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 隠形魔術をかけ直してもらい、一階へと移動していたら、リアム様がふと何かに気付いた。

 そこは何の変哲もない壁だった。

 ただ廃墟らしく煤けた壁。

「ここおかしいっすね」

「何がですか?」

「またもや暇を持て余した十三歳のフェリクス殿下が俺に仕込んだ偽装工作術が──」

『暇を持て余したからと、部下に違法技術を教え込むのをやめろと全力で言いたい』

 もう何が来ようとも私は驚かない。

 だってフェリクス殿下だし、の一言で済んでしまうのだ。

「殿下の巧妙な偽装工作を目にしてきた俺にとってはこのくらい屁でもないっすよ。こういう何の変哲もない壁というのが逆に怪しいんですよ。ほら、よく見ると年季の入った埃と偽装した埃の違いが──」

 説明してくれたが、私にはよく分からなかったので笑顔で流すことにした。


 リアム様はそれからコンコンコンと壁を叩き始めて、何かの違いを確認しているようだった。

「あ、リアム様。ここだけ音が他と違いますよ」

『私も思った』

「言われてみれば確かに。って、レイラ様。音に敏感なんですね? これは大分難易度高いですよ? ……これはアレか。フェリクス殿下と同じ香りを感じる……。ある種の事柄において無自覚の天才性を発揮する、みたいな」

「リアム様」

 ブツブツと独り言を言っていたリアム様だけど、呼びかけてみればハッと我に返り、コホンと咳払いをした。

「それでこういうおかしな部分にとりあえず印を付けていくんすよ」

 懐から出した羽根ペンでカリカリと線を引いていくと、真っ直ぐな線が続いていって、床と壁の境目あたりに違和感のある丸い線。

「そんでもって、この部分に物理的に攻撃を加えると」

 リアム様が身体強化の術で底を殴ると、壁がパカンと内側に陥没した。

 謎の空洞がぽっかりと壁に空いた。人が一人入れるくらいの大きさの大きな穴。

 覗き込むと下は深淵。木に空いた洞のような。

 何故、壁を殴ってないのに、ここが陥没したのだろうか?

 壁に穴が空いたけれど、その先はよく分からない。どこまで下に洞が広がっているのかも分からない。

 リアム様は私をひょいと横抱きにすると躊躇なく暗闇に足を踏み出した。

「ええ! リアム様!?」

「大丈夫っすよ。俺の魔術は空中を移動するものっすから」

 そういえばそうだった。


 暗闇が広がっている中、ルナはリアム様の顔に張り付いている。

 精霊の姿を感知されていないとはいえ、足が顔に……。

 精霊を感知していないものは精霊には触れられないのだ。

 まあ、意識的に調整すれば、精霊を感じられない人にも物理的に感じさせることが出来るらしいけれど。

 というのはお兄様に物理的な攻撃を仕掛けたことのあるルナの弁である。

『やりたかったらやった。後悔はしていない』などとスッキリしていたルナだったが、本当にお兄様はルナに何をしたのだろうか。

 想像しか出来ないけれど、ドン引き案件だったのだと思う。


「うーん? この空間どこまで広がってるんでしょうかね? なんだか暗闇をつくる魔術がかけられているみたいで明かりをつけられないんすよね」

「試しに私が使ってみましょうか」

 光の魔力。私はそれの使い方をほとんど知らない。学んでいないから。

 回復は闇の魔力でも使えたから、そのまま使えたけれど、リーリエ=ジュエルムのようにはいかない。

 光のイメージがよく分からない。

 使い方は知らないけれど、明かりを付けるための火の魔術を応用して、それを光の魔力のイメージにしたら効果が出たりしないだろうか。

 あまり火の魔術は得意ではなかった。

 どうも強すぎたり、弱すぎたりするからだ。


「リアム様。ここは一か八かでいきます。だけど、リアム様のことは私が守りますから!」

「ええっと守る?」

 もし暴発したとしても保護魔術をかけて、リアム様の魔術を阻害しないようにすれば問題ないはず。


 火の魔術。勢い良く燃え上がるイメージを使って、それを最小限の光の魔力で行う。

 私には圧倒的な魔力量はなく、有限だから。


「行きます!」

『ご主人? 待て、脳筋な魔術行使はやめた方が良いのでは?』


 保護魔術から発動し、私たちを守る魔術を発動してから、たくさん消費しすぎないように気を付けつつ一気に魔力を通した。


「えーっと、光の魔力でファイアー……?」

「レイラ様!? 何か不穏な響きが! うわあああああああ!!!」



 部屋が白くなった。

 否、視界がなくなった。

 否、視界が白くなった。


「どう見てもスタングレネードじゃないっすか!!」

「スタングレネードではないですよ! 火の魔力で破壊して燃やし尽くすイメージもありますから、暗闇ごと吹き飛ばすイメージです。つまり問答無用で暗闇を破壊する魔術ですよ」

 つまりは爆弾をイメージしてみた。

 似ているけど違うと私は言い張る。

 飛沫が広がり、隅々まで光の粒子が行き届くような。

 たぶん、夜でも問答無用でしばらくの時間、周囲を明るくすることが出来るはず。

 そういう概念の魔術である。


『火に対するイメージが暴力的にしか描けないから、ご主人の火の魔術はよく失敗するのではないだろうか』

 いや、でも前世でよくやっていたゲームとかだと、火の攻撃は強力で圧倒的なイメージが……。


 視界の白が治まっていき、部屋の中の様子が分かるようになっていった。

「うわあ、こんなにも適当なのに、それなりにどうにかなってしまうとは……」

「適当ではありませんよ? 魔力の消費は最小限に抑えてありますし」

「いや、そうなんっすけど。そのはずなんすけど、なんか納得いかないというか」

 何故。

『つまりは脳筋』

 ルナが酷い。


「それにしても、この部屋。なんでしょうね。思っていたよりも広いっすね」

 どこまでも続く空間。壁の隙間に空間魔術でも仕掛けていたのだろうか?

 ぐるりと一周見渡しても、端と端が見えない程の広い空間。上を仰ぐと天井が見えない。


 そして、一番の特徴は。



 そこは何故か大中小と大量のキノコが生い茂り、無数に点在していた。

 大樹のようなものが上まで続いており、無数のキノコがへばりついている。

 これ、集合体恐怖症の人は辛いんじゃないかなぁ……?


 このまま上に行けば何かあるのだろうか。



『ご主人、そのキノコ触れない方が良いぞ。精神作用系のキノコだ』

 そういえばお兄様の作り出す毒々しい花も、精神を錯乱させる粉を出すものがあった気がする。

「リアム様。このキノコ触らない方が良いかもしれません」

「そうっすね。このまま宙を歩いていきます」


 すいっ、すいっと空中を移動しながら、気付いた。

 時折、鳥籠のようなものが木に下げられているのだ。

 忘れてしまいそうになるが、ここは壁の中。

 鳥など居ないように思うけれど。

「……?」

 目を凝らしてみて、私はあまりの衝撃に息をするのを忘れた。


 いや、息が止まりかけた。



「り、リア……ム様」



 私は見てしまった。

 鳥籠のような檻の中には、一人ずつ薄汚れた子どもが身を丸めている姿。



 それも、虚ろな瞳で。


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