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フェリクス殿下の警戒

 フェリクスがその男を見るのは久方ぶりだった。

 クリムゾン──ブレイン=サンチェスターは騎士に扮して何故か、フェリクスたちの部屋の前に立っていた。

 恐らく、レイラの属性の変化について聞き及んだ後にすぐさま、こちらへと接触を図ったに違いない。

 露見すべきでないと忠告しに来たのだ。

 墓まで抱えるとは、つまりはそういうことだ。

 世間を騒がせ、混沌の渦に巻き込まれないために。

 恐らく、社会において闇の魔力の持ち主の扱いが変わり、事件に巻き込まれやすくなる可能性がある。

 何より、レイラをその渦中に置かないためにという理由が大きいのだろう。いや、それが一番の理由か。

 光の魔力の持ち主はその希少さから、大切にされる傾向があると、リーリエ=ジュエルムの件で痛い程実感している。

 闇の魔力の持ち主よりも、特別な光の魔力の持ち主としての待遇の方が、レイラを守るには最適だとブレインも判断したのだろう。

 ──胡散臭い男だし、気に食わないが……。レイラを守ることに関しては利害が一致している。

 何故か、あの男が考えることが分かってしまい、内心苦々しく思った。

 だが、彼の語る内容に衝撃を受けたのは本当だ。

 王家にも伝わらず、一部のものだけが知っていたという事実。

 光の魔力の扱い方は慎重にしなければならず、歴代の王族は全てを覆い隠すと決めて、実際にその通りにしてきたのだ。

 王家の者に嫁いだ者の中にも、光の魔力を発現している者が居た。納得の理由だった。

 ブレインと言い合いして無駄な時間を浪費してしまった後、奴はこんなことを切り出した。

「それでは、俺は殿下と話したいことがあるので、それが終わったら去ります」

 ──話したいこと?

