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ゲームでは王都から少し離れた下町が、問題の誘拐現場である。
白衣を脱いだだけでは、貴族らしさが抜けないため、さらに控えめでシンプルな白のワンピースに黒の上着を羽織った。
下町は活気がある場所と、そうでない場所があるのだが、今日向かう誘拐現場はその両方に数箇所、分散している。
そして数箇所ある古びた工房らしき場所が現場だ。何か作られていたらしいが、もう既に人は退去してしまい、ただただ広い空間が広がっているらしい。土床はホコリだらけだが、何も置いていないため、魔法陣は書き放題。
確か、1番酷い場所は……。
前回の魔獣召喚陣が設置され、さらに被害者が多く倒れていると予想される場所へまず向かうことにした。
魔術召喚陣からは、魔獣が召喚され続けるため、早めに倒さなければ被害が出てしまう。
たくさんの店が立ち並び、美味しそうな匂いが鼻に届く。
新鮮な食材を売ろうと声を張り上げる店主に、子どもの楽しそうな声。
下町を早歩きで通り抜ける間、町の住民が声をかけて、ガシッと肩を掴まれる。
「お嬢さん。そんなに急いでどこへ行くの?俺で良ければ力になるよ?」
「急いでいるのでまたの機会に」
またの機会なんて作るつもりもないが、適当に流して、その場を走り抜ける。
話している場合じゃないからだ。
「は?ちょっと、何逃げようとしてるんだ」
「本当に!緊急事態なんです」
魔術で体を軽く強化して、男性を振り払って、その場から立ち去った。
何やら喚く声が聞こえる気がするが、今の私はそれどころではない。
『ご主人。1番、邪悪なオーラがこの先漏れ出ているぞ』
「やっぱりね」
ゲーム通りだとは信じたくなかったけれど、やはりこの先の召喚陣が1番強いらしい。
裏道へと足を踏み入れ、奥へと右に左にと複雑な道を通り抜けていく。だんだん人の声が遠のいていくということは、この先は本当に廃墟だということ。
大きな工房か工場らしき何かの建物の敷地内に入った途端、ブチン、と何かが切れる音がした。
『ご主人、何かの結界を思い切り踏んだぞ』
「分かってる」
工房の廃墟らしい建物に入ると、まずホコリっぽい匂いと、皮膚をなぞるようなおぞましい気配が押し寄せてきた。
「うっ……!」
『これは、瘴気だな……』
廃墟のような建物は、壁紙がボロボロで汚らしく剥がれ落ちているは、土床は汚れとホコリで固まっていた。
「あっ! 人がいる!」
奥まったところに10人くらい男女混合で倒れていたのは、若者だ。歳は皆20歳前後くらい。
土で顔を汚して気を失っている人々を確認してみれば、恐ろしいことに全員が魔力持ち。
その生命を奪い、生贄にしたらどれほど力を貯めることが出来るのか、空恐ろしいものがある。
倒れている人々の胸が上下しているのを見て、その残酷さに怒りで震えそうになった。
ポケットから出した草苅り鎌で、倒れている人々のロープを手早く切っていき、魔力が食われていないか確認していく。
パッと見たところ、まだ何もされていないようだった。
「まだ魔術の跡はないよね。それで……」
そしてチラリと目をやったのは、でかでかと描かれた禍々しく巨大な召喚陣だ。
線でかかれた闇色のサークルが光っていて、嫌な予感がした。
「ルナ、お願い。ここに居る人たちを守って。私の防御膜よりも、ルナの方が頼りになると思うから」
『ご主人が撃ち漏らした敵も、ついでに排除してやるから安心して戦うが良い』
「ありがとう!」
魔獣召喚陣は、以前のものと同じか、以前出会った魔狼と似た気配を感じた。
前回と違って手負いの獣は居ないため、私でも多少は対処出来る。
ルナに戦いを任せたいところだが、魔力消費を考えると、私が肉弾戦で戦う方が良いだろう。
いつものように身体能力を強化して、いつでも体が動かせるように身構える。
『ご主人! 来るぞ』
「はい!」
先程ロープを切るのに使っていた草苅り鎌に効率的に魔力を込めていく。
私が普段使っている武器は剣でもなければ刀でもない。
大きな召喚陣の真ん中から瘴気が溢れ出し、ズズズッと引き摺る音と共に、前回と同じ魔狼が姿を表して、一斉に私に襲いかかってきた。
その瞬間に、魔力を通し終えたばかりの手元のそれを一気に振り回す。
「……はぁっ!」
私が持っていた草苅り鎌は振り回した途端、それの何倍の大きさへと変化して、刃が何倍もの大きさとなって獣へと襲いかかる。
ギラリと光る銀色の刃は、黒い魔獣へと容赦なく吸い込まれていき。
銀の大鎌。
私よりも大きな魔狼数匹の首を、その凶器はまとめて刈り取った。
ザシュッと血が吹き出る音と、魔狼の核が床にコロンコロンと落ちていく滑稽な音。
私は、足元まで転がってきた核を蹴り飛ばしてルナの居る方向へと転がしておいた。
核は魔力の塊だから、ルナも何かに使ってくれるはず。
私の身長程に巨大化した草苅り鎌は、銀の大鎌となって、敵に刃を向けている。
柄の部分を地面に突き立て、音を立てた途端。
ぶわりと魔狼たちの殺気が膨れ上がり、こちら向かって一気に押し寄せてくる。
魔獣召喚陣からはとめどなく召喚され続ける。
地面を蹴って、ぐんっと獣たちの懐近くまで迫ってから、急速に方向転換をして、ぐるりと彼らの背後へと回った。
「──はっ!」
大鎌を旋回させ、彼らの首辺りを全て巻き込み、ぐっと引き寄せれば、耳障りな魔獣の悲鳴。
1匹逃れたらしく、こちらに牙を向けてきた魔狼の顎は強く蹴りあげて、その反動で高く跳躍する。
すぐに体勢を整えようとする魔狼に向けて、上から切っ先を顔面に突き刺した。
ふわり、と地面に着地して、またもや核がコロコロと転がっていく。
拾いたいけど、そんな暇はない。
うん。行ける。
でも、手負いの獣が居ない分、私でもいける!
