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  学園主催の歓迎パーティの日を迎えた。

  この日は寮の門限に縛られることのない、つまりは夜会だ。

  ゲームシナリオでは、攻略対象とのダンスシーンがそれぞれ用意されていて、まさに乙女ゲームといった憧れのシチュエーション。

  ついでにこの日は、新キャラが登場する回でもある。

  私、レイラ=ヴィヴィアンヌが気をつけるのは、ヒロインがフェリクス殿下を選んだ時だ。

  原作ゲームの場合、婚約者であるレイラと一悶着あるのは当たり前のこと。

  だって、婚約者を差し置いてファーストダンスを踊るのってどう考えてもおかしいでしょ。

  まあ、実際の私は婚約者じゃないから、揉めることも一切ない。むしろ、フェリクス殿下が誰と踊ろうと私には関係ないのである。

  僅かな胸の痛みを無視しつつ、私には関係無いと言い聞かせる。

  今回参加したのは、先生に頼まれたからであり、リーリエ様の動向を確認したかっただけで他意はない。本当に。


  行われるのは、学園内のパーティホール。

  きらびやかなシャンデリアが光り、優美な趣向を凝らした壁や床の大理石に、高級な赤絨毯。

  学内とは思えないくらいに豪華なビッフェがところ狭しと並んでいてメインからスイーツまでどれを取っても美味、食器1つですら王家御用達の1品。

  夜会としても非常に高いクオリティを誇っており、まさに夢の一夜と言っても良いくらい。


  メイドや執事たちも多数雇われており、ゲストのおもてなしも痒いところに手が届く程。


  そんな中、私はドレスを着る代わりに、メイド服を着用してこの場に挑んでいた。

  私の今日の戦闘服。

  悪目立ちせずに動きやすい服装と言ったら、これくらいしか思いつかなかったのだ。

  他の先生方と同じように控えめにドレスアップして眼鏡を着用しようと思ったのだけど。


  最近の私の周りには『レイラ=ヴィヴィアンヌ様の眼鏡を取り隊』なんていうものが活動しているらしい。

  普段、あまりお洒落の類をしない私のことを、年上のお姉様方──たまに医務室にいらっしゃる上級生の方々が気にしてくださったようで、着せ替え人形にされそうになることも稀にあったのだ。

  たぶんその延長線かと思う。

  ドレスアップなんかしたら、確実に眼鏡を取られる!と思うくらいには、私に高級な服を着せたいらしい。


  眼鏡を外したら、色々とバレる。そして、面倒なことになる。


  そういう訳で、メイド服だ。

  露出は少なく丈の長いスカートに、控えめにフリルで飾られたブラウス。胸元のネクタイも洒落ている。黒と白の色合いが、ゴシックロリータ風味でもあるが、どちらかと言えば上品なメイド服。クラシックメイドだ。

  個人的には豪華なドレスよりも、こちらのメイド服の方が楽しい。

  前世で友だちに誘われ、メイド喫茶へ行ったことがあるのだけど、その頃からこのカチューシャというものに憧れていたのだ。

  カチューシャも黒い布と真っ白なフリルの縁どりが可愛い。

  背中程まである髪は後ろの方で三つ編みにして、横髪は垂らしておいた。

  典型的なメイドさん。

『使用人の服を着るのに、何故ご主人はそこまで浮かれているのだ』

  ルナは不思議そうにしていたけれど、きっとこのロマンは分かるまい。

  ほうっと頬に手を当てている私の姿は、周りからきっと変な人間に思われているんだろうな。

  メイド服で眼鏡というのも良いなあ……とか、昔のことを思い出して少し楽しくなってしまった。

  メイド服を着て、他のメイドに混じって仕事をしようとしたら、メイド長らしき人に「お止めください!」と真っ青になって止められた。

  さすがに無理があったかと私は反省しつつ、ダンスホールから少し離れた場所に待機しておくことにする。

  怪我人や病人が出た時にすぐに動けるように、見晴らしが良く、ホールが一望出来る位置に移動しておくのだ。仕事はしなければ。

  魔道具であるポーチには、薬品や包帯などをたくさん詰めて来たので、問題もない。

  そしてなんと言っても、この場所は目立たずに周囲を観察出来る完璧な配置だとほくそ笑んでいると、ルナは呆れて一言。

『何が楽しいのか分からない』

  普段、夜会などのパーティなど楽しめるものでもないのだ。

  蚊帳の外に居るだけでこんなにも楽しいとは。

  生徒たちが入場してくるのを眺める。


  婚約者が居る生徒は、それぞれパートナーをエスコートすることになっており、それを見るだけで今の情勢が少しは分かる。

  必要最低限の夜会しか出席していないからこそ、こういう機会は本当に役に立つ。


「あら」


  リーリエ様御一行が入場して来たのを見て、私は少し感心したように声をあげた。


  うーむ。上手く考えたなあ。シナリオとは違うけど。


  フェリクス殿下とユーリ殿下に手を取られ、入場して来るリーリエ様は初々しかった。

  王家の人間2人にエスコートしてもらっているという事実。つまり、王家が光の魔力の持ち主を庇護しているという意思表示。

  どちらかの王子1人にエスコートさせていないのは、苦肉の策なのだろう。

  1人にエスコートさせていたら、あらぬ誤解を産むからだ。

  シナリオだと、好感度が最も高い者がエスコートしていた。

  そういったシナリオとの齟齬を見る度に、この世界は現実なのだと安心してしまう。

  死ぬことはないのかもしれないと。


  いえ! 安心するのは卒業してから!


