表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
240/252

例のあれがバレた話。

バレた話。

 クリムゾンが騎士に就任してから数日。

 反発がありつつも、世間に公表した騎士物語のおかげで民衆には受け入れられ始めた頃。


 朝、ふと目が覚めて、薄暗い中、身動ぎした。

 ルナは朝の見回りだろう。精霊は人に見えにくいので諜報活動をするのに持ってこいである。

 私が居たら出さないボロも、ルナ目線で見たらボロボロと零しまくるので、ルナには協力してもらっている。

 クリムゾンが高位貴族に絡まれているのもそれで知ったのだ。

「んっ……」

 そっと体を伸ばす。

 薄いナイトドレスが胸元がはだけていて、それを直しながら起き上がろうとしたら、後ろから抱き締められた。

「ひゃぁっ!」

「おはよ、レイラ」

 起き上がろうとした私の体は、ぽふんっと再びベッドに倒れる。

「も、もう、フェリクス殿下! 驚かさないでください。いつから……!」

「ごめん、つい。二十分くらい前かな」

 ということは寝顔とか見られてた!?

 一緒のベッドで眠るのは慣れたはずだが、やはり寝顔を観察されるのは慣れない。

「レイラはいつだって可愛いから安心して良いよ」

 そういう問題じゃないと思う。

 抱きすくめられて、首筋にキスを一つ落とされる。

 彼の唇が触れた瞬間、ピクンっと体が揺れて反応してしまった。

「ううっ……あの、待って」

「これから執務だから、今のうちにレイラを補充しておかないと。忙しいから少しでも癒しが欲しい」

 フェリクス殿下が多忙だというのは見ていて分かる。彼が心配になって、緊張だとか羞恥などは吹っ飛んだ。

 巻き付く彼の腕をそっと撫でる。

「……最近は、色々と執務が溜まっていますからね。執務の後は学園にも顔を出すのでしょう?」

「一応、単位は取らないといけないから。試験だし」

 たまに忘れそうになるけど、彼は正真正銘の学生なのだ。

 ただ、最近は忙しすぎて授業に出れず、レポート提出を出席の代わりにしたりと苦労しているらしい。

 授業出ていなくとも彼は首席だ。

 本当に彼の頭の中はどうなっているのだろうと本気で思う。

「レイラは休んでる? 医務室に行くのも良いけど、たまには有給取っても良いと思う」

 私の肩口に顔を埋めるフェリクス殿下。

 そうしたいところだが、医務室を空けるのは気が咎める。

 最近、叔父様はサンチェスター公爵の隠れ家を探し出し、一つ一つの場所の魔力測定をしたりと後始末をしているのだ。

 周囲の自然に悪影響がないだろうか、とか何とか。

 普段は取れない薬草を採取出来るとかで趣味と実益を兼ねているらしく、叔父様は楽しそうだ。

 そんなことをふわっと説明すれば、後ろから抱き締めていた私の肩を掴み、フェリクス殿下は自分の方へ向き直らせた。

「え? 一人? 責任者も居ない?」

「医務室責任者の資格はついに取らされましたので、問題はないのです」

「ついにレイラが助手ではなくなったとは」

 責任者としての資格を取ってしまった。

 まさか、助手でなくなって、今の私は『学園専属医務官』。叔父様と立場的に同じになった。

 立場が同じ者が二人、乗っ取られたらどうするのだと叔父様を脅してみたら、「研究出来れば何でも良いです」との言葉。

『ブレなさすぎて、いっそ尊敬する』というのはルナの言葉である。

 ベッドから起き上がったフェリクス殿下は、魔術でお湯を沸かしてから、紅茶を入れてくれた。

 ベッドに座る私にティーカップを渡してくれて、それを私は口に含む。

 温かい。

 高級茶葉というものもあるけれど、フェリクス殿下は何故かお茶を入れるのが上手い。

 たぶん一人で何でもやって来たのかもしれない。自分で入れた紅茶を味見しつつ、「こんなものかな」と少し満足そうに頷いている。


「でも、それって仕事量増えたんじゃないの?平気じゃないよね」

「あっ、手伝ってくださる人もいらっしゃいますのでご安心を」

 さらっと言うのを心がけたつもりだ。

 だが、彼は見逃してくれなかった。

「手伝ってくださる方って、ブレイン……?」

「……」

 私は黙殺した。

 基本的に騎士の彼は私の護衛に徹するのだが、彼の知識は一介の騎士のものではなくて。

 つまり膨大な知識を持っていたので、十分に戦力に──私の助手として手伝うことが出来たのだ。

 すぐに答えを導き出せるフェリクス殿下は凄い。凄いけれども、ここは流されて欲しかった。

「ふうん。やっぱりそうなんだ。あいつがね。ふーん……?」

 彼と向き合う形で、私は固まっていた。

 どうしよう。目のハイライトがない。

 前に閉じ込められた時と似たような目をしているのは気の所為なはず。……はず!

