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連続投稿します。

間違ったところを直すかもしれません。

  叔父様の長話に付き合い、「では、次の実験の下調べでも始めますかね」と上機嫌になったところで、やっと解放された私は、手紙を開封することにした。

  1時間経過していた。


「……?」

  しっかりと魔術で封がしてあって、特定の者しか開けられないようになっている。

  それに、この魔力……つい最近覚えがあるような?

  今日の医務室にはあまり人が来ない。チラホラと軽症者が来訪するけれど、長居はすることのない人ばかり。

  ルナと私は顔を突き合わせて、手紙に向き合っていた。

『あの王太子からだな』

「やっぱり? 最近の噂の件かな」

  先程のリアム様は殿下付きの使用人なのかな?

  詳しく状況報告をしてくれるのかもしれないとペーパーナイフで開封して、便箋を取り出す。

「んん?」

  そこには学園内の地図と、一言だけの文面。


『明日の昼、以下の地点に来られたし』


「何これ、決闘?」

『そんな訳なかろう』

  ボケてみたら、即座に突っ込むルナが素敵。

「この場所って、庭園の迷路だよね? 迷路の全体図もある」

  学園内にある薔薇の庭園。生垣で立体の迷路が作られ、迷い込むとなかなか抜け出すのは大変という噂。そして広大で、見応えがある。

  フェリクス殿下ルートで、ここで薔薇を髪に挿すシーンがあった気がするけれど、迷路があまりにも複雑なせいで、迷路を抜けた先は人があまり近寄らないのだ。

  その前に迷って引き返すか、数時間放浪するか……。

  庭師は何を思って、この迷路を作ったのか。乙女ゲームっぽいっていったらそうだけど。


  とにかく、迷路を抜けた先に明日行けば良いということらしい。

  内容を理解して封筒に仕舞おうとした瞬間、迷路の全体図以外の紙がいきなり、ぼっと空気を燃やして炎上して、みるみるうちに空気中に溶けていった。

「……秘密文書か何かみたい」

  よくファンタジー漫画などであるシチュエーション。情報が漏れる前に手紙を燃やすっていう。

  さすがに、この迷路の全体図だけは残っていて良かったけれど。

『すごいぞ、ご主人。この全体図、特定の魔力保持者しか見えないように魔術がかけられているぞ。契約した精霊である私も薄らとしか見えない』

「……何やら周到ね?」

  密談に相応しい機密保持っぷりである。

  フェリクス殿下からいつか説明はあると思ってはいたが、思っていたよりも慎重に行動しているらしい。


  あれからフェリクス殿下とはまともに話していない。

  リーリエ様との噂のせいで、仕方ないとはいえど、少しも会話が出来ないのは寂しいものがある。

  それを伝えるつもりは絶対にないけど。


「レイラ。言うのを忘れていたのですが、取引先から新調した消耗品が届くので、受け取りのサインをして来てくれませんか? 立ち会いをお願いしたいのです」

  過去の論文を抱えていた叔父様がひょこりと顔を出した。

「ええ。分かったわ」

「運び入れるのは向こうがやってくれるので、お願いします」


  そして医務室から出て、学園内を少し歩いただけで分かった。


  視線。視線。視線。

  好奇心の視線。


  何やら好奇心旺盛な令嬢や令息たちが、私を見つける度に視線を投げてくるのだ。

  聞きたいけど聞けない。

  そんな空気の中、彼らと目が合う度にいつも通りに微笑んでいく。

  普段と変わりなくしていれば、それで良い。


  これならば、確かにフェリクス殿下と接触しない方が良さそうだ。

  私と彼が話すだけで、辺りがざわめくのだ。


  そもそも、私の名前を出したのは誰なのか。

  令嬢たちは水面下で、リーリエ様の対抗馬として私を擁立しようとしていたけれど。

  それを望むのは多数で、かなりの勢力らしい。

  リーリエ様が出てこなければ、我こそはと王太子妃の座を争っていただろうに、まさか彼女たちも私を推すことになるとは思わなかったに違いない。

  特別な力を持つリーリエ様の対抗馬として立ち矢面に立つリスクは避けたいが、そのままリーリエ様が王太子妃になるのは我慢ならないといったところだろうか?

  恐らく、公爵たちは権力争いとリスクを放棄したのだろう。

  そして各々公爵家での立ち位置が決まったところで、中途半端に目立っていた白い貴族の私。

  渡りに船だったに違いない。


  令嬢たちの間で、私が王太子に相応しいと語られている件は、どうやら令嬢たちの間で固く守られ、外にその話は今のところ漏れていない。

  高位令嬢たちは妙な連携を取っているとは思うが、情報の守りは恐ろしい程に強固だった。


  ならば今回の銀髪の少女=私という説が浮上したのは、何故だろう?

