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ネタバレになりそうなので、諸々更新したら感想のコメントを返信していきます。
すみません。
「いつもお前の周りは賑やかですね、レイラ」
クリムゾンとリアム様が何やら言い合う姿を見たからだろうか。
フェリクス殿下の口を借りて上位精霊はそう言った。
それから私の前まで来ると顔を覗き込んだ。
見慣れた顔なのに、その表情は全く違うもので。
「寂しくはありませんか? お前は今、幸せですか?」
そんなことを問い掛けてきた。
この精霊はどうしてそんな表情をするのだろう?
羽根の姿だと分からなかったけれど、こうしてフェリクス殿下に憑依しているから分かる。
この表情は、庇護する者に向けるようなそれに似ている。
「もう、辛くはありませんか? 答えは見つけ出せましたか?」
この精霊が私の前世まで知っているとは思えないが、私は真摯な金の瞳に、私の言葉で素直に答えたかった。
「はい。葛藤して抗い続けることに決めました。手を伸ばし続けることを諦めない、と」
私の前世のトラウマは払拭できてはおらず、今だに怖くて仕方ないけれど、試行錯誤をし続けることに意味はあるはずだというのが私の答えだ。
結果なんて出なくても良いから、抗っていたかった。
「はい、良く出来ました」
それはまるで教師のような。
頭をなでなでと撫でられ、私は優しい金色の瞳に見入っていた。
「なんだか既視感があるような気がするんです」
「それはそうですとも。二度と記憶は戻らぬとも、感じる何かはあるのですよ。お前は知らなくてもそれで構いません」
「……?」
この精霊の言っていることがよく分からなくて首を傾げる。
「いずれ、貴女を私たちの元へ迎え入れる日が来ます。それまで私たちはずっと待っていますよ。ふふふ、きっと貴女の婚約者も一緒についてくるでしょうね。あっちのフェリクスが大変なことになりますね」
彼が最後に口にした『フェリクス』は恐らく、精霊の方だろう。
この会話は、死後の世界の話?
よく分からない。私たちの元というのは?
「それでは、こっちのフェリクスに体を返してあげなければ。レイラ、今度こそ幸せにおなりなさい」
今度こそ幸せになれと、かの精霊は言う。
私の何を知っているのか分からないけれど、その視線は優しい温度を感じる。
この上位精霊とは、またどこかで会うかもしれない。
根拠もないのに、再び会える予感がする。
上位精霊と会うことなんて、もうないかもしれないのに、これで別れではないと本能が言っている。
次に会う時は、成長した姿を見せようと何となく思った。
本当に何となく。初めて会ったはずなのに、何故かそう思った。
上位精霊の気配が少しずつ遠ざかって行くのが分かった。
少しだけ残念だと思ったのは、何故なのだろう。
そして。
フェリクス殿下の瞳がゆっくり閉じられた。
「えっ……きゃあ!」
彼の体が私に倒れかかり、のしかかってくるのを咄嗟に支える。
ズルズルと床に座り込む私に覆い被さるフェリクス殿下の手に僅かに力が込められたかと思えば、顔を上げたフェリクス殿下の蒼色の瞳と対面した。
「元に、戻った……?」
呆然と呟いた。
フェリクス殿下は目の前に居る私に気付くと、ふわりと微笑む。
私のよく知っている、大好きな笑顔。
私に覆い被さるようにしながら抱き締めてくる。
「ただいま、レイラ」
「えっと……お帰りなさい?」
いつも通りの彼でホッとしたのはココだけの秘密。
少しだけ心配だったのだ。戻らなかったらどうしようって。
上位精霊との会話はどこか暖かく、心地良いものだったけれど、私の最愛はこの人だ。
彼の体には、彼の魂が宿っていて欲しいのだ。
それからしばらくその体勢で居たのだが、何故か手が離れない。
そっと体を離そうと彼の胸元に手を置いて押し返してみるけれど、びくともしない。
皆の前でこれはちょっと恥ずかしいというか。とりあえず離してもらいたくて、そわそわする。
気を紛らわすべく、「おかえり」と「ただいま」という挨拶はこの場合は合っているのだろうかとどうでも良いことを考えていれば、べりっと私とフェリクス殿下の体を引き剥がす手があった。
「いつまで甘えてるんですか。重くてレイラが可哀想でしょう」
振り返ると、何だか非常に不機嫌そうなクリムゾンの顔。
「ブレイン。婚約者同士の語らいを邪魔するとは無粋だね、お前は」
「語らい? どう見てもレイラは困っていたじゃないですか。自分の希望を無理矢理、現実に当てはめるの止めてくれませんかねぇ?」
「何言ってるんだ、お前は。どう見ても心配してくれていたよ。あれを困っていたと取るとはお前の観察眼は致命的だな」
殿下のことを心配してもいたし、確かに恥ずかしくて困ってもいた、とは言えない雰囲気である。どちらも合っていると言えば合っているのだ。
「自分の主観が正しいと思い込むのは勝手ですけど、妄想と現実の区別がつかない上に自重出来ないとか、王太子として致命的ですよ。ああ、この国の未来が不安ですねぇ?」
『また始まったか』
げんなりしたルナの声が聞こえる。
この二人は相も変わらずというか、飽きないのだろうか。
「レイラ様、ちょっと俺たちは離れてましょう」
私を挟んで喧嘩する二人の間から、リアム様が背中を押してそうっと移動させてくれた。
リアム様にも止めるという考えはないらしい。
フェリクス殿下はクリムゾンを一瞥して、鼻で笑う。
「最終的にお前はそれを言いたいだけだろう。っは。自重出来ない良い歳した大人よりは、自重出来ない子どもの方がまだ救いがあるよ」
