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二日に一回更新になってしまって、すみません。

 穏やかな表情を浮かべるリーリエ様──本当はミラ様だけど──は、私に耳打ちした。

「知っておりますか? レイラ様。サンチェスター公爵家の噂……」

「え?」

 もう、噂になったの? 昨日の今日で?

 私のその驚きをリーリエ様は、知らなかったからだと理解したのか噂を教えてくれた。


「これは今日、密かに出回った噂なのですが……」

 曰く、サンチェスター公爵は児童を監禁しているのではないかと騎士たちの間で広まっているらしい。

 既に出どころは分からないが、皆、戦々恐々としているとのことだった。

 昨日の今日でもう噂が立っている?

 それに出どころも隠蔽している?

 明らかに昨日の騎士とフェリクス殿下の仕業だったが、彼らの仕事は相変わらず抜かりがなかった。

 やっぱり、あの時、騎士のニール様が扉の隙間から見たのは……子ども?


「さすがに無視出来ない程広がっているらしくて、証拠はないのに本格的に家宅捜査されるようですよ。貴族の噂って怖いですね……」

 目の前のリーリエ様は肩を竦めた。

 え。一晩でここまで? どんな手を使ったらこうなるの?

 確かに、火のないところに煙は立たない。ここまで醜聞が広まってしまえば、捜査を本格的にせざるを得ない。

 そしてそれが冤罪だろうと何だろうが、一度地に落ちた評判は元には戻らない。

 それは、弱みとして燻り、残り続けてしまうのである。

 だから、貴族は誰にも弱点を晒さぬように必死になって、誇り高き家名を守り抜く。家名に泥を塗った者は粛正することさえある。

「こうなってしまえば終わりですよね。私も偽物のおかげで、大層な醜聞を抱えることになってしまったから、なんとなく分かるんです。私ももう表舞台に立つことはできません。……だから公爵家だったら想像だにしない出来事が待っているのかなって」

 このリーリエ様は貴族社会をよく理解し、その恐ろしさを熟知した上で口にしている。

 替え玉としてリーリエ様になった彼女は、まるで演技とは思えない悲痛な表情を浮かべていて。

「私たちみたいな下級の貴族は、努力できる時間は有限です。それはそれで苦労しますが、高位貴族の方々の重圧とは比べ物にはならないと思うのです」

 男爵家ならば、ほんの少しの醜聞一つで貴族社会で命取り。倒れやすい。

 そして風向きが変わってしまえば努力を重ねるどころではなくなる。成り上がる機会などない。常に余裕がない分、努力だけできる時間は有限。

 こればかりはタイミングなのだと彼女は言う。


 そして高位貴族は、常に薄氷の上。


 まず滅多に落ちぶれることはないけれど……。

 影響力を持つ貴族が落ちぶれた瞬間、国家が揺れる。勢力図が乱れ、情勢が変わり、ドミノ倒しのように何かが知らないうちの崩壊していく。

 男爵家は貴族社会で落ちぶれたとしても、なんとか惨めさを押し隠してひた隠して、手を伸ばし続けさえすれば命を繋げられるが、高位貴族が落ちぶれた瞬間から壮絶なのだ。すなわち、死。もしくは、悪夢。

 権力を持っているからこそ、堕ちた時は落差が酷すぎる。

 各方面に影響を持っていればいる程、周囲は捨て置いてくれないからだ。

 だから重圧。

 目の前のリーリエ様はそれを言っている。

 替え玉としてここにいる彼女は、もうサンチェスター公爵家は終わりだと暗に言っている。

 フェリクス殿下が関わっている以上、醜聞を醜聞として権力で抑え込めなくても当然だった。

「残酷なことですが……公爵家はもう袋の鼠なのだと思います」

 ようするに揉み消すことが出来ていない? 公爵家が?

 不特定多数の目撃証言だから口を塞ぐことも出来ないから?

 突入した当日の騎士団行動の記録も何者かが消し去っているそうで、口封じも出来なくなっているのである。

「爆弾犯を捕まえるために向かった騎士団のメンバーが誰かも分からないようですよ」

「それって……」

 そもそも騎士団は守秘義務が多いけれど、そんなことってあるのだろうか?

『ご主人、一つだけ言い忘れていたが、あの時の騎士たちは皆、魔術をかけられていた』

 んん?

 突然思い出したようにルナが呟いた。

『当事者たち──つまり騎士たち以外には分からぬように認識阻害の魔術がかけられていてな。どうやらあの王太子は私が来ることも想定していたようで、私には分かるようにしていたようだが』

 あの時、あの場にフェリクス殿下が直接赴いた訳。それは騎士たちに認識阻害の魔術をかけるため。

 そして騎士の皆には口止めをする。

 例えば、相手は公爵家だからあまり口にしない方が良いと言われれば即座に頷くだろう。


 というか、私がルナを使って覗き見することもやっぱり想定していた……。

 私の性格を熟知しすぎなような?

 だからルナの姿を見てもそこまで何も言わなかったのだ。

 ルナの目を借りていた私には、違和感などある訳もない。認識阻害の対象ではないのだから。


 確かに今考えてみれば、それがただの爆弾犯ならば、王太子殿下自らが赴く必要はない。

 それが全部彼が仕組んだことなら別で。


 なるほど。最初から噂の出どころを完全に潰すためだったのだ。

 さすがフェリクス殿下だと思いながら、本当に彼は年齢詐欺としか思えない。

「どうされました? レイラ様」

「色々納得して驚いているところです……」

「さすがレイラ様。この不思議な現象に思い至ることがあるのですね! あっ、もちろん、仰らなくて結構ですよ? 世の中には知らない方が良いこともありますから」

「そ、そうですね? とにかく事件が解決すれば言うことないですよね」

 確かにこの話はこれで終わり。

 騎士団のタレコミ。出どころは不明。

 ということで決着しておくべきことなのだ。私も細かいことは聞かないでおく。それで良いのだ。

 ただ、取り返しのつかないところまで広まってしまっているけれど。




 それから、二日後のことだった。

 サンチェスター公爵家の隠し部屋で身元の知れない子どもたちが見つかるのは。

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