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 カーニバル六日目。本日の儀式はとにかく騒ぎに乗じて狙われないように騎士たちにより厳重な警備が敷かれた。


 フェリクス殿下は一人の騎士に、何やら真剣そうな思い詰めたような悩ましげな表情で何かを相談していた。

 確か、ニール=ベーカー様とか言ったっけ。

 フェリクス殿下をものすごく慕っていらっしゃる方だった。

 防音魔術を使っていたから、彼に何か仕事を任せるのかもしれない。


 それから、神殿で儀式を一通りこなしたのだが、私が現れる瞬間の割れるような歓声が凄まじくて怖気付いた。

 この国の聖女だとか聞こえたけど、実際のところは、たまたま大きな魔力を得ることが出来ただけで特別でも何でもない。

 たくさん魔力を消費すれば闇の魔力に戻ることだし、リーリエ様のような生まれつきの膨大な魔力とは違うのだ。

 だけど、リーリエ様も私も魔力が多いだけの魔術師であることには変わらず、真実を知ってしまえばそこまで特別視することではなくなった。

 聖女なんてこの国には居ない。

 魔力が多い人達が一部居るだけだ。

 だけど、民衆たちには私は特別な女の子に見えるらしい。

 上位精霊からの接触から、そして属性変化。

 おあつらえ向きのシナリオが出来上がってしまっていた。


 昼前に王城に帰り、私がフェリクス殿下の自室の奥の個室でクタクタになっているところ、フェリクス殿下が部屋の中の荷物を魔術を使って片付けていた。本が空中に浮き、本棚へとスポスポ入っていき、フェリクス殿下の私物は空間圧縮したカバンへと入っていく。

「……」

 フェリクス殿下の住んでいた痕跡というものが少しずつ消されていき、生活感がなくなっていく。

「フェリクス殿下。部屋を移動するのですか?」

 それか、執務で遠くに行く話でも出たのだろうかと首を傾げていれば。

「一時的に、私は執務室で寝起きすることにした。レイラはこのままここに居てね。鉄壁の守りだからね」

「仕事が溜まっておられるのですか?」

「仕事は問題ない。それは良いんだ。問題があるとすれば、レイラのお兄さんが今日の午後来るらしいということで急遽ね」

 え? お兄様?

