175
次々と入ってくる情報からフェリクス殿下はすぐに断言した。
「どう見ても本物の方のリーリエ=ジュエルムだな、これは」
「狙いは私でしょうか? 彼女に恨まれているのは確実ですから」
「レイラは隠れていた方が良い。あの女の前に出たら逆上してくる可能性がある」
リーリエ=ジュエル厶に対抗出来る程の魔力量を持つ者はフェリクス殿下くらいしか居なかった。
どうやら校門の防護魔術を魔力のごり押しで無理やり破り、今は騎士や教師、有志の生徒たちが対処しているらしい。
「リアム。レイラのことは任せたよ」
「分かりました」
フェリクス殿下の命令と共に後ろにトンっとリアム様が着地した。
彼は相変わらず気配を消したまま、私についてくれていた。
フェリクス殿下が空間転移で移動していく。
「レイラ様。なるべく表に出ないように隠れましょ。あの女にだけは捕まってはいけない」
私はリアム様の後をついていく。比較的死角の少ないダンスホールへと私たちは駆け込んだ。
入口と裏口を警戒しながら、リアム様は気配を探っていた。
私との接触を避けた方が良いのは分かるけれど、やけに真剣な様が気になった。
浮かんできた疑問に首を傾げていれば、リアム様は一つ頷きながら答えていく。
「本当に危険なんすよ。今さっき、表の騎士から連絡があったんすけど、あの女は感情に任せて魔力の塊をぶつけているそうです。校門は跡形もなく破壊されました」
「跡形もなく!?」
『器物破損ではないか。しかも校門には様々な術式があったはずだが』
ルナの言う通り、学園のエントランスは警備が厳重で、魔術もたくさん施してあったのだが、それらの術式をリーリエ=ジュエルムは力任せに破壊し尽くしたらしい。
フェリクス殿下の部屋程ではないが、それなりに堅牢さがあったというのに、彼女はそれを正式な解呪方法を使わずに破壊したという。
「本当なら私も行きたいところだけど」
「止めておいた方がいいっすよ」
「そうですね。ただでさえその威力なのに、感情を昂らせたらさらに悪化するのは確実です」
フェリクス殿下の足でまといになる上、周囲への損害も増えるだろう。
やるならば、ルナに加勢に行ってもらうくらいだろうか。
『ご主人、私はそなたの傍に居る』
影の中に居るルナの気配がいつもと違う。
何かを警戒しているようなピリピリとした雰囲気。
『何か嫌な予感がするのだ。これは獣の勘なのだが』
ルナの声がいつもよりも硬い。
不安そうにしていた私に気付いたのか、リアム様が笑いかける。
「大丈夫っすよ。レイラ様がここに居ることを知るのは誰も居ません。それに、俺は何があっても貴方を守りますから。恩は返さないと」
安心させるようにリアム様は自らの胸を叩いている。
「ありがとうございます」
心強い言葉に不安が解されていく。
落ち着かせるように深呼吸を繰り返し、自分の魔力を安定させた後、私はリアム様に気になったことを聞いてみた。
「あの、リーリエ=ジュエルムは何か言っているのですか?」
「それが報告によるとひたすら攻撃するばかりで何も言わないんすよ。今は、フェリクス殿下が参戦したことで若干こちらが優勢になってますけどね」
「彼女はある意味、指名手配犯ですよね。それなのにわざわざこんなに目立つことをして何をするつもりなのでしょう?いくらなんでも感情的に行動しすぎですよね」
「それ、俺も気になったんすよ。あの女は頭がお花畑っすけど、今回の件はあまりにもお粗末すぎる」
「騒ぎを起こすのが目的……とか?」
ふとぽつりと呟いてみて、リアム様が目を見開いた。
途端に顔を青ざめさせる彼に私も目を見開いた。
「どうされたのです? リアム様」
「俺、一つ恐ろしい仮説を思いついたんすよ……」
「恐ろしい仮説?」
「例えば、っすよ? これは、俺のただの考えすぎならそれで良い」
深刻な表情を浮かべる彼に続きを促した。
「リーリエ=ジュエルムが単独犯ではないとしたら?」
「え? 複数犯ということですか? それなら一体誰と」
リーリエ=ジュエルムが逃亡中に誰と接触するのか。
あらゆる想定を思案していた時だった。
「ご名答。そして、ご愁傷様だね、レイラ嬢」
その声は聞き覚えのある声。
クリムゾンの傍に居たから、何度も聞いたことのある……。
「サンチェスター公爵?」
「なっ、これは!!」
突然現れたということは空間転移でもしてきたのだろう。
ここまで魔力の気配すら感じられないということは、隠蔽の魔術も使っている。それらを組み合わせれば大量の魔力が必要になるはずだというのに。
突然のことに私たちは反応が遅れた。
私を守るように前に出たリアム様の行動は読まれていたのか、彼の足元から蔓が生えてきたかと思えば、それはリアム様に無理矢理巻きついて、天井近くまで掲げるように縛り上げた。
あのリアム様の抵抗を許さない程の魔術!
