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ことの顛末 2

「レイラと二人きりで居る時間が減ったのは大体お前のせいだ」

「何言ってるんですか。侍女たちは賛同していたではないですか」

「お前が言い出さなければ、そんなことにならなかった」

「完全に駄々こねてるんですけど、気付いてますか?」

「少なくともレイラに対する配慮以外にも、私への嫌がらせのつもりでもあるのだろうことは想像つくよ」

「よく分かりましたね?」

 二人が間髪入れずに言い合うので止める隙間すらない。

 この二人が言い合いを止める時は来るのだろうか。いや、来ないかもしれない。

 二人とも、お互いが目に入ると目障りと言わんばかりに喧嘩ふっかけているし。


 呆れている私とルナ。

 面白そうに見物しているアビス。

 隠れているリアム様。


 そんな中、救世主は現れた。


 バターンと、これまた盛大にドアが開け放たれ、振り返れば屈強な騎士服を身に纏った男たち。

 一番前に居るのは、ハロルド様だった。


「ブレイン殿! 俺たちと手合わせをしよう!!」

「縦横無尽な鎖を相手にどこまで立ち向かえるのか、試してみたいです!」

「魔力封じも是非!」

「この間の胸の高鳴りが忘れられない!」


 ハロルド様と愉快な仲間たちの出現に、フェリクス殿下と不毛な争いを繰り広げていたクリムゾンは、爽やかに断った。

「俺はレイラ様の専属騎士なので。仕事中なので、他を当たってください」

 まるで、免罪符でも掲げるような断り文句。


 そういえば、少し前にクリムゾンが零していた。

『ハロルド殿とその仲間の騎士たちの体力が凄まじいんですよね。倒しても倒しても立ち上がって来る様子を見ると、恐怖を覚えますよ……。いや、冗談ではなく』


 どうやら、ハロルド様に修行相手として認識されてしまったらしい。

 おかげで私が誘われる回数が減った。

 今でも時折誘われるけれど、前よりも減ったのだ。

 まあ、フェリクス殿下と互角に戦えるくらいだから……。

 魔力量も、フェリクス殿下と同じくらいだったような気がする。

 彼は後天的ではあるが、膨大な魔力量の持ち主だった。

 どうやら、以前のフェリクス殿下と同じく、手合わせとやらに付き合わされて、追いかけられる運命になってしまったらしい。

「また、今度ですね。残念ですが」

 さっさと断ろうとしていたクリムゾンだったが、悪い笑みを浮かべたフェリクス殿下が横から口を挟んだ。

「レイラのことは私が見てるから、行って来て良いんだよ? この後は、メルヴィン殿と話があるし」

「…………」

 余計なことを、と言わんばかりにフェリクス殿下を睨みつけるクリムゾン。

 生贄でも差し出すみたいな所業。


「フェリクス殿下! ありがとうございます!」

 目をキラキラと輝かせるハロルド様に、フェリクス殿下は優しく声をかけた。

「ブレインも手合わせをする機会は貴重だろうし、手加減せずにやって来なよ」

「殿下!!」

 ハロルド様と後ろの屈強な男たちが無表情ながらに目を輝かせていて、一種の異様な空間を醸し出している。

 その横をクリムゾンがすり抜けた。

「俺は用事を思い出したので失礼致します。アビス、行きますよ」

 クリムゾンはアビスを抱え上げると部屋から飛び出した。

『逃げたな』

「逃げたわね……」


 その後を追って、ハロルド様たちも疾走していく。

 何これ。シュールだ。


 最近、クリムゾンはアビスのことを隠していない。

 と言うのも、私の騎士となるにあたって、闇の精霊と契約していることを公表したのである。

 その結果は上々。

 精霊と契約した青年というだけで特別感が増し、評価が上がった。

 私も光の精霊となったルナを伴っているので、私の専属騎士として相応しいとか世間では言われている。

 それとやはり騎士物語の評判が良いから、かな。

「運命感が増しました! 増しました!!」とエミリー様は言っていた。

 クリムゾン曰く、「使えるものは使う主義ですので」だそうだ。


 ドタバタ劇を見送っていた私だったが、扉の前にまだ人が立っていた。


「あっ、ノエル様ではありませんか! こんにちは。何かフェリクス殿下にご用でしたか?」

「……ひ、久しぶりだな。いや、殿下に用というか、ええと。ん!」

 私の前に差し出されたのは、体力回復薬だ。

 僅かに首を傾げれば、ノエル様はボソボソと言った。

「お前が、その……色々と大変そうだから。魔力回復よりも体力回復かと思ったんだ」

「調合してくださったんですね」

 嬉しくなって思わず微笑みながらそれを受け取れば、ノエル様はすぐに真っ赤になった。

「か、勘違いするなよ! 発注ついでに作っただけだからな! べ、別にお前のためだけに作った訳ではないし、このくらいすぐに作れるし、別に」

「とか言いつつ、前に来た時、レイラに何が出来るだろうかとか私に相談していたよね。ノエル」

「で、殿下!? あんた何を言って」

 微笑ましそうにノエル様を眺めるフェリクス殿下。

 ノエル様は動揺したのか、「あああああ!」と叫んだ。

 それから落ち着いたのか、私に改めて質問して来た。

「魔術界隈の怪しい奴らは大方、リストアップ出来たと思うんだが、レイラは身の危険を覚えたりはしていないか?」

 ノエル様は魔術方面の陰謀などを探ったりとフェリクス殿下に協力している。

 こうして私のことも心配して、時折声を掛けてくれるのだ。

「大変なことはありますが、取り立てて問題はありませんよ。目を光らせてくれる方がたくさんいらっしゃいますので」

 私の護衛と専属騎士だけではなく、フェリクス殿下やハロルド様、お兄様、お父様やお母様、王家の方々の皆さん。他にもたくさん。

 私は多くの人に守られている。

「全く、死んだ奴に言うことじゃないと思うが、あの女もとんだ置き土産をしてくれたものだ。あの女が目立つことをしてくれたおかげで各方面が調子に乗っているんだ」

 ノエル様は思わずといったように毒づいた。

 あの女というのは、リーリエ様のことだろう。

 どうやら相当やり込められたらしい。

「ノエルは前からリーリエ=ジュエルムのことを殊更嫌っていたよね。今聞くのもなんだけど、何か理由があったりしたの」

 フェリクス殿下がふと問いかけた。

 上手く御しきれなかったことに彼は今でも責任を感じているのか、今でも憂鬱そうに顔を顰めることがある。

「色々と理由はあるけど。……僕は、前に記憶を読み取られたことがあるんだ。しかも無許可で。それが一番の理由かもしれない。理由は、仲良くなるには人柄を知るのが一番だとか何とか言っていた」