 クリムゾンとはそういう関係ではないのだが、フェリクス殿下は彼を警戒している。

 フェリクス殿下は近くの棚の上に、紅茶のカップを置いた。私のそれも取り上げられる。

 えっ? 何この状況。

 だんだん顔が近付いてきて、彼は突然、座っている私に覆い被さってきた。

 何をするかと思えば私の下唇をはむっと甘噛みした。

「っ……!?」

 私の下唇に舌を這わせた後、くっと軽く歯を立てる。

「気に食わない」

 唇を重ねながら、彼は文句を言った。紅茶の味がするし、吐息が触れて温かい。

「それ、ずっと部屋に二人きりって言うことだよね。しかも仕事を通じて仲を深めたりするやつだよね。王道というか」

 フェリクス殿下が声を出す度、唇がこそばゆくて仕方ない。触れ合いながら息でくすぐられる。

 この恥ずかしい状況から逃れようと、顔をずらそうとしても、後頭部を支えている彼の大きな手が外れることはない。

「すごく不本意なんだけど。私と一緒に居る時間だって前より減っているというのに」

「えっ、でも……あの、んっ……」

 言い訳など聞きたくないと言わんばかりに唇を塞がれる。

 えっと、本当にフェリクス殿下が思っていることはないんだけど。

 そもそも二人きりではない。

 リアム様も居るし。実質三人で医務室に居るようなものなのだ。

 フェリクス殿下、リアム様のこと忘れてない?

「とにかく気に食わない」

 唇が僅かに離れて、そんなことを言われる。

「本当に何も……んっ……ちょっ」

 再び柔らかな唇が重ねられ、吐息ごと奪われて私の言葉は飲み込まれた。

 しばらく唇を思う存分貪られた後、息も絶え絶えの私は、「リアム様も一緒です!」と悲鳴を上げる。

 ちょっと考えれば分かるはずなのに、どうして?

 フェリクス殿下は、「そう言えばそうだった」と目を瞬かせる。

「リアムが居るなら安心か……うん。そこでレイラがあいつと仲を深める機会はないはずだし」

 本気で悩ましげにしているフェリクス殿下は、きっと疲れているのだ。

 だからこんな突拍子もないことを言うに違いない。


 朝から濃厚な口付けを交わしてしまったせいで、完全に目が覚めてしまった。

 心臓に悪すぎる!


 そして、フェリクス殿下と部屋を出た瞬間、事件は起こった。


 二人で部屋を出て、まず目に入ったのは、クリムゾンが壁に背を預けている姿。

 足元には黒猫の精霊アビス。


「……これは、一体どういうことでしょうかねぇ? 本当に有り得ないんですけど。ええ、もう目を疑う程に。夢か現実かどちらなのか、自問自答しましたよ、はい。俺は、たまたまこの辺りに用があっただけなんですよね。それはもう偶然でしたよ。ほんの気まぐれを起こしてレイラの部屋はどの辺りなのか聞いてみて、まずは自分の耳を疑いましたよね。実際に目にしたら、もう、なんというか。……ああ、もう、本当に有り得ないな。これは、ない。論外だ」


 早口でキレ気味のクリムゾンがそこに居た。

 後半なんか敬語が取れかけている。


「お前、何で王族の居住区に居るんだ。ここに入ってきて良いとは言ってない」

「レイラ、気付かなくて申し訳ありません。俺がどうにかしますから。だから貴女はこの男の非常識に染められないように」

 クリムゾンはフェリクス殿下の問いを無視して、私の前に跪いて宥めるようにそう言った。

「ええっと、あの……ブレイン様?」

 私の背後のフェリクス殿下から冷気を感じる。

 機嫌が悪い証拠だ。

 先程までの会話内容がまた、タイムリーなせいで尚更。

「レイラ、すぐに手配させますから。今日中になんとかなりますし、こういうのはなるべく早い方が良いのです。王城なのですから、空いている部屋くらいたくさんあるでしょう」

「……ええと?」

 クリムゾンは何を話しているのだろう。

 咄嗟に思いつかなかったが、フェリクス殿下が私の腕をグッと掴んで自らの背中に隠したことで、中断した。

 フェリクス殿下の肩越しに見えるのは、憤怒の表情を浮かべたクリムゾン。

 え? 怒ってる?

