小話 悪意なき精神攻撃
叔父様は興奮していた。どう見ても。
私から見たら完全にそうだった。
「レイラ! それは本当ですか!? 副作用が切れた後にも若干副作用が残っていると!? 僕の新薬が!?」
「叔父様、副作用が少し残っているかもと聞いて何故、好奇心丸出しの子どもみたいな顔をするのかしら」
「そういう事例は今までなかったからですよ!!」
フェリクス殿下の副作用、実は若干残っているのではないか疑惑が浮上したので、精霊の湖から帰った後、王城の医務室に滞在していた叔父様を捕まえて早速相談してみたのだが。
王太子殿下相手にそういう反応は不敬だと思うのだけど、そこのところ叔父様はどう考えているのだろう。
確かに、フェリクス殿下は心が広い。
滅多なことでは怒らないし、ある程度は許容してくれるというか、割かし許容範囲が広いというか、基本的には動じない。
叔父様、もっと周りに目を向けるというか、配慮というか……。
などと今更なことを考えつつ、目の前の叔父がヒートアップしていくのを冷静な眼差しで眺めていた。
「薬の影響が残っているということは、殿下の魔力が何らかの切っ掛けになったことは考えられますね!! もしかしたら直前に魔術に抵抗したことが関係しているとか? 薬が完全に解けないというなら長続きする素振りがあるのかもしれないですし。そうなると……事例αの段階で手を加えて最終的には薄く伸ばすのもありかもしれない」
ぶつぶつと一人の世界に入り始めたので、彼がこの世界に戻ってくるまで私は暇つぶしでもさせてもらおうと、本棚に目を向けた。
ふふふ。王城の医務室にある本だ。もしかしたら興味深い論文でもあるかもしれない。
ワクワクしながら本棚へと近寄った瞬間、ドアがノックされて開かれた。
「レイラは居る? 明日の式典についての流れを確認しようと思ったんだけど──」
「フェリクス殿下」
様々な報告が終わったらしいフェリクス殿下がひょっこりと顔を見せた。
私に明日の件で用事があるらしく、扉の方へと足を向ければ、シュバっと何か勢いのある何かが私の前を通過した。
私の髪が風に煽られ、僅かに揺れる。
「フェリクス殿下! ちょうど良いところに! 貴方というお方は、本当に場の空気を読める素晴らしいお方!!」
「叔父様……失礼すぎるわ」
それは、失礼千万な叔父様の姿。
「ヴィヴィアンヌ医務官、どうしたのかな」
「例の新薬を口にされたということなので、殿下の体調などをお聞きしたいと思いまして。今後の改良のためにも是非!」
絶対、ロクでもないと警戒している私とは裏腹に、フェリクス殿下は納得してしまったらしい。
鷹揚に頷くと、すぐに診察椅子へと腰をかけた。
「体調について答えれば良いのかな? それくらいならお易い御用だよ」
フェリクス殿下の爽やかな微笑みに、叔父様は感動したように目を輝かせている。
「では、早速! 副作用時のことはご記憶にあるとのことですが、どこまで実感がありますか!? 殿下」
「えっ」
「副作用時に、感情が抑えられなくなる場面があったと思いますが、その時その瞬間、殿下は何を考えていましたか!? その時に感じていた感情も記憶にあるとお聞きしましたので、是非こと細かく! 鮮明に! 臨場感を交えて! 是非語ってください!」
「…………私は…………死ぬべきだ」
いつの間にか立ち上がっていたフェリクス殿下は壁に額を付けて項垂れていた。
どよんとした絶望に打ちひしがれた暗いオーラがフェリクス殿下の周りを覆っている。
「おお! そのご様子ですと、しっかりとご記憶されているご様子! さぁ! さあ!」
そしてそんなフェリクス殿下の隣でワクワクとした叔父様が囃し立て始める。
ついでに手をワキワキとさせながら。
鬼畜だ!! 鬼畜が居る!!
「叔父様!? フェリクス殿下の黒歴史を抉ってどうするの!!」
「ああ……レイラから見ても黒歴史なんだな……。うん。知っていたけども……」
「えっ、あっ……殿下? いえ、そういうつもりでは」
迂闊だった。デリケートな話題なのに!
フェリクス殿下を庇うつもりが、逆にダメージを与えてしまって慌てる私に構うことなく、叔父様は続けてこう断言した。
「フェリクス殿下なら出来ると僕は信じているんです!!」
「良い大人が大人げないわよ! 叔父様! 殿下は大人びていらっしゃるから忘れそうになるのは分かるけど、私たちは十五歳なのよ? 一回りも年下の患者に何をするつもり!」
フェリクス殿下を守るように立ちはだかり、目の前の狂科学者を追い払う。
私がフェリクス殿下を守らなくて、誰が守る!
「フェリクス殿下の精神は強靭ですから! 僕はそれを信じてる!」
「信頼が重い!」
どうしよう! 叔父様が暴走している!!
「大丈夫! 人は皆、思春期には過ちを犯すものなのです! それは大人になったら良い思い出として昇華されるでしょう!! 僕が保証しますよ」
「どこから湧いてくるの、その自信は」
グッとサムズアップをする叔父様。正直、どうしてやろうかと思った。
「これは例えですけど、フェリクス殿下がレイラを監禁しようとも、新たな性癖を目覚めさせようとも僕は引きませんよ! まあ、実際にそんなことがあるとは思わないですがね。あっはっは」
「うぁああぁ…………」
フェリクス殿下の精神に大きなダメージ!!
彼は壁に頭をゴンゴンとぶつけている!
「こうやって頭をぶつけていれば記憶がなくならないだろうか……」
「で……殿下!」
目が死んだ魚のような目をしている!
しかもここではないどこか遠くを見ている!
「空が綺麗だ……」
「フェリクス殿下!? ここには空はありません! 見えるのは天井だけです! どうか気を確かに!」
完全に精神が瀕死だ!
必死に宥める私の横で叔父様が一言。
「殿下。記憶を飛ばしたとしても、なかったことになりませんよ。レイラが覚えていますから! あっ、最初からレイラに聞けば良いのでは!?」
「叔父様! とりあえず黙ってくださる!?」
この後の収拾がつかなかったのは言うまでもない。
フェリクス殿下に対しての精神攻撃が猛攻すぎて彼が不憫だったということだけは付け加えておく。




