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禁断の書

ギャグです。

王妃様が楽しんでる話。

あるお誘いの話直後くらい。

 それは王妃様との私的なお茶会で知らされた出来事だった。


 学園の医務室の業務が終わり、王城へと帰った私をクレアシオン王国の王妃エリーゼ様が待ち受けていた。

 とても素敵な笑顔を浮かべていらしたので、私の直感は告げていた。

 これはフェリクス殿下、揶揄われたパターンだ、と。

 お茶会ということで、「女子会なんだから男子禁制よ!」と私の専属護衛騎士であるクリムゾンは部屋の外に追い払われた。

 お茶とお菓子を置いて侍女が下がって行ったのを確認すると、防音魔術と防御膜まで施す王妃様。

 いやに厳重な様子に内心首を傾げつつ、近況報告とばかりに最近の様子を話す。

 しばらく雑談していると、話の内容は自然とフェリクス殿下のことに移った。

「昨日、フェリクスがいやにご機嫌だったのよねぇ。レイラちゃんとの間に何かあったに違いないって思ったのだけど、実際のところはどうなの?」

 昨日。

 最近、久しぶりにフェリクス殿下と、その……夜の営みをしたので、何かあったと言えばあった。

 ただ、今回のフェリクス殿下は私に気を使い、首筋や体に跡を付けることを一切しなかったのだ。

 だから着替えさせられる時もバレることはなかった。

 ただ、王妃様から見ると当の本人は上機嫌だったらしい。

 皆の前では普段通りに見えたけれど、母である王妃様が見ると違うらしい。

「ちょっとからかいたくなって、レイラちゃんを押し倒してエッチなことしたの? って聞いてみたんだけど、ドン引きした目で見られるだけだったわ」

『当たり前だと思うぞ』

「直接的ですね?」

 ここで顔を赤らめてしまえば何かあったとバレるので、平静を装って答える。

 というか、前はハッキリ聞くのは難しいとかそんなことを仰っていたはずなのに、ついに開き直ったらしい。

 王妃様は進化した。

「それかレイラちゃんをモデルにしてエッチな絵画でも描かせたのかしら」

『ご主人の絵を見ながらニヤつく王太子は嫌すぎる』

 ルナの嫌そうな声。

 ごもっともである。

 それに絵を見てニヤつくくらいなら、直接私を見て欲しい。

「あの子、私のこと何だと思ってるのかしらね。息子の恋路が面白──心配しているだけなのに」

『今、面白いとか言いかけたぞ』

 聞かなかったことにしよう。

「それで、いつも決まって言うのよ。『私のことは構わず仕事をしてください』って。あの冷たい視線! 母親に向けるものではないわよね? そう思わない!?」

「私から見ると、気安い仲と言いますか。親子の距離が近くて微笑ましいと思いますよ? 私は父を相手にすると構えてしまいますから冗談を言ったりする関係に憧れます。素っ気ないのは、まあその……ほらあの年頃の殿方ですし」

