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 サンチェスター公爵とクリムゾンは行方知れずになり、騎士団や王城内ではパニックを起こしていたが、フェリクス殿下は落ち着いていた。

 フェリクス殿下が心当たりがいくつかあると力強い声を上げてからは、混乱の境地は少しだけ治まった気がした。

 フェリクス殿下は、落ち着いていつも通りに行動して欲しいと何度も呼びかけていた。

 それから今後の方針や計画を国王と織り上げていく姿に皆、ようやく冷静さを取り戻していた。


 医務室で作業をしていた私を訪ねてきてくれたフェリクス殿下は詳しく状況を説明してくれた。

「レイラ。心配はないよ。行先に心当たりがいくつかあってね。これ、見て」

「これは、なんです?」

 地図のような何かを広げられる。

 そこにあるのは北の方角の地図で、いくつかの場所が省略されて書かれている地図だった。

 謎の記号が添えられており、何かと思っていれば。

「この記号は、結界魔術の鍵みたいなものだよ。厳密に言うと無理矢理錠をこじ開けるようなものなんだけど」

「これは一体何の地図ですか?」

「ブレインが残した地図を写真に写させたものだ。あの男、縛られながらも血文字でそれを残したんだ」

 この世界には写真を撮影する魔具があるが、動力源は全て魔力だ。

「血文字!?」

 魔術を使い細かい部分で描かれたのか、一瞬で描かれたそれは精巧だった。

「候補が何ヶ所もあるから彼らの場所を割り出すのは骨が折れると思うけどね。ブレインが隠れ家を残してくれたらしい。あの男はこちらの味方……いや、レイラの味方、かな。とにかく嘘はついていない」

「……」

 あの二人の関係性は険悪だけど、お互いのことをよく理解しているのか、意外なことにフェリクス殿下はそう言い切った。

 私の味方であるとも。

「私自身はあの男のこと気に食わないけど。ブレインはレイラに不利益なことはしないはずだ。……本当に気に食わないけど」

 フェリクス殿下は、何だか悔しそうな納得行かなさそうな複雑な表情を浮かべていた。

「あの、ブレイン様は無事でしょうか? 先程、縛られてって仰ってましたが……」

 あの公爵に酷い扱いを受けているだろうことは知っていた。

「あの男のことは気に食わないが、ある意味では最大の被害者でもある。最善を尽くすよ。それに私はレイラに悲しい顔をして欲しくない。レイラにとっては大切な人間なんだよね」

「私にとっては、年の離れた友人……もしくは兄のような存在です」

『あの男の行動自体は実の兄より兄らしいではないか』

 ルナのクリムゾンに対する評価は意外と高い。

 そして、ルナのお兄様に対する評価は案の定低い。一応お兄様も協力はしてくれたのだけど。


「騎士団の方は心配しなくても良いから、レイラはいつも通りで居て」

「はい。外には出ませんし、仕事中は医務室に居ますし、終わりましたら速やかにフェリクス殿下の私室に戻ります」

「本当は全てが終わるまで、私の部屋に閉じ込めたいところなんだけど、それはちょっとアレかと思ってね」

「部屋に居た方が良いなら居ますよ?」

「さすがに過剰すぎるかと思って。最近、自分が普通なのかそうでないのか分からなくなってきた」

 フェリクス殿下にとってはあの事件はトラウマらしく、なかなか私にそれを言えないようだった。

 正当な理由なら従うのに。

『ご主人、王太子はそなたを相手にすると感覚が大幅に狂うのだ。詮索しない方がその男のためだ。繊細な男心というやつだぞ』

 最近、ルナが男心を理解しているような発言をしているけれど、実際のところどこまで理解しているのだろうか?


『ん? この気配は』

 ルナの耳がピクリと動いた。

「ルナ? どうしたの?」

 ルナが凝視する先、空間に突如穴が空いて、そこからヒラリと白い手紙が落ちてきた。

「え? 何これ……」

「手紙みたいだけど」

 ヒラリと落ちてきた手紙をフェリクス殿下は空中で掴む。


『ご主人、あの黒猫の気配がした。すぐに空間が閉じて去っていったが』

 アビス? アビスが異空間を移動して、手紙を届けに来た?

 そして顔を見せずにすぐに去って行った。


「これは、ブレインの字だね。それもまたしても血文字だ。急いで書いたのかスペルが狂ってる。──すまない、押し留められなかった。身を守れ? 今すぐに?」

 横から覗き込むと物騒な血の跡と共に、緊迫した雰囲気が手紙から伝わってきた。


「ブレイン様は公爵を押し留めようとしていて、それが出来なかった? あんなに強いのに?」

「レイラ。よく考えたら公爵は生贄でたくさんの魔力を持っているはずだ」

「つまり、生贄で魔力を補っている……ということ?」

「本人に魔力がなかったとしても、人の命を消費すれば問題ないと考えているのだろう。だから、たとえブレインが強かったとしても倒される可能性はある。ましてや、あの男は手負いだ」

 命の消費? 公爵はもはや人の心など捨ててしまったのだろうか。

「万全じゃないのに、そんな」

 クリムゾン。

 彼は全てを抱え込み、それを贖罪とばかりに身を犠牲にしている。

 今まで、悪人とはいえ人を殺して人身売買に関わってきたことに彼は罪悪感を覚えている。

 自分の手が血にすっかり染まってしまったのだからと罪を贖うつもりなのだ。

 しかも飄々としているから、周りにそれを悟られることもなかった。

「とにかくレイラ。今すぐ私が防護魔術や防御膜を使うから、この学園を要塞に──」

「……!?」


 ガシャーン!という突然の破壊音に私は身を竦めた。

 フェリクス殿下が言いかけたその瞬間、学園の窓ガラスが盛大に割れる音。

 生徒たちの悲鳴と、騎士たちが指示を飛ばす声、それから。

 医務室に向かってバタバタと足音が聞こえてくる。


「フェリクス殿下! 学園の術式を強引に打ち破れる程の力を持った何者かが侵入してきています!」


 それは凄惨すぎる混沌の始まりだった。

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