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  リーリエ=ジュエルムという少女は、とにかく戦いたくないと言っていた。


  人工魔獣といえど、恐ろしい獅子と対峙した際も、傷付けたくないと言わんばかりに顔は悲しそうに顰められていて。


「私は剣を取るんじゃなくて、和解したいの。魔獣といっても生き物でしょう?彼らだって、元々は普通の生き物だったはずなのに。もしかしたら戻る可能性もあるのに」


  彼女の言葉は正しくもあるけれど、正しいと言い切るのも違う。

  魔獣は二種類存在している。


  一つ目。古来から存在し、繁殖してきた種。こちらの魔獣は繁殖力が強く、単体で増えるものも居れば、普通の動物と子孫を残す個体も居る。

  二つ目。元は動物だったものが穢れた魔力に侵食され、体の一部が魔力の塊──核に変質して、魔獣となってしまったもの。

  どちらも共通しているのは、理性なき獣だという点。

  魂はあるのか、ないのか、それについては目下研究中であり、様々な議論が交わされているが、彼らはほとんど本能で生きているようなものなのだ。

  とにかく個体差がある生き物なのだ。

  核のある生き物ならば、他に幻獣が居る。

  理性ある神秘の生き物は幻獣。理性のないおぞましき生き物が魔獣とこの世界では区別されているくらいで、その差は理性の有無くらい。

  だから魔獣だからと狩られてしまうということに哀れみを覚えている者も居るくらいだ。


  素材採取に慣れてしまった私は、問答無用で襲ってくる魔獣から逃げ続けた身なので、可哀想という概念は屑箱の中にかなぐり捨てた。

  魔獣の纏った瘴気を感じ取れるならば、その差は一目瞭然。

  そんなこと言っている場合ではなかったため、問答無用で斬り捨てたこともある。


「穢れた魔力が原因なら、光の魔力で浄化してしまえば、元に戻る可能性もあるわ」


  リーリエの言葉が聞こえてくる。

  気になった私は、彼女の声だけを魔術で拾っていた。

  光の魔力は未知数だ。前代未聞だが、そういうことも出来るかもしれない。

  慈悲の心と慈しみを持つのならば。

  それに私が知る彼女ならば……。


「ねえ、あなたの本当の姿を教えて?」


  今にも飛びかかりそうな魔獣を目の前にして語りかけている彼女の体からは、光の魔力が溢れんばかりに放出しており、その白い魔力の粒子が魔獣を落ち着かせているようにも見える。


  リラックス効果みたいなものだろうか?


  戦闘態勢に入ってしまった魔獣は、手が付けられないというのが常識なのに。

  興奮状態に近いため、精神系の魔術は効きにくいのだ。

  つまり、先程の精神魔術を駆使していたノエル様は規格外だ。


「私はあなたと戦いたくないのよ。傷付けることに慣れたくもない。これは私なりの覚悟なの」


  リーリエ様は、春のように穏やかな笑みを浮かべて近付いていく。

  唸り声を上げたりしつつも、その場に留まっていた人工魔獣は、ゆるりと首をもたげている。


「守られるだけも嫌。傷付けるのも嫌……だけど、私は私で居たい!」


  その言葉から分かるのは、私の言葉を到底受け止められないと彼女が判断しているということ。


  異様な雰囲気に包まれる中、戦いはなかなか始まらない。

  それでも光の魔力は溢れ続けて。



『 』


  何かの鳴き声を聞いた気がした。


  フィールド上に光が溢れ出し、視界が真っ白になる程に、光り輝いた。


  眩しくて目が開けられない?

  この光はもしかして。


  そして私は確かに見てしまった。目が眩みつつも、指の隙間から見えたのは、これこそ神秘の存在だった。

  リーリエ様の前を守るように立ち塞がる白い羽根。真っ白な尾を靡かせた神秘的な巨鳥。羽根を広げれば数メートルにも及ぶだろう。

  鷹か何かにも似ている。


「精霊……。それも、これは光属性の精霊……」

  私はぼそりと独りごちた。

  私が思っていた通り、やはりこうなった。

  リーリエ様は精霊と契約した。

  シナリオ通りの展開がなぞるように繰り広げられていた。

  私というイレギュラーが居ながらも、予定調和のように。

『ほう。前代未聞だな。全ては、魔力量が多いからだろうな』

  ルナの声には感嘆の色が含まれている。

  そう。覚えがあると思ったら、これはルナの気配と似ているのだ。

  不思議なのは、精霊は契約者にしか見えないのに、私に見えている点。

  ゲームでは、リーリエ様が主人公だから精霊の姿もしっかり描写されていたが、本来ならば私に精霊の姿が見えるはずがない。

  魔力があってそれなりの使い手ならば、他者の契約精霊も目にすることが出来るらしいが、それも同じ属性に限られるというのに。

  ついでに言うと、私はそれなりの使い手という訳ではないはず。


  もしかしてルナと契約しているから?

  そんな話聞いたことない。


  後から知ったことだが、魔力量が多く、優秀な術者且つ闇属性の魔力を持つ者──つまり数人の教授がこの場でかの精霊の姿を目撃したという。

 

  リーリエ様は今、あの精霊と何か話している?

  会話はよく聞こえなかった。

『私は姿を隠していても良いか。あの気配はなんとなく落ち着かぬ。同業者は好かぬ』

  光の魔力にゲンナリとした様子のルナは、私の影の中に潜む。いつもみたいに鼻だけ出すこともせず。


  リーリエは前を見据えると、魔獣に向けて言い放つ。


「どうか、あの魔獣を救って!」

『契約者の願いを叶えましょう。その慈悲をどんな時も貫き通すならば、それなりの覚悟を持ちなさい』


  中性的な精霊の声を私は聞いた。


「何?何が起こってるの?」

「え、ええと……」

  隣に居たユーリは戸惑ったように、私の腕を掴んだ。


  光がさらに強くなり、目の前が真っ白になった後、しばらくして霧が少しずつ晴れるように目の眩むような光は治まっていって、そして。


  瘴気を取り払い、穏やかな顔をして眠る人工魔獣の姿があったのだった。


  これは、魔獣の浄化?

  人工魔獣からは、瘴気の一欠片も感じられなくなっていたのだ。

  もし、これが人工魔獣ではなく、普通の魔獣なら、どうなっていたのだろう?


  神話のような一幕に、この場に居る誰もが呆気に取られ、目を見開き、言葉をなくしていた。


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