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フェリクス殿下の確信

フェリクス殿下目線です。

答え合わせ編です。

  他人の魔力を取り入れると、やがて馴染み自分の魔力の一部になる。

  それと同じように、魔術師の血液を口にするとかなりの量の魔力を得ることが出来る。

  魔術師の血液には魔力が凝縮されているからだ。

  血は様々な魔術の贄として、媒体として使われることがあった。

  魔術師殺しをする者が居るのはそのせい。

  魔術師の血ではなくても、血は生命力そのものだというのに、強い魔力を含む血など格好の餌食だった。

  だから学園では戦闘をまず学ぶことになる。


  そして魔力が強く、干渉力も並外れている王家の者の血液はさらに特別だった。

  干渉力が並外れているからか、血だけでも恐ろしい程に力を発揮する。

  血が他人の体の中に入った後もしばらくは失うことのない干渉力。

  つまり、血を介して、相手を思うままに操ることすら出来てしまう空恐ろしい代物。

  例えるならば、他人の体に爆弾を入れたようなもの。合図さえすれば、魔術が発動する凶器。

  それも、普通の魔術師が操る洗脳系の魔術と違って、抵抗することも許さない無慈悲さで。

  そんな王家の中でも飛び抜けて魔力と干渉力が強かったのがフェリクスだ。

  その力を使うつもりなど一生なかったし、人を操るつもりもなかったが、運命の悪戯なのか、彼女は偶然にもフェリクスの血を口にした。

  まさか噛みつかれるとは思ってもみなかったのだ。





  ちなみに、話は少し前に遡る。

  試験が終わった直後。

  匿名の通報により向かった先で、被害者を救助し、魔獣を倒し、召喚陣を破壊して、ハロルドに合流した時のことだ。


  会いたいと思っていた月の女神と再会したのは。


  大鎌を携えたその姿は、本当に人ならざる者と錯覚してしまう程、綺麗で。

  ハロルドと並び立ち、敵を一掃していくコンビネーションに正直嫉妬した。

  電撃が光る様と彼女の髪が靡く様が、絶妙に合わさっている気がした。

  どちらも月の色に少し似ている。

 ──私が先に見つけたのに。

  しかも、フェリクスの姿を見た途端にハロルドの後ろに隠れるから、本気でどうしてやろうかと思った。

 ──私とだけ会話しないというのも、それはそれで精神的にクるな。

 ──裸を見たから怒っているとか?

  そんな簡単なことではないと思うけれど、思い当たることが他にない。

  フェリクスのことを覚えていない訳ではないようだし、それ以外にやらかした覚えがないのだ。

  その後、被害者が出たらしい地点に行くと、彼の腕の中から彼女が飛び出して行って、テキパキと慣れた手つきで応急手当を施し始めたのだ。

  それを見た時に覚えた既視感。

 ──ああ、医務室の彼女だ。

  見た瞬間、悟った。恐らくそれが正解であることも。

  怪我人を懸命に治療していく姿に既視感を覚えて、その瞬間から頭の中にあった欠片が形を成していったのだ。


  カチリとパズルのピースが嵌っていく感覚。


  苦しみに喘いでいる市井の民たちを必死で応急手当する姿を見て覚えた既視感。

  あのハロルドが共闘し、信頼している様子。

  レイラがかけている眼鏡が何らかの魔術具であるという事実。

  フェリクスの前でだけは、1度も声を出さない彼女。

  似たような背格好。


  決定打としては、戦う時の足運びが同じだったこと。

 ──ハロルドに散々付き合わされたおかげかな。まさか自分が、ハロルドのような判別方法をするとは思わなかったけどね。

  ハロルドの影響からか、人の戦う様子を観察したり分析する癖がついてしまっていて、今ではそれなりに目は鍛えられている。

  本人かそうでないかくらい区別出来る。

  自分だってそれ程鈍くはないつもりだ。

  それらのヒントとほんの少しの直感で、フェリクスは答えを導き出した。

 彼女の正体が、フェリクスの良く知る医務室の少女だと思い至った瞬間、これ以上ない程の喜びに満たされた。

 ──レイラと月の女神が同一人物?

