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  筆記試験1週間前。前世でもあった。

  中間テスト前の独特な雰囲気は、ここでも変わらない。


  叔父様に頼まれて、図書館の本を数冊引き抜いていると、必死になって教科書に齧り付いている生徒たちをたくさん見かけた。


「……」


  友達同士で勉強か。青春っぽくて良いなあ。


  私は実技試験のみを受けることになっているので、筆記試験期間は通常業務のみ。

  叔父様がご所望らしい記述は専門資料の中にあるので、それを目で追っていくのだ。

  どこか空いている席を探していれば、遠くから手招きされていることに気付いた。


「ノエル様にハロルド様ですか。珍しい組み合わせですね」

「どうやら仕事のようだな。俺たちと相席で良ければ使うと良い」

「ありがとうございます!」

  チラリとノエル様を見れば、特に何も言わないので拒否はされていないことが分かった。

  丸机に辞書や参考書が置いてあって、たった今試験勉強中らしい。

  私も資料を探さないとと、本を早速開いていくのだけれど。

 


「何で分からないんだ、あんたは」

「ちょっと、待ってくれ。すっ飛ばしすぎだろう。どうしてそうなったのか教えて欲しい」

  いつも以上に機嫌の悪そうなノエル様といつも以上に仏頂面のハロルド様。

  どういう状況なのかと思いきや、どうやらノエル様がハロルド様に数学を教えているようで。

  着実に進めていくコツコツタイプのハロルド様はしっかりとした解説を求めるのだが、天才型のノエル様の教え方は壊滅だった。


  人選間違えたんじゃ?