守りながら戦う程に強くはないけれど、このくらいならいける。
倒すつもりでこちらに来たものの、もし敵わなかったとしても最悪この場をしのげれば良い。ルナが通報してくれていたのだから援軍は来るのだ。
生贄とされた人たちを守るのと、ここから先に魔獣を出さない。
それが私のやることだ。
「ルナ、この魔獣。人を食べて己の魔力にするみたいだから、1匹も逃さないで! 私もなるべく刈り取るけれど、間に合わなかったらお願い」
『承知した』
ルナは既に防御膜を張って、生贄にされた若者たちを保護してくれている。
魔狼たちがすぐに召喚されてくるのを見ながら、私はそれらの隙間の空間に身をねじ込んだ。
身を低く前かがみにして、ぐっと大鎌を握り締めて、地面を強く蹴り飛ばす。
音を立てずに駆けずり回りながら大鎌を片手でくるくると回す度に、近付いてきた魔狼は切っ先に引っかかって引き裂かれ、それをもう片方の手に持ち替えては、魔狼たちを引き裂いていく。
音を立てないための消音魔術も、採取の時は必須の技能だ。
本来、戦わないで逃げるのがセオリーだったのだ。
「……え?はい?」
次から次へと出てくる敵の首をねじ切り、刈り取り、突き刺しているうちに、何やら召喚陣が今までよりも強く光った。
『ご主人、まずいのが来るぞ!』
私が撃ち漏らした魔狼を影で切り裂いていたルナが忠告した瞬間、私は跳び上がる。
「うあっ!」
ルナが空中に影を伸ばしたところを一瞬だけ着地場にして、体勢を直す。
膨れ上がった魔獣召喚陣の中心に現れたらしい一際大きな獣の姿に目を留めつつ、他の魔獣を踏み台にして痛めつけていく。
ちょうど目の上辺りを強く踏みしだくことが出来れば、目潰しが出来るのだ。
そして、召喚陣の中心から現れたものを見て、驚愕した。
「頭が3つ!?」
神話のケルベロスみたいに、魔狼の頭が3つついた化け物が咆哮する。
いや、魔狼というより、魔犬?
どっちでも変わらないか。
今もなお湧き出る魔獣たちとは比べ物にならない瘴気の量と魔力量だった。
確かに、ここまで強い魔獣を召喚しているのならば、目論見が成功してしまうのも頷ける。
失敗する確率の方が少ないのだろう。
ゲームではこんな怪物は出てきていないから、本当に出たとこ勝負だった。
体に纏わせる保護魔術を強化しつつ、敵が突っ込んで来る前に、私は3つ頭の化け物の視界から姿を隠して、持っていた大鎌の刃で首を狩り取ろうと後ろに回った。
「っく…」
どういう訳か、後ろに回った私に首をグリンと向けて牙を向けて来た。
ぐっ、と大鎌の切っ先を押し込んで武器の上から体重をかければ、ギリギリとお互いの力が拮抗する。
まずい……と本能的に感じた私は、その場から跳び退る。
口から炎を吐いた!?
ぼうっと周囲に燃え広がり、私はなんとか回避した。
水の魔術ではこれは追いつかない!
こういう時、炎の魔術で敵の炎を掌握出来たら、炎を小さくすることも可能なのだろう。
もっと本気で実技をやっておけば良かった!
水をぶっかけても追いつかない場合もあるんだ。
炎を吹かれて直撃したら終わる。
とにかく、ケルベロスの3つの頭それぞれから吐かれる炎の息を避けて、他の魔獣に直撃するように誘導していく。
とりあえずこれで周りの魔獣を減らしておくとして、どうする?
ルナには防御に徹してもらっているし、時折撃ち漏らした魔狼を退治してもらっている。
圧倒的に足りない。
人員不足なのだ。
ケルベロスの爪にも炎を纏い始めている。
こうなったら、倒すことを考えるのではなく、捕縛を考えた方が良いかもしれない。
炎を手当り次第に撒き散らす攻撃を少しでも減らすため、大鎌による連続攻撃で息する隙を削り取る。
隙を見て、背後から強襲しようとしたが、化け物は3つの頭があるからなのか、それを察知してしまう。
再び飛びすさり、後ろに居た普通サイズの魔獣を蹴り飛ばして、その衝撃でかけていた眼鏡が地面に落ちたのを拾う間もなく、体勢を整える。
獣の攻撃に備えようと身構えた刹那。
それは、ケルベロスに向かって音もない程に神速で放たれた一閃。
白く輝く光の一撃は雷撃。大剣に纏わされた魔術が、ケルベロスに苦痛の悲鳴を上げさせた。
驚愕して目を見開く私の横に着地したその人は、私の良く知る人物だった。