「俺が自重出来ない大人だと? それにしても、自分が子どもだと認めましたね?」
「年齢的にはそうだからね。認めざるを得ない。まあ?本人がどうしようもないことをあげつらう大人の方がどうしようもないと思うけどね。本当に大人げない大人だよね。尊敬される大人になろうとかお前はないのか。こんな大人にはなりたくないなって思うよ」
フェリクス殿下とクリムゾンは真正面から向き合いながら毒を飛ばしまくる。
「あげつらうも何も真実でしょう。自分の都合が悪いことを突き付けられたからって俺を非難するのはどうかと思いますよ?それに、俺は気に食わない相手に、尊敬とかされても仕方ないので、大人げないと思われても別に構いません。はは、貴方だけですよ、そう思うのは」
「いっそのこと清々しいね、お前。というか、そんな特別嬉しくないんだけど」
「気持ち悪い言い方止めてくれませんか」
「先にそれを言い始めたのはそっちだろう?」
「……」
「……」
『この二人、いつも似たような内容で争ってばかりだな』
全くルナの言う通りである。
正面から二人は睨み合っている。
「実は仲が良いんじゃないっすかね」
あっ。リアム様、なんてことを。
その瞬間に、二人の視線がギュンッと向いた。
「ひっ!」
リアム様の隣に居た私は二次被害である。
瞳孔が開き切ったヤバめの表情のフェリクス殿下とクリムゾンのこの迫力。
「あっ、やば……」
リアム様も本能的に何かを感じ取ったが、彼の動きは一歩遅かった。
ジャラ、とクリムゾンの鎖がリアム様の胴体に巻き付いた。
そして、何故か宙吊りにされるリアム様。
そしてフェリクス殿下の炎が、下からボウッと燃え盛っている。
「なんで、俺捕まってるんすかね!? ていうか、殿下まで何で俺を燃やそうとしているんですかね!?」
「大丈夫、その炎は燃えないし、熱くないでしょ? 火の魔力も使い方次第なんだよ」
「余計に意味が分からないっす! 揃って何がしたいんすか! あんたらは!」
『ご主人、こちらに移動した方が良い』
『レディ、危ないですよ』
足元をちょんちょんとつつかれ、ルナとアビスによって、私は彼らから数メートル離れて避難した。
コツコツとフェリクス殿下が釣り上げられたリアム様の元へと歩いていく。
「ふふ。何って、決まってるでしょ。リアムがレイラをお姫様抱っこしていたのがチラッと見えたことをたった今思い出してね。ほら、レイラが音声魔術を使う直前」
「そうそう。レイラに腕なんか回されちゃってましたよね。俺も思い出したら何かイライラして来ました」
「アンタら二人とも心が狭すぎる!! どう考えても八つ当たりっすよね!! パワハラ! パワハラ反対!!」
「あはは。そんな訳ないじゃないか。このいけ好かない男と私の仲が良いとか言われてイラッと来て、たまたまレイラとのツーショットを思い出して、さらにイラッと来たからってパワハラなんてしない」
「ほとんど答え言ってるじゃないすか!」
リアム様が逆さ吊りにされたまま叫ぶが、フェリクス殿下はニッコリと邪気のない微笑みを浮かべている。
「そもそも、そっちのあんたは何故、俺を捕まえたんすか!?」
クリムゾンは笑顔のまま、首を傾げつつも答えた。
「気色悪い発言を聞いてムシャクシャしたから? ですかね?あ、俺は殿下と違って心が広いので怒ってませんよ?」
「最初に手を出したのはアンタじゃないすか!!」
「ムシャクシャしてやりました。後悔はしていません」
「開き直りやがりましたね! あんた! って、ふっ、あっははははははは!!! ちょっ、何してっ、ああああ!! 火がこそばゆ、擽った、ぶはっ……やめっ、やめ、あははは」
リアム様が藻掻くと鎖がユラユラと揺れて宙吊りにされたリアム様も揺れている。
どうやら火の部分のチロチロの部分で擽られているらしい。
斬新な火の使い方である。
「リアム? 聞かせてもらおうか? レイラを抱っこしていて、さぞかし幸せだったんだろうね? 感想を聞かせてもらおうか?」
支離滅裂な所業である。
リアム様をひたすら擽り続けるフェリクス殿下と、しっかりと拘束し、リアム様の魔術を封じるクリムゾン。
『同レベルではないか、あの二人』
『しっ、銀狼殿。それは言ってはいけないお約束ですよ』
「良い匂いがしたりしたんだろう? 気に食わないね」
「きっと、護衛の癖に不埒なことを考えたりしたんでしょうね」
「俺は断じて! そんなことを考えては居ません! 何も思ってませんから!」
リアム様が叫んだ。
そもそも、あの時はそんな場面ではなかったと思う。
私もリアム様も攻撃を躱すことばかり考えていたし、それどころではなかった。
「そんなことを考えていない? レイラを魅力的に思わないなんて」
「それはそれでレイラに失礼だとは思わないんですか? 貴方」
「理不尽!!」
リアム様は再びフェリクス殿下の炎のチロチロで擽られ、爆笑し始める。
『何を言ったところで突っかかられるのがオチだな、あれは』
『そもそも、あの護衛の方を見事な連携で追い詰めている時点で息が合っているんですが、我が主共々、お二人はお気付きにならないようですね』
「あのね、アビス。それはクリムゾンに言っちゃ駄目なやつよ。たぶんそれ彼にとって地雷だと思うの」
『え、我が主を揶揄う恰好のネタではないですか』
『そなたも懲りない精霊だな、黒猫』
アビスのもふもふな尻尾が踏まれる未来が見えた気がした。
しばらく三人でぎゃいぎゃいやっているのを遠くで眺めつつ、気を取り直して、やっと状況説明へと移ることになった。




