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ある上位精霊たちの語らい 2

 懇願の湖というものが、ある。


 精霊の願いを叶えると言われている、この湖を使って、セレーネはこの世界とは違う世界へと旅立って行った。

 教育係の私に何の相談もなく。


「絶対にこの世界に取り返す」


 セレーネが消えてから数十年、あの頃と同じ若々しい姿のフェリクスが呟いた。

 相変わらず、一途なことだ、と私は思う。

 精霊『フェリクス』。

 元人間の精霊。仕事ぶりは真面目で評判も良い。

 彼が精霊になった理由は純粋なものだった。

「セレーネに会いたいなあ……どんな形でも良いから。会えるだけで、良いから」

『お前、仕事中もそれを言ってるようですが、公私は分けてくださいよ』

「分かってるって。精霊としての仕事はちゃんとしてるよ」

 それは切実な願い。

 彼が天に召される直前、人間のまま逝くか、精霊として新しい生を得るか問いかけた時も、彼は即決だった。

 その頃にはセレーネも、この世界ではない別の世界に転生してしまっており、セレーネが居ないことを伝えた時も微塵も揺らがなかった。

『それなら尚更。セレーネをこの世界に取り戻すためにも僕は彼女と同じ精霊になりたい。彼女のことを忘れたくない。会えるだけでも良いんだ』

 懇願の湖により抹消された精霊としての記憶はもう二度と蘇ることはなく、フェリクスのことも覚えていないだろうと伝えても、『それでも良い』と彼は言い切った。


 通常なら、精霊の魂に刻まれた記憶は失われることなどない。

 懇願の湖の力で膨大な記憶を抹消したのは、文字通り奇跡の所業なのだ。

 懇願の湖は、精霊の強い願いを叶える。

 懇願と言えるだけの強い願いを叶えてくれる。

 数百年ぶん溜め込んだであろう膨大な魔力と引き換えにして。

 あまりにも膨大なため、普段から魔力を節制しなければ貯まることはないだろう。

 その点、セレーネは物理攻撃至上主義。

 魔力の消費を抑えた、物理攻撃に特化した戦闘を行っていたのは故意だったのか否か。

 それは彼女にしか分からない。

 いや、最初に大爆発を起こしている辺り、生来のもののような気もするが。


 閑話休題。


 とにかく。

 人間として生まれ変わったとしても、魂自体は精霊のものだ。基本的に精霊は記憶を忘れることがなく、忘れたと思っていてもそれは奥底に眠っているだけ。

 その点を踏まえれば、恐らく生まれ変わった分だけ、人としての記憶を次々に抱えて行くことになるだろうと予測出来た。

 物心つく頃に、人間であるはずの彼女は思い出す。何度も何度も思い出し続ける。別の人間として生きた前の世の記憶を。きっとそれが積み重なっていく。

 それは呪いのように。

 彼女は抜けているから、その辺りのことが頭からすっぽ抜けていたに違いない。

 精霊だった頃の記憶を消せば問題ないと楽観していたのかもしれない。


『人間の中で、自分だけが輪廻を認識し、前世の記憶を抱え続けるのは、歪ですからね』

「それは、果たして幸せと言えるのかなって僕は思う」

『私も、セレーネは早めに連れ戻した方が良いと思います』

「だよね」

 それが私たちの結論だった。


「セレーネの魂を回収するのは、異世界での彼女の命が尽きる時。僕はまだ若輩者だから、異世界への干渉は出来ないけれど、君は出来る?」

『無論です。彼女とは長い付き合いなので、探すのは簡単です。ただ、彼女……人間としての人生があまり恵まれたものではないようでして……』

 垣間見たそれは酷いものだった。

 目の色を変えたフェリクスに、言わなければ良かったと後悔する。

 同胞であるはずの人間たちにいたぶられていたなんて、フェリクスに伝えることなんか出来ないと思った。

 美しいものを穢したくなるのは人間の本能なのか、それとも業なのか。

『ですが、なんとか乗り越えようと立ち上がろうとしているのは確認出来ましたよ。彼女は強い人間です』

 幸せだけを享受して欲しかったけれど。

 様々なトラウマを抱えているのも気になったけれど。

 傷だらけになりつつも、前に進もうとしている姿は確かに尊いものだと思った。

 彼女が憧れた人間に、彼女はなれているのだろうか?