 何が何だか分からずに居た私だったが、その答えはクリムゾン本人によってすぐに明かされる。



「フェリクス殿下? 何故、レイラと同室なんです? レイラに個室がないとか有り得ないんですけど?」



 それはもう地を這うような低い声で。



「婚約者? それは周知の事実でしょう。はい。腹立たしいことに? そういうことになってますからね? でも、同じ部屋って何ですか? レイラにプライベートがないとか、お前正気ですか?王太子の癖に頭の中が湧いているんですか?」


『我が主。相手は王太子ですよ。お前はまずいです、さすがに。身分的に』

 諌めながらも楽しそうなアビスの声には、説得力がなかった。


 ちっ、とフェリクス殿下は舌打ちした。

 クリムゾン相手にすると普段の品行方正さは鳴りを潜める。


「常識的に考えてですよ? 四六時中一緒とか地獄ですよ、ええ。自分ならそれを許されるとか本気で考えてるなら、医者にかかった方が良いですよ。まあ? それが治るかどうかは知りませんが?」

「随分な言い様だが、元はと言えばレイラの警備上の問題も兼ねているんだ。私の部屋は防御系魔術が張り巡らされているし、狙われることは一切ない。それに奥の部屋にはレイラの個室を作っているし、プライバシーの問題もない」

「そういう問題じゃないんですよ。レイラが周りにどう思われるとか考えたことないのですか? 非常識なのは貴方だけで間に合ってるんですよ。本気で頭のネジをどこかに置き忘れたんですか、貴方は」

「だから、警備上の問題もあると言っている。安心して眠れる場所があるならそこが良いに決まっているよね。大体こうした理由で説明がついているから皆、納得しているし、そもそも当時不審者だったお前が原因のようなものなんだよね、これ」

「はぁ? 昔のことを持ち出されても困るんですけど。そもそも、そんなの俺が隙間ない完璧な術式で防御系魔術を張り巡らせれば問題ないです。重ねがけして、例えば反射に反撃、それから無効に吸収、状態異常付与。それから小指をぶつける呪い。厳密に言えば幻術で角を認識出来なくするものですが」

 どこかで聞いたような盛りっぷりである。

 フェリクス殿下と似たような発想をするなと思った。たぶん似た者同士とか言っちゃいけないやつ。

 そして、最後。物凄く地味な呪いだ。

「最後の何? 誰に対しての嫌がらせ? お前の性格の悪さが滲み出ているんだけど。というか、お前にやってもらう必要もないんだけど。間に合ってる」

「いや、むしろ貴方から守りたいくらいですよね」

 どうしよう。色々と突っ込みが追いつかない。

 こういう時は、ルナの鋭い突っ込みが恋しくなるが、今ここにルナは居ない。

 アビスは楽しそうに事態を静観していた。

 え? ちょっと待って?