「ははは。これは生贄十人分の魔力を込めて造った蔓なんだ。ブレイン程、魔力がなくとも生贄さえすればこんなことだって出来る」
サンチェスター公爵は愉快だと言いながら朗らかに笑う。
「どうしてここに? 何が目的ですか?」
私はジリジリと後退りながら、間合いと隙を窺った。
鎌を手に、少しずつ大きさを変えていく。
「どうしてここに? それはあの脳みその足りないリーリエ嬢に貴女の場所を念話で聞いたからだよ。魔力だけは無駄にあるから探知は出来るようだ。余計なことを口にしないよう話せないように処理もさせてもらったがね。だからあちらに手がかりは何も残らない」
ここで私は悟った。
リーリエは陽動で、本命は。
私だ。
「貴女は賢明な判断をすると思っていたよ。あの女をわざわざ自分から暴走させに行くとは思えない」
「……成程」
フェリクス殿下と私を引き離すためだったのだ。
いつから、いつから公爵とリーリエ=ジュエルムは接触していたのだろうか。
私はぶんっと空気を切る音と共に鎌を振りかざす。
「はは、こちらに攻撃の意思はないんだよ、私はね。貴女と話をしたいだけなんだ」
公爵は取り出した紙を私に向かって投げつける。それは鳥の形になるとパタパタと羽ばたき、追尾して、避ける間もなく私の足元へとまとわりついた。
鎌で切り裂こうとしたが、ついっと避けていく。
ルナがそれを闇の触手で捉えようとするが。
『実体がない、だと?』
触ろうとする度に、手からすり抜けているのではなく、その鳥の形をした紙は、術者以外の者は物理的に触れないようになっていた。
ならば、燃やし尽くす!
人工魔石結晶を取り出し、普段は使わない火の魔術を発動させた。
私の周囲を火が取り囲むが、その紙で出来た鳥に火が燃え移ることはなかった。
「……!」
「無駄だ。その術式も、生贄二十人分なのだから」
人の命を何とも思わずに、彼は人好きのする笑みで笑っていた。
人の命を奪って平然と笑う公爵を見て、背筋が寒くなってくる。
この人は……!
鳥の形をしたそれがバサバサと広がり、それが少しずつ大きくなって私の足元に広がった。
これは、魔法陣!
「レイラ様! ……っ、この! う、ああああ!」
閃光と共に、私を包む光。
スタングレネードのように視界が白く染まり、目が開けられない中、私は誰かに抱き締められた。
「レイラ様! 俺は何があっても貴女を一人には、しない!」
「リアム様!?」
「何があっても守ると誓った!」
血だらけのリアム様が私を守るように抱き締めている。
噎せ返る程の血の匂いと、荒ぶった魔力の気配を感じ、彼の状態を理解する。
生贄十人分の蔓を無理矢理引きちぎって駆け付けてくれたのは明白だった。
「っち、もう少し生贄が必要だったか」
サンチェスター公爵が忌々しげに舌打ちする声。
『ご主人!』
光の中、仕掛けられたこれが空間転移の魔法陣だと気付く。
私の意思に関係なく連れ去るつもりだとも。
ルナはすぐに私の影の中に飛び込み、私を抱き締めるリアム様の腕が僅かに強められた瞬間。
私たち三人はその場から姿を消したのだった。




