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覗き見をしたい訳じゃない。

二人が夜を過ごしてから数日後くらい?


リアム目線です。

 ある日の朝のことだった。

 リアムの日常は、護衛から始まり、護衛で終わる。

 元はフェリクスの護衛兼話し相手的な立場だったが、彼の婚約者付きとなって早数ヶ月。

 フェリクスの婚約者のレイラを日夜お守りしている。

 元々はフェリクスへの忠誠が始まりだったのだが、この数ヶ月色々あり、リアムにとってもレイラは守るべき存在になっていた。

 さらにフェリクスは、レイラへの護衛としてブレインを専属騎士として置いた。

 実力が証明された名のある騎士が居ることによって、レイラの周囲を牽制出来るからだ。


 基本的にはいつも二人でレイラに付いているが

 、その日はブレインが所属の魔導騎士団のところへと報告と相談のため、数刻時間を空けることになっていた。

 レイラ専属と言っても、書類上の所属はそちらなので報告書なども作成しないといけないと前に聞いたことがあったからだ。

 ──名目上とか、公の肩書きとか面倒っすよね。

 レイラの傍を離れることになるので、彼の方は渋っていたのだが、図書室で調べ物をしていたレイラに執務の合間を縫って会いに来たフェリクスが話しかけて来たのを確認すると、フェリクスがレイラの傍に居ることだし、その間に報告を済ませようということになったらしい。

「レイラ、俺は少し報告をして参ります」

「はい、分かりました。戻るまで大人しくしておりますね」

 確かにフェリクスが居れば、厄介な貴族に声をかけられることもないだろう。

「ああ、もういっそのこと、この後も帰って来なくて良いよ、ブレイン。たまには休暇も必要だろう?」

 フェリクスはわざとらしい笑みを浮かべた。

 ──なんでまた、わざわざ喧嘩を売るんすかね。このお方は。

「お構いなく。しっかり休みは取ってますのでご安心を。ああ、殿下に心配してもらえるなんて嬉しいなあ」

 ブレインの方も棒読みである。

 微塵も嬉しそうではない。

 妙にイラッとするような話し方はわざとである。


 ちなみに、すれ違いざまのブレインの台詞がこれである。

「リアム。レイラのことをお願いします。飢えた狼がレイラを襲いそうになったら俺の代わりに邪魔──助けて差し上げてください」

 ──邪魔って聞こえたんすけど!?

 そう思ったがわざわざ突っ込むような愚行をリアムは侵さない。

 最近学んだ。

 フェリクスとブレインが犬猿の仲なのは重々承知だ。

 とりあえず二人が喧嘩している時は巻き込まれないように出来る限り影を薄くして、静観するに限るのだ。

 そして細かいことを気にしたり疑問に思ったりしてはいけない。

 突っ込みたくなっても口にしてはいけない。

 話を振られたら、隠形魔術を駆使して逃げる。それに尽きる。

 あまりにも喧嘩が収束せず、仕事に滞りが生じるのではないかと思った時は、見るに見かねたらしいレイラが、「お二人共、話が尽きないようですので、私とリアム様は席を外しますね」などと一言物申してくれる。