  純粋に、うっかりやな誰かさんが話してしまったとか?

  私の立場が悪くなることを分かっていて?


  それか、私に対する悪意か。


  もしそうならば、それは私だけに対するものなのか、それとも……?


  うう……。考えれば考える程に深みに嵌っていく。

  悶々としながらも入口で立ち会いを済ませ、学園内に戻る最中、1年のフロアを横切ることになり、廊下を歩いていたら、お馴染みのメンバーが勢揃いしているのを見つけた。


  数メートル先、彼らは居た。廊下の開けた場所で、いくつか設置されている丸机を囲って座っている。


『結局、あの娘、王太子に泣きついたんだな』

  ルナの言うあの娘とは、リーリエ様のことで、周囲の生徒たちが遠巻きにしている中、攻略対象のメンバーに囲まれて、まだ目を赤くしていた。

  あれから1時間弱経過した訳だが、その間ずっとあの調子だったのか、単に目が赤く腫れてしまって戻らないだけなのか。

『なんだか、ちぐはぐな集団だな』


  それもそのはず。

  苦虫を噛み潰したような渋い顔をしているハロルド様と、煩わしそうに顰められた不機嫌そうなノエル様。

  対して、完璧なアルカイックスマイルを浮かべるのは、フェリクス殿下とユーリ殿下だ。

  あまりにも綺麗な微笑みは感情が読めない。


  その中心にはまだ泣き腫らした様子のリーリエ様。

  少し話を聞いてみようと思い、私はその近くの、彼らの場所からは丁度置いてある植物に隠れる位置にあるベンチに座った。

  ポケットからメモ帳を取り出して、叔父様が先程までペラペラと語っていた術式に纏わる数式を書き出すことにした。

  これならば、傍から見れば、研究のために数式に夢中になっている女にしか見えない。

  聞き耳を立てていたのかと詰問されたとしても、「はい?計算していたので分かりませんでした」と言えば大抵は納得してもらえるだろう。

  何しろ叔父様の作った術式だ。

  ふふん。我ながら上出来だ。抜かりがない!

  リーリエ様と距離が近付いたため、ルナは私の影の中へと隠れている。

  苦手なのかなあ。

  そのまま聞き耳を立てていれば、不機嫌そうなノエル様の声が聞こえてきた。

「で?授業中の間もずっと泣いていたって?もうあんた寮に帰れば良いだろ。他の奴らの邪魔になるだろう」

  泣いている女の子に向かって容赦なく投げつけるのは鋭い刃のような言葉。

  「で、でも私、勉強頑張るって決めたもの。それなのに授業を欠席するなんて……!」

  泣き止んでいるはずだが、リーリエ様の声は涙声。

  叔父様に色々言われた後もしっかりと授業を受けていたらしい。

  ノエル様はそれにわざとらしくため息をついた。

「だから、それが周りの迷惑だって言っているんだよ。それくらい分からないのか?」

「ちょっ、ノエル君。言い方!言うならもっと優しく言ってあげて。会話にならないから。それに見られて変な噂になったらどうするの」

  突き放すようなノエル様の物言いを宥めるユーリ殿下。

  一見リーリエを庇うようで、庇っていないことに気付く者は何人居るだろうか?

  ユーリ殿下は、周りをキョロキョロと見渡していて、外聞を気にしているらしい。周囲には人がぽつりぽつりと居て、主に兄であるフェリクス殿下の評価が下がらないように気を使っているようだ。

「もう。驚いちゃったよ。ちょっとした意地悪で泣いちゃうなんてね。ヴィヴィアンヌ医務官は研究熱心で、研究を邪魔する相手には容赦ないって噂だし、たまたま入り込んで邪魔してしまったのは、不幸な偶然だよ! 彼にとってはちょっとした八つ当たりみたいなものだと思うし、気に病んだら駄目だよ。兄上もびっくりして何も言えなくなっているじゃない」

  あからさまな説明口調で周囲にフェリクス殿下は無実だと吹聴しているのだろう。

  周囲の聞き耳を立てている生徒たちは「何だそんなことか」と興味をなくしていく。


  大方、リーリエ様が授業を受けている最中も、泣いていたとかで変な噂が立っているのだろう。

「人前で泣くとか迷惑なんだ。あんたが授業中、殿下の邪魔をしていたのを僕は見ていたぞ。殿下は懐が広いから付き合ってくれるだろうが、普通はあんたの方が空気を読んで自重するものだ」

