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  日が落ちてしまった時点で、私は道を探すのを諦めた。少しだけ周囲を探り道を探してみたのだけれど、余計に迷う気がしたので、素直に助けを求める方が良いと判断した。

  本当は二度手間をかけさせたくなかったし、自分で帰りたかったのだけれども……。

  戦っていた時間がけっこう長かったのかもしれないなあ。気がつけば夕方に……。

  暗くなり始めると逆に危険。

  というか遭難した時は、動かないで助けを求めた方が良いので、何通か手紙を認めて魔術で送った。

  1晩くらいなら野宿するということと、明日夜が明けたら助けて欲しいということを。

  それから、採取などをしているおかげで野宿には慣れていることも。

  尤も、採取をする時は基本誰かと一緒だった。

  家に居た時は、お兄様がいつもついてきてくれたっけ。

  野宿というよりもテントが豪華だったおかげで、お兄様とアウトドアを楽しんでいるみたいだった。

  そんな時、お兄様はいつもご機嫌だったなあ。

『その音声魔術とやら、火をつけるのも出来るのだな。まあ手間の割には、地味だが』

  焚き火の火がパチパチと鳴っていた。

  持っていたハンカチを地面に引いてその上に腰を下ろす。

  白衣の下はシンプルなワンピースなので、少し冷えてしまうので、火に手をかざして暖を取っていた。

「まあ……ね。うん、地味だけどけっこう色々出来るよ。ルナじゃないけど、私も練習ついでにね」

  練習も何も間違ってさえいなければ問題ないので、練習の必要性もない気がするけれど。

  普通の魔術は鍛錬必須で、使わないと感覚が錆びついていく。


  ルナが座り込んだところに、私も寄り添ってそのフワフワとした毛に顔を埋めておく。

『ご主人は私の毛が好きだな。今度、毛を毟って贈ろうか』

「そういうのじゃないです。痛いのはけっこうです」

  ルナのズレた発言にツッコミを入れつつ、夜の帳が下りて真っ暗になった空を見上げると、森の中だからなのか星空が綺麗で。

  まるで吸い込まれそう。

  私は1つため息をついた。

「ルナ。弱音吐いても良い?」

『なんだ』

「別に理由はないのだけど、孤独感に押し潰されそうなの」


  1人で道に迷ってしまい、ルナしか傍に居ない中、ふと思ってしまうのだ。


  私って1人なんだなあって。家族が居なかったら、傍に誰も居ないんだなって。


  私が友人作りを怠っているから当たり前なのだけれど。

  医務室で顔見知りは多いし、仲良く話す生徒も居るし、皆良くしてくれるけれど、私は彼らと深い関係を築いている訳ではない。

  彼らにとっては、たまたま医務室に居てたまたま話すだけの通りすがりの人間。

  それを私は甘んじて受け入れているけれど、こういう時ふと寂しくなる。

  例えるなら、普段は気にしないけれど、授業で誰かとペアを組む時にあぶれてしまった時の哀しさに似ている。

  普段人を拒絶しているというのに、こういう時だけ寂しくなるのだから、私は面倒な人間だ。

  さすがに自覚している。

『ご主人は闇の魔力の持ち主で、私のような闇の精霊と契約しているというのに、暗いところが苦手だからな。月花草の時もよく取りに行こうと考えたものだ』

「ルナが居るから怖くないって思ったの」

  私が怖いのは孤独の暗闇だ。

『本当にそなたは面白い。変わった魂をしているな』

「それいつも言うよね」

  ルナに身を寄せていると、ふともふもふの狼の姿が変化した。


「慰めになるかは分からないが、とりあえず兄だと思って縋りつくが良い。…………いや、あの兄だと思われたくはないから、今のは無しで頼む」


  隣に人型のルナがいつも通りの無表情で膝を立てて座っていた。


「ルナって、お兄様のこと苦手よね」

「そなたの体に入った時に、あの兄の対応をしたのだが、あれはもうトラウマ級の出来事だった。よくあの兄の相手が出来ると私はご主人を心から尊敬する」

  本気でこちらを羨望の眼差しで見てくるので、兄が少し可哀想になった。

「ああ見えて優秀なのに。お兄様は。領地経営もそうだし、立派な跡取りとして一通りのことはこなせるし、それにかっこいいからモテるのよ。見た目も素敵でしょう?」

「見た目はな」

  辛辣である。

「まあ、少し妹を溺愛しすぎていて、将来結婚出来るのかとか、不安はあるけど」

「少し?」

  こちらを驚愕の眼差しで見つめ、少し非難の色さえ見えるのは何故なのか。

  ルナにとって、あの兄は相当ヤバいらしい。

  私の知らない間に何があったのか。

  思えば、兄は攻略対象だ。なのに、今は領地に居る。

  攻略対象なのに今回脱落したのは、思った以上にシスコンになってしまったから。

  リーリエ様と結婚しなかったらどうなってしまうのか。

  ふと攻略対象を思い返してみると、リーリエ様と結ばれなかったら全員、普通に幸せな結婚が出来るのか不安なメンバーばかりだ。

  ハロルド様は脳筋すぎて仕事に生きそうだし、ノエル様は研究者気質で変わり者で、その上人嫌い。

  ユーリ殿下は、隠れブラコンで相当フェリクス殿下に忠誠を誓っているから、結婚したとしても愛のある結婚をしなさそう。というか、兄上を優先しすぎて失敗しそう。

  うーん。リーリエ様と結婚出来なかったとしても、まともに結婚できそうなのはフェリクス殿下だけではないだろうか。

  あのメンバーの中で1番普通というか、常識人というか婚約者をそれなりに大切にしそうなイメージ。ゲームの中でレイラは死んだけどね。

「私は思うのだが」


  寒さに震えていた私の肩をルナは引き寄せてコートの中に入れてくれた。

  あ。暖かい。


「あの王子の求婚を受けて婚約者になれば、それなりに幸せになれるのではないかと」


  それ私が死ぬやつ。


  シナリオに近い形であのメンバーに関わると何が起こるか分からない。

  特にリーリエ様には敵意も友愛も抱かれてはいけない。

  医務室の他人として、良識的な範囲内且つ他人としてそれなりに手を貸す。そのスタンスで間違いない……はず!


