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クリムゾンの騎士就任

クリムゾン目線で、騎士就任したあたりの話です。

 ブレイン=サンチェスター──いや、クリムゾン=カタストロフィと名乗っておこう。

 こちらの名前の方が自分は好きだからだ。

 クリムゾンは、紆余曲折を経てレイラ=ヴィヴィアンヌの専属騎士になった。

 取り潰しとなったサンチェスター公爵家の養子として非難を集中砲火で受ける気で居たクリムゾンだったが、レイラとその婚約者であるフェリクス=オルコット=クレアシオンによって、専属騎士という役職につくことが出来た上に、加害者ではなく被害者として処理をされた。

 レイラの進言があったとはいえ、自分のことを嫌っているフェリクスがまさか庇うとは。

 一度も詰め所に行ったことはないが、書類上では魔導騎士団所属になっている。

 通常の騎士団とは違い、こちらは、より魔術師よりのプロフェッショナル集団である。

 その制服に身を包んだクリムゾンは、今、フェリクスの執務室の前に立っていた。

 ──何故、俺はこんなところに居るのだろう。

 いや、レイラの騎士となるためだが、何故あの男の執務室をノックしようとしているのだろう。

 回り回ってこんな結末に落ち着くとは思わず、運命とは分からないものである。

 コンコン、とノックすると「入って良いよ」と愛想の良い柔らかな王太子の声。

 クリムゾンが入室すると、常日頃は温和なその表情が顰められる。

「……ああ、お前か」

「随分な挨拶ですね。直前までの愛想はどこに行ったのやら」

「お前だと知っていたら愛想なんて一欠片も振るわないよ」

「一応、俺は初出勤なんですがね。上司としてどうなんでしょうね。私情を挟むのは」

 顔を合わせる度にいがみ合うクリムゾンたちは、水と油と言っていい程に相性が悪く反発し合っている。

「ああ、お前と話すと凄く疲れる」

「それはこっちの台詞ですよ。貴方と話すと不愉快です」

「残念なことに、この不愉快さをこれから抱えながら過ごすことになる訳だが」

 溜息を零し、机の上に書類を投げ捨てながら、彼は頬杖をついた。

「今は随分とゴタゴタしていて、騎士をつけようにも誰を信用して良いのか分からない状況だ」

 騎士をつけるというのは、もちろんレイラの傍に置く専属騎士のことだ。

 護衛としてリアムという青年を置いているが、騎士として認められた者を傍に置く方が外聞が良いらしい。

 全く貴族というのは、これだからややこしい。元々は貴族生まれではないクリムゾンは、そういった慣習には慣れてはいたが、納得はしていない。

 とにかく面倒くさいの一言である。

「非常に不本意だが、お前は魔導騎士の入団試験において非常に優秀な成績を残したそうだね。力を示したという点では、お前以上に相応しい者は居ないだろう」

 そう言いながらもフェリクスの顔は不満そうだった。

 面白くないと言わんばかりの表情が、人外めいた王太子を人間たらしめている。

「レイラの傍に居るのが、相当ご不満なようで」

「当たり前だろう。レイラに好意を寄せていると分かっている男をレイラの傍に置くなんて本当はしたくなかったよ」

 と言いつつも、せざるを得ない理由が彼にはあったのだ。

 能力面もそうだが、此度の事件の全容を知る者としてクリムゾンはレイラの傍に居るに相応しい。

 光の魔力の真実を知る者は一部であり、それを知っている事情通であり、レイラに力を貸せるクリムゾンは貴重な人材なのだろう。

 他の騎士を付けようものなら、秘密を知る者が増える可能性があるのだ。そんな危険を犯す訳にはいかない。

 光の魔力の真実は伏せておくに限る。

