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それから……。
何度かフェリクス殿下とは口付けを交わして。
想いを伝えることの大切さを知った私たちは、医務室の奥のベッドに腰掛けながら、何度も言った。
「好きです……どうにもできないくらい」
「私ももうどうしたら良いか分からない」
何度目になるか分からない口付けをされて、また少し離れてを繰り返して。
お互いの瞳に捕らわれたりを繰り返して。
嬉しくなって自然に微笑めば、彼は息ごと奪うみたいに私の唇に己のそれを重ねる。
衝動的にも感じるそれが嬉しくて仕方ない。
目に涙を微かに浮かべていた私を気遣うように、彼は私の唇を軽くなぞりながら目元に唇を落とす。
キスばかりだとクスクス笑ってしまった。
もう一回して欲しいと思って見上げていた瞬間だった。
「……っ!」
「!」
ガチャン、と奥の叔父様の個室の扉が開閉する音に、私たちはパッと離れた。
直前まで触れ合っていたばかりなので、切り替えが出来ない。
「レイラ? 居ますか?」
叔父様が私を呼ぶので、腰掛けていたベッドからサッと立ち上がった。
苦笑していたフェリクス殿下が私の代わりに答えた。
「すまない、邪魔しているよ」
「おや?フェリクス殿下ではありませんか?」
直前まで戯れていたとは思えないくらい、平然としたフェリクス殿下の声に、叔父様は何の疑問も持たずに奥まで歩いてくると、カーテンを開けた。
「朝早くからすまない。こちらの明かりがついていたから寄ってみたんだ」
フェリクス殿下は動揺の欠片もなく、何でもないように答えた。
か、変わり身が早すぎる。さっきまで、私と……その、キスしてくっついていたのに……!
彼は世間話の延長とばかりに叔父様に話しかけている。
「ヴィヴィアンヌ医務官、ここ数日はお疲れ様。何かと大変だというのは話に聞いていたけれど、今日からはレイラの魔力に対する質問だったり、突撃訪問だったりは減ると思うよ」
「え?」
確信したようなフェリクス殿下の声に、私の方が驚いた。
「もしや、何か有るのですか?僕としましては、接客が暴力を振るわなければ嬉しいです」
接客が暴力? 叔父様は何を言っているのだか……。
「レイラの仕事復帰の今日、これから一時間後くらいにとんでもない知らせが舞い込むことになる。あまりにも大きな不祥事だからね。これを機会に光の魔力云々の話が相殺出来れば良いな。レイラの身が危険に晒される確率を低下させられることが出来たら、なお良し。調整はしてみたんだけど」
叔父様と二人、フェリクス殿下のやり切ったような清々しい表情に首を傾げていたのだけど、その理由は生徒たちが登校し始めた頃に分かった。
医務室から出なくても分かるその騒然とした空気に、ただ事ではないことが分かる。
フェリクス殿下は訳知り顔だった。
帰り際、「後でね」と言いながら私の頬に軽くキスをすると手を振りながら出て行ったきり。
詳しくは外から帰ってきたルナからもたらされた。
『ご主人。サンチェスター公爵家とやらの屋敷から、身元不明の児童が数十人保護されたらしいぞ。それも実験部屋から』
「ええ!? 急展開すぎるわ!?」
この数日に恐ろしい速さで状況が目まぐるしく変わっていた。
いつの間に、騎士団による屋敷の捜査が行われたのだとか、そんなあっさり見つかるなんてということとか。
確かに事前調査はしていたけれど、もっと手続きとかあるのかと思った。
「レイラ様。この度は色々ございましたわね。レイラ様が光の魔力に覚醒されたのも驚きでしたが、あの公爵家の不祥事が明らかになるなんて! もう学園ではその噂で持ち切りですの」
医務室に用があった女子生徒に話を聞いてみると、急展開も急展開。
なんと広まっていた公爵家の黒い噂を理由に強制的に捜査を行ったらしい。
抵抗する公爵本人は、フェリクス殿下と魔導騎士が魔術で取り押さえ。
捜査の大義名分を得たフェリクス殿下は、ここぞとばかりに突撃したのだ。
爆弾犯の被害者と思いきや、それを皮切りにして暴かれていく化けの皮。
被害者から加害者への転身。
「不祥事が明らかになったあと、サンチェスター公爵とその跡取りは姿を消したらしいのです。だから今は騎士団総出で捜索されていますわ」
「数日でそんなことになるとは思っていませんでした。偽物のリーリエ=ジュエルムもまだ見つけられていないのに」
逃亡中なのは偽物のリーリエではなく、本物ではあるが、世間的にはそのようになっていたので、そのように話を続ける。
女子生徒は疑いもせずに頷いて、「本当、物騒ですわ」と答えた。
「……」
ルナがリーリエ=ジュエルムを追跡魔術で捉えて確保しやすくしたところで、当の彼女は潤沢な魔力を行使して逃げ続けている。
反応があちこちに飛んでいるという。
ハロルド様、ノエル様、ユーリ様もフェリクス殿下の指示の元、奮闘しているというのに。
捉えても捕えられない。多くの騎士や魔術師が駆り出され捜索されているというのに、彼女はまだ諦めていなかった。
もう彼女の願う通りの運命にはならないというのに?
この日は、犯罪者が逃亡し、それが高位貴族だということで騒ぎになっていた。
公爵家と少しでも関わりのある貴族は身の保身に走り、貴族社会の構図もガラリと変わり……。
ヴィヴィアンヌ侯爵家が慈善事業に関わることになったのも、サンチェスター公爵家を牽制するため……そういう理由へと変わった。
当時は確かにただの慈善事業だったはずなのに、情報操作でそういうことになった。
目まぐるしく変化し、私の魔力が変化したことを騒いでいる場合ではなくなった。
『皮肉なものだが。ご主人のことを考えるならば、時期が良かったとしか言いようがないな。かの公爵家が世間の注目を一身に浴びてくれるのだからな』
「……クリムゾン」
彼は今、公爵と共に居るという。同時に消えたのならその可能性が高い。
彼は今何をして、何を考えているのだろうか?
彼は何を目的として、今も公爵の傍に居るのだろうか?
あれからアビスからの連絡は途絶えたままだった。
指先の冷えを誤魔化すように、擦りながら私は俯いた。