「記憶を読み取られた? それは……ちょっと」

 プライバシーの侵害である。

 それにしても一つ謎が解けた。前世の乙女ゲームでノエル様の事情が語られていたけれど、リーリエ様はいつそれを知ったのかと気になってはいた。

 リーリエ様の記憶から作られた乙女ゲーム。すなわち、彼女の記憶にノエル様の事情がインプットされていたということ。

 無許可で記憶を覗き見られていたということなら、納得だ。

 ノエル様は自分の事情をあまり他人に話したりしなさそうだから。

 クリムゾンの事情は、恐らくサンチェスター公爵経緯で伝わっていそうだなとは思っていたけれど、ノエル様の場合は少し不思議だったのだ。

 リーリエ様、か。

 彼女のことを考えると、苦い思いになる。

 彼女が罪を犯す前に、どうにか上手く立ち回れたのではないか。

 もっと上手く彼女に対応出来ていれば、獄中死なんてしなかったのではないか。

 どこから、選択を間違えていたのか。



 運命の曲がり角はどこだったのか、とか。



 人は常々、選択肢を提示されていて、一つ一つの小さな選択肢を常に選び続けている。

 その小さな選択の結果があれだったのだろうか、とか。


「レイラ……」

「……」


 今、私たちは似たような想いを抱えているだろう。

 私とフェリクス殿下は当事者だからだ。

 何か励ましの言葉をお互いに言おうとして、何も言えなくなるのはよくあること。

 リーリエ様はフェリクス殿下を好きだったし、私もフェリクス殿下を好きだった。

 私とフェリクス殿下は恋人同士だった。


 リーリエ様とはあまり話したこともなかったけれど、私たちは彼女の死に衝撃を受けていた。

 それは、事件から時間が経過した今も変わらない。


「……悪い。余計なことを言った」


 微妙な空気を感じ取ったノエル様は、居心地悪そうに私とフェリクス殿下の顔を盗み見た。


「あっ、いえ、ノエル様は悪くないので。」

「そうそう。ちょっと色々思うことがあるだけだよ」

 私たちはそれぞれ、何でもないように笑みを浮かべる。

 どうしよう。少し微妙な空気になってしまった。

 ノエル様に申し訳ないな、と思っていたら、またバターンと扉が開け放たれ、飛び込んで来た人影が二人。


「よし! 居ない! 今だよ、今がチャンスだ!」

「成程。確かに名案ですね。まさか現場に戻るとは、あの男たちも思わないでしょう」


 ユーリ殿下と、再び現れたクリムゾンによってこの場の微妙な空気が霧散した。

 ホッとすると同時に何故、この二人で来たのか疑問である。

 空気が入れ替わったことに安堵しつつも、フェリクス殿下も少しだけ困惑していた。

「どういう状況?」

 ユーリ殿下に問いかける。


「ああ、兄上! ブレインがハロルドたちに追いかけられていたんですが、この男、俺まで巻き込んで来たので、一緒に追いかけられる羽目になりまして」

「そうしたら犯人は現場に戻るものだと、ユーリ殿下が仰るので戻って来ました」

『意味が違う気がするのは気のせいか』

 うん。ルナ。その認識で合ってる。

 それ推理小説だから。最近、クリムゾンに貸した小説の影響に違いない。

「いや、そんな馬鹿っぽい理由じゃないからね? 相手の盲点を突いて、元の場所に戻るのはどうだと俺は提案しただけで」

「まあ、そんな感じです」

『我が主は説明が面倒になると、適当なことを言い始めますからね』

 そういえば、クリムゾンは物事の判断基準が面白いか面白くないか、だったような。そうでないような?


「うん、ユーリ。とりあえずタイミング的にはベストだったよ。意味分からないと思うけど、言わせて欲しい。ありがとう、助かった」

「兄上からの突然の褒め言葉!?」

 ユーリ殿下は訳が分からないながらも兄であるフェリクス殿下に褒められるのは嬉しいことらしい。

「あっ、レイラちゃん、お疲れ様!」

 声がご機嫌である。

「ユーリ殿下、嬉しそうですね」

 少し微笑ましい。

「うん。なんかよく分からないけど良いことしたっぽいね」

 ユーリ殿下は私を見ると、王城で不都合はないかとか、フェリクス殿下と上手くやっているのかとか心配してくれる。

 そして、去り際には決まって、「兄上をよろしく! それと、今度の模擬試合で兄上が手合わせに参加するらしいよ! 応援よろしく!」などと己の兄をアピールして去っていく。

「はい、これ。例の物」

「あ、ありがとうございます!」

 例の物。

 フェリクス殿下の書いた論文。

 彼はいつからか、フェリクス殿下の学園での最新のレポートなどを手に入れては私に渡してくれるようになった。

 私としては彼の書く論文に興味があり、ユーリ殿下としては己の兄の布教である。

 なんとなくフェリクス殿下本人に、書いたばかりでほやほやのレポートを読みたいとは言いにくいので大変ありがたい。

 叔父様にとっても垂涎もののレポートだろう。

 さすがに回し読みは申し訳ない気がするので、こっそり読んでいるけれど。

 私がもらった封筒を仕事か何かだと思ったのか、彼は特に気に留めなかった。

『こういう時、ご主人もあの叔父の親族なのだなと思う時がある』

「……私は叔父様みたいに食事を抜いたりなんてしていないのだけど」

 心外である。さすがに叔父様程、魔術オタクを極めてはいない。


 とりあえず、この後の予定が詰まっているので、ここで解散することになり、私とフェリクス殿下とクリムゾンはお兄様の居る執務室へと向かうことにした。



 お兄様の執務室。

 そう、王城にお兄様の執務室がある。


 お兄様は領地経営の才能があり、その中でも金銭的な分野において特出した才能を持っていた。

 元はと言えば、お兄様がおかしなことを言い出したのがいけない。

 ヴィヴィアンヌ家がフェリクス殿下に謁見した際に、「僕はレイラの騎士になります! レイラと定期的に会うために!」とか言い出して、お父様と軽く口論になったところをフェリクス殿下が間に入って治めた。