 どうやら王家では、光の魔力を覚醒した者は秘匿されることが多かったらしい。

 魔導書により、光の魔力の持ち主本人にしか、その真実が公表されないようになっているという。

 もしかしたら残っている記録以上に、光の魔力の持ち主は居たのかもしれない。確認する術などないけれど。

 王家の血筋は基本的に膨大な魔力を持っているため、その周辺にしか光の魔力は現れない。

 今回のリーリエ=ジュエルムのような突然変異は稀なのだ。


「それでも俺を置くしかないでしょう。俺はレイラと契約魔術で繋がっていますし」

 おそらく、フェリクスがクリムゾンを採用した一番の理由。

 契約魔術により、クリムゾンはレイラに危害を加えられないようになっているという点。

 もちろん危害というのは、レイラ主観によるもので、レイラが危害と思ったらそれは有効だ。

 つまり、クリムゾンがレイラに口付けを迫ったとして、レイラが嫌がれば術式によってクリムゾンは縛られるのだ。

「繋がっている。嫌な響きだよ。私以外との絆があるみたいで」

「殿下。レイラの交友関係を殿下のみに限定するつもりでも? それは、いささか心が狭すぎるというか束縛ではないですか?」

「分かってるよ。ただ、お前が四六時中傍に居るというのが気に食わないだけだ」

「フェリクス殿下は、レイラの心を預けてもらっているでしょうに。好きだと言ってもらっている癖に、まだ足りないと?」

 足りない? 嫉妬深いにも程がある。


 若干呆れつつも、仕事の話になれば二人は顔を一変させる。

 何しろ、レイラが関わっているのだから。

「まあ、とにかく仕事の内容などは一通り説明しただろうし、お前のことだから貴族に対する対応も出来るだろう」

「抜かりなく」

「……」

「……」

 不思議な感じだった。

 お互いに悪態ばかりだったが、こうやって顔を付き合わせて警備計画について話し合ったりするなんて。


 コンコン、と控えめなノック。

「ああ、来たね」

 その控えめなノックと気配、足音からクリムゾンは誰が来たのか分かった。

 フェリクスもそうなのか、ふいに声が柔らかくなった。

「入って良いよ」

 フェリクスの声は砂糖や蜂蜜を煮詰めたみたいに甘くなる。分かりやすい男だ。


「失礼致します」



 そう言って入室してきたのは、美しい銀髪と紫水晶の瞳を持つ、この世ならざる美貌の少女だった。

「慌ただしくてごめんね、レイラ」

「いいえ、こちらも一段落しましたから」

 透明で美しい、鈴を転がすような声音を耳にすると、クリムゾンも思わず頬が緩んでしまう。

 レイラはフェリクスに答えた後、クリムゾンの姿を見て、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 可愛い。

 凶悪なまでに可愛らしく、そして美しい。

 顔には出さないクリムゾンだったが、少女が向けてくる親しげな視線に、ドキドキと胸が高鳴った。


 今日も今日とて、彼女は完璧だった。

 絹糸のように輝く彼女の銀髪がサラリと揺れて、こちらを見つめる紫水晶の瞳は、キラキラと輝いている。

 手に入らない月に焦がれて手を伸ばしてしまう気持ちが、今のクリムゾンにはよく分かる。



『我が主。レディに見蕩れるのは結構ですが、王子に訝しげにされてますよ』


 契約精霊であるアビスにそう言われて、ハッと我に返る。


「ブレイン様、お久しぶりですね」


 レイラはクリムゾンに警戒心のない無防備な表情を向けてきた。

 心から嬉しそうにクリムゾンの仮初の名前を呼ぶ。彼女にはクリムゾンの名前を呼んで欲しいところだが、ブレイン=サンチェスターとしてここに立っている以上、それは出来ない。