「思春期真っ只中なのね、きっと」

 確かに忘れそうになるが、彼は十五歳である。

「思春期真っ只中なら、えっちな本の一つや二つあったっておかしくないとは思うのよ」

『それを婚約者の前で言う母親とは一体』

 ルナ、細かいことは気にしてはいけない。


「そう思って探してみたら、執務室の本棚にこんなものを隠していたのよ」


 すっと突然出てきた一冊の本。

 表紙が重厚な赤色をした高級な布で覆われている。

「これは、禁断の書よ」

「禁断の書……ですか」

 待って。何か嫌な予感がする。

 私の直感が再び告げる。これを見てはいけない、と。


 だが、王妃様は躊躇いなく本を開くと、慣れたようにページをめくり、ある見開きを探し当てると、楽しそうに見せてきた。


 私はそれを熟読してしまって──。


 無言で本を閉じた。


「私は何も見ていません。ええ、私は今、何も見ていません」

「うふふ。夢じゃないのよ? これはね! もしも、うちの息子とレイラちゃんが幼い頃に出会って婚約していたらっていうテーマの純愛物語なのよ?」

「いえ、あの色々と問題があると言いますか。犯罪めいてると言いますか」

「十二歳で、えっちをしちゃうのはアレだけど、二人が同い年だから犯罪じゃないわよ?」

 そもそも、偽名とかを使わずに本名を使っているのは問題ではないか。

 そう。盛大な二次創作作品──それもナマモノという少々扱いが難しいジャンルの作品が目の前に置かれていた。

 しかも見つかったのはフェリクス殿下の執務室の本棚。

「わざわざカバーにお金をかけて、経済書の中に紛れ込ませるなんて、なかなか厳重よね。一冊一冊確認するのには骨が折れたわ」

『暇なのだろうか』

 いや、暇ではないはず。城の管理は王妃様が行っているし、政務にも一部関わっているらしいと聞いている。たぶん、他にも彼女の仕事はありそうだ。

 時折、私を着せ替え人形にしたり、ユーリ殿下を捕まえて何かを企んだり、それからフェリクス殿下を揶揄ったり。

 いつ時間を捻出しているのだろうか。

 何が彼女をここまで駆り立てるのだろう。

「これ、読んだ形跡があるから、問い詰めたら面白そうね。レイラちゃん、二人で会う時、これを出して反応を見てきてくれないかしら? 絶対、面白いから!」

「うっ……」

 王妃様のキラキラした視線に私はたじろいだ。

「あの子の性癖も知れるかもしれないわよ?」

「性癖……」

 ちょっと気になるかも。

『ご主人、正気に戻るのだ。そんなこと知らずとも良い』

 ルナの言葉で正気に戻った私はハッとして断った。

「さすがに、プライベートですし。これは見なかったことにしませんか? 元あったところに戻しておくっていうことで……」

「あら、そう? じゃあ、代わりに陛下の執務室に並べて──」

「やらせていただきます!!」

 王妃様は最近、フェリクス殿下やユーリ殿下だけでなく、私も玩具にしている気がしている。

 心から楽しそうだ。


「良かったわー!! そんなレイラちゃんに、さらにご褒美よ!」

『嫌な予感しかしないのだが』

 最近のルナの危機察知能力は向上している。

 何か不穏さを嗅ぎ取ったらしい。


 次にテーブルに出された本は、大衆小説のようだった。美麗な騎士の絵が描かれている。

 お姫様と騎士。よくある題材だ。

「最近巷で話題の恋愛小説なんだけど、最近私が出版の後押しをしたのよね」

「そうなのですね」

 まず、ペラリとめくって目に入ってきた一文。



『この作品は架空の物語であり、実在する人物・団体とは一切関与しておりません』


 まあ、よくある一文だと思ってページをめくり。


「え? ブレイン?」

 しかも、この姫様、どこかで見たような設定とどこかで見たような容姿をしている。

「ブレインという名前は、たまにあるじゃない?レイラちゃんのとこの騎士とたまたま被ってしまったのね。ほら、でも容姿は少し違うし」

「いや、ですが……あのこの姫君の容姿が……」

「あらあら。たまたまレイラちゃんと容姿の特徴が被ってしまったのね。でも名前も違うし」

「レイカですけどね」

 なんというギリギリなことをしてくるのだろう。

 作者は誰かと思えば、エミー=ベノン。

 エミリー様のペンネームだった。

 何をしてくれちゃってるの。

「筆が乗って書いたは良いものの、『マズイものを書いてしまった』と青ざめていたのよ彼女。ボツにして捨てるのは勿体ないと思ったから、騎士の口調だけほんの少し変えさせて出版してみたの」

「あの……わざわざこの名前なのは、色々とマズいと言いますか。変な噂が立つのでは?」

「それは問題ないわ。巻末の対談を見て」

「対談?」




『──リアルな描写が臨場感を増していると出版社でも話題になりました。

 エミー「この度は執筆するにあたり、ある騎士にご協力していただきました。前作でも協力して頂いたので、その縁で。リアルな描写を追求するなら本職の人に聞くのが一番ですからね(笑)細かい質問にも丁寧に答えてくださったのですが、謝礼金はいらないとのことでお礼は受けとって頂けなかったんです。なので感謝の想いを伝えようと相手役の騎士の名前にしてみたのですよ。もちろん許可は取っていますよ」