『私はメルヴィン殿の領地経営の腕を買っているんだ。良かったら、週半分程で財務関係の相談役にならない? 領地経営もしつつ、レイラに週半分会えるし、王城に詰めることによって各方面と繋がりが持てると思うよ』


 そして、お兄様に効率的な転移魔術の仕方を教えてくれたのだ。


 お父様は感動で打ち震えながら泣いた。

 とりあえず、突然騎士になるとかいう謎の提案を退けられたことに安堵したかららしい。

『この父、兄があまりにも問題を起こすせいで情緒不安定になっている気がする』というのはルナの弁。


 とにかくそういう訳でお兄様が詰めている執務室に入室する。

「レイラ!! 会いたかった! 今日も僕の妹が! 可愛い!」とシスコン全開で私を抱擁で迎える一方、騎士として控えるクリムゾンと何やらアイコンタクトを交わしているのが気になった。


『この二人、レディと王太子が良い雰囲気にならないようにしようと利害が一致したそうですよ。なるべく二人きりにしないようにと。王太子の微妙な顔を見る度に胸がすくとか言っておりました』


 何やら、お兄様とクリムゾンが話している間に、家具の上に登ったアビスが私の耳元でぼそりと教えてくれた。

 クリムゾンはとことん、フェリクス殿下に嫌がらせをしなければ気が済まないらしい。

『ふむ、ついに兄を懐柔したか、成長したな』

 ルナは何目線なのだろうか。

 どうしよう。ルナが変。


 それからお兄様は、私を眺めつつ、フェリクス殿下と孤児院の財源の改革について話し合っていた。

 サンチェスター公爵に囚われていた子どもたちは各孤児院で引き取ることになり、その分、予算が圧迫されているので、その話し合いのためや実務のためにお兄様は王城に召喚されている。