  気を引き締め直して、私は毅然と前を向いて、リーリエ様の動向をさり気なく確認する。

  こちらからは少し遠目だが、周りの生徒たちにもっとも注目されている集団だ。

  リーリエ様が他の令嬢たちに眉を顰められていることから、やはりまだ馴染むことは出来ていないのだと察することが出来た。

  令息たちは、白とピンクのフワフワとしたドレスを纏ったリーリエ様を見て頬を染めたりしているけれど。


  現状確認としてシナリオが進んでいるのか、ルートなどが存在しているのか、それを確認したいところだ。

  原作と違う以上、ルートなどないかもしれないという期待もあったけれど、何事も警戒しておいて損はない。

  フェリクス殿下と1番距離が近い?

  彼女の腕が触れているのは、フェリクス殿下だ。

  彼がどう思っているかは知らないけれど、彼は振り払うことはしなかった。

「……」

  もやもや。

  胸に宿るのは、重苦しくも苛立ちに近い感情。自分でも分からないけれど、あの光景を見ていたくないと思ってしまう。

『ご主人、怒っているのか? 魔力に乱れがあるぞ』

「怒ってなんかないわ」

  私の影の中に潜むルナの問に、周りに聞こえないように小声で答える。

  私には関係ない。私の第一優先事項は生きることだ。

  仕事に誇りを持っている分、それに逸脱するような感情など要らない。

  それに、私には相応しくない。

『……ご主人、無理をしているのか?』

「無理はしていない」


  そもそも初恋とは叶わないものだ。

  憧れて、焦がれて、求めていたとしても、それはいつか淡い思い出になるものだと私は知っている。

  思春期ならではの甘く幼い感情だと。


「今の私は、医務官助手のレイラ=ヴィヴィアンヌだもの」


  ふと、ふらついている令嬢が居たので、さり気なく移動する。

  靴擦れを起こしたらしい彼女に処置を施した後、ルナはまた心配してくれた。

『仕事熱心なのは分かった。……無理だけはするでない。手伝えることがあったら言ってくれ』

  私はこくりと頷いた。


  医務官助手としての仕事は、そこまで負担がかかるものではなかった。

  指を切ったとか、靴擦れを起こしたとか、貧血とか、胃薬を忘れてしまったとか、細々とした処置をひたすらこなすだけのお仕事。

  先生の1人が飲みすぎて胃をやられ、それに呆れつつも胃薬を処方したりと、それなりに忙しくはあったが。


  フェリクス殿下は、リーリエ様とファーストダンスを踊るのだろうか?

  ここに居たらそれを見てしまいそうで嫌だった。

  先程からリーリエ様は殿下の隣にずっと居るし、殿下が先生方に挨拶回りをしようとしていてもついて行こうとしているし、片時も離れたくないのかも。

  彼女は、貴族のパーティに慣れていないからそれも理由かもしれないけど。

  そろそろ、オーケストラの演奏が始まるから席を外そう。

  パーティ会場から繋がっているバルコニーにでも出ていようかな。

  バルコニーで外の空気を吸いつつ、ダンスの時だけは目を逸らしてしまえば良い。

  バルコニーに出て、ルナに頼み込んだ。

「ルナ、ダンスの間──ファーストダンスの間だけで良いから、会場内を見張っていてくれる? 異常があったら報告してくれる?」

『そんな簡単なことで良いのか?』

「うん。正直助かるの」

  これは、私情だ。

  リーリエ様とフェリクス殿下がファーストダンスを踊るのを見たくないからって仕事を疎かにしている。

  バルコニーとパーティ会場は繋がっていてすぐに移動出来る距離だし、目を離すのも僅かな時間だし、私以外に護衛はたくさん居る。

  だけど、私情で私は目を逸らすのだ。

「叔父様にこっちに来てもらえば良かったかなあ……」

『そなたの叔父がこちらに来たら、ひたすらスイーツにがっつくだろう。仕事そっちのけで』

「さすがに、呼ばれれば行くと思うわ。叔父様でも」

  だけど、フルーツとスイーツに釘付けになるのは目に浮かぶようだ。

『ご主人も少しくらい羽目を外しても良いだろうに。そもそも、他の生徒と同じようにドレスを纏っていても良かったのではないか?』

「ほら、それは色々あるから……」

『まあ、良い。そなたは少し働きすぎだ。休め』

「ありがとう」

  影の中から出て来たルナは狼の姿から、黒い小鳥の姿へと変化した。

「か、可愛い」

『この姿でいつものように、撫で回されるのは勘弁だ』

「ああっ!」

  撫でようとした私の手をすり抜けると、パタパタと会場内へと飛んで行ってしまった。

  シャンデリアや、天井近くで見張ってくれるらしい。

「……」

  そろそろ音楽が始まるのだろう。中央へと集まるダンスを踊る生徒や、壁の花希望の生徒など、思い思いにパーティを楽しもうとしている。


  私は逃げて、ここに居る。


「……やっぱり、叔父様に来てもらった方が……」


  こんな風にうじうじしなかったかもしれない。

  バルコニーから夜空を見上げて項垂れていた時、コツンと靴音が背後から聞こえた。

「……っ!」

  わざわざこのタイミングで来たのは誰なのかと、がばっと後ろを振り向いた。


「わっ」


  いきなり振り向いた私に驚いたらしい、その人は目を見開いていた。

  こんなところに何故いらっしゃるのだろう?

  予想外の人物との遭遇に私も驚いていたが、平静を装って声をかけた。


「ごきげんよう。どうかされましたか?フェリクス殿下」



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