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「フェリクス殿下!」
「レイラ! 良かった!」
「フェリクス殿下!」
指輪が薄く発光している。
繋がったことに安堵して、もう一度名前を呼んだ。
「レイラ、怪我はしていない? 拘束されていたりはしない? 今どこにいる? 今いる場所が分からないなら外の景色を教えて? そもそも、外は見える? それから敵はいる? 念話を使わないってことは魔術が使えない?」
「殿下、ちょっと急かしすぎっすよ!」
矢継ぎ早に問われて、上手く処理出来なかった私の代わりにリアム様が一言。
「リアムも居るんだね。ありがとう。そのままレイラと一緒に居て欲しい」
リアム様が居たことで少しだけ安堵したらしいフェリクス殿下に一つ一つ答えて行った。
空間転移をしてしまったが、術式に抗い座標をずらしたこと。公爵は傍には居ないこと。今の私たちは無事であるが、魔術を通さない結界が張られているということ。
「中で魔術を使う分には良いのですが、どうやら外に救難信号を送ることを防ぐための結界のようです」
堅牢な壁と言ったところだろうか?
それから順に説明していく。
鬱蒼とした森の中にある屋敷に居ること。遠くに見えるのは山脈の一部でここからだと山脈が三つ折り重なっているように見えるということ。
それから山脈の雪崩防止用の術式が施された宿泊施設付きの塔が遠くに見えるということ。
今、見える景色を口にしたところで、フェリクス殿下は何か思い至ったようだった。
「ブレインが公爵の次の拠点になるであろう隠れ家の居場所を残してくれただろう? その中で今レイラが居る場所の景色を照合すると候補は絞られた。今から行くから、なるべく隠れていて」
え、早い!
フェリクス殿下は近隣の地理事情にも詳しいらしい。
「問題の結界はどうしましょうか?」
「最悪、私がぶち破る」
「いやいや、殿下!? まさかの力技!?」
私とフェリクス殿下の会話を静かに聞いていたリアム様がさすがに突っ込んだ。
「最終的に物理が物を言うこともあるんだよ」
『どこかで聞いたような発言だな』
ルナに何故かジト目で見られた。
いやいや、最終的には物理。分かりやすくて良いと思う。
「もっと、こうスマートなやり方とかないんすか?」
「まあ、今のは半分冗談だとして」
『半分は本気ではないか』
ちなみにルナの言葉は、ここに居る私以外には届いていないので、たまに残念だなと思うことがある。
「強引に破るのは最終手段にしたい。闇討ちするのなら目立たない方が良いからね。なんとか公爵の意識を逸らしてその隙を突くっていうのも有りかな……。隙が出来れば綻びが出るから、なんとか気づかれずに穴を開けられるだろうし、自然災害に見せかけて屋敷を襲うか……。その森なら魔獣が自然発生することが多いと聞くし……それを操ってけしかけるか……。公爵に私の直接的な関与を知られる前に行動できるのがベストだけれど……」
フェリクス殿下が物騒なことを言っている……。
何気に操るとか言ってるのがヤバい。
自身の持つ最高クラスの魔力を駆使するのは良いけれど、なんだろう……規模が大きいなって。
そうならざるを得ないのは、それ程までにこの隠れ家が厳重だということの証だ。
フェリクス殿下が来てくれるならば百人力だ。
クリムゾンももしかしたら囚われているかもしれないのだ。
もしそうならどさくさに紛れて解放しなければ。
「とりあえず方針としては、殿下がこちらへ向かう間、結界に綻びがないかをこちら側からも探すということで良いっすか?」
「二人は離れずに行動して欲しい。絶対に、一人で行動をしてはいけないよ、レイラ」
「はい……!」
そうして通話は終わり、リアム様は隠形魔術を私と自らに施した。
リアム様の隠形魔術はさすがプロフェッショナルなだけあって私が使うのとは比べ物にならないというか、空気を揺らすこともなければ足音も完全に消され、それはまるで蟻の足音並のものになっている。
魔力も最小限に抑えられているのが分かる。
「どうせ聞こえないので普通に話していても良いっすよ」
「すごいですね。ここまでの隠形魔術を使えるなんて……。魔力消費も最小限ですし」
「風属性の魔術よりもこっちの方が年季入ってますからね。まあ、他はともかくこれだけは自信ありますよ!」
にぱっと笑うリアム様は若干誇らしげであり、それ程この力には自信があることが窺えた。
扉に向かうと、この部屋同様に無機質なのが分かった。
鉄で出来た重そうな扉だが、鍵は内にあった。
『ご主人、この扉には特殊な魔術などはなさそうだ。問題ないぞ』
ルナのお墨付きもあったので早速開けてみると呆気なく開閉した。
廊下は貴族の屋敷らしい赤の絨毯が敷かれているが、この辺りの絨毯は廃墟のように黒ずみボロボロになっていた。
窓も手入れされていないのか、至るところに古びた蜘蛛の巣があって、しかも埃がかかっている。
二人して気配を探りながら歩いていれば、先行していたリアム様がピタリと止まった。
「レイラ様」
「ええ、私も分かりました」
私たちはこのフロアの突き当たりの執務室らしき古びた扉に近づいていく。
『その扉も問題ないぞ』
リアム様に問題ないことを告げると、彼は懐から針金を出した。
え、まさか。
「レイラ様。今から錠破りをします」
まさかのピッキングである。
なんとも古典的なと思いはしたが、確かに魔力の痕跡は残らないので名案ではある。
「ふふふ。こういう鍵の開け方はフェリクス殿下直伝なんすよ」
『何をやっているのだ、あの王太子は』
ごもっともである。
「何でも、殿下の幼児期の趣味がそれだったようで。勉強漬けのストレスが溜まった時にやっていたらしいっすよ」
『嫌な幼児だな』
何ともあれな感じの趣味である。純粋に好奇心や遊び感覚だったのかそうでないかで、評価が変わってくる。
「殿下はもっと早いんすけど、俺もまあ一分以内には……っと、開きました」
早速ガチャリと開けたリアム様だったが、何を思ったのか再びパタンと閉めた。
「…………」
「え? あの? 何故閉めたんです?」
「いや、なんとなく。特に理由はないんすけど」
そう言いながら再び開けて中に入ると、予想外の声が聞こえてきた。
「本当に主も主なら、護衛も護衛ですね。主従揃って失礼な人たちだ」
「ブレイン様!?」
「ご機嫌よう、レイラ。とりあえずこれを解いてくれると助かります」
そこに居たのは、椅子に括り付けられ縛られていたクリムゾンの姿だった。