 フェリクスもそうだが、ブレインの方もこちらと顔を合わせて会話をすることに苦痛を覚えているはずだというのに。

 出来ることなら顔を見せたくもないとフェリクスが思っているなら、ブレインにもその思いは伝染しているはずだ。

 普通だったら、お互いに話すことなど無い。


「レイラ、とにかく今日この後の時間は、部屋に引きこもっていた方が良いでしょう。まずは落ち着くことです」

 ブレインがレイラに向ける視線とその声音には、愛しさとか切なさとか、喜びとか、後悔とか様々な感情が入り交じっている。

 押し隠された恋慕は、いっそ見事な程に偽装されていた。


「では、また。レイラ」

 ブレインがレイラを呼ぶ度、何故かフェリクスは焦燥感が募る。

 レイラの婚約者の立場を得ているのに、彼女の愛を得ているのに。

 この男と会う度に酷く焦ってしまう。


「レイラ、部屋で休んでいて。色々と疲れたと思うから」

「はい……」

 レイラは私とブレインの顔を見比べて、心配そうにこちらを窺っていた。

 喧嘩をしないか、揉めないかと心配なのかもしれない。

 レイラの前で大人げない応酬を繰り広げてきた自覚はある。

 ──いや、私だけじゃない。この男もだ。

 大人のくせに大人げなく挑発するブレインと、わざわざ喧嘩を片っ端から買うフェリクス。

 どちらが大人げないかと言われたら、どちらも大人げないが。


 レイラに見送られ、部屋から出て近くの空き室へと入り、扉を閉めると二人は正面から対峙した。


「フェリクス殿下。貴方、背が伸びました?」

「そりゃあ成長期だからね」

 この男より数センチ低いのが気に食わないが、フェリクスの身長は170センチ後半に差し掛かっている。


「さて、話とは何だ? 私は忙しい」

「俺だって、貴方と話す時間が惜しいですよ。普段なら貴方に話すことなんてないのですから」

「それはお互い様だろう。話したところでお互いに気分が悪くなるだけなのだから」

「違いありません」

「……」

「……」

 それから暫く沈黙し、重い空気が流れた。

 お互いに相手を窺いながら、一秒でも同じ空気を吸いたくないと思っている。


 ブレインはやがて、張り付けたような笑みを浮かべた。

 目が笑っていないし、フェリクスに向ける視線には憎悪の色があった。


「単刀直入に言います。俺は貴方を認めない」

「……まあ、そうだろうね」

 お互いに認め合う時が来るとは思えない。利害の一致はあったとしても、この男と馴れ合うつもりはない。

 予想出来たことだし、こちらとしても認めると言われたところで微妙な気分になる。

「ただ、俺はレイラを悲しませるつもりもありません。だから、殿下から奪うことはしません。……だけど、それはレイラを諦めたという意味ではない。結局のところ、俺は彼女が唯一の最愛でただ一人の存在なんですよ」

「お前の言うことはなんとなく分かっていた。私でも似たようなことを言うと思う」

 例えば、フェリクスがこの男の立場だったとして。

 レイラを手に入れることが出来なかったとしても、彼女だけを想い、彼女の幸せだけを願うだろう。

「殿下。レイラは人間不信なのに、人に寄り添うことを止めない人です」

 突然の話題転換。

 何を考えているのか分からないまま、フェリクスはとりあえず話を合わせた。

「そうだな。彼女は、人を信じられないから疑うのではなくて、信じたいから疑う。ただ盲目的になるのではなく、全てを知りたいと思っているからこその」

 全てを鵜呑みにするのではなく、彼女は自分の目で見て判断しようとしているのだ。

 本人はそれを自覚していないのが歯がゆい。

 信じられないからと言ってそれは悪ではないのだと、いつか伝えたい。

 知りたいから疑う。信じたいから疑う。疑うことが悪だと誰が決めたのか。


「……貴方、本当に十五歳ですか?」

「何か問題でも?」

「いいえ? 精神が年寄り臭いと思っただけです」

「……」

 ──一言余計だな、この男。


 それからブレインは口元だけで冷たく笑う。


「俺は違います。どうでも良い人に寄り添うつもりはないですし。俺は貴方が嫌いだ」

「だろうね。私もお前のことは気に食わないし。……お前も私に好かれたところで鳥肌が立つだろう?」

 お互いに目の上のたんこぶなのだと思う。やることなすこと気に食わない。

「俺は貴方を一生疑い続ける。むろん、レイラと違って信じるためではなく、拒絶の意味合いで」

 ──なるほど。

 こんなことを突然、宣戦布告のように言い出した理由が、フェリクスには分かった。

 レイラの魔力が増えた理由。フェリクスとレイラの間に何があってそうなったのか、この男は正しく理解しているのだ。

 レイラの前では負の感情を微塵も見せず、こちらへと直接ぶつけて来た。

 憎悪と感じたのは間違いではなかったのだ。



「フェリクス殿下。貴方がレイラを裏切ることがあったら、俺は彼女を攫う」

 ブレインの顔に浮かぶ覚悟は本物だった。

 王族を敵に回してでもレイラを奪うという凄絶な宣言。

「そんなことにはならない」

 フェリクスは即答した。

 レイラを裏切ることなんて有り得ないのだから。

 恐らく、この男もそれを何となく分かった上で言っている節があった。

 フェリクスを不躾にも凍てつくような視線で睨めつけた後、ぼそりと呟いた。

「裏切ることがあったら、()()を去勢します」

 彼は本気だ。やると言ったらやる。

 だが、フェリクスも本気だった。


 ──非常に不本意だが。

 何故か、この男の考えていることが少し分かってしまうのは、似ている部分が多少なりともあるからなのだろうか?

 レイラの幸せを願いつつも、ブレインはフェリクスの存在を認めることが出来ない。

 それは恐らく、フェリクスもブレインを認めることが出来ないということを意味していた。

 結局のところ、これは同族嫌悪の類。

 虫唾が走る程、二人は似ていた。


 フェリクスとブレインは、ただ一人の存在を愛し、ただ一人の存在を守る。それだけの話だったのだ。


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