  ノエル様が歯に衣着せぬ物言い。

  どうやら、フェリクス殿下は授業中も宥める羽目になったらしい。

  叔父様を止められなかったばかりに、こんなところにまで皺寄せが行くのが申し訳なかった。

  殿下はリーリエ様係みたいになっている。

  普段からこんな感じなら疲れるのも納得だ。

  ノエル様により、リーリエ様の瞳に涙が溜まったところで、「ノエル。一旦口にチャックだ」とフェリクス殿下は苦笑しながら止めた。

  先程まで困っていた様子のフェリクス殿下は、リーリエ様に窘めるように言い含める。

  まるで幼い子どもに我慢強く言い聞かせるような口調で、丁寧に。

「いつも言っているし、貴女も耳にタコが出来る程聞いたと思うけど、人前で泣くのは淑女失格だ。淑女は人前で泣かない。人前で泣くのも感情を露わにするのも、貴族としては半人前だよ。付け込まれないためにも、仮面を被ることを覚えるんだ。心ではどんなに泣いていたって良いし、人目のないところで泣いたって良い。少しの間、頑張ることは出来ない?」

  フェリクス殿下は、何度もリーリエ様に伝えてきたのだろう。それでも上手くいかないのかもしれない。

「でも、私……わざとじゃないの。だって……つい……悲しくなって、私が頑張っていること否定された気がして……」

  リーリエ様はフェリクス殿下のことが好きで、王妃になることを夢見たりしていたのかもしれない。

  ゲームでは、彼女はヒロインだった。

  どうやら、叔父様に言われたことはクリーンヒットだったらしい。

  声を小さくしていくリーリエ様が甘えるようにフェリクス殿下の服の裾を掴む。

「私、ただ、レイラさんに本当のことを聞きに行っただけなんだよ? それだけなのに、あそこまで言われるなんて……。ただ、気になっただけなのに」

「気になったからと言って周りの迷惑を考えずに突っ走るのは違うよね?周りを見てって何度も言ったよ。それこそ、毎日言ってる。それを貴女は流し続けているし、今は特に噂が流れているんだ。貴女の行動によってどうなるか分かる?」

  フェリクス殿下は諦めずに正論を突きつけていくが、最終的にリーリエ様はこう言った。

「でもレイラさんは庇ってくれたもの」

「そんなレイラ嬢に変な噂を立てようとしたのに?光の魔力の持ち主を泣かせたらしいって。医務室から泣いて出てきたらそう思う人が居てもおかしくない」

  はああああ!?

  私が虐めたみたいになってるだって!?

  そういえば、さっきから視線があるなあとは思っていたけれど!

  待って、悪役令嬢フラグはへし折ったのでは!?

「まあ、さっきユーリが誤魔化してくれたおかげで誤解は解けたようだし、ヴィヴィアンヌ医務官の魔術狂いは有名だから説得力がある。悪い噂にはならないと思うよ。……でも、下手すれば風評被害だった。……はぁ、私のやり方は間違っていたのだろうな……なら、どう言い聞かせれば良かったのか……。全ては私の責任、か」

  最後は独り言を零し、疲れ切って遠い目になっている殿下をよそに、私はこっそりとガッツポーズをしていた。


  よ、良かった!

  本っ当に良かった!

  首の皮一枚繋がった!

  さっきのアレってそういう意味だったのかあ。


  死亡フラグ!?とか思ったけど、回避出来たようだ。


  叔父様! 魔術狂いでありがとう!説得力が増したわ!と思ったが、元々は叔父様のせいなことに気付き、私はスンっと真顔に戻る。

  私ももっと早く止められれば良かった。


「私そんなつもりなんてなくて……。あ、でも私が違うって言えば問題ないよ?」

  名案だと彼女は、ぱあっと顔を輝かせたが、私から言わせればそういう問題じゃない。

  被害者が加害者を庇ったところで余計に悪化する。少なくとも周りにはそう見えているのだ。

  ちょっとそんな簡単に言わないで欲しい。

  それはフェリクス殿下も承知のようで。

  というか、その発言が気に触ったらしい。


  ん?