 フェリクス殿下には先程渡し損ねていた社交リストを手渡し、お兄様には孤児院の改革において所感などをまとめた書類を手渡した。

「私の方は問題はありません。保護された子どもたちの様子も今のところは問題なさそうです。何事もなく日々を過ごしております」

「医療従事者であるレイラがそう言うなら確かだと思うよ。さすがレイラ! さすが僕の妹!」

「念の為、叔父様にも確認してもらいましたし、確実性はありますよ」

 孤児院長と話し合った予算案についてまとめた資料も手渡した。

 私はフェリクス殿下の婚約者であると同時に慈善事業をしているヴィヴィアンヌ家の代表として、各孤児院に訪問して様子を見たりしている。

 私が忙しいのではと、クリムゾンやミラが過保護になるのは、仕事量の増加のせいでもある。


「さて、一足先に戻りますか。私が居るとお兄様、集中出来ない気がしますし」


 フェリクス殿下と話しつつも私を遠目で眺めては微笑んで来る兄。


「それではお二人とも。俺たちは先に戻ります。レイラ様と俺と護衛のリアムで」


 何故かリアム様の名前を強調するのは何故なのだろうか。

 それにはアビスが答えてくれた。

『これは、レディの兄上に二人きりで会っていませんよというアピールだそうです』

『あの兄、本当に面倒くさいな』

 うん。なんか、お兄様がごめんなさい。

 なんとなく謝りたくなった。


 それから微妙な顔をしつつも手を振るフェリクス殿下と何かやり遂げたような顔をするお兄様に見送られて、執務室から出た。

 リアム様は隠形魔術でついて来ているのだろう。

 クリムゾンは、防音魔術をサッとかけている。

 この後の仕事内容などを話すこともあるので移動する時はこの魔術を使うことが多い。

 私の後ろに控えているクリムゾンは、私の部屋に向かう途中、「おや、方角が違う……?」などと呟いている。

 そういえば方向音痴だったっけ。

 廊下を歩きつつ、出逢う人々に挨拶をしながら、試しに問いかけてみた。

「王城の道順などは覚えられましたか?」

「………………私には優秀な道案内役が居るので」

 どうやら道を覚えることを諦めたらしい。

 答えるまで明らかに微妙な間があった。

『我が主はワタクシに道順を覚えさせて満足したようです』

 はなから覚える気はなかったようだ。

『もしこの黒猫が方向音痴だったら、致命的だったな、この主従』

「に、二時間前行動をすれば……」

 クリムゾンは目を逸らしながらモゴモゴと言った。

『ふむ。二時間放浪する自信があると』

 ルナが突っ込んだ。

「……」

 クリムゾンが目逸らししながら黙った。


 そして。

「アビスと俺は一心同体。精霊と主は二人で一つなので」

 開き直った。

「普段からアビスの尻尾を踏んでる貴方が言うのはどうかと思いますよ? せっかくもふもふの尻尾なのに」

「……捻くれた愛情表現ということでどうでしょう」

『我が主。それは無茶ぶりだと思います』

 いつも口から先に生まれたとしか思えない彼だったが、こうやって困っているところを見ると微笑ましくなる。

 チラリと後ろを振り返ると目を逸らしたので、私はふふっと笑う。

「フェリクス殿下は貴方が方向音痴なことをご存知ないようですね」

「そりゃあもう。知られるなんて真っ平なので、全力で隠しますよ。ハッタリですよ、ハッタリ」