 レイラは、クリムゾンにとって特別な少女だ。

 魂レベルで惹かれ合う同胞。

 絶対に裏切ることのない仲間で、家族の様なもので。

 それから、クリムゾンにとっての最愛。


「入団試験では一位の成績を取ったと聞きましたよ。魔術に詳しいとは思っていましたが、まさかこれ程までとは」

「まあ、自分で研究もしていましたし。今までの蓄積みたいなものですよ」

「さすがですね」

 レイラは何故か誇らしげで。

 自分のことのように喜ぶレイラに、婚約者のフェリクスは微妙な顔をしていた。

 自分の好きな女がそんな反応を見せればそうなるか。

 そしてクリムゾンも男なので、好きな女性にこんな反応をされれば、頬が緩んでしまう。

『デレデレですね、我が主』

 声が笑っているアビス。

 うちの精霊は主を揶揄うことしか考えてないのだろうか。

 後で尻尾を踏んづけてやろう。

 ちろりと睨めば、アビスは尻尾を隠していた。

 懲りない。

 ──まあ、レイラには恋愛的な想いが伝わらないように気をつけてますけどね。


 レイラのことをそういう意味で好きではあるけれど、無理やり彼女を奪うつもりはなかった。

 厳密に言えば、レイラが望むクリムゾンとしての立ち位置でいようと思った。

 信頼出来る兄のような、友人のような暖かな関係。

 だから、レイラの前では過剰に男としてのクリムゾンを見せないようにしている。

 誰にも、分からないように。


「ここ数日は怒涛でしたが、こうして全て終わると感慨深いですね」

 ポンっと彼女の頭に手を置いてみる。

 触り心地の良い彼女の髪に指を差し入れる。

「久しぶりに会って、早速子ども扱いですか?」

 クスクスと笑う声は軽やかで可愛らしい。

 クリムゾンと会えて嬉しそうではあるが、こうして接触しても彼女は顔を赤らめたりはしないのだ。

 べしっと手を叩かれる。

 フェリクスがクリムゾンの手を叩き落としていた。

「フェリクス殿下? 本当に、貴方心狭いですよ」

「うるさい。これは私の本能だよ。体が勝手に」

「……」

 この男は本当にいけ好かない。

 レイラの心を独り占めしておきながら、こうして嫉妬ばかりしている。

 最も尊いものを手に入れているくせに。


 ただ、彼が許可しなければ、今ここにクリムゾンは居ない。

 非常に腹立たしいけれど、一応少しは感謝はしているのだ。


 レイラも傍に居ることだし、お礼を言う姿勢くらい見せなければ、フェリクスと同じ子どもになってしまう。

 ──よし。お礼を言おう。


 それにもしかしたらクリムゾンの態度で、フェリクスの背筋を凍らせることが出来るかもしれない。

「気持ち悪い」とか言われたら、こう返すのだ。

「貴方、人がお礼を言っているのに最低ですね?」と。

 そして最終的には、レイラにドン引きされれば良い。


「……殿下。色々言いましたが感謝はしているんですよ。ご尽力くださったおかげで、俺は今ここに居ますので」


 言った。


 さあ、どんな反応をするかと思っていれば、彼は珍しくキョトンと呆気に取られていた。

 悪口を言うことも揶揄することもなく、ただ驚いたように。

 何だかんだ言って、この男は善良な類なのかもしれない。

 クリムゾンからすると、全てが気に食わないが。

「え? ああ、……大したことはしていない」

 本当に、ほんの少しだけ彼は動揺していた。

 まさか、素直にお礼を言われるとは思ってなかったのだろう。

 揶揄うこともせずに普通に応答してはいるが、フェリクスは意外そうにこちらを見つめている。

『ほほう、我が主もお礼など言えたのですね』

『黒猫。こういう時に余計なことは言うな。黙っておいた方が良い』

 精霊たちのやり取り。相変わらずアビスは一言余計で、相変わらずルナは気遣いが出来る精霊だった。


 何やら熱い視線にくるりと振り返ると、慈愛の込められた柔らかな表情でレイラはクリムゾンに微笑んで居て。

 そして目がキラキラと輝いていた。

 可愛い。

 どうやらお礼を口にしたクリムゾンを見て心動かされる何かがあったらしい。

 彼女はぺこりと頭を下げる。


「これからよろしくお願いいたしますね!」


 お礼を言ったからといって、フェリクスと仲良くするつもりは毛頭なかったし、なんならお礼を言っている自分への精神ダメージの方が酷い。


 ──まあ、でも。

 嬉しそうにするレイラは可愛らしかったことだけは言える。

 それだけで全てがどうでも良くなるのだから、クリムゾンも単純な人間である。

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