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カーニバルが終わり、後夜祭も終わり、次の日からは普通の毎日が始まる──訳がなかった。
「レイラ、医務室の仕事はもう無理ではないですか?厳重な警備のある学園でも、生徒たちと接する仕事ですから」
それは、カーニバル七日目が過ぎ、その次の日の早朝のこと。王城の来賓室で向き合っていた叔父様の言葉だ。
至極当たり前の正論を彼は、何やら真剣に問いかけてきて、絶望混じりで私を見つめていた。
フカフカのソファに腰を下ろした私は、その感触を指先で楽しみながら言葉を返す。
「……護衛のリアム様もルナも居るから、大丈夫だと思うのだけど。どうやら、騎士団駐屯地を学園内に作る話が出ているらしいわ。騎士団による学園内での見回り巡回も出来るし……」
「ああ、これを機にというやつですかね?元々そういう話は数年前からされていたようですが」
そんな折、降って湧いたような私のような存在。
「フェリクス殿下が学園側と話しの場を持ちながら細かく話を詰めているみたいなの」
「うーん。愛ですね、愛」
「……どうやらすごく心配されているみたい。素材の採取は完全に出来なくなってしまったわ。なるべく私は外出しない方が良いから」
同じ光の魔力の持ち主とはいえ、リーリエ様と状況も違っているし、私は上位精霊に見出された存在になってしまっているからだ。
外に出るのは論外。
「ということは、僕がフィールドワークを!!」
「そうね……。その間の書類仕事は私が請け負って……」
「ひゃふううう!」
本当、叔父様、何でこの仕事をしているのだろう。
『ご主人が結婚したらどうするのだ、この叔父は。頼りきりではないか』
それはずっと気になっていた。
不審者なダンスを繰り広げていた叔父様がグリンと振り向いた。
「ルナ様! レイラが居なくなったら、セルフサービス医務室に戻りますよ」
グッと親指を突き立てられ、ドヤ顔をする叔父様。
せめて多少の対応くらいは、してもらいたいのだけど、どうしたものか。
「と言いたいところですが!」
「え?」
まだ続きがあったらしい。
「なんと! レイラが居なくなった後も私が接客を真面目にすることを条件に、月花草をはじめとした珍しい素材を優遇してくれるらしいですよ! フェリクス殿下が」
『いや、働くのは当たり前だと思うが。……それにしても、既に買収済みか。抜かりないな。あの王太子』
私の憂いを先読みして対応してくれたらしい。
叔父様は予算と素材さえくれれば何でもやるし、忠誠も誓う人なので、扱い方は正しい。
叔父様は基本的に分かりやすい人なのだ。
ふと、気になったので聞いてみた。
「そもそもの話、私が卒業資格を取ってここを去った後、叔父様はどうするつもりだったの?」
叔父様はドヤ顔でこう断言した。
「何だかんだ理由をつけて、卒業資格取得後も、医務室に残ってもらうつもりでした」
『ろくでもないな』
ルナがさらりと零すが、叔父様は聞こえない振りをしながら口笛を吹こうとしていた。
叔父様……吹けてない……吹けてないから……。
残念ながら彼の口笛は掠れていた。
「とりあえず今日は久しぶりのセルフサービス医務室ですね。レイラは今日予定があるのでしょう?」
「いや……あの。普通に働いて欲しいのだけど……。コホン。今日はジュエル厶男爵家に訪問する予定なの」
「え? 危険なのでは」
懐から何やらスタングレネードらしきものを取り出して渡そうとする叔父様を押し留める。
「大丈夫。心配することは起きないから。一切ね」
叔父様はポカンとこちらを見つめていて、ルナと私を交互に見つめていた。
それと言うのも。
今回の男爵家訪問は安全な訪問となっている。
不名誉な三角関係の噂やら、光の魔力同士のいがみ合いという線を抹消するための。
「お久しぶりです。レイラ様」
それは、どこからどうみてもリーリエ=ジュエル厶男爵令嬢の姿だった。
ピンクブロンドの綺麗な髪も可憐な佇まいも、ぱっちりとした大きな瞳も、前世のパッケージで私が目にしたヒロインの姿だ。
軽やかな声は私を歓迎しているらしく、澄んでいて。
『ほほう、これはすごい再現力だな』
そして、ルナは足元に居たけれど、目の前に居るリーリエ=ジュエル厶は歯牙にもかけない。
いや、ただただ純粋に見えていなかったのだ。
替え玉。
リーリエ=ジュエル厶そっくりの身代わり。
つまりは、そういうことだった。
「お久しぶりです。リーリエ様。お加減はよろしいのですか?」
「はい。私の偽物が暴れていたというのは嘆かわしいことですが、ようやくショックから立ち直れました。私にはやはり学園生活など荷が重かったのです」
「偽物は逃亡中とのことですからね……」
目の前の替え玉のリーリエ様が本物で、今まで私と関わってきた方が偽物ということになった。
つまり、本物と偽物が入れ替わったのだ。
自身の偽物に好き勝手に行動された結果、学園生活に支障をきたした彼女は学園を辞めて、実家に戻ってきた。
そして偽物は逃亡中でまだ見つかっていない。
そういうシナリオになっていた。
フェリクス殿下とジュエル厶男爵と目の前の替え玉の彼女──確かミラと名乗っていた──が共謀し、ひと芝居打っていた。
度重なる醜聞に、ジュエル厶男爵家は、光の魔力の持ち主であるリーリエ=ジュエル厶を見限ったのだった。
彼も土地は小さくとも領地を預かっている分、如何ともし難い状況だったのだろう。
貴族社会でも爪弾きにされる前に、見限るという選択をした男爵を責めることは誰にも出来ない……。
「偽物の私はレイラ様を妬んでいたとのことですが……本当に貴女様が無事で何よりです」
胸元に手を添えて、心から嬉しそうに微笑む彼女は、たどたどしいながらも覚えたての礼儀作法に則っていた。
私はそっと彼女の耳元で囁いた。
「差し出がましいことを言うようだけど、男爵家の令嬢になったばかりの女の子にしては、ふとした時の仕草が綺麗すぎます」
「ご指摘ありがとうございます。もう少し詰めてみますね」
それから私たちは自然な距離を取ると、顔を合わせて微笑んだ。
まるで共犯者のように。
庶民から養子になったばかりの男爵令嬢の演技が板についているが、時折、元々の彼女の素が現れていた。
だけど、すごい完成度だわ。
生活環境や元々の癖など、まるで本人をそのままトレースしたようだった。
この人だったらどのように行動するのだろう。心理的にどんな仕草が行われているのか。
犯人に対するプロファイリングみたいにこと細かく研究されていた。
その変身能力の高さ。まるで本物がそこにいるかのように。
そう。彼女の凄さは、その再現力の高さだった。




