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ノックの音に扉を開ける前に、ガチャりと乱暴に扉が開けられる。
「……っ!」
思わず固まる私と、ぷるぷると震えながら私を上目遣いで睨みつけるピンクブロンドの少女。
うわあ。どうしよう。寮に帰りたい。今すぐに。
理由もなくぶっ倒れて、保健室に運ばれたい。
あ。医務室はここだった。
空虚な瞳になりかけるもすぐに持ち直した私は、軽く笑いかける。
「どうされたのですか? リーリエ様。驚きまし──」
「レイラさん! あの噂はどういうことなの!?」
「はい!?」
いきなり来る奴があるか!
「フェリクス様が好きな女の子の噂……知ってるよね?それがレイラさんだっていうことも! 今まで黙ってたなんて……」
「待って下さい。噂では銀髪の少女ですよね?」
「でも、レイラさん以外にそんな子……」
ああ。完全に頭に血が上ってしまっているせいで、銀髪の少女=私だと決めつけてしまっている。
「僕が聞いた限りだと、面白がって言っている人が大半ですよ。銀髪の少女がレイラだと証言している人は一部ですし、そもそも銀髪の少女とは言っていますが目の色については誰も言っていませんよ」
叔父様!! 第三者の言葉に救われる……! 私が言うよりも角が立たない。
「だけど、レイラさん、フェリクス様と仲良いし!」
「私の叔父と陛下が連絡を取りましたので」
嘘は言っていない。嘘は。つまりは、身内に繋がりがあるから、そりゃあ会話はするだろうという強引な言い訳。
「ああ、そうですね。僕は今日も王城に行きましたし」
内容は言わなくとも、王城に行った叔父というパワーワードは強い。
リーリエ様の目に理性の色が宿る。
さすがに、のっぴきならない事情があったと察してくれるだろう。
「それに私はノエル様の取引先でもありますし」
これも本当のことで、時折加工した品物を売ったり、採取して来た植物を売ったり、貴重な魔獣の歯などを売ったりと双方win-winの関係を築いている。
つまり、ノエル様と繋がりのある殿下と顔見知りでもおかしくないだろうと暗に言ってみた。
「そっか……。ノエル君の……。そういえば、前にそんなことを」
「殿下はどんな人にも紳士的に接してくださるお方です」
だから私だけが特別ではないと私は言外に伝える。実際、どんな時も怒ったり怒鳴りつけたりしない紳士的な方だと私は思う。
「じゃあ、その銀髪の少女は誰なの?」
なんて答えよう?
前回のことがあるので、彼女の前で嘘はつきたくないのだ。
「フェリクス様の傍にずっと居たのは私なのに……。どうして、ポッと出の人に取られなければならないの……?その女の子はフェリクス様のこと何も知らないのに」
瞳から透明な涙が溢れ出して来て、私は固まった。
え!? もしかして私、泣かせた!?
どうしよう? この様子だと話しかけても話を聞いてくれる状況ではなさそうだし。
それに多分、ボロが出る。
逡巡しているうちに、ひっくひっく……と泣き声が大きくなっていって、とりあえず温かい飲み物でも出そうかと、案内することにした。
案内することにしたのだけれど。
私はこの時気付いていなかった。
後ろに居たセオドア叔父様がにっこりと邪気のない笑みを浮かべていることに。
「言いたいことはそれだけですか?」
ばっ!と後ろを振り返れば、綺麗な笑みを浮かべている叔父様が居て。
よそ行きの、あからさまに貼り付けたような笑みは白々しく、そして今回は温度がなかった。
「銀髪の少女が誰かって? そんなの、多くの人が分からないからこそ、謎の銀髪の少女とか呼ばれているのでは? 噂なんて合っているかも分からないのに、それすら確認せずにレイラの元に押しかけるなんて何を考えているのですか? 貴女が何を憂いているのか分からないですが、別に男女のお付き合いをしている訳でもないのに突っかかり過ぎです。そもそも、それを知ったとして貴女はどうするつもりですか? フェリクス殿下の恋人にでもなりますか? 現実見てますか? その上でレイラに楯突いていますか? 王妃を目指すなら、レイラに楯突いた時点で相応しくありませんよ。高貴な者なら笑顔で躱すところです。そもそも──」
「お、叔父様、落ち着いて!」
呆気に取られて、止めるのが遅れてしまった。
叔父様は脈絡なくキレ始めるという悪癖があり、その際は女性相手だろうが思ったことは言う。女性を気遣うとか、優しい物言いを心がけるという努力を全くしない。
苦言を呈した私の父に放った言葉がまた、彼の性格を表している。
『はい? 優しい物言い? 相手が悪いのに、その必要性がどこに? 空気を読め? 空気は吸うものです』
恐らく、自分がどう思われるとか頓着しないタイプ。
叔父様はどうやら問答が面倒になったみたいだ。口を挟ませるつもりもないようだ。
ノンブレス。どこで息をしているのか分からない。
「叔父様、それくらいで!」
リーリエ様の機嫌を損ねた場合、恐らく皺寄せが行くのはフェリクス殿下だ。
ただでさえ疲れている彼に、フォロー役をさせるのはどうかと思う。
叔父様の腕にしがみつくが、彼は止まらない。
「ポッと出とか仰いましたが、そもそも貴女も会ってからそう時間が経っていないのに、何故彼女面をしているのですか?」
「彼女面って! 酷いです……! まだそんなこと思っていません!」
リーリエ様は目を赤く腫らして、制服の胸元を握り締めながら訴える。
叔父様は1人の少女の泣き顔を見ても怯みもしない。この人の精神はどうなっているのか。
相変わらずの満面の笑みで彼女に対峙する。
「僕個人としては、フェリクス殿下本人に聞かずにレイラに詰め寄るその態度が気に食わない。それに何より」
「叔父様!」
後ろに引っ張ろうとするが、叔父様は咄嗟に身体強化の魔術を行使した。
ちょっと!?