  それはフェリクスにとっては都合の良い夢であったが、この瞬間に都合の良い現実になった。

  どちらにしろ、フェリクスにとっては都合が良すぎて。

  半ば確信した事実に、自然と笑みが浮かんでいた。


  思えば、貴族令嬢の中にあんなにも綺麗な銀の髪を持つ少女は他に居なかったのだ。


  彼女が応急手当に奔走する中、フェリクスも騎士たちに仕事を振り分け、事件を収束させるために動いていた。

  だが、世の中そう上手くは行かないようだ。

  今回、リーリエは学園に置いて来たのだが、そのリーリエが治癒魔術を使いにこちらにやって来てしまい、しかも大勢の前で魔術を行使して騒ぎになってしまったのだ。

  光の巫女やら聖女だなんだと喝采を浴びるリーリエの隣に居ては、あることないこと噂にされることは確実だったので、一瞬だけ身を隠すことにした。

  そして、たまたま入り込んだ裏道で、フェリクスは偶然にも彼女と顔を合わせることが出来たのだった。



  ここで話は最初に戻る。

  ちょっとした事故があり、フェリクスの魔力が含まれた血液を偶然にも彼女は口にしてしまった。

  案の定、彼女の魔力の中には彼の気配も混じり始めた。

  彼女が口にしてしまった僅かな血液は、干渉力も魔力も強い王族の血だ。

  数日間は、彼女の中の自分の血に干渉出来るため、たとえ彼の魔力の気配を消したとしても、意味はない。

  次にレイラと会った時、彼女の体内に恐らくあるであろうフェリクスの血と魔力を発動させてみれば一発だ。

 ──少しだけ手を上げさせるとか、軽い発動にしておこう。

  これで、レイラが月の女神の正体であると確実に証明出来る。

  ようするに自分に流れる王家の血は、楔か印みたいなものにも似ている。

 ──それか呪い、かな。

  王族は血を飲ませた相手の生殺与奪権を握ったも同然。

  あまりにも恐ろしい事実のため、記録にも残っていない。もはや、禁呪だ。

  だから、強い魔力を持った王家の人間は暴走をさせぬために、幼い頃から過酷な魔術訓練に明け暮れることになる。フェリクスも然り。

  未熟な者が過ぎたる力を持ってはならないからだ。

  もちろん、彼女をどうこうするつもりなどない。

  初めて傍に居て欲しいと願った女性なのだ。

  小賢しい真似をして手に入れたところで虚しいだけだ。彼は彼女の心が欲しい。

  慌てて狼狽しきった銀の髪を持つ乙女。

  紫水晶の瞳。

  ただ色々な表情の彼女が見たいだけ。


 ──私は幸せ者だ。

  その次に会った時に本の感想を伝えよう。

  何を話そうか。

  どうしたら、好きになってくれるだろうか?

  フェリクスは理性を保ったまま、恋に狂っていた。

  理性をなくさずに狂うこと。それが出来ないと誰が決めたのだろう。


  だから、彼女と会う少し前まで悩んでいたことなど、瑣末なことだと言い切っても良いくらいだ。

  リーリエが大勢の前で魔術を使った結果起こる面倒事も甘んじて受け入れよう。

  隠していた彼女の力が公になってしまい、多くの人間がその価値に気付いて利用する人間が増えようとも、彼女の力を利用して王家に横槍を入れようとする貴族が増えようとも、光の魔力を目当てに貴族たちがリーリエに接触しようと目論み始めようとも、無数にある胡散臭い魔術組織が光の魔力を目当てに活発化しようとも、リーリエの身柄を売ろうと目論む裏社会の者たちがその存在を顕にしようとも、研究熱心な魔術研究者たちが暴走がしようとも、ただでさえ学園へ侵入者が現れたというのにその者へ存在を誇示してしまおうとも、王家の中に光の魔力の持ち主を入れようと企む者が蠢動しようとも、全て。


  頭痛の種はいつも目の前にあるけれど、好きな女性がこの国で暮らしていく未来を守るためなら、こんなことは瑣末なのだ。

 