「クリムゾンはそういうの得意そうですよね。何事もなかったように、しれっと誤魔化しそう」

「ふふ、名前呼んでくれましたね」

「あっ」

「大丈夫ですよ。誰にも聞こえていませんから」

 咄嗟に辺りを見渡そうとしたが、防音魔術をかけていたことをすぐに思い出した。


「名乗る機会もない名前ですが、二人で居る時貴女に呼んでもらえると嬉しいです。紅で居ることはないでしょうから」

 彼は今、髪色を変えていて、本来の紅を隠してしまっている。

「俺が俺のためにつけた名前ですから。レイラだけに呼んでもらうというのも特別感あって良いですね」

「……あの、前から聞きたかったことが」

 忙しくてなかなか聞けなかったことがある。

「どうしました?」

 後ろから届くクリムゾンの声は柔らかく、私はその場に立ち止まった。

 振り返ると、優しく微笑むクリムゾンの姿。

 この人はこんな風に優しく笑う人だっただろうか。

 以前よりも角が取れて、二人で居る時は別人みたいに穏やかだ。

「私の専属騎士ということになりましたけど、その……結局は迷惑かけることも多いですし、たまにこれで良かったのだろうかと思う時がありまして。貴方はこれで良いのですか?」

 私の専属騎士というのは、つまりは唯一の光の魔力の持ち主の守護者ということになる。

 これまでもこれからも迷惑をかけ続ける。

 クリムゾンは膝を折ると、私の手を取った。

「えっ……と?」

 下から見上げられ、手の甲に唇を落とされた。

 貴族社会で慣れているとはいえ、突然で驚いた。


「私は貴女に心からの忠誠を誓います。病める時も健やかなる時も富める時も貧しき時も」


 結婚式の時の誓いの言葉に似ている何かを告げられる。

 えっと、これは騎士の忠誠?


「言えるのはそれだけですよ」

 彼は私の手を離す。

 立ち上がると、私の髪を優しく撫でる手。


 これは、えっと。

 私のことを助けてくれるということなのだろうか?

 それは、どんな時も味方で居てくれるという宣言だった。

「あはは、レイラは俺にとって同胞みたいなものですから。水臭いことはナシにしましょう? レイラが俺を助けてくれたように、俺も貴女を助けたいだけですよ」

 私は大したことをしていないというのに、こんなに私ばかりが助けられていても良いのだろうか?

 同胞と言ってもらうに相応しい何かを返せるようになりたいと思った。

 同胞なら助け合うべきなのだから。

 人間不信な私たち。気の合う友人。家族のような何か。そして同胞。私たちの関係性には名前を付けるのが難しいけれど、助け合っていくことが出来たらとは思う。


 戸惑う私を見て楽しそうに声を上げて笑うクリムゾン。


 そして。


「防音魔術で何話しているか分かりませんが、殿下に言いつけますよ。人目がなかったとはいえ、レイラ様に何やってんすか、あんた」

 いつの間にやらジト目でクリムゾンを見つめるリアム様が近くに居た。

「別に言っても良いですよ。殿下が不快な思いをするだけなので、俺としては願ったり叶ったりですし」

「っ……ぐっ。卑劣っすね! チクるにチクれない!」

「チクれば良いと考えているのが浅知恵なんですよね」


 先程までの穏やかさは霧散し、いつも通り煽り始めるクリムゾンに私は苦笑した。

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