叔父様がキレるのを久しぶりに見たせいで、私も色々と戸惑っている。
それにしても何故、こんなにも怒っているのだろうか?
その理由を叔父様はまたもやノンブレスで解説してくれた。
「せっかくレイラと魔術談議をしていたというのに。普通に医務室を利用してこちらにいらしたのなら、理由も分かります。怪我や病気……悩みごとなど手伝えることがあるのなら、僕たちは出来る限り貴方たち生徒に尽くしますし、一切文句を言いません。ただ、今回の貴女は噂に踊らされ、レイラに噛みつきに来ただけですよね? せっかく面白い実験を思いつきそうだったのに、そんな下らない理由で水を差されたことに納得出来ません。せっかく! 何か思いつきそうだったのに、貴女のせいでどこかに消え行きました。どうしてくれるのですか?」
うわあ。完全に個人的な理由だった。大人としてそれで良いのだろうか。
そしてブレない。
ルナは今隠れているが、恐らく私と似たような顔をしていると思う。
記憶に関する話をしていたというのに、何を思いついたと言うのだろう? 何かヤバい実験だった可能性もあるので、思いつかなくて良かったような?
もちろん、叔父様にとっては死活問題みたいだけれど。
叔父様は発明も好きだが、魔力の動きを観察したり、実験結果を見ながらニヤニヤし始める人なので。
「叔父様! 今度の休日に私、月花草を取りに行くわ。そろそろ時期だったはずなの。それで前からやりたいと言っていた実験をしてみたらどう?」
かなり大声ではしたなかったが、効果はてきめんのようで、ピタリと彼は恨み節を止めた。
「ほら、いくつかまだ検証が足りていないものがあったでしょう? 叔父様は研究と仕事に忙しくて素材を取りに行けなかったと思うから……、私が取りに行くわ」
「そうですね! 実は、やりたい研究が増えてしまったのですよ」
未知の世界に目をキラキラさせる叔父様は少年のように輝いていた。
チョロい、と言ってはいけない。
「あら、きっと私も知らない実験よね。どんな新定義なのか知りたいわ。今から聞かせてくださる?」
「もちろんですよ!」
ぱあああああぁぁぁ!と華やぎ、輝く表情。
叔父様は実験の話を聞いてくれるのが、とても嬉しいらしい。
大半の人は面倒になって放置することが多いからである。しかも早口で捲し立ててくるので、すごく疲れる。
だから、今の彼は水を得た魚のようだった。
リーリエ様に「今のうちに戻ってください」と目で伝えれば、目を潤ませた彼女は慌てて医務室から出て行った。
なんというか……、フェリクス殿下、すぐに止めることが出来なくて、本当にごめんなさい。
たぶん面倒なことになると思います。
リーリエ様が去って行くと、影の中からルナが出て来ていた。
『例の光の精霊が魔法を使っていた。嘘をついたら知れてしまう……のだが、そなたの叔父は嘘をつくことなく追い返したな』
「ほとんど一方的に捲し立てていただけな気がするけれど。それに大人げないし」
何というか、アレは勢いだけで押し切ったような?ある意味すごい。
一生徒にアレはどうなのかと思わないでもないけれど、助かったことは事実である。
嘘をつくことなく、正論らしき何かで殴りつけるという。横暴な意見も混じるけど。
面倒なキレ方をする大人だ。しかも相手が子どもでも広い心で許すことが出来ない大人だ。
ある意味、誰にも平等に接する……ということでもあるのだけれど。
その当の本人は、機嫌を直したらしく、デスクからいそいそと論文を取り出して来ている。
そして、ニコニコ顔の叔父様だったのだけれど。
コンコンと再びのノック。ルナは私の影の中へと再び潜り込む。
がちゃりと開けられた扉から顔を出したのは、茶色の髪の青年。
「すいませーん。伝達事項というか、手紙を渡すように言われて来たんすけど──ひっ!」
本当に何か用件があったらしい同い年くらいに見える青年に向かって、冷えた笑顔を向ける大人げない大人が隣に1人。
怯える茶色髪の青年。顔が青ざめている。
完全に八つ当たりである。
「も、申し訳ございません。彼は今気が立っておりますので、お気になさらずに。……ご用件はお手紙でしたね」
「あ、はい。自分、雑用係のリアムという者っすけど、ええっと?レイラさんに手紙を預かって来たので、渡しに来ました。詳しくは中身を見てくれれば分かるので」
「私宛でしたか……。わざわざご足労いただきましてありがとうございます。後程、拝見いたしますね」
直接、手渡しということは、それなりに重要案件っぽい気がする。
「今日のうちに読んでもらえればありがたいと、うちの主が言っていたので、よろしく頼みます」
リアム様はペコリと頭を下げると、叔父様の様子を窺い、慌てて扉を閉めて去って行った。
くるりと振り返って一言、叔父様に物申した。
「叔父様、子供みたいな真似は止めて」
『全くだ。先程の者からすれば訳が分からないだろうに』
ルナは精霊なのに常識人だなあ。
常識がある黒いモフモフ。
叔父様は再び、何やら期待するようにこちらに笑みを浮かべていて。
手紙を読もうと思ったけど、まずは叔父様に付き合うことにするのだった。




