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久しぶりにR15くらい?

ゆっくりペースですみません。

「え?」

 ぽかんとされるのは当たり前だ。

 私は唐突にとんでもないことを口にしたのだから。

「最近、フェリクス殿下は、私に触れる時、遠慮されているように……思うのです」

「そんなことは……」

「嘘です」

 フェリクス殿下の思わず口にした嘘は分かりやすすぎた。

「……レイラ」

 思わずといったように、私の名前を呼ぶフェリクス殿下に、私はこのままの勢いで続けることにした。

 今、勢いでも何でも良いから伝えないと、私のことだ。後になったらたぶん言えなくなるに決まっている。


「フェリクス殿下。私は恋愛経験がほとんどないですが、そんな未熟な私でも一人の女なのです。……好きな人が、自分に溺れ切っているかそうでないかくらい分かります」

「溺れ……って、レイラ。何を言って──」

 私はキッと視線に力を込めた。

「今の貴方は私に触れる時、違うことに気を取られているのですから」

 触れることに躊躇われていることくらい、分かってしまう。それは、気遣いではなく、躊躇や遠慮といった類のもの。

 私に気迫があったのかどうなのかは分からないが、フェリクス殿下は僅かにたじろいだ。

 目を逸らすことはしなかったけれど、瞳に浮かぶのは動揺だった。

 そのまま彼の胸元に顔を埋めて、私は呟いた。



「変な遠慮などしないでください。私は、そう簡単に壊れません……むしろ私は、もっと触れて欲しい」

 前と同じように。

「レイラ」

 そっと手を回されて肩を引き寄せられる感覚と共に戸惑いがちの声で名前を呼ばれる。

 こんなことを言い出すから、きっと彼は困っている。

 きっと困惑しているに違いないのに、止まらなかった。

「急に触れられなくなると不安になるのです……。理由があるなら私はお聞きしたい。貴方の口から直接……」


 抱き寄せる手が私の背中を撫でる感覚は優しいけれど、どこか遠慮がちだった。

 私も彼の背中に手を回すと、彼の体がピクリと震える。




「…………怖いんだ」


 腕の中に閉じ込められ、縋るように抱きしめられながら、ぽつりと。

 フェリクス殿下の声は苦悩に満ちていて、顔が見えなくてもその葛藤が伝わってくる。

 まるで私に表情を見せないように、胸に抱き込むフェリクス殿下は、小さく息をついた。

「私が貴女に触れて、壊してしまったらと。私は自分が一番信用出来ない」

「フェリクス殿下……」

「際限ない私の欲望が、いつかレイラを傷付けてしまうのではないか……って。自分を抑えきれなくなったら、それはただの獣だ。自分を抑えきれないなんて一度もなかったから、怖い」

 私を抱く腕に少し力が込められた。

 もしかして、フェリクス殿下は感情に支配されることは今まであまりなかったのではないだろうか?

 彼の理性は強靭だ。

 何かしらの感情を覚えたとしても、彼はその感情に委ねることはせず、ただただ最善を尽くすために選択する──。

 年齢に見合わぬ理性を持ったからこその弊害。

 彼は、感情に振り回されることを知らない。

 癇癪を知らない。

「幼い頃からきっと私は異常だった。達観し過ぎていた。だから、こんなのは知らない……」

 これはフェリクス殿下の心からの叫びだ。

 もしくは声なき悲鳴。

「……大切にしたいって思うのに、触れたらきっとめちゃくちゃにしてしまうかもしれない……」

「フェリクス殿下。私は壊れませんよ?知っているでしょう?私は、強いんですから」

 彼の胸元に顔を埋めながら、背中をポンポンと軽く叩いていると、彼は消えそうな声でぽつりと呟いた。

「ごめんね。レイラ。頭では分かっているんだけど」

「いいえ、私のワガママでもありますから……。でも、私は貴方に触れてもらいたい」

「レイラ……それは」

 悪いのは私。

「私がもっと強くなれば良いことです。貴方を不安にさせないくらいに。壊れないって確信を持てるくらいに。だから、大丈夫だと私は伝え続けようと思います」


 こんな些細なことでも寂しくなった私が悪い。

 フェリクス殿下は私のことを信じてくれている。なのにこれ以上何を求めるというのか。

 触れて欲しい、なんて。

 その罪深さを自覚してもなお、私は彼に触れて欲しかった。

 なら、私が行動するべきだ。

 大丈夫なのだと伝え続ける。私がまず変わるべきなのだ。

「レイラは分かってない」

 ふと漏らされた声には熱が孕んでいた。

 それなのに深淵を覗き込んだかのように昏い声。

 そう感じてそっと顔を上げた刹那。

「きゃっ……!」

 グイッと引っ張られる手に、思わずたたらを踏んだ。

 医務室の奥のベッドへと連れていかれ、そのままドサッと引き倒される。

 グッと手首を一纏めに押さえ付けられ、背中には清潔なシーツの感触。

 干したばかりの洗濯物の香り。

 見上げた先には、こちらを見下ろすフェリクス殿下。

 瞳には熱を孕んでいたけれど、彼は怖い程の無表情で、どこか凄みを感じる双眸で私を射抜いていた。

「例えば、このまま無理矢理されても良いの? 滅茶苦茶にされても同じことを言える?」

 ゆっくりと顔を近付けられて、囁かれる地を這うような低い声。

「……」

 どうして、そんなそんな顔をするの?