  今夜は楽しい楽しい仕事が待ち受けているだろうが、このままの高揚感を保ったまま、乗り切ることが出来る気がした。


  光の魔力の持ち主と治癒魔術についての問題点。

  治癒魔術は劇薬だ。良いもののはずだが、ものには限度がある。

  お金がかからず、リーリエの慈悲の心で行われた魔術は、本来ならばそう簡単に使って良いものではない。

  簡単に使い、乱用すれば医療現場が瀕死になる。


「まずいな」

「どうされました?」

  騎士の1人がフェリクスの独り言に反応した。

「治癒魔術をポンポンと使い、皆がその強力な力を享受してしまえば、医療現場は回らなくなる」

「はい?」

  リーリエは奇跡の価値を良く知らなければならない。出し惜しみをしなければならない。

「君は、無料で光の魔術の奇跡を連発する魔術師と、普通の医者どちらの方にかかりたい?」

「光の魔術師ですけど。……無料なら」

「ほら、医者が必要とされなくなったらあらゆる方面に影響が出るよね。薬屋もそうだし、医療現場で使う道具の専門店、ベッドのシーツの布代とか。患者が来なくてあまり使われなくなったりしたらね」

  奇跡をバンバン使うリーリエの元に向かう者は増え、一方の診療所の利用者はといえば、どんどん減っていく。

  どうやらリーリエの魔力量は無尽蔵みたいだった。つまり治し放題。それに今のリーリエは下々の者たちを上手く捌ききれない。

  恐らく期待に応え続けようとするはず。

 ──あんなにも持ち上げられればそうなるか。

  あの手の者たちは、期待に応えられなければすぐに手のひらを返すというのに。

  表に出るのはまずいので、ゆっくりと裏道を歩いていれば、念話で話しかけられた。

『すまない。殿下。転移魔術について行くだけで精一杯だった。まさか僕の居るところにまで戻って来るとは』

「ノエルか」

 ノエルの念話からも苦労が伝わってくる。

  彼は軽く状況を説明してくれた。

  どうやら、ユーリたちに護衛されていたはずが、それを振り切って、現場に急行した先で作戦行動中のノエルと出くわしたらしい。

  そこで、周囲の騎士たちの話を聞いて、怪我人が集まっていることを耳にしたから、咄嗟に転移して来たと。

  リーリエのあまりの頑固さに、ノエルは止めることが出来ず、その勢いのまま転移に巻き込まれてここまで来たらしい。

 ──そういえば、リーリエ嬢は精霊と契約していたね。それなら振り切られるのも納得だ。

  今回も慎重に行動して欲しかったけれど、もう遅い。


 人がたくさん溢れかえる広場のようなところでリーリエが立っている。

  大人気なのは良いが、自分がそこに行ったら今度こそセットで祭り上げられてしまうだろう。


  だから近くに潜んで見つからないようにしないと。

  リーリエは皆の前で微笑みながら言う。

「私の光の魔力は偶然、生まれ持った能力です。だから、自分が出来ることをしているだけなんです。私が出来るのはこれくらいだから……」


  なるほど。確かに言っていることは正しいけれど、こちら側としては都合が悪すぎた。

  己が出来る最善を尽くすというのは、無闇矢鱈に行動することではない。

 ──リーリエ嬢も少々迂闊だったかな。


「光の魔力の持ち主なら、教会で活動するべきなのではないか?」


  そこで1人の敬虔な信徒が立ち上がる。

  父なる神に全てを捧げよということなのだろう。

  教会の中に光の魔力の持ち主が居れば、イメージアップ間違いなし。

  その力の行使も可能だろう。

 光の魔力を使う時には法的に細かな条件を定めてからが良かったけれど。

  今更の話だ。


 ──リーリエ嬢は時折、謎の行動力を発揮する。


  普段は天真爛漫な普通の少女だというのに、ふとした瞬間、とても大胆になる。

  フェリクスが指示した時は素直に従っていたけれど、何があってこうなったのか。

 ──完全に私の監督不行届か。


  陛下から命を受けているというのに、余計に仕事を増やしてしまった。

  父である国王陛下は、光の魔力の持ち主の登場により活発化する貴族の管理や、合法な魔術結社の管理や、裏社会の監視、光の魔力の持ち主を欲しがる他国との折衝──外交関係や、それらの違和感により波紋が広がる国内全土の安定化に務めている。

