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  修羅場期間が終わってから、怪我人はあまり来ない。

  体調不良の生徒や突き指など軽傷の者ばかりが来るのでとりたてて平和に日々が過ぎ去っていく……はずもなく、私の中では修羅場が続行中だった。

  彼女の周りを攻略対象の方々が取り囲むという珍事に、令嬢たちは不満を募らせている。

  この医務室に来た令嬢たちは、リーリエ様についての罵詈雑言や愚痴を吐き出しては、憑き物が取れたように帰っていく。

  うん。言うとすっきりするよね。分かる! 分かるよ!

  こっちは返事にものすごく困るけれど。

  リーリエ様を虐めたりされるのも困るので釘を刺しておくのも忘れないが、さじ加減が難しい。

  適度にガス抜きさせないと爆発するものなのだと私は知っている。

  とりあえず全部話は聞く。ひとしきり愚痴を言ってくる人は聞き役に徹するから良いとして。

  問題は「レイラ様はどう思います? あの女、いなくなれば良いのにって思いません!?」とか同意を求められた時。これが厄介だ。

 時折、「リーリエ様は距離感を間違えているところがあるようなので、誰でも腹が立つと思います。リーリエ様本人がお気付きでないのがまた……」とか言いながら頭痛がすると言わんばかり頭を抱える仕草をしてみたり、「行き場のない怒りというものが一番厄介で、ぶつけ所がないんですよね。私もそういった時は……」とか言ってなんとか悪口ではない正論を言っておき話を繋げたり逸らしたりしている。一番、これが疲れる。それに無茶ぶりすぎる。

  なんともデリケートすぎる問題だ。

  これが正しい対応なのかも分からない。

  悪口を一緒に言う訳にも立場的にアレだし、そんなこと言ってはいけませんよ? とか言うのも問題だし。

  彼女たちは愚痴を吐き出しに来た訳であり、諭されに来た訳ではないのだ。

  少なくとも彼女たちにとっては。私がどう思ってるとかは関係なく。

  ここは愚痴吐き出し場ではないんだけど、とか色々と言いたいことはあるけれど、それはとりあえず放置するとして。

  穏便に済まして欲しいが、私が説教などしたところで右から左に受け流すことは重々承知。

  上手いこと宥められないかと苦心はした。

  殿下たちはただでさえ大変そうなのに、令嬢たちの不満に対応するなんて苦行だろう。

  少しでも宥められたらきっと、少しは楽になるはずだ。


  なので、ここ数日、王都で話題の恋愛小説の中でも悪役令嬢っぽい誰かが登場する小説を例に、適度なスパイスが絆を深めるという事実をさり気なく伝える。

  ある令嬢は、婚約者がリーリエ様に夢中らしく、蔑ろにされて、かなり参っていた。政略結婚と言えども、彼の家でなければならない理由はなかったという。

  なのでアドバイスをした。「良縁を見つけるならリーリエ様を出汁にして被害者ぶれば良い」と。

「リーリエ様の悪気がないのは分かっております……。でもこんなのあんまりです……」と言って泣いている令嬢が居たとする。悪口を言っている女よりも、そちらの方が慰めたいし、ぐっと来るだろう。

  ポイントはリーリエ様の悪口を言わずにどれだけ、悲劇の令嬢を演じられるか。

  多少わざとらしかったとしても、実際に被害者なので問題ない。

  一時の嫉妬や激情でそれまでの評判を落とす必要などないのだ。その不毛さ加減をしっかりと伝えておく。

  と言っても、こちらが素直に引き下がるのは純粋に腹が立つのは仕方ない。ならば、利用してやれば良い。

  そうした事実をあくまでも客観的に、「そちらの方が得ですし、ただでは起きないところが不死鳥のようですよね」とか言っていたら、私が何故か策士とか言われる羽目になった。解せぬ。

  でも。

「レイラ様。あの時、憎しみに囚われていた私を止めてくださってありがとう。おかげで余計な行動を取らなくて済みました。周りに目を向けてみれば、彼だけじゃないと分かりましたし。彼の家には貸しを作れたので満足です」

  彼女は何をやったのだろう。

「そ、そうなのですね!」

「ええ! レイラ様の話を聞いていたら、なんて不毛なことをしていたのだろうと思いました。敵に塩を送るなんて馬鹿げたことをしようとしてたのですもの。レイラさんに話を聞いてもらえた方は皆感謝しているの知っていますか?」

  感謝やお礼があるということは、とりあえず私はヤバい奴認定されなかったらしい。

  よ、良かった。

  こう、腹黒策士系女とか言われたら不本意すぎる。

  お礼を言って帰る令嬢が三人程、続けて来訪した。


  さらにその後に一人男子生徒が訪問した。

「リーリエ様のことで婚約者が不安になっていて……」

  とりあえず婚約者がぐっと来そうな台詞やシチュエーション、口説き文句、理想のデートコース的な何かをこれでもかとアドバイスしておいた。

  医務室は恋愛相談室じゃない!