 ──その騎士の人の協力あってこそなんですね。

 エミー「そうです、そうです。記念みたいなものなんですよね。元々は違う名前で考えておりましたので、容姿とか性格とかファミリーネームは本人とは全く違いますが」』


「こんな小芝居を入れたからバレないわよ。それに彼は実際、騎士物語で取材したらしいし、嘘ではないわ」

『慣れている。まさか常習犯』


 相変わらず規格外というか、創作をめいいっぱい楽しみたいからこその所業なのだろう。

 貴族社会では噂一つで左右されるからこそ、先手を打っているのは、凄いけれど。

 その労力はもっと、別のところに使って欲しい。


「全力ではしゃげる窓口を作っておくと人生彩り鮮やかになるわよ、レイラちゃん」

「え、ええ……そうですね?」

 どう突っ込めば良いのか分からない。


「まあ、これに反応するのは、一部のレイラちゃんと騎士推しの人たちだけじゃないかしら?」

 さらにすっと出てきたのは、なんと二次創作ナマモノのジャンルの、私とクリムゾンを題材にしたものだった。

 こちらは名前がそのまま使われているので、まさしく禁断の書だ。

「見てみる?」

「良いです! 見なくて良いです!」

 そもそもクリムゾンのことは、そういう風に見たことないし、噂になったら彼にも迷惑になる。

「抜き取った本の代わりにこれを入れて──」

「引き取ります! 私の方で処分しておきますので!」

 というか王妃様はこういうのどこで見つけてくるのだろう。

「……これ、他にもあるかもしれないですよね」

 裏で出回っていそうで怖い。

「それは心配ないわ。出回っているのは、それで最後の一冊だから」

「え?」

 嘘! 回収済み!? 仕事が早い!


「私の息子の恋路に水を差すかもしれない危険要素は省いておかないと。さすがに実名は駄目よ。冗談じゃ済まなくなるから。さすがに本気と冗談の区別はつけなきゃいけないわ」


 そう言った王妃様の顔は、公務の時の凛々しい王妃様そのもので。

「王太子との婚約破棄の理由を探す愚か者が、まだ居るのよ。何しろレイラちゃんは光の魔力の持ち主で引く手数多なのだから。皆手に治めたいと思っている。レイラちゃんの様子を見る限り、変な陰謀に巻き込まれている訳ではなさそうで安心したわ」

 どうやら物凄く心配していたらしい。

 最初の雑談だと思っていた何気ない会話の中で、私が何かに巻き込まれていないかさり気なく確認していたらしい。


「……もしかして今回の小説の出版理由って」

「回収の際、多少強引に本を取り上げることになったから、お詫びみたいなものかしら。少しでも反発を減らせればと思ったのよね。穏便にがモットーよ。創作の自由は許したいのだけど、さすがに今回は看過できなかったから」

 王妃様は色々と考えているお方だ。

 憧れの視線を向けていたら、彼女は悪戯めいた顔で笑う。


「まあ、息子の反応が見たいからって理由がほとんどなんだけど!」


 うん。

 そう言われるとそれが理由な気がしてくる。

『半分以上の理由がこれな気がするのは私だけだろうか』

 フェリクス殿下へのちょっかいが盛大すぎる。



 それからの顛末。

 執務室に赴き、フェリクス殿下への書類を渡してから、おもむろに切り出した。

 王妃様のミッションを完遂するためだ。

 言わなきゃいけない台詞リストを思い出す。

 うう。何で引き受けたんだ。

 でも、この本が陛下の執務室に行くよりはマシだ。王妃様なら、しれっとやりかねない。


「フェリクス殿下。王妃様がこんなものを見つけたそうですよ」

「えっ? 母上が? なんだろう。………!?」

 フェリクス殿下は、それを目にした途端、持っていた資料をバサバサと落とした。

『王太子は動揺している』

 ルナが実況する。

「これ、この部屋の本棚へ巧妙に隠してあったそうですね」

「えっ……えっ?何で、それ」

 本棚に向かい、本を確認し終えると彼は青ざめていた。

「えっ?」

『王太子は言葉が出ないようだ』

 フェリクス殿下が珍しく動揺している。

「殿下、この本の中身は知っておりますか?」

「…………」

『王太子は混乱状態になった』

「これ、成人向けの内容みたいですね」

「………………………」

『王太子は精神に百ダメージ』

 ルナ。さっきからRPG戦闘風に実況するの面白いから止めてくれません?

 それ、どこで覚えたの。

「レイラ? えっと……それは、その。見つけたから保管しただけなんだ。そう。没収しただけ」

「高級なカバーをして、本棚に紛れ込ませて?」

「……うっ」

『王太子は絶望した!』

 フェリクス殿下は壁に頭をゴンッとぶつけた。




 ちなみにせっかく出版された本だが、一月後、フェリクス殿下により発禁本になった。

 王妃様が爆笑したのは言うまでもない。





あるお誘いの話。の詳細をムーンライト版に公開しました。

いつものように読まなくても特に問題はありません。

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