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ある上位精霊たちの語らい 1

ある上位精霊視点です。

 ある月夜の綺麗な夜、『精霊の溜まり場』にて、湖に落ちる花びらを空中から眺めていたら見知った気配が近付いてくるのを感じた。


『精霊の溜まり場』はその名の通り、精霊たちが集まる異界であり、その中心には清らかな湖が溢れている。

 この湖に漬ければ、生きとし生けるもの全てが治癒されていくという神秘の湖で、正式名称は『懇願の湖』と言う。

 この湖を中心としたこの辺り一帯の異界は、基本的に()()()()()()()()()()()入れない。


「お久しぶりですね、"明けの明星の消失"。相変わらず、その羽根の姿で居らっしゃるんですね」

 私の姿はこの世界の生き物の姿を模していない羽根が折り重なったような姿をしていた。

 湖の畔から透き通った女性の声で話しかけられる。

 見下ろすと、背中まで届く白金色の髪と金の瞳を持つ美しい娘の姿があった。白いワンピース姿だが、足は裸足だ。

 ちなみに"明けの明星の消失"とは私の個体名である。

 精霊には決まった名前はなく、こうした名称でお互いを認識していた。

『久方ぶりですね。"月の光の大爆発"』

 "月の光の大爆発"は私を見上げながら、不満そうに若干拗ねたように頬を膨らませた。

 この精霊は精霊にしては人間染みているというか、昔から感情が豊かだった。

 今もまた精霊の姿ではなく、己を人間の姿に変えている。

「誰でしょうね。このような名前の付け方にしたのは。この名称で呼ばれる度、微妙な気分になります。人の失敗をあげつらうのって良くないと思うのですが。この風習にした精霊は、性格がひん曲がっております」

『お前は確か初仕事の時、月の光を集めて、最終的に辺り一帯を爆発させたのでしたっけ? 今でもクレーターが残っていますよね。観光地になっていましたっけ』

 私たち精霊の個体名は、初めて失敗した仕事内容に因んで名付ける。

 私は過去に、ほんの少しの時間だけ明けの明星を隠してしまったことがある。まあ、ちょっとした失敗である。

 この"月の光の大爆発"は、月の光を集めたは良いものの、火力を間違えて大爆発させたことがあり、精霊の間ではよく話のネタにされている。太陽なら分かるが、普通月の光を集めて爆発なんてないだろう。

「……言っておきますが、保護魔法のおかげで人的被害はゼロでしたし、自然災害も起こりませんでしたよ」

『お前は基本的に有能だというのに、時折、仕事が雑ですからね。教育係の私としては頭が痛いですよ』

「……今はそのような失敗はしません」

『分かっています。お前は頑張っていますよ』

 ふよふよと近くまで降りて、彼女の頭を羽根で撫でる。

 拗ねていた彼女は、私に撫でられることによって、少しずつむくれていた表情を元に戻していった。若干頬が照れたように赤くなっている。

 この精霊は基本的に頑張り屋であったし、努力を怠らないので、失敗も笑い話程度しかない。

 ただ、最初の失敗があまりにも壮大だっただけだ。

 反応が面白いので、仲間連中によく弄られているのを見る。

 表情豊かな精霊らしくない精霊だったが、彼女は生粋の精霊としてこの地に生まれている。


「私の失敗の話はともかくとして、名前の話です。"月の光の大爆発"という名前が気に食わないので、最近、仲良くしている人に名前をもらったのです」

 目を輝かせながら彼女は頬を薔薇色に染める。

『お前は人間と接触したのですか……。分かっているとは思いますがあまり深入りは……』

 "月の光の大爆発"は人間が好きで、昔から人間の住む街や村などに顔を出すことが多かった。

 ただ、上位精霊が人間と直接接触するのはあまり好ましくないとされているので、傍観者として関わることが多く、中級精霊のように契約してみたいと駄々をこねることもあった。