  はたまたこんな相談もあった。

「婚約者が居るのですけど、それでもリーリエ様に心惹かれてしまって……。告白しても良いと思いますか?」

  知るか! 浮気心の相談などここでしないでくれと少し腹が立ったので、

「それを私に言ってどうしろと? 私に何を言って欲しくてそれを言うのですか?」

  浮気心の背中を押すなんてごめんだと意味を込めて一蹴したら、彼は顔を赤らめて慌てて去っていった。

  その一部始終を聞いていた女子生徒に「さすが恋愛アドバイザー」とか言われて、医務室が医務室でなくなっていくことに絶望した。それに本気で問いたい。

  今のやり取りに恋愛アドバイザー要素あったのか、と。


  そうして頭を抱えていた時に、彼は来た。


「レイラ君。俺の婚約者にならないか」

「はい?」

  相変わらずの真顔で、ハロルド様はいきなりそんなことを言い出した。

  新手の詐欺か、冗談か。

  ここは笑っておくところなのか、真剣に受け止めるところなのか、頭の中でどうするべきなのか、グルグルと回っていく。


  にっこりと笑いながらも硬直している私と、真剣な顔をしているハロルド様の間にある台に、ルナがさり気なく水と甘味を置いていく。

  いつの間にか、使用人みたいなことをしているルナ。修羅場の時以来、習慣化してしまったらしい。

「あの、婚約と聞こえたのですが」

「ああ。婚約者。将来の伴侶だ。この間の戦いを見てあんたが鋼の精神を持つ戦乙女の卵だと確信したのだ。あんたは、生への強い執着を持ち、高潔な魂を持っている。俺の隣に立つに相応しい強い女性だ。それにあんたには素養がある。修行はいつからでも構わない。今からでも始めてみないか?」

「ええと、婚約をですか? それとも修行をですか? というか、そもそもこれは政略結婚の類でしょうか?」

  惚れた腫れたの類ではないことは分かる。その瞳には別の種類の熱心さはあるけれど、恋する瞳ではない。

「どちらかと言えば勧誘に近いだろうか? 俺を怖がらず、真っ直ぐに向き合ってくれたこともある。もし結婚相手が居ないなら──」

  まさかここで求婚されるとは思わなかった。

  そういう展開が来るとは。

  そして、これ程までに全くときめかない求婚も前例がないだろう。

「婚約者云々はすぐに決める話でもない。頭の隅にでも留めておいて欲しかっただけだ。……本題は、修行のことだ。女性騎士という可能性……それもあんたのように見た目ではそうとは悟らせないというのは、大きな強みだ。是非、この機会にその力を伸ばしてみるのは──」

  何故か手を握られる。熱心な瞳が近付いてくるけれど、決して色めいたそれではない。

「ちょっと、ハロルド様? 近い! 近いですから!」

「す、すまない」


  そんなやり取りの中、ルナが人の姿のまま、クッキーを摘みつつ、「ん?」と声を漏らした。

  何事かと思っていたら、医務室のドアが開けられて、慌てて入ってくる人影が。


  ユーリ殿下が飛び込んで来たのである。


「嫌な予感がしてみたから来てみれば……。ちょっと待ってって言ったよね!? ハロルド君! それから、女の子の手を簡単に握らない! 良いから離れて!」

「追いかけて来てまで邪魔をしないでください。今、彼女に──」

「兄上には見られてないよね? この状況! 良いから帰るよ!」

  何故か慌ててハロルド様の腕を掴んで引き摺るように部屋を出ていくユーリ殿下。


「レイラちゃん。ハロルド君の言っていたことは忘れて! くれぐれも! 兄上にこのことは──」

「色良い返事を待っている」


  それだけ言い置いて彼らは出て行った。


「嵐が、去ったな」

  ルナがもぐもぐとクッキーを咀嚼しながら、興味なさそうに呟いた。

「ええ。色々ありすぎたわね」


  そして、災難は続いて行く。

  ちょうど、ルナと二人でトランプに興じていた折に、何度目かの医務室飛び込みがあった。

  慌てた様子でガンガンガンガンとノックされた。

  今度は何?

  多少げんなりしながら迎えると。


「ヴィヴィアンヌ嬢! 君に採取訓練に付き合ってもらいたい! 是非!」


  一年生担当の男性教諭に今度は仕事を頼まれる羽目になった。


  採取訓練。一年生の初めてシリーズその二。

  これもまた、乙女ゲームのシナリオだったりする。

  リーリエ様が精霊を得てからのイベント。

  フェリクス殿下の婚約者で同学年という立場を捨て置いても、どうやら避けられることのない運命だったらしい。


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