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  昨日あったばかりの生贄事件。

  通常通り学園で授業は行われているけれど、生徒たちの間では昨日の事件のことばかり噂されている。


  3限目の後の休憩の時間帯。薬草の選別をして、根っこの部分だけを切り取る作業をしていたら、先程まで戦闘訓練でぶっ倒れていた男子生徒の1人に話しかけられた。

  どうやら次はこの付近の実験室での授業らしい。

「レイラちゃん、知ってますー?」

「昨日の事件の噂でしょうか? リーリエ様の魔術の話。すごいですよね、治癒魔術」

「あー。リーリエっていう平民の子が、すごい魔術を使ったっていう?」

「あの、リーリエ様は男爵令嬢でいらっしゃいます」

  そこの辺りを取り違えると、リーリエ様本人が敏感に反応する。

  平民風情が!と影で言われたせいで過敏になっているのだろう。

「そうだった、そうだった。その子が大魔術を使ったって噂も話題ですけど、今のホットな話題は違うんですよ、レイラちゃん」

  ホットな噂?

  ことん、と首を傾げると、その男子生徒は昨日のルナみたいにドヤァ!という顔をして来た。

  男の子って何故、似たような表情をするのだろうか。ルナは精霊だけど。

「フェリクス殿下とリーリエって子と、謎の美少女の三角関係の噂!」

「はい?」

  尾ヒレつきまくっていませんかね?

「あー、医務室に居るレイラちゃんは知らないですよね! 今、話題なんですよ。フェリクス殿下の本命の話。銀髪の美少女を連れていてとても仲良さそうだったって噂」

「銀髪の美少女」

「やっぱ驚きますよね! フェリクス殿下の本命がその銀髪の美少女で、リーリエって子は殿下が好きなんですよ。学園で仲良さそうだった殿下とリーリエさんだけど、真実は違ったんです」

『完全にご主人のことではないか』

  やめてください。お願いだから現実逃避をさせて……。

  ルナの的確な一言に頭痛がした。

「あ、新しい登場人物ですね? そんな人が居るなんて知りませんでした」

  白々しいけど、そう答えるしかない。

「だからか知らないけど、リーリエさんは気が気じゃなくて、その銀髪の美少女のことを虐めているとか」

  まさかのヒロインが悪役令嬢化!?

  いやいや、どう考えても誰か悪意を持って噂を捏造している人が居るでしょ。

「その……ぎ、銀髪の美少女は誰を好きなのでしょう?」

「良い目の付け所ですよ、レイラちゃん! 実は美少女の方はですね、リーリエさんのことが好きだとか、はたまた2人ともセットで嫌っているとか、殿下と両思いとか様々な説があるんですよ!真実はこれ如何に?」

  楽しそう……。私も他人事だったら楽しかったなあ。

  遠い目をして、窓をそっと開ける。

「噂が錯綜していますね。殿下が2人のことを何とも思ってないとかいう説はないんですか?」

  それが1番平和な気がする……。

「あ、それはないです」

  即答された。

  なにゆえ。

「なんか騎士の間でも話題になってて、彼女を見つめるフェリクス殿下の目が、完全に恋しちゃった目だったらしいから」

『ご主人、気を確かに持て』

  どうしよう。そんな変な噂立っているのか。


  思わず机に突っ伏したくなった瞬間、扉がガチャリと開けられて、そこに立っているのは見覚えのある人物。


「レイラ君、伝えたいことがあるのだが──」

  昨日ぶりのハロルド様が入室して来た。


  このタイミング。昨日の件について聞きたかったのだろうな。

  顔が怖い。この人は改まって何かを質問しようとする時も、顔が顰め面になる癖があるが、まだ直っていないようだ。

  私は怖がらないせいか、顔を隠さずに向かってくる。

  当事者に近い人が入って来たのを見た情報通っぽい男子生徒は、ハロルド様の怖い顔に戦きながらも手招きした。勇者である。

「ハロルド様も一緒に聞いてくださいよ。昨日の事件にまつわる噂についてなんですけど」

「……?」

  顰め面から無表情に変わり、彼は首を傾げた。

  この人、仕草が可愛いというか、天然成分があると思う。

「それで、その噂の銀髪の美少女を探そうってことになってるんですが、レイラちゃん。貴女ではないか説が浮上しているんです」

「……!?」

  いやいや、待って。

  ちょっ、待って!?

  その断片を聞いて、噂話を察したのか、ハロルド様は同情するように私を見た。

「ハロルド様は知ってます? その銀髪の美少女。レイラちゃんだったりします?」

「…………その銀髪の美少女とやらの事情が俺にはよく分からない。1つ言えるのはレイラ君と俺は知り合いだから、もしあの場に居たら声をかけると思う」

  ハロルド様は私の事情を聞いていないのに、色々と察してくれたのか、そう答えてくれた。

  それに嘘のない範囲で無難な言葉を選んでくれた。

「なんだー。じゃあ別人かー。まあ、髪色だけで特定は難しいですよね。だけど、三角関係は本当っぽいですよねー。レイラちゃんに迷惑かける前に訂正して来ようかな」

「好き勝手捏造するのは良くないぞ」

  男子生徒が楽しそうに扉から出て行くのを2人で見送って。

  ハロルド様はくるりとこちらへ振り向いた。


「なかなか大変なことになっているようだな」

「ええ……。これ以上大事になるのは避けたいのですが……。ところでハロルド様。何か私にご用でしょうか?」

「ああ。噂について色々と話題になっていただろう? その件で、ジュエルム男爵令嬢が君のところへ突撃しようとしているからな。念の為、注意をして欲しいと忠告をしに来たんだ」

  突撃!? ただの噂なのに?