  ふと、フェリクス殿下から表情が抜け落ちた……気がした。

  彼はリーリエ様に向き直ると、不自然なくらい優しく微笑んだ。


「リーリエ嬢。お気楽に構えすぎじゃないかな? 事態を重く見た方が良い。悪気がないとしても、貴女の行動はレイラに風評被害を与えるところだったのは事実だよ」


  すぐに作られた笑み、だと分かった。


  あれ? もしかして、私より怒ってる?

  いやいやいや、そんなまさか。

  あの温厚な殿下が。

 

  だけど、彼の表情が読めない。殿下は自らの感情を貴族らしく隠してしまっているのだ。


  少しだけ空気が変わったことにリーリエ様は気付いているだろうか?

  先程まで突っかかっていたノエル様は黙り、ハロルド様もフェリクス殿下を戸惑ったように見ているし、ユーリ殿下は「あーあ」と言わんばかりの表情だ。


  フェリクス殿下はリーリエ様に向かって唐突にこんな質問をした。

「……リーリエ嬢。簡単な質問をするね。想像して欲しいんだけど、貴族令嬢が2人居て、片方が泣いていたらどう思う?」

「ええと、もう1人の令嬢に何かされたのかって思うよ?」

「……今、リーリエ嬢がそう思ったように、世の中の多くの人はそうやって、泣いていた方を被害者と無条件で思い込む。……泣いたら簡単だもんね?」

  笑みを浮かべているはずなのに、無表情で淡々と殿下は告げているように見えた。

  さらに彼は微笑みながら続ける。

「医務室から出てきた貴女は泣いていた。そのままにしていたら、少なくとも噂になっていた。簡単な話だよ。泣いている方が有利だから。人のせいにだって出来てしまう」

「違っ……私は本当にあんな言い方をされたのが悲しかったの。そんなつもりはないのに。誰かのせいにしたつもりはなくて……」

  リーリエ様はガタリと音を立てて立ち上がった。

  彼は完璧な美しい笑みを浮かべながら宣う。

「ふふ。まさか。貴女がそうだとは言ってないよ。ただ、ふと思ったんだ。リーリエ嬢と他の令嬢が2人並んでいて、そこでリーリエ嬢が泣いていたら、ほとんどの人は光の魔力を持った特別な女の子に味方するだろうね。それって不公平だと思わない?ようするに貴女は泣けば許される立場に居る訳だ」

  フェリクス殿下の口調は柔らかいけれど、言っている内容は少々キツイ。

  フェリクス殿下にしては珍しく刺々しく毒があったのかもしれない。

  他の3人は驚愕に目を見開いていた。

  それは、フェリクス殿下が怒るのを初めて見たと言わんばかりだ。

  いや、まさか、そんなことはないだろう。うん。さすがに。

  でも1つだけ分かることがある。

  今までは毒を吐くことなく、何度も何度もリーリエ様に貴族の何たるかを言い聞かせて来たのだろう。

  周りの毒舌を宥めながら。



  ハロルド様は居心地悪そうに身を竦めている。


  周りの重い空気の中、フェリクス殿下はほんの一瞬だけ苛立たしげな色をわざと浮かべた後。


  あえてその空気を払拭するように、彼はパッと表情を戻して爽やかに笑った。

  まるで別人みたいに。

「そうならないためにも、これからは泣くのを止めようっていう話に戻るんだけどね。ほら、泣かせたって思われるのは皆嫌だろう?」


  フェリクス殿下の真意は分からない。本当にイラついているのか、怒った振りをしているのか。


  だって、今は陰りのない素敵な笑顔だもの。

  冗談めかすみたいに雰囲気すら柔らかくなっている。

 

  何を考えているのか、よく分からない人……に見える。

  紳士的で優しげではあるのだけど、いつもと違うように見えた。


  妙な空気になってしまったせいか、リーリエ様はある意味では強制的に泣き止まされてしまった。


  これは意図的なのか、そうでないのか……。


  うーん?と首を傾げている中、ふと私の名前が聞こえた。


「レイラ嬢に謝罪をして。話はそれから。いきなり突撃されて彼女も困ったと思うから」

  フェリクス殿下は私に迷惑をかけたのだから、とリーリエ様に言い含める。


  フェリクス殿下は、よく分からない人だ。


  もちろん、人には知らない面がたくさんあると思うのだけど。

  あんなに冷たい声は初めて聞いたかもしれない。

  いや、殿下も怒ることくらいあるよね。


  幸い、こちら側を向くこともなく皆去って行ったのだが、リーリエ様と彼らの関係性を垣間見て、思っていたのと大分違うことに私はこの時改めて気付いた。


  やっぱりここは現実なのだと。


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