「他の方々は?」

「は? ユーリ殿下はどっか逃げたし、フェリクス殿下はあっちだ」

 ここから数メートル離れたところにフェリクス殿下とリーリエ様が勉強しているところを見つけた。

  彼らはこちらに気付いていないようだけれど……。

  2人の並び姿からさっと目を離して視界から追い出した。

  最近、いつも一緒なんだよね。2人。

「……」


  落ち込んでいる場合じゃないと、頬をぱんっと叩く。

  いつものことだ。いつものことなのだもの。

  とりあえず、目の前の惨状をどうにかしよう。

  教え方がめちゃくちゃなのは、過程を見れば察することが出来る。

  ノエル様の場合、省略式や簡易式……それも独自のものも入っていたりするから筋金入りだった。

「ハロルド様、少しよろしいですか?」

「あ、ああ」

  ハロルド様が身を引いて、私にも手元が見えるようにしてくれる。

  そっと身を移動させつつ、私は防音魔術を使って、この周囲の私たちの会話が辺りに響きにくくなるように調整した。

  せっかくだもの。

  なんだか放置するのもアレなので、ひょいとハロルド様の手元の計算式を覗き込んでみる。

  ふむ。応用問題。しかもこれ、けっこうな難易度だ。

「ハロルド様。この部分ですが……引っ掛けです。ノエル様はすぐに気付いてすっ飛ばしたようですが、普通はここで間違うのです」

  ノエル様が天才すぎるだけなのだ。

  ペンを借りて、横に付け足していけば、ハロルド様はハッと目を見開いている。

「私の時も先生は似たような問題を出されていました。隣に関連の公式を書きますね」

  順序だてて数式を書いていくだけで、ハロルド様は理解する。

  何度か質問されて、それに答えて、教科書を駆使しつつアドバイスをしたが、とりたてて特別なことをした訳ではない。

  つまりは、解けなかったのはノエル様の教え方がとんでもなくド下手だからである。

  以前の件で私は身をもって知っている。

「なるほど。後は自分で出来そうだ。後はやってみる。ありがとう、レイラ君」

  すっきりした顔のハロルド様と、微妙な顔をしているノエル様。

「僕が教えてあげたのに、何故だ?」

  彼は本気で不思議がっている。

  だからノエル様の場合、教え方が……。


  納得いっていないノエル様。

  こればっかりは仕方ないと慰めようとしたが、何を言っても角が立ちそうなので止めておいた。


「あの、レイラ様。私たちも教えていただいても良いでしょうか?」

「応用問題があまりにも複雑すぎて……」

  医務室で数回見たことある女子生徒や男子生徒が、困り顔でこちらに声をかけていた。


「まだ、席は空いているから使えば良いだろ」

  ノエル様が憮然としたまま、同席を許可してくれたので少し端によって、彼らの分からないところを見ていた。

  教えて居た相手が、ぱあぁあああっと顔を輝かせていれば、私の周囲には他の女生徒たちも何人か集まって来て。

  和気藹々としながら少しだけアドバイスをしたり。

  こういうのは、少し学生っぽいかも?友達同士の教え合いっことか、よくあるよね。

  私は生徒の立場ではないけど、放課後に図書室で勉強を教えるというのは青春イベントかもしれない。

『ご主人、楽しそうだな』

  私は、普通の学生生活には憧れているのかもしれない。

  今のこの立場を選んだのは私だけれど。


  口元を綻ばせていればふと、目の前の女子生徒──子爵令嬢らしい──が私の顔をまじまじと見つめて来たので、少しドキリとした。

「どうされました?」

  じっくりと観察されるのは少し恥ずかしいと思っていれば、目の前の令嬢は私の眼鏡をそっと摘んで外していた。

「……!?」

「やっぱり! レイラ様、絶対美少女だと思っていたの!」

「あっ、待って……外すのは!」

「これ、度が入ってないわね?」

  大いに慌ててすぐに取り戻して、眼鏡をかけ直したけれど、突然の行動すぎて……。


  この学園に来てから素顔を見られることはあまりなかったので、思わず俯いていたらハロルド様に声をかけられる。

  ぽそりと、他の誰に聞かれても気付かれないくらいの声でぽそりと言ったのだ。


「レイラ君。あんたは、綺麗だな」


  真顔でこの人は何を仰るの!


「恥ずかしがらずとも、堂々としていれば良い。あんたは綺麗だ。思い悩む必要はないのだ。自らの殻を破るのもまた試練なのだから」

  恥ずかしい台詞を正面切って言うのがこの人のすごいところだ。

  照れなどないのかと思いきや、どうやら頬が若干赤い。

  純情騎士ハロルド様。人並みに照れ、修行をこよなく愛する15歳。

  そして、隣のノエル様は先程から私の顔を見ないので表情が分からない。

「……?」

  不思議に思っている私にハロルド様がまた声をかけてくれる。

「もし、修行に付き合って欲しい時は言ってくれ。体を動かして見えることもあるだろう」

  気遣ってくれているようだ。

  何か誤解されているようだけれど。

  どうやら私は、人生に思い悩んだ結果、顔を隠すようになったらしいと勘違いされている。

  何しろ、伊達眼鏡だもの。何か色々誤解されたのかも。

  慌てて周囲を見渡して、フェリクス殿下やリーリエ様の居た席を見やり、こちらに気付いていないことを確認してから、自ら防音対策をしていたことに、遅かれながら気付く。

  気付かれないのも当たり前だ。

  そうだ。自分でさっき、話し声で煩くならないように念の為って思って……。


  チラリと、目線は向かってしまう。

  2人は何を話しているのだろう?

  こちらはこちらで勉強会をしているというのに、2人きりのフェリクス殿下とリーリエ様が気になって仕方ない。

  リーリエ様に勉強を教えていらっしゃる。


  それにしても本当にいつも2人きり。

  まるで個別ルートに入ったみたいに。

  2人きりの勉強会というのもスチルであったし。


  彼らの恋模様は知りたくないのに、気になって仕方なくて。



  だから次の日。同じような時間帯。

  何を思ってか、叔父様に更に追加資料を頼まれ、ちょうど放課後に再び似たようなシチュエーションの彼らを再び見る羽目になった。

  ちょうど彼らの近くの本棚の資料にも用があったので、堂々と盗み聞きが出来ていたのは幸いなのか。


「フェリクス様、教えてくれてありがとう。だから、今回すごく頑張ったつもり」

「……うん。お疲れ。私も応援しているよ」

  穏やかなやり取りに聞こえる。


「最近、フェリクス様がずっと傍に居てくれるから、安心して毎日を過ごせるのが嬉しいな。もちろん狙われるのは怖いけど、前向きにがんばることにしたんだ」


  リーリエ様の真っ直ぐな言葉に、殿下は何を思うのだろう?

  私は今、胸の奥が締め付けられて仕方なくて。

  彼がリーリエ様に何を言うのか気になって仕方なくて、思わず耳を澄ませた。


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