  髪の色が同じで、そういう噂が立っているなら、私が目障りかもしれないけど。

「お手数をおかけ致しまして……。お気遣いをありがとうございます」

「それと念の為確認だが、昨日の殿下は眼鏡を外したあんたのことが分からなかったようだが……」

「この眼鏡は、そういう魔術具なのです。認識を歪める……というのが近いでしょうか。なるべく素顔を見られないように気をつけていたものでして。1度本人と認識してしまえば、効果がなくなるのですが……」

「なるほど? 理由は分からないが、あまり素顔を知られたくないのか。……分かった。殿下の様子もおかしいようだったし、事情が分からないならば、つつかずにいた方が賢明だろう。なるべくあんたの話に合わせるように努力する」

「正直とても助かります」

  リーリエ様、フェリクス殿下のこと、好きみたいだったからな……。こういう噂が立ったらどういう行動を取るのだろう?

  殿下が二股かけているとか、そういう噂が立っていなくて、本当に良かったと思う。

「それと、レイラ君。ほとぼりが冷めるまでは事務的なこと以外、人前で殿下に声をかけない方が良い。ジュエルム男爵令嬢もどうやら気が立っていて、見るからに面倒な臭いしかしないからな」

「そうですね。新たな話題を提供するのは、ちょっと……」

  当事者になって、まさか学園内のホットな話題として語られようとは。

「皆、面白がっているからな。今回も、ジュエルム男爵令嬢に反感を持つ一部の生徒が、事件当時の様子を漏らしたようだしな」

「身内に騎士がいらしたのでしょうね」

  どうして薮をつつくみたいなことをするかな。

  まさかここまで学園内の話題になるとは、誰も思わなかっただろうな。

  リーリエ様は女子たちの顰蹙を買っているから、女子たちがここぞとばかりに広めた気がしてならない。

  虐めではない方法で、リーリエ様を確実に追い詰められるのだもの。

  リーリエ様に嫌がらせをするにもってこいだった。銀髪の美少女というある意味では、存在していない架空の存在を持ち出したのも上手い。

  身体的な特徴もそれだけなので、噂として大々的に流しても、訴えられる心配はしなくても良い。

  私の名前を出したのは、きっと別の人間だ。恐らく、水面下で私を担ぎあげようとしている誰かが早った可能性がある。

  噂に情報がどんどん足されていくのは良くあることだ。

  噂は不特定多数だし、なかなか罪に問えないからなあ……。情報も錯綜しているし。

「あんたは関係ないと皆に伝えたいところだが、焼け石に水だろう」

「噂なら放置して、適当に煙に巻いておきます。こちらが騒げば騒ぐ程、怪しく思われるかもしれませんので、私の方は普段通りにさせていただきます」

「そうだな。煩わしいとは思うが、そうしてもらうと助かる」

  ハロルド様はふっと苦笑すると、「ではまた」と言って折り目正しく出て行った。


  噂されるのは嫌だけど、引きこもらずに状況把握に努めてみよう。

  この部屋に閉じこもるのではなく、堂々と外に出て、カフェテリアでも利用しよう。

  さり気なく情報が欲しい。


「あ、でも。まずはリーリエ様の突撃をどうにかしてからかなあ……」


  目立つ場所で突撃なんかされたら非常に困るのだ。カフェテリアでのほほんとしていたら、確実に何かありそうだ。

  リーリエ様突撃の待機のために、早速普段と違うことをしているような気がするが、まあ……気にしたら負けだと思う。


  昨日の今日で気が重くなっていた中、授業が始まる時刻になり、始まりの合図の鐘が鳴った。

  噂になっているというのに、人がそこまで殺到しないのが不思議だ。

  普通、噂になっていたら来るものではないだろうか?


  その答えは昼休憩の時間になり、やっと帰ってきた叔父様によってもたらされる。

「ああ、簡単なことです。噂が広まった頃に、この付近に殿下がさり気なく騎士を配置しまして、用のある生徒以外は医務室に立ち入り禁止になったようです」

  おお! 素晴らしい気配り! 確かに、医務室が機能しなくなるのは困るもの。

「ところで、叔父様はこの時間まで対策本部で仕事?最近の魔獣被害の。早朝から居なかったようだったから」

「ああ。早朝、王城に行ってました。午前中は対策本部でしたが」

「王城?」

  待って、なんか嫌な予感がする。

『ご主人、魔力の乱れが』

  ルナの指摘に慌てて魔力を調整する。

  叔父様は私を見て、影から相変わらず鼻だけを出すルナを見つめて。




「陛下にレイラが精霊持ちであることが知られました」


  あ。これ面倒なやつだ。私知ってる。



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