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「ヴィヴィアンヌさんは、火の魔術の扱いが得意ではないようですね。……というよりも熱や火力の調節ですかね?」

「面目ありません……」


  学園の最北に位置する鍛錬場。目立たないが、それなりに環境は整ったその場所で、私は全力で魔術を行使していた。

  目の前には黒焦げになった対象。火力が強すぎたようで女性教師が少し呆れていた。

  いわゆる人形のようなものなのだが、これを遠くから狙いを定めて原型を残す程度に手加減して燃やす……それが試験内容だ。ちなみに燃やす範囲も決まっており、人形に赤印がついた場所からはみ出してはいけない。つまり、調整能力や精密さが問われる。

  私の場合はどうやっても調整出来ずに消し炭にしてしまう。しかも火は燃え盛ったまま。

  先程から繰り返す消炎作業に申し訳なくなる。

  火の人工魔法結晶が僅かに熱を持っているくらい、魔術を連続していたのだが、1度失敗するも癖になったのか、失敗を繰り返してしまった。

  こうして居る理由は簡単。

  卒業資格を得るために、私はここ最近、個別で実習や試験を事情を知る先生に見てもらっていた。

  配布された資料通りに実地試験を行い、大体は問題なく合格していったのだが、私は火の魔術で躓いた。

  練習は合間に行ってきたつもりだったが、人前でという緊張感や苦手意識が根底にあったのか、見事に失敗した。

  魔術は己の精神状態に影響されるという典型的なパターンである。

「一通りの実技は済ませたと聞いてはいましたが、細かい調整については少々心許ないようですね。……通信課程における実技試験ももっと充実させなければ……」

  やはり通常課程と通信課程だと合格基準も多少違うのだ。まさか、細かい調節をする羽目になるとは思わなかった。

「そもそも火の魔術を使わないもので……。火傷の治療ならお手の物ですが」

  生活するに至っては、魔水晶のコンロで事足りるのだ。普通は。

  魔力持ちではない人も多いのだから。

「外で魔獣に出会って、どうしても火の魔術を使わなければならない場合はどうするのですか?」

「丸ごと焼き払いますが?」

  それこそ微細な調整などいらない。障害物があるなら防御膜で保護をするから暴走させても問題ない。火力で押す。

「貴女って意外と脳筋なのね……」

  心外な。どちらかというと工夫して対処する質だと自分では思っているのだけど。

「医療で体温調節とかしないのですか?」

「治癒魔法の応用でどうにかなりますし」

  それに、熱を持たせるなら売ってる湯たんぽ使えば良い。

  この世界にあるライターもどきを使ってアルコールで燃え上がらせれば良いではないかと思うくらい。

  最悪、風の魔術を使って摩擦力で火を起こすか、太陽光を集めて火を起こせば?って思う。

  化学バンザイ!

「必要性がないからと、本当に最低限だったということは分かりました」

  先程から苦笑されてしまっている。

「申し訳ございません……。まさか火の加減をすることになるとは思っていませんでした」

「火の魔術は燃やせば良いと勘違いされていることが多いですが、そんなに簡単なものではないのですよ。……ほら、触ってご覧なさい」

  先生は自らの手に火を宿して、私にその手に触れるように仰るけれど、普通に怪我をするのでは!?

「良いから。価値観が変わりますよ」

「価値観? …………え!? 火なのに少し熱いだけで触れる!? 火傷もしないなんて!」

「燃えない火の魔術です。調整するとこんなことも出来るのですよ。かなりコツが要りますし、面倒なプロセスは組まなきゃいけないのですが」

  前世では考えられないというか、物理法則を無視している。というか、そんなことが出来るのなら、生活に取り入れたら色々な応用が効くのではないだろうか?

「相手を燃やすことなく軽度の火傷のみを負わせることも可能ですし、逆に狙った対象のみ限定的に燃やすことも可能です。この場合、人質に取られた味方が居た時に有効ですね」

「保護魔術をかければ──」

  攻撃も思い切り出来るのでは?