 そんな時、収集のつかないこの状況の中、新たな人物が現れた。



「レイラ様の新たな個室に!! 私は賛成します!!」



「ミラ……?」


 私の専属侍女のミラが、意気揚々と手を上げながら会話に割り込んだ。

 フェリクス殿下とクリムゾンの罵り合いを止める程の大声で。

 彼女、こんなに大きな声が出るんだ……。


「侍女としては大いに賛成します! 個室があればこそ、レイラ様へのボディケアも心置きなく行えますので!」

 ミラがパチン、と指を鳴らすと、ざっざっ……と彼女の背後には侍女たちが整列していた。

 見たことある顔ばかり。

 私の生活を支えてくれる侍女たちだった。

 彼女たちは声高らかに続ける。

「私も賛成です! 殿方の部屋と同室ですと、色々と困ることがあると思います!」

「男性には思いもよらない色々な事情がありますので!」

「ここはレイラ様のためにも部屋を分けるべきだと思います」

「え……?」

 ハキハキとした彼女たちの主張にフェリクス殿下は珍しくたじろいだ。

 何故かと言うと、ミラを始めとした侍女たちの目はまるで鷹のように鋭かったからだ。

 拒否することは許さぬと言わんばかりの強烈な目力の侍女たちが十数人。

 普通に怖い。

 そんな状況の中、フェリクス殿下は勇者だった。

「いや、でも今まで特に問題は……」

 反論したのである。

「問題なかった? そんな訳ないですよね」

 ミラはにっこりと圧を込めて微笑む。

 他の侍女たちも口々に言う。

「それは、レイラ様が問題ないように振舞っていただけです」

「少し不便なことがあっても、気を使わせるのは申し訳ないとレイラ様が影ながらお気遣いされていた結果です」

「普通に考えてくださいませ? 個室ですと、悠々と着替えられるのですよ? 私たち侍女がレイラ様のお着替えの手伝いが出来るのです」

「今までは殿下とご一緒でしたから、レイラ様は手早くお召し換えを自ら! そう自ら行っていたのです!」

 私としては着替えくらい自分で出来るし、困った時はルナに見てもらう時だってあったので、快適とは言わないまでも特に問題はない。

 ようするに慣れの問題だ。

 だが、侍女たちは溜まりに溜まった不満が噴出していたらしい。

「私たちは夜会などのドレスの時にしかレイラ様のお召し換えを手伝うことが出来ませんでした! 普段から、そう! 普段から普通に! 侍女としての仕事を! させてください!」

「そもそもお二人でいらっしゃることは問題ありませんが、常識的に考えて婚約者であるレイラ様に個室がないっておかしくありませんか?」

「女性にしか分からない事情というものもあるのですよ!」

 非難轟々だった。

 フェリクス殿下が口を挟めない程の猛攻。

 女性は強い。

 クリムゾンが視界の端でニヤニヤしているのが見えた。

 アビスも面白そうに見物している。

 に、似た者主従!

 まあ、その確かに、困る時もあったというか。女性ならではの事情の時とか、まあ……その。

 ある程度は慣れたけど。

 ミラもここぞとばかりに言い募る。

「湯上りのケアも私としましては、レイラ様のお部屋で行いたいのです」

「それ、別に個室じゃなくても──」

「何を仰ってるんですか!!」

 ミラはぴしゃりと撥ね付ける。

 フェリクス殿下は突然の大声に驚いたのか、鳩が豆鉄砲を食らったかのように呆気に取られる。

 ミラは普段の穏やかさはどこに行ったのかと思う程の勢いだ。

「個室、そう! 私室であるからこそ、リラックス効果があります! 是非ともアロマなどを焚きまして、レイラ様がお寛ぎのところをゆっくりとケアをさせていただく……! それをするには個室がなければならないのです!」

 言い足りないのか、他の侍女も言い募る。

「そもそも! レイラ様の個室がないと、私たちとしても不便極まりないと思います! 殿下の私室をノックする私たちの緊張が分かりますか! 分からないですよね!?」

「レイラ様はその辺りを考慮していらっしゃるのか、あまり私たちをお呼びにならないのですよ!」

 確かに私はフェリクス殿下の傍に居ることに慣れていても、他の人たちはそうではない。

 だから配慮しては居たのだけど……。

「私たちはレイラ様のボディケアや身の回りのことをもっとしたいのです!!」

 ただ……。

 まさか、こんなにも私の身の回りのことを手伝いたいと思われているとは、思ってもみなかった。



 そこでフラリと私の足元に来ていたルナが呟いた。

『ご主人の意見が肝心なのではないか』


 ルナの一言に反応してか、クリムゾンが代わりに伝えた。

「レイラ様のお考えが一番肝心でしょう」


 バッとたくさんの目が私を射抜く。

 えっ、何これ怖い。


「レイラ様!!」

「……レイラ?」


 侍女たちとフェリクス殿下が息を飲んで私を見つめている。

 とりあえず正直なところを伝えよう。


「……侍女の皆様方が働きにくいとのことですし、やはり個室はあった方が便利なのではと……」


 私は軽く頷いた。



 そして、フェリクス殿下はその場に崩れ落ちる。

 侍女たちが歓喜の声を上げ、クリムゾンは爆笑していた。


『何だ、この混沌とした状況は』


 ルナの一言は、ごもっともである。


 ちなみにフェリクス殿下は、なかなか私を部屋から出すことが出来ず、葛藤していたせいで、私の個室が許可されるのは三日後となったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