 私を脅かそうとしている癖に。

「ふふっ」

「レイラ。笑い事じゃない」

「全く怖くありませんよ?だって」


 私は彼の困惑した目を見返した。



「私にこんなことをしながら、傷ついたお顔をされていらっしゃるんですもの。本当に貴方は私の心配ばかりですね、フェリクス様」


 彼は目を見開いて、同時にパタリと手の拘束が外れた。

 そっと彼の頬を手で包むように触れながら、そっと微笑んだ瞬間。

「本当に、貴女は……!」

「……っ、んぅ…!?」

 それは脈絡のない突然の口付けだった。

 突然、理性が切れたように唇に噛み付かれたのだ。

 思わずぎゅっと目を閉じる。

「っ……んっ…、はっ…ぁ」

 甘ったるい声が自分の口から漏れている。

 後頭部に手を差し込まれ、貪るように唇を合わせられ、ちゅっ、くちゅっ……と艶かしいリップ音が耳を侵していく。

 歯列をなぞられ、口腔を柔らかで肉厚な舌が犯し尽くす。内頬を舌先が伝い、お互いの舌先が幾度も絡められる。

「んっ……はぁ…あっ……んん」

 思わず引っ込めてしまった私の舌に擦り付けるように彼のそれが官能的に絡み付き、荒くなるお互いの呼吸は艶めいたものになっていく。


 久しぶりにこんなに……。

 やっぱり、気持ち良い。

 深いところまで、もっと。もっと。


 息苦しいことさえも、気持ち良いと感じてしまうのは何故なのか。

 執拗に絡められていた舌がゆっくりと引き抜かれ、濡れていたお互いの唇が解かれていく。

 唇が離れる瞬間、つうっと透明な糸が引いて直ぐにぷつん、と途切れた。

「っ……ごめん、レイラ、はっ…あ」

「んっ……殿下が、謝ることなど」

 私たちは久しぶりの深いキスに息を整えながら近距離で見つめあっていた。

 押し倒す体勢のまま、熱に浮かされた目の前の彼の顔を見上げる。

 濡れた私の唇を彼の指先がゆっくりと拭う。

 今の、すごかった……。

 貪るような深いキスの感触は随分と久しぶりで、ぼうっとしてしまう。

 衝動的だったのだろう。どこか唖然とする彼はいつも以上に無防備に見えた。

 だから私は少しでも安心させたくて、何でもないように微笑むことにした。

「ほら、私は嫌がってもなければ、壊れてもないでしょう?」

 もう一度、唇を重ねようかと起き上がろうとした瞬間、彼は私の背中に手を差し入れてゆっくりと起こしてくれた。

「……レイラ、受け止めてくれてありがとう」

 嬉しさと切なさと罪悪感が綯い交ぜになった表情。

 そう簡単に払拭出来るものではないが、私の答えは決まっていた。


「いつでも受けて立ちますよ、殿下」


 私は受け止められるのだと長い時間をかけても良いから知ってもらいたかった。



 医務室のベッドに腰をかけながら、抱き合って、キスをして。

 奥の個室に叔父様が居るのに、こんなことをするなんて。

 今はまだ早い時間とはいえ、医務室で大胆な行動をしてしまっていたことに今更気付いて、私はそっと赤くなった。

 フェリクス殿下は苦笑するように呟いた。

「レイラを少しでも不安にさせるなんて、私は未熟だな」

「いいえ……。私の方がフェリクス殿下にもっと酷いことをしていると思いますよ?」

 私が彼にしてきたことの方がずっと酷い。

 私の方が彼をずっと不安にさせているはずだ。

 私は以前、人を信用しきれないと彼に伝えた。好きだけど、全てを受け入れるのが難しいと。

 信じて欲しいのに信じてもらえないのは辛い。

 それなのにこの想いだけを私は押し付けた。

 私はフェリクス殿下にそんなことを強いていたのだ。

「ですから、私の方が今まで酷いことを……」

「レイラ。それは違う」

 優しく微笑むフェリクス殿下に、私は首を傾げる。

「?」

「たとえ私の全てを信じられなかったとしても、罪悪感を覚える必要はないんだ」

「私は……」

「あのね、レイラ。知りたいって思うのは悪いこと?疑うってことは知りたいっていうことと同じじゃないのかな?」

「え?」

 予想外の言葉に目を瞬かせる。

「知りたいっていうのは、信じたいから。レイラは、人を信じたいから疑っていたんだよ。どんな状況にあろうとも、レイラは手を伸ばしていた。それ自体が尊い」

「……」

「無条件に人を信じることが絶対的に正しい訳ではないんだ」

 それは重みのある言葉だった。

 魑魅魍魎が蔓延る王宮で幼少期から過ごしていた彼が言うからこその。


「だから、私は一生、レイラに信じてもらうために好きだと伝え続ける。……レイラがさっき言ってくれたのと同じように」


 決意を込めた彼の眼差しは力強くて、真摯で。

 思わず目頭が熱くなった私は、膝に視線を落とした。

 不器用ながらも、お互いを尊重し合っていれば、私たちは素敵なパートナーになれるだろうか?

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