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 リアム様も鳥籠の中の子どもたちを見てしまったのか、私を支える手に力が篭った。


「五歳か六歳くらいの子も、十歳くらいの子も……どうして」


 助けられたと思っていた。

 違う。まだ犠牲者の子たちは居たのだ。

 良く考えれば、クリムゾンごと転移していた公爵のことだ。

 この場所へと丸ごと移動させることが出来ないはずがない。

 たくさんの魔力が必要となるけれど、人の命でそれを補っていた公爵なら不可能ではないはず。

「でも、こんなのって」

 虚ろな子どもたちの目を見て、分かってしまうことがある。

 あれはもう、手遅れなのではないかと。

 洗脳された大人たちと同じ目をしている。

 隠形魔術を解いて、籠の中の子どもたちに姿を見せてみたが反応はない。

 声をかけても、虚ろな瞳をこちらに向けるだけだった。

 震える私の耳元にリアム様が力強く囁いた。

「とにかく今は上に行ってみましょう、レイラ様。何をするにも情報が居る」

「はい……」

 あの鳥籠の数だけ、子どもが閉じ込められているのだろう。

 十、二十、三十、まだまだ、もっとかもしれない。

 ひょい、ひょいと上へと駆けるリアム様に掴まりながら、数を確認する。



『ご主人、そろそろ上が近いのではないか』

「あっ……」


 天井が近付いてきたと思いきや、大樹の近くに大きな穴が空いていることから、それは別のフロアの入口のようなもので。

 ハシゴのように連なるキノコの間を通り抜けて、次の空間へと入り込んだ。


 その瞬間、景色が一変した。

 たった今までキノコに覆われたある意味では自然豊かなフロアだったのに、次のフロアはひたすらに無機質だった。

 大樹があるのは変わりなかったし、その大樹の天辺は壮大に広がっていて。

 その大きな大樹の生い茂った部分が部屋全体にが覆い被さるようになっており、このフロアは全体的に暗い。

 天井が大樹の葉と幹で出来ていると言っても良いくらい、広がっていた。

 もちろん窓もない。

 そして壁や床は鉄で床も鉄で出来ているという、ちぐはぐっぷり。

 そして何だかよく分からない障害物ばかりが置いてあるのだ。

 多数のフラスコ、多数の壺の形をしたもの、たくさんの植物に、何かの黒い塊。

 医務室で見かける魔石で動くメーターのようなものから、医療用のベッド。

 何かの装置みたいなもの。

 とにかく雑多な場所だと思った。

 リアム様は私を床に下ろしてくれた。

 先程まで抱き抱えられていたのが少し落ち着かなかったので、私はそっと息をついた。


「この場所は……何なんすかね? 変な部屋……というよりも汚らしいホール? 廃墟?」

『ここが最上階だろうな』


 パッと見では何もないように見えるが、よく見れば血の跡や、魔法陣の描きかけなどが鉄の床を汚していて。

 何かの実験場なのだろうか?

 見渡す限り、怪しげなものしか見当たらない。

 ふと、何かに躓いたような気がしたので、足元に目を移して。


 私はこの瞬間、息の根が止まったかと思った。


 黒い塊は、何かの固形物を燃やして煤のようになってしまっていて、ただ……それは人間の子どものような姿をしていて……。

 眼窩には、無理矢理蘇生されたらしき眼球だけが瑞々しくこちらを睨めつけて──。

「ひっ……!?」

「レイラ様、下がってください。見ちゃ駄目っす! もう手遅れだ」

 一目瞭然なそれは私の脳裏に焼き付いた。

 これは、公爵の仕業なの?

 青ざめて震える私をリアム様は揺すって正気に戻してくれた。

「まだ、さっきの子たちは生きているんです。レイラ様が出来ることはあるはず。とにかく今はここを無事に出ましょう」

 何も言えなかったが、自分のやるべきことは分かっていたので、コクリと頷いた。

「ここはどう見ても危険だ。謎の解明なんかより、フェリクス殿下と合流することから始めましょう」

「そうですね。隠形魔術をもう一度かけ直して、とにかくここから出ましょう、リアム様──」

 早足でこの場を後にしようとして、ちょうど開けた場所へと足を踏み出した瞬間のことだった。

 ぼうっ……と火が燃える音。

 私たちを中心に辺りが照らされて周囲の薄暗さはなくなり、お互いの顔が良く見えるようになった。

 今、私たちは誰も魔術を使っていないというのに。




「それは出来ない相談だよ、レイラ嬢。この場所を見られたからには、そうはさせない。あなた方逃げることすら出来ないだろう」



 この声。

 あまり会ったことはないけれど、私は人の声を覚えることは得意だった。

 クリムゾンと共に挨拶を受けたこともあった。

 子どもたちを眺めながら、昔居たという奥さんと子どもさんの話を聞いたことだってある。


 一件、穏やかだったその声は。



 今、こんなにも温度がなかった。


「ははっ。この場所は私の聖域でたくさんの人々から吸い上げた無尽蔵の魔力があるのだよ。何をしようとしたところで全部めちゃくちゃにしてしまえる。ほら、あの愚かな光の魔力の小娘みたいにね」