 上位精霊は中級精霊のように、人間の人生へと深く関わることはないのだ。

 おそらく、上位精霊の中で人間に最も詳しいのは、この者だろう。

 人間の綺麗な部分も見ているが、その分穢い部分も目にしているというのに、彼女は人間が好きだと言って憚らない。

 確か、前はうっかり奴隷船に売られそうになったことがあったはずだ。懲りない。

「人間と接触する時は細心の注意を払っておりますし、そもそも今回は問題ありません。この異界に入って来れる人ですから」

『……なるほど。今代の精霊の目の持ち主ですか、確かフェリクスと言いましたか』

 精霊の目を持つ人間は、この国の王家の男にのみ現れる。

 つまり、国王となるべき人間に現れる。

 彼らの特徴として上げるならば、私たち精霊を目にすることが出来るという点が上げられる。

 それから。


 彼らは、上位精霊の魂に酷似した魂を持っている。


 上位精霊の生まれ方は二つあり、普通に精霊として生を受ける方法ともう一つ。

 精霊の目を持った人間が、精霊になる方法があった。


 彼らは死後、精霊となるか、人間のまま天に昇るか、二つに一つ選択を迫られることになる。

 言わば、精霊候補と呼ばれる存在で、精霊にも人間にもなれる特別な存在だ。


 そんな彼らなので、精霊の魂を持つ者しか入れない、この『精霊の溜まり場』にも入ることが出来た。

 "月の光の大爆発"は嬉しそうに続ける。

「そう、それで。私の名前があまりにも強そうで似合わないとのことで、フェリクスが新しく名前を付けてくれたのです」

『ほう、強そうで似合わないと』

 前回の領域外魔物掃討作戦で、光の精霊の癖に物理攻撃で猛威を奮ったのは、どこのどいつかと突っ込みたかったが堪えた。

 話が進まないのは面倒なので珍しく調子を合わせてやったことを感謝して欲しい。

『それで、フェリクスとやらは何という名前をお前に付けたのですか?』

 "月の光の大爆発"は金の瞳を嬉しそうに細めた。


「セレーネという名前をいただきました。他国の月の女神の名前だそうですよ。月繋がりですし、人間らしい名前でしょう?」

『なるほど。大爆発よりは女性らしくなりましたね』

「これからはセレーネと呼んでくださいませ。そう呼ばなければ無視しますので」

 ふふふっと笑いながら、"月の光の大爆発"改めセレーネは湖の畔に寝転んだ。

 上機嫌なのはよく分かったが、見ていて湖に落ちそうで怖い。

 ゴロゴロ転がっていた彼女は案の定、湖におちそうになったが、そんな彼女を支える手があった。

 私は姿を人間に見せる謂れはないので、少し上に上がって静観した。


「こんばんは。執務はよろしいのですか?」

 セレーネがニッコリと微笑みを浮かべると、彼女を支えた手がゆっくりと離れていく。


「そんな端で転がっていたら危ないよ、セレーネ」


 涼やかな若い男の声。

 月に照らされる金糸のような髪に、深い蒼の瞳。クレアシオン王国の王家の色。

 高級そうなお忍び用の服。

 二十歳前後の青年が、セレーネのすぐ隣に居た。


「ふふ、貴方にもらった名前を仲間に自慢していたのです。やはり人間らしい名前は良いですよね。これから街に入る時もこの名前で行こうと思います」

「そんなに喜ぶとは僕も思わなかったよ。それなら、もっと早くに付けてあげれば良かったなあ」

「名は体を表しますからね。その人を定義し、本質を表す特別な響き。真名はその者の魂にすら関わる程なのです。ですから、名付けてくださるなんて、こんなに嬉しいことはありません」

