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自ら墓穴を掘り頭からダイブして自ら埋まりに行った私は、敷物の上でぺたんと座り込み、項垂れていた。
髪が落ちてくるのを耳にかける。
「そんな落ち込まないで」と楽しそうに言うフェリクス殿下に、ゆっくりと顔を上げた私はじっとりとした抗議の視線を向ける。
「趣味がよろしくないのでは?」
「全容を明らかにしていたいというクレアシオン王家の本能なんだ。ただでさえ噂の渦中にあるレイラが何かに関わっていたら心配するし、貴女は自分でなんとかしようとするでしょう?きっと言ってくれないと思ったから」
「……」
『ご主人は隠す気しかなかったからな』
殿下の仰ることも、ルナの言っていることも図星なので、もはや何も言えない。
「嘘をついたのは悪かったと思う。でも友人のことを心配している気持ちは、本当なんだ」
うう。そんな言葉で私は揺らがない。
ちょっと嬉しいとか思ってなんかない。
それじゃあ、私、ただのチョロい女じゃないか。
殿下が私を心配しているのは嘘ではないのは分かったけど。
「だから、そんなに怒らないで居てくれると嬉しいな」
「殿下のことを怒る訳がないでしょう。私は怒っていませんよ」
「そんな警戒しきった態度を取られるのは寂しいかな。私がいけないのだけど」
とか言いつつ、楽しそうに笑っているのは何なのか。
この方、絶対に面白がっている気がする。
でも……。
同時に、優しい眼差しをされているから何だかこっちも怒りが持続しないのが困りものだ。
「殿下が私のことを心配してくださったのは分かりますし、私がどうこう言うことではありません。それに……その、友人と仰ってくれましたし」
友人……の部分で頬が緩みそうになったのを悟られないように顔を引き締める。
「……うん。いや、友人という言葉に嘘はないし、レイラのことを信用しているのも本当なんだけど……思ったより手応えがあることに私は本気で驚いている。レイラのこれからが心配だ」
『本当にご主人は歪な精神をしているな。ある方面から攻めると恐ろしく強固なのに、また別の方面から攻めればこうも容易なのだから』
本気で心配されている殿下と、本気で呆れているらしいルナに、とりあえず褒められていないことだけは分かった。
何か言えば言うほど、また墓穴を掘り進める気がしたので、そっと放置することにした。
「ところで、私の婚約者候補として令嬢たちの間で有名なレイラだけど、実際にどうする?」
「強調するの止めていただけません?」
微妙な顔をする私と機嫌良さそうにする殿下の表情の差は対照的だ。
笑いを堪えているのを見て、王族相手にどうしてやろうかと一瞬思ったくらいだ。
「それで、これは提案なんだけど。私と婚約でもしてみる?」
「はい……? ……はい!?」
ちょっと待って!?あまりにもサラッと言われたものだから、思わず頷きそうになった。
さり気なく爆弾を投げて来るのは本気で止めて欲しい。
そして怖いのは、本当に検討している殿下である。
考えるように顎に手を当てていて、冗談に見えないというか、本気で一案として考えているというか。
「ヴィヴィアンヌ家はクレアシオン王国の中でも有力な古くから伝統ある名門貴族で、おまけに白い貴族だ。貴方のお父上は近々侯爵になられるし、先々代から多くの公爵家に恩を売っていて、恐らく反対意見は出ないだろう。それに貴女はひと足早く通信課程で卒業し、学園内で働けるくらいに資格も取得している優秀なご令嬢。学園内の評判も上々」
殿下が並べ立てる理由を聞けば聞く程、逃げ場所が私から去っていくような錯覚を覚える。
もしかして、これってかなりマズい状況ではなかろうか?
悲鳴を飲み込みながら、私はどうでも良い返答を返す。
「私が通信課程とご存知だったのですね……」
時間稼ぎにも何の足掻きにもならない返答が虚しい。
「実技試験もこなせば、正式な卒業資格も得られるんだってね。なるべく早く卒業資格を得て、職を一刻も早く得るのが目的だったのでしょう?」
「……」
貴方の婚約者になりたくないのと、学園に通いたくなかったからです。
本当のことは言わずとも、勝手に納得してもらうことにしよう。
「ヴィヴィアンヌ家は教育熱心だと有名だから、恐らくレイラが受けてきた淑女教育も、王太子妃教育並みに高難易度なんだと思うし。レイラの立ち居振る舞いって令嬢たちの中でも群を抜いてるから目を惹くんだよね。幼い頃からの教育の賜物なのか、1つ1つの仕草にも高貴なる者の振る舞いが滲み出ているというか」
『前から言おうと思っていたが、ご主人は目立つぞ』
え? 目立つ?
「そういえば、レイラってマナー教師の資格もあったよね?」
確かに、ちょっと暇な時間に取った記憶がある。最悪、追放されても食べていけるようにと当時は何でも取り入れた気がする。
今の今まで忘れかけていたけれど。というより、本気で問いたい。
「何故、それを殿下がご存知なのですか?」
本人ですら忘れかけていた情報を何故知っているのか。
殿下はあっけらかんとして言った。
「ほら、友人のことくらい、知っておきたいじゃない?」
「…………。それも……そうですね?」
『待った、ご主人。そなたはそれで良いのか』
ルナの呆れた声にも首を傾げる。
「という訳で、考えれば考える程、レイラ以上に相応しい令嬢は居ないのではないかと思ってね。それに何故だか分からないんだけどこの間から、父上が私に聞いてくるんだ。レイラは達者にしているかって」
陛下──!!
殿下には言わないと仰っていたかもしれませんが、名前を出す時点でアウトです!!
完全に意味深ですから!!
『ご主人、世の中、諦めが肝心ではないか?』
どうしてルナの方が先に諦めているのだろうか!?
「信用出来る人っていうのは貴重でね。私はいつでも大歓迎だから、気が向いたら婚約者になってくれても良いんだよ?」
気が向いたらって軽すぎやしないだろうか?
「そんな国の大事なのに……」
本気で恐れ戦く私を見て、殿下はじっと私を見つめた後、何気なく付け足した。
「なーんて、冗談だよ。父上とも話さないといけないからね」
「ですよね!?」
心臓に悪過ぎる!
「リーリエ嬢のこともあるし、在学中に婚約者の話が進むこともないと思うよ?」
殿下にベッタリなリーリエ様と、殿下の婚約者がキャットファイトする展開は、なるべく避けたいということか。
と、とりあえず、婚約回避……かな?
いつもギリギリの綱渡りをしている気がする。
これは本気で、無事に卒業するまで、私の正体がバレてはいけない。
そう決意していた私は、ふと視線を感じて振り向いて。
鏡越しに微笑ましそうに私を見る殿下が居たのだった。
昼休憩はそのようにヒヤヒヤしながらも無事に終わり、午後は午後で調合したり、湿布に魔力を込めたりしていた。
『ご主人。顔が死んでいるぞ』
ソファに腰掛けてダウンしている私の膝をルナがぺしぺしと叩いている。
「もう、怒涛だったわ……」
『そんなご主人に残念なお知らせだ。光の精霊の気配がしているぞ』
「戻ったばかりなのに、早速!?」
そういえば、フェリクス殿下が、私に謝罪するようにリーリエ様に言い含めていたような?
気にしていないので、どうか私を放置してください。お願いします!
『気合いを入れろ、ご主人』
「……はい」
とか言っているルナが影の中に入っていくことに納得いかないまま、私は扉がノックされるのを待つのだった。