 セレーネ自身に何度も問い掛けたくなったそれ。

『……そう』

 複雑そうな表情を浮かべるフェリクスの気持ちも分かる。

 彼女は、幸せになるべきなのだ。



 それからほんの少し月日が立ち、セレーネの魂を回収する頃、フェリクスから呼び出しがあった。


「彼女の魂の次の転生先候補をクレアシオン王国の中から見つけてきた。恐らく生まれた時の姿や形に影響が出るだろうし、人間時のセレーネの外見と似ている家系を選んでみた。ほら、家族に顔つきが似ていないとか言われたら可哀想じゃないか」

『お前は暇じゃないはずなのに、マメな男ですね。いたれりつくせりすぎて、若干引きましたよ』

「白い貴族と言われている伯爵家だし、お金に困ることのなさそうな有能な家系だよ。国王だった僕のお墨付きさ」

 こちらの言葉を完全に無視である。

 ヴィヴィアンヌ伯爵家。貴族には詳しくはないが、確かにその土地は良い土地だ。

『そうそう。セレーネの魂を回収出来ましたよ』

「それを早く言ってくれないか!?」

『しばらく休息させた後、転生させることにします。その伯爵家とやらに』

「ニホンとやらの記憶はいずれ思い出すだろうけど、この国には幸いなことに前世の記憶を受け継ぐ者が居るという伝説があるから、そういうことにしておけば何も不思議じゃないよね」

『器や精神が安定するのは七歳くらいですから、その頃にはニホンとやらで過ごした人間の記憶を思い出すはずですよ』

 精神に負荷がかからないように人間の体は上手いこと出来ているのだ。

 こうして私たち主導でセレーネ転生計画が実行と相成った。



 それから数年経って、セレーネはクレアシオン王国のヴィヴィアンヌ伯爵家において、伯爵令嬢レイラとして転生したのだった。


 ある時、精霊の溜まり場で興奮したフェリクスに絡まれた。

「ねぇ、"明けの明星の消失"! 生まれてきたセレーネをこっそり見て来たんだけど、見た目が僕の知るセレーネそのまんまだったんだよ!髪と目の色が違うけど、銀髪に紫色の瞳っていうのも良いよね!」

『そうですか。良かったですね』

「レイラって呼びかけたら、反応したんだよ!小さい子って鋭いからなあ。セレーネの子ども時代って感じで可愛いの何の」

『何してんですか、お前は』

 この精霊、早速、接触しやがりましたね。

 無闇矢鱈に接触するなと言っているだろうに。


 またある時は。


「立ったよ! セレーネが! レイラが立った! 立って歩いたんだよ! 可愛い!」

『お前、本当に仕事してるんですか?』



 そしてまたある時は。

「レイラが喋った! 喋ったよ! きちんと挨拶出来るようになったんだよ! それからね! 泣き声も話し声も可愛い! 母親に絵本を読んでもらいながら、眠ってしまってね、頬っぺがぷくぷくしてて可愛いから思わずツンツンして来たんだけど、可愛いの暴力でねー。姿を消してたから指の感触に驚いていて、きょとんとしてたんだよ!」

『お前、接触は止めろと』



 さらにある時。

「前世の記憶を取り戻したおかげか、レイラが幼いながらも思慮深さを兼ね備えていて、小さな淑女になってたんだよ! 可愛いのに理知的な瞳がアンバランスながらも魅力的でね、それがもう神々しさすら感じるというか」

『お前は明日から内勤にします。今決めました』

 ちょっと、いやかなり、私情が入り始めて仕事が手につかないようだったので、管轄を変更することにした。

 フェリクスはその日、泣いた。


『全く、名前が同じ自分の子孫でも観察して来れば良いでしょう。精霊の目の持ち主が生まれたそうじゃないですか』

「ああ、今代のフェリクスは色々とすごいよね。幼いながらも神童と呼ばれているし、魔力の扱いも僕とは比べ物にはならないくらいだし、何より世渡りが上手い。それから人を使うのが上手い」

 どうやらしっかりと確認しているらしい。

『ほう。お前がそこまで言うとは相当なのですね』

「瑕疵がないくらい完璧な子なんだけど、情緒面が不安かな。あの子、いつも似たような顔で笑ってるから。好きな子でも出来たら変わるかな」

『お前はそういう話が好きですね』




 ちなみに、レイラと今代のフェリクスが婚約者になり、だんだんと距離を縮めていくことになるという未来をこの時の彼は知らない。


 それを知った時、色々と思うことがあったらしい彼は、若干壊れたのだが、それはまた別の話だ。


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