「私、政略結婚は良いけど、そういう……男の子とお付き合いとかはちょっと……」

「前から不思議に思っていた。貴族の女というのは男のことばかり考えるものではないのか」

「言い方!」

  貴族の女性には確かにそういう面があるけれど、この国では20歳ですら行き遅れとか言われるので皆必死なのだ。

  前世の記憶持ちの私からすれば、なんて世界だ!って思うけど、この世界では普通のことで。

  打算しかないのは嫌だけれど、そうなっても仕方ないというか責められない。

  どこの家も必死なのだ。結婚という契約を成し遂げ、領地の人々の安寧のため義務を果たすために。

  それらを伝えると、ルナは首を傾げる。

「ご主人も結婚するのか?」

「いずれは。そのために淑女教育は幼い頃からこなしているし、嫁げと言われるならどこへでも」

  違和感はあるが、それが義務なら我儘を言うつもりはない。

  まあ、物凄い年上の男だったり虐待してくるような男のところでなければ。

  それなりに上手く夫婦生活を送れるならなおのこと良いなあ。

  きっと、卒業資格を得た後は、きっとどこかへ嫁ぐのだろうと思う。

  好きなことが出来るのは今だけなのだ。

「達観しているな」

「愛だの恋だのよりは、政略結婚の方が信じられるよ。家同士の契約関係の方が私は安心出来る」

  裏切られても大抵は法律が守ってくれる。

  お兄様やお父様なら上手くやるだろうとも思う。

「ふむ。そなたはあれだ。何が原因かは知らんが、極度の人間不信だな。皆信じられないからこそ、番が誰であろうと構わないと割り切っている」

「割り切ってる……。うん、そうかもしれない」

「誰も信じられないから、誰でも良いのではないか?」

「今日のルナの言葉は耳が痛いね」


  そっか。私、誰でも良いんだ。


  ルナに言われて気付いた。政略結婚に対して何も思わなかった理由も。

  割り切っている理由も。


  そしてこれだけ人嫌いの癖に、私は寂しいなんて感情が残っている。

  私だけ取り残されてしまうのではないかという寂寥感。


「本当だ。私、矛盾してる」

「その歪さも含めて、私はご主人を気に入っている。人間嫌いの癖に酷く善良だ。どうなって、そんな面白い精神構造になったのやら」

「面白がってる……」


  前世の影響が酷く大きい。

  それを理解しつつも、幼い頃から人見知りだった。そうとは見せなかったけれど。

「まあ、ご主人のことは1つまた理解した。結婚願望はあるらしい、と」

「まあ、ね。結婚出来るか分からないけど」

「確かに」

  お兄様の暗躍のせいで。

  彼は常日頃から言っている。

『レイラの政略結婚を阻止するくらいには、領地を充実させてみせる。必要なければする必要などないのだから!』

  幼い頃の戯言をいまだに彼は本気にしている。

  幼い頃の戯言……。つまり、お兄様の傍にずっと居る!とかいうあれだ。


「私、どこへでも行けるよ。どこでもやって行けると思う。だから、そのために手に職を付けたっていうのもある」

  医療系の資格があれば、万が一のことがあっても食い扶持を稼ぐくらいは出来るし、どんな生き方をしようとも生き残ったら私の勝ち。

  ルナが居てくれたらそれで良い。


  精霊は契約者に嘘をつくことはない。

  私にとってそれは大きな意味を持っている。

  人間体のルナの手は少々冷たい。男性の手ということで節くれだっている。

  それをなんとなくなぞっていれば、ルナは困ったように呟いた。

「ご主人。私は精霊だ。申し訳ないが、人間の代わりにはなれない」

「知ってる。ルナにはそれを求めてないから安心して」

  むしろ本当に人間だったら、一線引いているだろう。

  依存は多少あるかもしれないけど、代わりにはしない。

「そなたの先行きが不安だな」

「本当に兄みたい」

「アレと一緒にされたくない」

  ルナが嫌だ嫌だと言うお兄様。

  今度会わせてみたい。精霊が居ると言ったら少しは過保護もなりを潜めるだろうか?

「ご主人。今、不穏なことを考えたな?」

「気の所為! 気の所為!」

「それとな、ご主人。そなたは1人のつもりで居るかもしれんが、それを認めない者も居るのだ。すぐそこに迎えに来ている」

「え? 迎えに来るって……もしかしてホラー!?」

「そういう冗談は言わずとも良い。相手は正真正銘の人間だ」

  ルナに呆れられた。

  いやいや、こんな森の奥。こんな暗闇に人が来るはずが……。

  ガサガサと揺れる木々。

  ざくりざくりと草を踏む音。


「レイラ?」

「えっ?」


  ほらな、と言わんばかりのルナに肩を抱かれたまま、私は予想外の人物の出現に、心の底から驚いていた。


  フェリクス殿下、何故貴方はここに居るのですか?


  ルナは1人こっそりと呟いていた。

「もしかしなくても、これは修羅場か?」

  ルナは私の肩に回していた手をさり気なく離した。


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