 セレーネは、嬉しくて堪らないと言わんばかりの何とも無邪気で無防備な表情を浮かべていた。

 幸せそうに頬を薔薇色に染めて、可愛らしく少女のように微笑む姿に、青年は頬を赤らめながらも微笑ましそうに見入っていた。

 青年のその視線には僅かに熱が灯り、恋焦がれる男特有の切なげな色が宿っている。

 そして、それに全く気付かない、白金色の少女。

 ええと、月の……じゃなかった、セレーネ? こういう時だけ鈍いとは、お前はどういう教育を受けてきたのですか。

 もしかしなくても、これは惚れた腫れたの類のアレではないか。

 あ、教育者は私か。

 全く。人間のことに詳しく、上位精霊の中でも感情豊かに育ったというのに、そっち方面の情緒は育たなかったようだ。


「セレーネ。君だけだよ、こうして名前を呼んで、こうして触れるのも」

 セレーネの頭をそっと撫でながら、切なげに微笑む男の下心に、セレーネは気付いていない。

 きょとん、と目を瞬かせていた。

 自分にそういった感情が向けられると思い至ったことがないのかもしれない。

「ふふ、人見知りは駄目ですよ? 私以外の人とも仲良くしていただかなければ」

 などと言い始めるので自覚がないらしい。

「いや、人見知りとかではなくて……」

「ふふ、分かっています。甘えてくれているんですよね」

 いや、分かっていないでしょうに。

 慈悲深き聖母のような愛。幼子をあやすような母性に、彼はガックリと肩を落としている。

「そう言えば、フェリクスはここに来ていてもよろしいのですか?婚約者探しをしているのだと聞きましたよ」

「ああ……うん、まあ。せっつかれては、いるけど」

 痛いところを突かれたとばかりに、モゴモゴと口を濁すフェリクスは、切なげにセレーネを見つめる。

「好きな女性が出来ましたら、私が恋愛相談にでも乗りましょう。そういう話、人間らしくて憧れていたのですよね」

「うっ」

 グサリとフェリクスに何か刺さったような幻聴が聞こえた。

 何ともまあ、バッサリと。

 無垢とは時折残酷なものである。

「フェリクスは性格も良いですし、魔術の腕もありますし、剣も強い。それに頭脳明晰とも言われておりますし、顔のつくりも美しい。そんな貴方なら引く手数多でしょうし、好きな方が出来ましたら押せばいけます」

「無理な気がする」

 フェリクスは弱々しく呟いた。

 想いが全く通じることもなく、絶賛振られ中の青年が哀れすぎて見ていられない。

「私、貴方のそういう話、聞いたことがなかったのです」

 恋愛話に興味津々らしいセレーネはフェリクスの顔を覗き込む。

 白金色の髪が肩から零れ落ち、サラリと揺れる。

 フェリクスは分かりやすく狼狽していた。

 罪作りな精霊だな、と私は思う。

 年頃の娘の姿をしたセレーネは清廉とした空気を纏いつつも、無垢な乙女の気配を併せ持っていた。

 彼女は、人外ならではの美貌と神聖さを持ちながらも少女のように、はしゃいでいて、その差異が青年には魅力的に映るのだろう。

 神々しさと無垢さが共存している。それは花開く前のつぼみに似ていた。

「気になる女性はいらっしゃらないのですか? 交尾をしても良いと思う方とか」

「こう、げほっ!」

「大丈夫ですか」

 咽るフェリクスの背中をセレーネは摩っている。

 苦しそうに息をしていたフェリクスは逆に問い返した。

「君は居ないの? ほら。人間の中に、少しでも良さそうだなって思った相手とか」

「恋愛感情ということですよね。それなら、居ませんね」

 またもや、遠慮なくばっさりと切り捨てられ、フェリクスは真顔になった。

 自ら撃沈しに行くとは物好きなことである。

 自分が少しでも意識されていたらという切実な問いかけが、この鈍感精霊に通じる訳がない。

「私はけっこう長生きしているので、人間たちを可愛い子どものようにしか思えないのです。だから貴方のことも大切に思っていますよ、フェリクス」

 それはフェリクスに対する追撃。もしくは追い討ち。

 これは酷い。

 慈悲深き聖母のような微笑みも、今のフェリクスには殺傷力があったに違いない。

 俗に言う脈がないと言われる状態がこれである。

 フェリクスが「あああ……」と呻いた。

 効果てきめんだったらしい。

「でも、家族というのには憧れるのです。人間たちは皆、家族を持っているでしょう? 精霊にはそういう繋がりはないのです。憧れますが難しいでしょうね。……もし、私が人間のように恋をするならば、記憶を消してまっさらに生まれ変わらないと無理そうですね」

 セレーネは前から、人間のように自分だけの家族が欲しいと言っていた。

 彼女は想像力が豊かすぎるので、人間たちの様子を観察して、もし自分に家族が居たら幸せなのではないかという意見に落ち着いたらしい。


 様々な愛や絆の形を知りたい、と彼女は常々言っていた。

 だから、自分も人間になりたい、とも。

 それは純粋すぎる彼女の唯一の願いだった。


 それでも、まさかセレーネがあんなことをするとは誰も思わなかった。

 彼女の行動力を甘く見ていたのだ。



 それから数十年後、セレーネは自らの記憶を全て抹消して、異世界──チキュウのニホンという国に人間として転生してしまった。

 私に何の許可もなく。

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