 喧嘩はその瞬間、ピタリと止まる。

 もう一生ついて行こうと思った。


「殿下、お忙しいのでは?」

「今日学園では全く会えなかったから、会いに来てみたんだ」

「……お体には気をつけてくださいね?」

 そう言いつつもフェリクスに会えることが嬉しいのか、レイラは頬をほんのりと赤らめる。

 淑女の微笑みではない、初々しい少女の綻ぶようなそれに、フェリクスの方も口元を柔らかく緩め、甘い視線を向けている。

 案の定、デレデレである。


 こういう時もこっそりと姿を消すべきだとリアムは知っている。

 精度の上がった隠形魔術で姿を消すと、それを見計らっていたのかフェリクスがふっと笑みを浮かべ、己の婚約者を本棚に追い詰めた。

「なっ……えっ? 殿下?」

 レイラが顔を真っ赤にしても何のその。

 ──何してくれちゃってんですか、あの主は。

「レイラ成分が足りないんだ」

「えっ? ええっ!? ……きゃっ、ちょっと待っ」

「待たない」

「んっ……!」

 本棚を壁に覆い被さって、フェリクスはレイラの唇を少し強引に奪った。

 ──うわぁ……。

 リアムが見ていても、最近は以前にも増して気にしなくなったというか。

 フェリクスの開き直りが凄まじい。

 少し抵抗したレイラは、慌てたように周囲を見渡し、婚約者のキスから逃れた。

「リアム様が見ています!」

 こちらは良識と常識を兼ね備えており、羞恥からか白い頬が茹で蛸のように赤く染まっており、目も若干潤んでいた。

 フェリクスは抵抗されても諦めずに、レイラに迫る。

「大丈夫、見てないよ。リアムは空気を読んで席を外してくれたんだ」

 ──嘘こけ!! ここに思い切り居ますけどね!?

 平然と嘘八百を、爽やかな微笑み付きでのたまうフェリクス。

「ここは公共の場ですから……ね?」

「首を傾げちゃって、可愛いなぁ。レイラは。大丈夫、誰か来たら止めるからね」

「あっ……待っ──んっ…やっ……」

 それからリアムの少し先では、濃厚すぎる口付けが繰り広げられる。

 レイラの控えめな息遣いは甘く色めいた声を孕んでいて、どうやら深い口付けに翻弄されつつも、うっとりとしてしまっているらしい。

 鼻にかかったような甘い声がキスの合間に漏れている。

 たぶんあれは舌まで入れられてる。

 他には誰も居ない図書室に、悩ましげな女の声と淫らな水音が響き渡る。


 ──俺が居ること忘れてないっすかね?


 いや、忘れてはいないのか。

 隠形魔術を緩めると「黙っていろ」と言わんばかりに、気配を察知したらしいフェリクスからの視線がリアムに突き刺さる。

 その癖、自分はレイラとのキスを止めない。

 どうやら部屋を分けられ、執務の増加によってレイラとの時間が減ってしまったことが相当堪えているらしい。

 なりふり構わずと言うか、なんと言うか。

 リアムだから良いかーとか思われているのか。

 少しぐらい羞恥心を持てと言いたい。


 レイラの方は目がトロンとしてしまっているし、どれだけテクニシャンなのだろうか。

 恋人いない歴を日々更新しているリアムには縁がない世界だが、たぶんフェリクスはレイラの快感のツボなどを把握しているに違いない。


 レイラの声が甘い。快楽に身を委ねる訳にはいかないと、フェリクスの胸元を押し返そうとしてはいるが時間の問題な気もする。


 リアムの目は死んだ魚のような目になっていた。

 誰が好き好んで、主とその婚約者の濃厚な絡みを覗き見したいと思うのか。

 というか砂糖を吐き出しそうなくらいなので、是非遠慮したいところだ。

 こういう時は全力で知らないフリをして、時が過ぎ去るのを待つ。それが得策である。


「だめっ……」

「駄目じゃないよ、レイラ」


 ──いや、駄目だろ。


 口には出さないけれど、リアムは冷静に突っ込みを入れた。

 そもそもフェリクスは十五という年齢の割に、婚約者と進みすぎだと思う。

 二人に肉体関係があるであろうことは何となく知っているし、今の二人の様子を見る限り、そういう時は相当乱れているとしか思えない。

 清廉潔白さが売りだった王太子がここまで変わるものなのか。

 あのフェリクスがここまで何かに溺れる姿を見ることになるとは。


 ──それ程、フェリクス殿下にとってはレイラ様が特別だってことなんすかね。


 貼り付けられた完璧な微笑みを浮かべて日々を過ごしていたフェリクスを思い出す。

 ──あれが、まさかこうなるとは。


 でもまあ、ちょっとは自重して欲しいけれど。

 しつこくレイラの唇に己のそれを重ねるフェリクスの執拗さには呆れつつ。


 ──俺が見てたって知ったらレイラ様、色々と耐えられないだろうな。


 世の中には言わなくて良いこともあるのだ。

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