな。同意見だ』

  解せぬ。


「私のことは良いのですよ。そうじゃなくて!そう!本の話でした」

『無理やり切り替えたな、ご主人』

  ルナの一言一言が耳に痛い。

  無視することにした。

「いくら好きだとしても、世の中にはやって良いことと悪いことがあるでしょう?好きだからって辛辣な言葉を投げかけるのは、どうかと思います」

「青年貴族が愛に狂う気持ちは理解出来るけど、監禁なんて方法を取るなんて理解に苦しむなぁ。そんな警戒される行動を取ったら逆効果だし、どう考えても悪手だと思う。もっと他に方法あったと思うんだよ」

「例えばどういった?」

  本格的に考え込む殿下。この小説を読んで何か思うところがあったのかも。

「うーん。まずは警戒を解くところから始めないと。後は相手の様子を逐一観察もしないとね。激情なんて非生産的な……。この青年貴族もやり方を間違えなければ、普通の恋愛が出来ただろうにと考えてしまってね。……それにしてもどうしてこうなったのやら」

「1つ1つの小さな選択肢を間違い続けた結果ではないですか?」

  フェリクス殿下は頷いた。

「些細な積み重ねが後に影響してしまった典型的なパターンだね。1つ1つの失敗がなまじ小さいから、余計にもどかしい。これは恋愛だけでなく、上に立つものもそう言えるよね」

  ふと思った。

  殿下がいつも冷静で感情的にならないのは、常に間違った選択肢をしないためなのではないかと。

  だから、怒った時も前に見たような歪な怒り方になるのでは?

  15歳なのに、既に大人みたいな考え方をする殿下は、幼い頃からそう教育をされて来たのかもしれない。

  さらに、それを出来る器用さもあった。

 

「とにかく、反面教師になりそうな人物だったよ。興味深かった」



  殿下と本の感想をその後もぽつりぽつりと語り合った後、ふと夏季休暇の話になった。


「レイラは王都の屋敷に滞在するの? 夏季休暇だと学園の事務員も帰省して居ないし」

「ええ。我が家も夜会を開かなければなりませんし、私も呼ばれています」

「ああ。侯爵家になるんだっけ。そうか、じゃあ挨拶周りが大変だね。夜会には私たちも参加するようだから、次に会うのはその時かな?」

  そういえば、夏季休暇中、リーリエ様も一緒なのだろうか?

  ふと疑問に思った私は彼に聞いてみることにした。

「そういえば、リーリエ様は夏季休暇中、どうされるのですか?」


  何げない質問だった。

  いつも一緒に居た彼らだけど、ゲームのシナリオとは違っているから、どうなっているものなのかと気になって、さらりと聞いた。


  一瞬、無表情になりかけた殿下は、すぐに表情を戻して、教室に居る時みたいな貼り付けた笑みを浮かべた。


「それは、もちろん、夏季休暇中は私たちは共に行動するよ」



『ご愁傷様だな』


  私の影に潜んだまま、ルナからあまりにも無情な一言が投下されたのだった。



  休暇前の試験が終わったら、学園で働き始めて、初の夏季休暇が始まる。

  初夏、未だどんよりとした雲が、殿下のテンションを表しているようにも見えたのは錯覚だろうか?

  そして、貼り付けた満面の笑みは相変わらず完璧なもので、少し心配になったりもしたのだった。


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