「サンチェスター公爵……ですか」


 リアム様が私を後ろに庇い、ルナも私の前に立ち、公爵へ戦闘態勢を取っていた。

 私も、いつでも攻撃出来るようにと鎌に手をかける。


「おやおや、そこまで警戒されるとは、悲しいなぁ」

「当たり前っすよ。レイラ様を連れて来た張本人なんですから」

 戦うべきか逃げるべきなのか。

 戦うならどれだけの戦力が必要なのだろう?

 逃げるなら、いつ逃げれば良いのだろう?



「レイラ嬢。私の方は戦う理由はないのだよ。むしろ、貴女とは協力したいとすら思っているよ」

「協力?」

 私が公爵と何を協力するっていうの?

「貴女が協力してくれるなら、ここに居る子どもたちを解放したって良い」

「……!?」

『ご主人、耳を貸すな。ロクでもない取引に決まっている』

 そうだ。今まで散々人を傷付けておいて、何を今更言うのだろう。

 そもそも信用できるのかすら怪しいのに。

 訝しげにしていた私を、公爵は上から下まで舐めるように眺めている。

「レイラ様をそんな目で見るな!」

 リアム様が叫んでいた。

 確かに不躾な視線だったと、当の私ですら思う。

 あんな、実験動物か、貴重な薬草でも眺めるみたいな目付きは人に向かってするものではなかったからだ。

「素晴らしい……。本当に素晴らしい!」

「何がでしょうか?」

『この手の奴とはあまり関わりたくないな』

 私たちの反発心など、意に返すこともないのか、サンチェスター公爵は恍惚とした笑みを浮かべながら、何やらベラベラと話し始めた。

 コミュニケーションを取る気は皆無らしい。

「代々高い魔力を持つことが多い王族の配偶者は皆総じて、魔力が増えるものだと理解していたが、貴女の事例を見ると他にも理由があるのかもしれないと思えて仕方ないのだ。何しろ、属性の変化だ。魔力が高くなったことと関係があるはずではないか」

 どうやら公爵は、私の属性の変化の謎に食いついたらしい。

 黙ったまま隙を窺っていれば、彼は続ける。

「ならば、そこには私の知らない新たな秘密が隠されているかもしれないじゃないか。イレギュラーこそ調べるに値する! 王族の中には光の魔力の持ち主が現れたことがあるという。もしかしたら、フェリクス殿下の魔力も一部その魔力の性質を継いでいたと考えられないか? レイラ嬢はその殿下の魔力に影響されて、属性が変わった可能性もある。それは魔力定着のメカニズムを解く鍵になるかもしれない! だからこそ、今の実験を成功させるためにはレイラ嬢! 貴女が必要だ! 魔力定着のメカニズムを解明出来れば、人工的に作り出せるではないか! 最強の素体を!」

「最強の素体?」

「貴女たちも見ただろう? 鳥籠に入った子どもたちを。あの子たちは特別な素体になれる素質がある選ばれし子どもたちなのだよ。ただ、魔力を植え付けるだけではない、あの子らが膨大な魔力を行使することに意味がある。王族に匹敵する膨大な魔力を!」

 公爵は何を目指すつもりなの?

 素体? どうして子どもばかり狙っているの?

 何が目的なのか、見当が全くつかない。

 いささか無理矢理すぎる論理展開だったが、公爵の目は好奇心に満ちていて、それは狂信的ですらあった。


 違う。私の属性の変化は、闇の魔力特有のもので公爵の実験には関係ないし、光の魔力も代々受け継ぐものではない。

 フェリクス殿下に供給してもらって光の魔力が定着した訳ではない。

 必要以上の魔力を人工的に定着させることは、無理があるのだ。

 私の魔力量だって、これは少しずつ増えていったものだ。


『おそらく話が通じない。関わるべきではないぞ、この男とは』

「逃げましょう。とにかく時間を稼いで、あれと関わりになってはいけない」


 意思の疎通が出来ていないはずの二人は同時にそう話しかけてきた。

 私も同意だ。

 訳の分からない、目的が見えない相手の陣地で戦うのは避けるべきだ。

 逃げることが出来るのなら、そうするべきだ。

 リアム様に再び横抱きにされ、私も反射的に彼の体に掴まった。

「レイラ様。俺が足になるから、レイラ様の魔術であの男を足止めしてください」

「分かりました」


 とにかくこの男からは得体の知れない香りがした。

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