  当たり前のアプローチ法だと思って口にしたのだけれど。

「良いから、精進してください」

「あっ、はい」

  四の五の言わずに覚えろという威圧感を覚えたので、素直に頷いておく。

  火力の調節は今後の課題である。

  結局のところ、通信では限界があったのだということが分かっただけでも良しとしよう。

  私に足りないのは圧倒的に実技だ。折を見て自主練をしようと思う。


「とりあえず再試験ということになりました。頑張ってくださいね。……そうそう。歓迎パーティが主催されると思いますが、貴女はどちらとして参加されるのですか?」

「歓迎パーティですか」


  シナリオの中でもお馴染みの歓迎パーティ。ロマンチックな恋物語らしく、ヒロインは1人の男性とパートナーを組み、ダンスを踊るのだ。

  選択でどの場所に行くかによって未来が変わる典型的な乙女ゲームっぽい舞台だ。


  原作の中でレイラはもちろん生徒ととして参加していたが、今回の場合、私はどちらとも言えないところにいるというか。

  うーん? でも、どちらかと言えば教師陣営な気がするなあ。

  生徒たちが主役とはいえ、教師の方々もドレスアップすることになっている。

  だが、医務室勤務の人間は別。何があっても備えられるように待機することになっているのが通例。

  だから、医務室勤務ということで普段通り、医務室で過ごすことになっていると思っていたのだけど。

「今年は医務室勤務が2人なので、必ずしも貴女が医務室に残らなくても良いのです。だから生徒としてでも教師としてでも、どちらの立場でも参加可能ですよ」

「医務官助手としてなら参加しようとは思いますが、パーティに参加するつもりはないですね」

  学園内のパーティなので、わざわざ私が参加する意義も感じられない。

  先生は少し驚いたみたいだが、その申し出はありがたかったらしい。

「ヴィヴィアンヌさんはその年で仕事熱心ですね。正直、医務室にも会場にも医務室の方が待機していただけるのは助かります。1年生にとっては初めての学園のパーティなので、少しやんちゃする生徒も居るので」

「羽目を外す生徒さんも居られるのですか?」

「それはもう思春期ですからね」

  遠い目をされる先生。何かしら過去に振り回された経験があるのだろう。

「ヴィヴィアンヌさん、参加されるのなら、ドレスの用意をしなければなりませんが、ご実家で用意されるか、学園の物を借りるかどちらかになります」

「ドレス……」


『ご主人。眼鏡を忘れるな。眼鏡だ』


  先程まで口を出さなかったルナが忠告してくれて、ハッと気付いた。

  私がドレスアップする場合、眼鏡は取り払われる可能性がある。何しろアレは伊達眼鏡なのだ。

  何らかの拍子にそれに気付かれて外されたら私は終わる。

『王子に正体を知られるぞ、ご主人』


  まさかそんな都合の良いことが……と楽観視したいところだが、私は万全を期したい。

  よってドレスは却下だ。止めよう。止めた方が良いと私の本能が叫んでいる。


「ドレスは無しで。動きやすい格好でそちらに赴きます」

「ヴィヴィアンヌさん、白衣は浮くのでは……?」

「悪目立ちせずに動きやすい服装を探して参加しようと思います」


  伯爵令嬢としてどうなんだと思いつつも、先程、先生は言った。

  会場にも待機してもらうと助かる、と。

  言質はとったのだから、言い訳には事欠かないと私は信じている。

  そもそも伯爵令嬢の私が働いているのは今更と言えば今更なのだから。


  実技試験を終え、追試という結果に終わり、ついでに歓迎パーティの依頼を受けた私は、医務室に戻る。

  1、2時間程度空けてしまったが、いつものように叔父様は接客を放棄しているのだろう。

  相も変わらず、私が居ない時はセルフサービス対応の叔父様である。


「あっ、ノエル様」

「邪魔してる」

  機嫌の悪そうなノエル様が、湿布を勝手に取り出していた。

  さっさと自分で手当をしている彼に、医療用テープを渡す。

  触らぬ神に祟りなしだ。あまり構わない方が良さそうだ。

  聞かれたくないのに聞かれた時は余計に苛立つものなのだ。

  向こうから何かを話してきたら対応しよう。うん。

  私が不在の間の来客数を確認しつつ、物資の消費量も確認して、生徒さんの記入欄のミスを書き直したりしていた。

  ノエル様を追い出すことはしなかったが、すぐに出ていく素振りを見せなかったので、冷たいお茶と摘めるお菓子だけ置いて、日誌をつけることにする。

「置いておきます」

  話を強請る空気でもなく、追い出すでもない空気を醸し出すのがコツである。

  経験則からして、この場合、「どうしたのですか?」って聞いたら、「ああ? 何もない」とでも返される気がする。

  ノエル様からイライラとした空気が漂ってくるので、嫌な予感はする。

  触れるな危険!っていうオーラが面倒そうだ。

  距離感は一定を保ち、来客用ソファから少し距離を置いた場所で私は書類を清書していた。

  薬の消費量が合わない……。予算が少し多い……。

  ノエル様に半分意識をやりつつも、仕事はしている。

  そんな感じで5分くらい様子を見ていたら、冷たいお茶を飲んで少しは落ち着いたらしいノエル様が、患者用のベッドに転がった。

  ベッドのカーテンを引かないことから、構うなということではないと判断したので、さり気なく声をかけた。

「名目は、体調不良ってことで良いですか」

  これはしばらく教室に帰らなそうだなあ。

  普段、サボらないノエル様が珍しいからこそ、ここでいきなり注意するのは止めておいた。

「それで良いよ」

  声が怒ってる。チラリとこちらに目線を向けつつも、すぐに視線を逸らす。

  その雰囲気から、とりあえず一言だけ声をかけても問題なさそうだと判断した。

「何かありました?」

  単刀直入に声をかける。彼の場合、まどろこっしいのを嫌がる気がしたから。

「ふん。お前になら話してやっても良いけど」

  あ。これ聞いても大丈夫なやつだ。

「怪我をしていたので、つい気になってしまって」

「女共の暴走とお花畑女のお気楽発言に巻き込まれたんだよ。僕は何も悪くない」

  うわあ。

「その時点で嫌な予感しかしないのですが」

  顔を顰めた私に、そうだろうと頷きながら、彼は説明してくれた。

「リーリエ=ジュエル厶が、見目麗しい? 男たちに囲まれているから? 女共が身の程を弁えろと愚痴愚痴言う典型的な修羅場を僕の目の前でわざわざ披露したんだよ。僕の目の前で!」