 カーニバル中に色々あったせいかもしれないと思っていたら予想外のことを口にするフェリクス殿下。

「全て、根回しは終わっている。レイラは私の部屋で生活していて、私は主に執務室で寝起きしていた。そういう筋書きだ」

『なんとなく分かるぞ。同棲、二人の間の男女の関係。どれもこれも、あの兄にとっては地雷だからな』

 なるほど。お兄様対策。抜かりない……。

「何故、私の部屋にレイラを住まわせたか……。それは魔術がかけられている要塞だからだ。全てはレイラの身の安全のためという設定でね」

 フェリクス殿下にここまでさせるお兄様もある意味凄い。

 確かにお兄様って大分……ではなく──ちょっと面倒なところがあるからなあ。

「ああ、それから。レイラの光の魔力についての説明は私に任せて」

「はい、では、私は殿下の話に合わせますね」

「ありがとう」


 ということでフェリクス殿下のお手伝いを終えた後、午後に、久しぶりに家族と再会した。

 王城の空き部屋が来賓室として整えられていたのだ。

 久しぶりの再会だったが、まずお母様が感激して涙を浮かべていた。

「レイラが、可愛いドレスを着ています……! ああ、私はこれを求めていたのです……! 白衣とワンピースではなく、年頃の貴族令嬢らしい姿を求めていたのです……!」

「お久しぶりでございます。お母様。まさかそこまで号泣されるとは思いませんでした」

 普段は淑女は涙を流さないものだと仰って毅然としているお母様。

 今日のお母様はまるで別人のようだった。

 しっかり者で常識人のレイチェルお母様は、基本的に動じない。

 怒ると怖いと言われているけれど、私はお母様を一度も怒らせたことがないので分からない。

 お父様とお兄様に聞いてみたら目を逸らしたので、とりあえずこの家で一番強いのはお母様だ。

「レイラレイラレイラレイラレイラレイラ!!」

 お兄様が私を見て、イッているやばい人の目でタックルよろしく抱き着いてこようとした瞬間、お母様が彼の足を引っ掛けた。

 ビターンと床に叩きつけられるお兄様。

「落ち着きなさい。メルヴィン。貴方は変態の道をひた走って、良いのですか?」

 お母様は転んだお兄様を見下ろし、魔術を発動した。

 表向きに何かしているようには見えなかったけれど、ほんのりと甘い匂いが周囲に撒き散らされ、私とお父様はすぐさま防御膜を張った。

 お母様の使うフレグランス魔術。

 確かに香水なのは間違いないのだが、これは魔法の香水。

 その香りは、もろに精神状態に作用するのだ。

 香りによって効果が違う。

「鎮静作用の香水ですよ。これで落ち着いたはずです」

 つまり、お母様は周囲の人々の感情を少し操ることが出来るらしい。

 商談の時とか、色々と便利らしいとお父様が絶賛していた。


 そんなお母様の魔術を受ければ、お兄様も落ち着くはずだったのだが……。

 お母様が周囲の空気を洗浄していたら。

「レイラ!!」

「お兄様……きゃっ!」

 先程の危険な感じは消えているが、普段と変わらないテンションのお兄様が私に抱き着いた。

『変質者が妹狂いに変わっただけではないか』

 ルナ、どっちも酷いと思う……。

「レイラ、レイラ……!」と体を撫で回され、それを見たお母様に首根っこを引っ掴まれ、身体強化の魔術を使っているからか、ポイッと投げ捨てられる。

 お母様の顔が般若だった。「淑女の体を撫でるな」と彼女の表情がそう言っている。

 何とも華麗な放物線を描いていたし……。

 投げ捨てられる前、お兄様は顔を──主に鼻の辺りをお母様にガッと掴まれていて。

 もしかしたら更に魔術を使ったのかもしれない。

 あの? お兄様、意識失ってませんか?

 お母様、あの……これ、強硬手段になってませんか?

 ウィリアムお父様が息子の前にしゃがんで悲愴な声を上げていた。

「どうして、こんな風に育ってしまったのだろう……。社交の評判も良く、紳士だと有名で、頭脳明晰で、領地では人望もあって……なのにどうしてこんなにも残念なんだ……」

 そしてお父様はチラリと私の方に目を向けて、こちらが申し訳なくなりそうなくらい罪悪感に満ちた視線を送ってきた。

「すまない、レイラ……。いつもお前にはいらぬ苦労を……。早く自立したかったのは、この兄が付き纏ってくるからだったのだな……」

「…………ええと、お父様?」

 随分と誤解されているが、どうしたものか。

 私は死亡フラグを折りたかっただけである。


『いっそのこと、そういうことにすれば良いと私は思うのだ……。そうすればあの兄との関係も希薄になるかもしれん。ほら、王太子も設定を用意していただろう?』

 ルナはどれだけお兄様と関わりたくないのだろうか。

 でもお兄様は過剰な接触をしてくるけれど、それは昔からのことだし。

「慣れているので気にしていませんよ?」

 そう素直に言ったら、両親が嘆き始めた。

「ああ……! 異常なことに慣れる程、異常なことが繰り返されたのですね……ウィル……私たちはなんてことを」

「息子の妹狂いをどうにかすることは出来なかったが、せめてこれ以上レイラに辛い思いをさせないように私たちが対策しよう、レイチェル」


 そして「うーん?」と目を覚ましそうなお兄様の顔──しかも鼻をルナがもふもふの白銀の手足で踏みつけていた。

 可愛い……と思っていたら、明らかに苦しそうなお兄様の呻き声。

 もしかして息の根を止めようとしている?

 私の視線に気付いたルナは『冗談だ。息の根は止めたいが、さすがにしないぞ』と言いながら、私の足元に寄ってきた。

 精霊は嘘をつかないし、たぶん冗談なのは本当なのだと思うけど、冗談に思えないのは私だけだろうか!?

 止めたいとか言っているし!


「これは、ええっと……お取り込み中かな?」


 混沌とした空気の中、扉を開けて話しかけることが出来るフェリクス殿下はすごいと思うの。

 さすが王太子である。

「いえ、瑣末なことですよ、殿下!」

 お父様の声が明るく優しげな雰囲気に変わる。先程までのお兄様に向けるのとは雲泥の差だ。


 立ち上がって挨拶をする両親に、フェリクス殿下は「気にしないで、楽にして」と声をかけるとソファへと案内した。

 向かい合わせに両親とフェリクス殿下が座り、お兄様は隅っこの簡易ベッドに寝かせられていた。

『あの兄は放置で良いと思うのだ』

 お兄様への当たりがとにかく強い。

 それで、私はどちらに座れば?

「レイラはこっち」

 フェリクス殿下に手招きされて、私は彼の隣に腰掛ける。

 正面のソファには両親の姿。

 何だか変な感じだ。これは前世でいう結婚報告の席?

 そわそわと落ち着かない気分ではあったが、長年の教育の成果もあり、私は目の前のお母様のように毅然とした立ち居振る舞いを心がけることが出来た。

 侍女が紅茶とお菓子を置いていき、部屋を出ていったのを確認すると、フェリクス殿下は突然、こんなことを言い出した。



「実は、レイラが光の魔力に変質したのはね、上位精霊の奇跡と恩寵なんだ」



 嘘つきだ───────!!


 何の翳りもなく、揺るぎもなく、それが真実であるかのように平然としており、しかも誠実さも醸し出しているし、おまけに真摯で真っ直ぐな瞳だった。

 こちらとしては彼の話に合わせるつもりではいたけど、フェリクス殿下が正々堂々と爽やかな笑顔で嘘をつくのが心臓に悪すぎた。


 確かに、墓まで抱えていく案件とは聞いていたけれど、あまりにも嘘をつくことに躊躇いがないような!?

 いや、ここまで大胆だからこそ、信憑性が湧くのだろうし。

 とりあえず、この場は殿下に任せることにしよう。


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