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フェリクス殿下の侵入2

 あれから数分の間、フェリクスは不本意ながらもブレインと手を合わせて、彼の魔力へと似せてもらった。

 それにしても、何とも苦痛な時間だった。

 ──だが、それにしても。

 呆気なく結界の中に入れたので拍子抜けだった。

「さて、問題はこの先です」

 鬱蒼と茂った森の中、遠くを見渡すブレインは、体を軽くストレッチしていた。

「何かあるのか」

「この先は魔獣だけでなく、ある厄介な魔物も住んでいるんですよ。いや、住んでるというのはおかしいですかね。住み着いてる? 放置されている?」


 周囲の霧の中、少しでも明るく出来ないものかと、火の魔力を燃やして照らしてみるが、あまり劇的な変化はなかった。

 仕方ない。音の反響と気配と匂いでどうにかするしかない。


 二人無言で歩いて居たが、おもむろにブレインが口を開いた。

「ほら、お出ましです」

 ブレインが、『ほら』と言った時点で、フェリクスは目標を凍らせていた。

 人型のそれに近寄って、恐ろしい形相で文字通り牙を剥いているそれを氷越しに眺めて、フェリクスも頷いた。

「確かにある意味、魔物だよね。それも公爵が作り出した罪の象徴」

「失敗作をここに放流していたらしいですよ」

 失敗作。つまり、人工的に魔力を植え付けようとした結果、気が狂って理性を失い、魔物のようになってしまった元人間だ。

 言葉も通じず、ひたすら魔力の塊で襲いかかってくる者たちは、もう魔物と言っても良い。

 それらを公爵は自分の領域内に番犬として置いたらしい。

「魔獣みたいに核を取れば良い訳ではないし、基本的には生きた人間なんですよ。それらには洗脳技術で公爵以外の人間に襲いかかるようになっています」

「つまり、ブレインも襲われるということかな?」

「今、思えば、フェリクス殿下は公爵の魔力に偽れば良かったですね、ははは」

「……どう考えても私を巻き込むつもりだっただろう」

 しかもわざとらしい笑いが白々しい。


 ある区画──一段と開けた場所へと足を踏み入れた途端、木の上から何かが降って来た。

 ブレインは鎖を出現させると、締め上げて物理で気絶させた。

 確か、魔術や魔力を抑えるという闇の魔力で出来た鎖だ。


 ジャラ、と鎖を引き摺る音。

 ブレインが目を細め、フェリクスもその出現を察した。


「なるほど、一斉にお出ましか」

「そのようですね?」


 あああああえええ、という意味を持たない呻き声があちこちから聞こえ、元人間の魔物が一斉に押し寄せてくる。

 ある者は木の上からある者は茂みから。


 鎖を出現させたブレインが身体強化の魔術で跳躍した瞬間、フェリクスは空中に氷の足場を作る。

 トンっとその足場を踏み締めブレインはそれを足がかりに跳躍し、空中から中心に闇の鎖が無数に出現した。


 ひゅん、ひゅんとそれらが生き物のように鞭を振るい、こちらの方面へ向かってくる元人間の魔物を鎖で捉えては、締め上げていく。

 ブレインの方は、階段があるかのように空中で舞うように跳びながら、森の上空から確実に敵を仕留めていく。

 フェリクスも、彼が次に踏み出すであろう場所を割り出しながら的確に足場を作っていく。

 捕らえた魔物たちはブンッと風を切ってフェリクスが今立っている少々開けた場所へと猛スピードで投げ込まれる。

 今もまた三体。二体。それから五体。

 投げ込まれたそれは氷で固めて、その辺に放置しつつ、フェリクスは視力を強化して、その嫌がらせに備えることにした。

「あの速さのものが直接当たったら怪我では済まないだろうに。はぁ、当たったらどうしてくれる」

 空気抵抗分を加味しても、とてつもない勢いで投げ込まれるので、当たったら一溜りもないはずなのだが、遠くでブレインは「問題ないでしょう」と言わんばかりに笑みを浮かべていた。

 ──殴りたい、あの笑顔。

 一気に投げ込まれてきた七体をフェリクスは生きたまま氷漬けにしていく。

 ピキ、ピキン、と氷が元人間の魔物を覆っていく。

 これが人間の成れの果てだなんて。

 次々と容赦なく投げ込まれてくるそれにフェリクスは舌打ちした。

「キリがないかな。仕方ないか。……っつ」

 氷の刃で自らの手のひらを切り裂くと、ポタポタと血が滴った。

 鮮烈な痛みと熱さ。

 急拵えで空間魔術の魔法陣を地面に描いて、その血液を数的垂らして。

 氷の刃で切り裂いた手は適当にハンカチで止血しておく。

「急拵えだけど問題はないかな」

 魔法陣の中に、捕まえて凍らせた魔物を次々と放り込めば、この辺りがすっきりしていく。

 魔法陣の中には、先程氷で凍らせた者たちがミニチュアの状態で敷き詰められていた。

 陣の中だけ、空間が歪んでいるのだ。

 ──また、飛んできたか。

 流れ作業のように飛んできた敵を凍らせては、陣の中に詰め込んでいく。

 もはや、やっつけ仕事である。

 それから、ブレインの方向をチラリと一瞥するとフェリクスは目を眇める。

 フェリクスの周りを冷気が包み、魔力が空気を震わせて、凍らせていく。

 氷で出来た槍を形にすると、それをすぐさま投擲した。

 ブレインに向かって。



『殿下? 私に槍が刺さりそうだったんですけど?』

『背後に迫っていたから助けてあげたんだよ。お前ならそれくらい避けるだろう?』

 フェリクスも念話で返した。

『どう考えても俺への悪意しか感じないのですが』

『お互い様だろう?』


 それは、ブレインのちょうど真後ろにある木に、元人間の魔物が槍に貫かれながら磔になったところだった。

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