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紅の魔術師の信任

 ──本当に外道だな。



 ブレイン=サンチェスター──いや、クリムゾン=カタストロフィはサンチェスター公爵の歪んだ微笑みを目にしながらそう、独りごちた。


 屋敷に踏み込まれ、隠し部屋は暴かれ、児童監禁の現行犯として公爵は連行される──はずだった。

 本来ならば。

 不意打ちを狙ったはずだったのに。



「私はまだ捕まる訳には行かないのだ」


 本棚の裏の隠し部屋には、これでもまだ一部ではあるが十数人の子どもたち。そこに踏み込んだ騎士団。


 子どもたちの足元には邪悪な光を放つ、魔法陣。

 これは、命を奪い、魔力に変換する禁忌の魔法陣。

 失敗した実験体の末路。

 純度を保った魔力の持ち主を人工的に生成するため、そのリソースにするために生贄として利用される。クリムゾンが人身売買で調達してきた犯罪者たちはその材料にされることが多かった。人体実験として利用されることもあった。

 恐ろしく高い魔力を持つ人間を人工的に作り出すには、子どもに植え付けるのが効率的だと公爵は判断していたらしい。

 まだ実験段階なので、本来なら子どもたちは材料にもされてはいないはずだし、ましてや、ここでただのリソースとして使われることもないはずだった。

 だからこの隠し場所にこの魔法陣があることをクリムゾンは把握していなかった。


 だが、人間、追い詰められると何を仕出かすか分からない。

 もしかしたら、こんな時があった時のため子どもでさえも盾に使うような細工を密かに仕込んでいたのかもしれない。

 公爵は臆病だから。



「ここに居る子どもたちがどうなっても良いのか? 私を捕まえようとした瞬間、これを発動させる!」


「っ……」


 王太子であるフェリクスの目に宿るのは憎悪。

 未来ある子どもたちをここで見殺しに出来るはずもなく。


 フェリクスは小さく何かを呟くと、懐から小刀を取り出して、自らの手のひらを斬り裂いた。

 ザシュッという痛々しい音と共に血が飛び散るのを見て、クリムゾンは目を瞬かせる。


 フェリクスは魔法陣へと血のついた小刀を投擲し、小刀は魔法陣の描かれた床へと不自然に刺さった。

 瞬間、とてつもない魔力を放ち、あの邪悪な魔法陣がすぐに無効化されたことを知った。

 フェリクスが騎士に合図をした瞬間、子どもたちを騎士団の者が抱き上げて行った。


「くく、はははははは!!」


 形勢逆転されたというのに高笑いする公爵をクリムゾンは胡乱な目で眺めていた。

 椅子に括り付けられ、手を後ろに縛られ、部屋の隅に放置された状態で。

 現在、クリムゾンは公爵に拷問されている最中だった。

 何故情報が漏れたのか、お前がヘマをしたのだと詰られながら、体を打たれて、椅子に括り付けられていたのだ。

 良い足止めになるかと思って抵抗せずにいたが、公爵がここにも魔法陣を仕掛けていたことに気付いていなかったのはクリムゾンの落ち度だ。

 ──お膳立てしたつもりだったというのに。


 上手く行かないものだと思いながら、後ろ手で縛られた指先を傷付けながら壁に這わせた。

 クリムゾンには痛覚がないからいくら斬ろうとも問題ない。

 痛みを感じたのはレイラに舌を噛まれた時くらいか。

 ──全く、俺は。

 こんな時にあの時の甘美な記憶が過ぎるのは何故なのか。

 痛みは至高の味。自分が生きていることを感じさせる甘い蜜のようなもの。

 クリムゾンにとってはご褒美だ。

 痛覚を失っても嘆いたりしなかったし、むしろ便利かもしれないと思っていたクリムゾンだったが、最近では痛みを感じることが出来たら幸せなのかもしれないと思うことがある。