  煩わしいことは御免らしい。

「聞いただけで面倒そうですね……。それを本人の前でやるのってどうなのかしら……」

「全くだ!! 女共は、男性陣に迷惑をかけるなんてと言っていたが、まずお前らが迷惑なんだと本気で言いたい! まあ、言ったら泣くんだろうがな! リーリエ=ジュエル厶も、泣けばどうにかなるとでも思っているのか!」

  ハッと鼻で笑うノエル様は本気でイラついているようだ。

「彼女、また泣かれたのですか。それはなんというか……対応に困りますね」

  人前で泣くのは貴族令嬢として問題があるし、彼女の場合すぐ泣くだろうから、たぶんノエル様は悪くないのだろう。

「そうだ。その言い方だとどうやら良く泣くようだな。僕は尚更悪くないじゃないか! 僕は、物理的に攻撃してきた女共を止めてやった。だから突き指をしたというのに。むしろ庇ってやった側だというのに! あの女にはただ『メソメソ泣くな。泣けば良いと思ったら大間違いだ』という正論を言っただけなんだよ」

「ああ……」

  つまり言い方。ノエル様の口の悪さに加え、リーリエ様の泣き虫癖という相乗効果だ。

「お前も僕の口が悪いと言うのか!? あの場面で何故、僕が泣かせたみたいな空気になるんだ。何故、それくらいで泣く!?」

  気持ちは分からんでもない。

  私は「ああ……」となんとなく頷いてしまった。

  私も似たようなことがあったから。遠い目をしている自覚もある。

「リーリエ様は涙脆い方ですから、完全にノエル様のせいではないですよ」

  まあ、一因ではあると思うけど。

  それは言わないでおく。

  どうやら空気がいたたまれなくなって出てきたらしい。

「ふん、当たり前だ! 僕は、正論しか! 言わない!」

「はい。……ノエル様は理由のない悪口は言わない方だと思います」

「……」

  にっこり笑って言えば、ノエル様は拍子抜けしたらしい。ぽかんとした後、ベッドの上でコロリと転がって私に背中を向けた。

  しばらく唸っている彼が怒っていないのを見てとった私はついでのように付け足した。

「口が悪いのは否定しませんが」

「一言余計だ」

  くるりと振り返ったノエル様は子どものように拗ねていた。

  しばらく拗ねていた彼は、完全に怒りを引っ込めたらしい。

「泣いたところで何も解決しないだろう。同情は誘えるだろうが。ふん、それも1つの解決策か……。ふん、気に入らない。女だというだけで泣いて許されるなど! 僕は認めない。世の中、そんな簡単ではないだろ。お前はどう思う?」

「……少なくとも貴族社会では泣くのではなく、ある程度は仮面を被らなければ、この先大変だと思います」

  それをどうやってリーリエ様に伝えるか、それが問題だ。出来れば遠回しに。私じゃない誰かが穏便に伝えてくれるのが1番だけど。

「そうだ。もう心で泣け! 表面に出すな! 僕はそこまで世話は見切れない」

  ふと、フェリクス殿下の疲れきった顔を思い出した。

「フェリクス殿下が、リーリエ様に色々とアドバイスされてはいるようですね」

「そういえば今日も殿下が1番大変そうだったな……」

  やっぱり。だと思った。

「皆様、本当にお疲れ様でした。何も知らない私が言うことでもないですが」

「全くだ。大変だったんだぞ」

「怪我までするくらいですもの」

「女の癖にゴリラかと思ったぞ」

  その発言は少々、乙女に対してどうなのかと思いつつ。

  苦労が少し目に浮かぶようだ。

  それと、気になったのは、私がシナリオに参戦しなくても、突っかかっていく令嬢は居るということだ。

  それはそうよね。あの態度が貴族社会で通用する訳ないのだから。

  ここは現実なのだ。


「寝る!」

「そうですか?何時頃に起こしましょうか」

「良い。それより、お前、噂の音声魔術で子守唄でもして見せろ」

「ええ……。……なら、安眠効果のあるもので良いなら……」

  ノエル様はガバッと布団を被った。

  好奇心半分、疲労半分といったところか。


『ご主人、気晴らし程度になら良いのではないか?こやつも少しは落ち着くのではないか?』


  私は苦笑しつつ、安眠効果のある詠唱歌を口ずさみ、声に魔力を乗せるのだった。


  まるでどこかの造語か何かのように、聞いただけでは意味の分からない単語の羅列だが、これは確かに子守唄のようなものなのは確かだ。


「お前の声は、落ち着く、な……」


  ノエル様はそれだけ言ってしばらくすると、寝息を立てていた。


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