  王子であるフェリクスが悪性の腫瘍を摘出し、国王陛下が国の安定を担う。


  国王陛下に比べれば、自分はまだ楽な部類だと。ただ始末をしていくだけなのだから。

  もちろん悪性の腫瘍を摘出した後は、後始末に追われることになるけれど、引き継ぎを作業よりも、安定や鎮静の方が時間がかかる分、面倒だ。

  弱冠15で執務をしているフェリクスは、自己評価がかなり歪だった。

  自分よりも苦労している者は多数いる、こんなのはこの立場の自分には当たり前の日常なのだと、自らを追い詰めていることに気付かない。

  いささか王太子としての教育が行き過ぎてしまったことに誰も気付いていない。


  これくらいで潰れるならば、潰れてしまえとフェリクスは自分に対して思っている節があるからだ。


  だからリーリエ1人管理出来ないことに、もどかしさを感じ、同時に己の無能に打ちひしがれていた。


 ──王家に取り込み且つ、近過ぎないように距離を取る……。


  リーリエに対しての距離感としては失敗してしまったのか、彼女はフェリクスを好いてしまっている。


  どうすれば良かったのか。何が間違っていたのか。


  とにかくこの状況をどうにかしなければならない。


「殿下、どうされますか?」

「……うん。少し怒って魅せようかな」


  体内の魔力を呼び起こし、調整する。

  漏れ出る魔力の量は多すぎても少なすぎてもいけない。

  魔力と覇気と差が分からない程度に収めなければ。


  広場に足を踏み入れると、リーリエ含めた大勢の人々の目がフェリクスに向いた。

  王家の証であるこの髪も目も、明るすぎて人の目を引いてしまう。


「フェリクス様! わたし、……!」


  満面の笑みのリーリエがフェリクスの元に駆け寄ろうとして、ふと足を止めた。

  止めなければならないと本能的に感じたのだろう。

  それ以上動くなと、視線で威圧した。

  魔力に圧を込めて、この場の空気を掌握したフェリクスはゆっくりと歩を進めた。


  彼が歩く度、地面に氷が現れ、ピキンと割れていく。

 ──ああ。少し、魔力を漏らし過ぎたか。

  張り詰めた空気の中、フェリクスの声だけが響く。


  フェリクスの顔に浮かぶのは、犯人に対する憎悪と、自らの力不足への悔恨。

  感情を表に出さないようにしていたフェリクスだが、今回はあえてそれらを表に出した。


  この現状を打開すべく奔走した1人の若き王太子は誰が見ても静かに怒っていた。

  氷が燃え盛るように。凶悪犯にも自分にも。


  誰もが口を挟めぬ程の王者の風格は周囲を威圧しており、それは決して魔力のせいだけではないことが知れる。

  普段の優しく紳士的な王太子の姿など見る影もない。

 そしてたくさんの者に聞こえるように、一言だけ告げるのだ。




「……この惨状を作り上げた犯人を、私は決して許さない。絶対にだ」




  フェリクスは、リーリエの舞台から己の舞台へとこの場を作り替えた。


  光の魔力の持ち主がこれ以上注目を浴びないようにするためでもあり、リーリエとの関係性を曲解されないためでもあった。


  怒りを見せることのない王太子殿下が、あえて怒って魅せた理由は、そういった事情からだった。


 ──面倒だなあ。

  今夜は確実に徹夜に違いない。諸々の後始末や報告書を片付けなければならないし、当事者としての伝達事項もたくさんある。

 ──学園内の防犯もどうにかしないといけない。ああそうだ。今日の薬の消費、学園の備品なのかな? 明日、レイラに在庫は平気か聞いて置こうかな。

  憂鬱になりながらも、フェリクスはこの舞台で1人の役者として演じ切ったのだった。


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