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「リアム!!」
「リアム様!」
「あ、レイラ、待って!」
目を薄らと開けた彼の様子を見ようとしたら、フェリクス殿下の手が私のそれをぎゅっと握った。
「……っ」
危ない。手を離したら魔術が解けて、沈むところだった……!
「……ここは? ……あれ、殿下?」
目覚めたばかりで状況を飲み込めていないのか周囲を見渡しているリアム様。
「良かった……目が覚めた」
フェリクス殿下は安堵の息を漏らし、肩を撫で下ろしていた。
彼が目を覚ましたことにより、周りに集まっていた光が収束していき、光が弱まっていく。
「おっと」
精霊の一時的な加護らしきものが消えて、水に沈む前に、フェリクス殿下はリアム様の片腕を掴んだ。
幸い、足元を盛大に濡らすことにはならなかったらしい。
「とりあえず、地面の上に行こうか、二人とも」
「え? え? どういう状況っすか、これ」
フェリクス殿下を真ん中に挟んで、私は右、リアム様は左。
三人で手を繋いでいるというおかしな光景になっていた。
「リアム。手を離すと沈むからね。深くはないとはいえ、びしょ濡れになるのは嫌だろう?」
そういう訳でよく分からない状況の中、私たちは湖の淵から少し離れた場所まで、三人手を繋いで戻ってきた。
フェリクス殿下はリアム様の手をサッと離したが、何故か私を離すことはなく、むしろ肩を引き寄せられてしまった。
うん。突っ込んだら負けだ……。話が進まなくなるのは、なんとなく分かる……。
何か言いたげなのはリアム様も同じだったが、彼も事情を説明してもらうべく、余計な突っ込みは入れなかった。
私に視線をチラリと向けると、苦笑した。
「俺の記憶、途中で途切れてるんすよ。うーん? 確か、戦いの途中だった気がするなあ」
「致命傷を受けて戦闘不能状態に陥ったんだ、リアムは。そのまま放置したら命に関わるから、ここで治癒をしていた」
フェリクス殿下の説明によると、湖の治癒により、私たちが来た時点でも当初よりかなり回復していたらしい。
「普通だったらリアムは、この場所には入れない。だけど、私が転移させたから特例として入ることが出来たんだ」
「てかここ、初めて見る場所っすね。王家の秘密の空間とかですか?」
「ちょっと違うけど、まあ私とレイラだけが入れる空間だと思ってくれれば良い。敵に見つかることもないから、そこは安心して欲しい。……それから、リアムをいち早く目覚めさせてくれたのはレイラなんだ。本当に女神そのものだった」
「女神!?」
大袈裟すぎやしないかと慌てふためく私に、フェリクス殿下が何故か自信満々に誇るように微笑む。
反応に困っている私と平然としているフェリクス殿下のやり取りを見て、リアム様は、はははっと声を上げて笑った。
「なんつーか、あまりにもいつも通りすぎて逆に安心っすね。とにかくフェリクス殿下、レイラ様。ありがとうございました。俺もこの度完全復活!!」
「良かった……」
この場所は精霊がたくさん集まっている分、私の詠唱歌に応えてくれる精霊たちが多かったのだろう。
リアム様は見違える程、回復してくれていた。
フェリクス殿下が念話を入れている間、リアム様は私に近付くと声を潜めた。
「レイラ様。ありがとうございます。いやあ、さすがの俺も今回はマズったかと思ったんすよ」
いつもの軽い口調は変わらないが、その声音には真剣味があって、今回ばかりは危なかったのだとありありと伝わってくる。
「意識が曖昧だったんすけど、レイラ様の声が俺を導いてくれた」
「無事で、本当に良かったです。捜索隊を編成しても成果はなく、どこにもいらっしゃらなくて……。本当に無事で良かった……」
「レイラ様」
こちらに真摯な瞳を向けるリアム様。
空気が引き締まり、私も思わず姿勢を正す。
「こんな不穏なことは考えたくはないんすけどねえ、……でも俺としては一応伝えておきたいんですよ」
「どうされましたか?」
「……もし、レイラ様の身に何かあって、殿下も助けに行けない時があったとして。そういう時、俺は殿下の代わりに貴女を絶対に守る。俺の命をかけても」
その瞬間だけ空気が変わる。
意志の篭った視線に射抜かれて、咄嗟に何も言えなくなった。
「……」
「改めて言っておきたくなりました。うん!本当にそんだけっす」
パッとおちゃらけた雰囲気に戻りつつ、リアム様はそう言った。
それからそっと手を差し出される。貴族の作法とは違うものだったけれど、私は彼の手を握る。
「という訳で改めてよろしく、レイラ様」
「はい」
お互いに交わす視線は信頼が込められたもの。
今までも私を守ってくれていたリアム様だけれど、以前にも増してその瞳に宿る決意の光は強くなっていた。
リアム様は、口調は軽いように聞こえるけれど、たぶん本性は真逆だわ、きっと。
確信はなかったけれど、彼は義理人情に厚い性質なのではないだろうか。
リアム様とフェリクス殿下の間にあったことは知らないけれど、彼らだけにしか分からない絆があるに違いない。
「何でしっかりと手を握って見つめあってるの」
ふと、握手していた手を外された思えば、ぐいっと引き寄せられる。
フェリクス殿下が怪訝そうに、それから不本意そうな微妙な目で私とリアム様を交互に眺めている。
「ひっ!! いや、その! 殿下! 深い意味はないっすから!! 感謝と改めてよろしくの意味合いの握手であって! それ以上に! 深い意味は、ないっすから!!」
「そう? なら良いんだけど」
「良いとか言いつつ、俺を見定めるような目は止めてくれません!? ……独占欲も程々にしないとレイラ様に重いとか思われちゃいますよ!? 良いんすか!?」
ハッ! まだ、副作用がほんの少し残っている!?
昨日とか、今朝と比べると微々たるものだから気にならないレベルだけど。
フェリクス殿下は私の腰を引き寄せているけれど、まさか手を握ったくらいでここまで反応するとは……。
納得したように頷いていれば。
「いやいや、レイラ様!? 何気なく頷いてますが、慣れちゃダメっすよ! これは束縛っていうんです! 俺が言わなきゃ誰が言う──ひいっ!?」
「リアム?」
フェリクス殿下の顔は私には見えなかったけれど、リアム様が恐れ怯えていることだけは分かった。
副作用があるのなら、後で調べる必要があるかもしれないし、叔父様にその可能性がないかも聞いておく必要があるかもしれない。
内心そう決めていたら、悲痛な叫びが上がった。
「レイラ様! 感覚を麻痺させちゃダメですってば!」
「いや、普通のことだよね? うん、たぶん……うん」
「いやいや! 殿下。あんたも何自信なさげなんすか!」
賑やかなやり取りに私はホッと息をついていた。
良かった。本当に。
二人がこうして楽しそうにやり取りする姿をまた見られたことが、ただ嬉しかった。
リアム様はフェリクス殿下にとって大切な友人なのだから。