 ──まあ、痛みは痛みか。


 激痛が走っているだろうに、顔色を変えないフェリクスを見ながら、とりとめのないことを考えている。

 公爵に気付かれない程の魔力を操って白い壁に書き込みをしていく。

 手を動かせないなら、魔術で描けば良い。

 ──まあ、ないよりマシだろう。


 公爵が騎士たちに囲まれて絶体絶命という状況下。

 これはあちらの勝ちだと誰にも分かりそうなこの状況。

 騎士団の手練が取り囲もうとジリジリと間合いを詰める。



「ショータイムだ!!」



 公爵は腕を大きく広げて、何か魔術を発動させた。


「……!? 防御しろ! なるべく強力なものを!」


 その不穏さに気付いたフェリクスは騎士たちに指示を飛ばす。

 先程、強力な魔法陣を破壊したばかりのフェリクスもさすがに連続で無効化することは出来なかったようだ。

 ──気付けただけでも上出来、か。

 隠し部屋の中に新たな魔法陣が重なり広がっていく。

 ぱちん、とシャボン玉が弾けるように魔力の奔流が隠し部屋の中を魔力が膨れ上がり──暴発した。

 ぶわりと広がる魔力と共に、部屋の中に現れる人影はクリムゾンにとっても見覚えのあるもの。


「アビス、こっそり援護してやりなさい。くれぐれも見つからないように」

『……かしこまりました』

 何か言いたげな己の契約精霊は、出現した人影に混じるように人間の姿へと変身した。


 アビスには何度も己の体の無頓着さを叱責されているから、そのことかもしれない。


 騎士服を着た姿。髪を肩のところで緩くまとめた青年の姿になったアビスは、臨戦態勢をとっていた。

 どうやら騎士の姿に紛れ込むらしい。



 部屋に出現したのは、公爵が実験して失敗した、理性のない魔力増強人間たち。

 洗脳済みなので言うことだけは聞く操り人形。

「うわっ! ちょっ、君! やめなさい!」

「ああああああああ! ああああ!!」

 狂ったように叫ぶ甲高い声。

 そのとてつもない魔力と共に、実験を繰り返したせいで魔力に敏感になった子どもたちが錯乱し始める。

 狼狽する騎士。

 錯乱して魔術を放つ子どもたちを取り押さえながら、ゾンビの群れのようにゆらりゆらりと攻撃しても立ち上がる実験体を捌かなければならないのだ。

 血しぶきが飛び散っても、体内の魔力に耐えきれず、体が爆散しても、立ち上がり続ける。


 阿鼻叫喚だった。


 ──この場にレイラが居ないだけでも良かった。


 その点だけはあの王太子のことを褒めるべきかもしれない。


 フェリクスは有能だった。

 突如混沌の間と化してしまったというのに、瞬時に状況を把握し、動いた。

 咄嗟に動ける者はなかなか居ない。

 動けたとしても余計な行動をするか頓珍漢な行動するかが関の山なのだが、さすが王太子というべきか。

 子どもたちと騎士たちに怪我一つさせることなく的確な指示系統を築いているのだから。

 背中にも目がついているのではと思うくらい。

 自らも魔術を使い、敵のみを焼き払う炎攻撃を使いながら剣で向かい来る敵を捌いている。

 さすがに乱戦すぎて、騎士が一人増えていることには気付いていないのか、アビスにも指示を与えている。

 アビスも素知らぬフリをして命令に従っているので、誰にも怪しまれない。

 後々、居ないはずなのに人が増えていたとか騎士怪談として話題に上るのだろう。


 そんな中、公爵が空間転移を使い始める。

「ブレイン、沙汰はゆっくり下してやる」

 ──沙汰? ただ八つ当たりしたいだけでは?

 そう思ったが、ここはふっと意味深に笑うだけに留めておく。


 チラリ、とフェリクスに目を向けると、たまたま目が合った。




 ()()()()()、と。



 公爵に気付かれないように口パクで告げる。

 読唇術くらい、あの男なら出来るだろう。


 フェリクスはクリムゾンの縛られた椅子の後ろをチラリと見てから、頷いた。



 それを見届けた瞬間、公爵はクリムゾンごと転移した。

 パッとクリムゾンが消えると、ガタンと椅子が倒れる。

 クリムゾンの座っていた椅子と、縛っていたロープと、壁には精巧な地図だけが残されていた。それも血文字の。


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