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 この部屋から出さないと宣言され、私は昼間からフェリクス殿下に抱き潰された。中にもしっかりと出された。

 愛の言葉と、私に対する執着。切実な想いの果てに、次に目を覚ました瞬間、本当に動けなくなっていた。

 時刻は深夜。

 昼頃だったのに、気が付けば夜十時になっていた。

 明かりは消されているので真っ暗でフェリクス殿下がどこにいるかも分からない。

 体は清められ、ベッドも清められていたということは、色々と後始末をしてくれたのだ。

 私は夜着の胸元を押さえて、自分の体を確認した。

 赤い痣のようなもの。肌には無数のキスマークがついていた。

 体に満ちる魔力量はこれまでとは比べ物にはならない程に増えていた。

 今の魔力量は、魔力残量など気にせずに不思議の国を連発出来るくらい豊潤である。

 調子に乗るとすぐに枯渇する程、不思議の国は魔力を消費する。以前の戦闘でも主に魔力が足りなくて苦戦したようなものだ。


 だが、魔力量と反対に私の体力は枯渇しかけていた。


 まず身体中がギシギシして動けず、節々が痛み、特に腰や股などは酷い有様だった。

 引き攣れるような痛みでヒリヒリと痛み、私は起き上がること出来ないまま、ベッドの上で足を崩して座り込んでいた。

 確かに、部屋を出る気がしなくなった。

 本当に立てなくなったからだ。


「っ……いたた……」

 日常生活もままならないレベルにどうしたものかと悩む。

 ベッドから起き上がれなくて、もがいていてベッドから落ちそうになったところを支えてくれる手があった。

 昏い中でもそれが誰なのか分かる。どこに行っていたのだろうと思っていたら、執務室に仕事を取りに行っていたらしい。

 どうやら私がベッドの上で動けずに眠っている間は、ここで仕事をしていたらしい。

「レイラ、無理しないで」

 肩を掴まれてポスンとベッドに戻されて、毛布や上掛けまでかけられた。

「動けなくなったのは私のせいだけど、私はこれで満足している。今日はじっとしていて。欲しいものなら何でも持ってくるから。今、お腹が空いているなら、食べさせてあげるよ」

 そういって、持ってきてもらっていた食事がテーブルに置かれており、冷めないように保存魔術をかけられていた。

「立てない……です」

「そうだよね。だから、明日も立てないと思う。私たちが出る式典は最終日だけに変更になったから、これからレイラはなるべくここに居るんだ。これからはここで目覚めて、ここで過ごして、ここで寝る。本が欲しいならいくらでも持ってくるし、運動がしたいなら、隣の部屋を運動出来る空間にして、この部屋と繋げてしまおうか。不自由のない生活を過ごせるようにしてあげるから、安心して」

 動けない私を見て心底安心したような満足げな顔をしていることから、まだ副作用は続いていた。

 昼頃に使ったから明日の昼頃までこの副作用の効果は続くのだろうか?

 動けなくなった私の姿をうっとりと見下ろす彼はやはり異様に見えたし、若干病んでいた。

「オシャレを楽しみたいなら、好きな服を作らせるよ。いくつか持ってきた中から好きなものを選んで、ここで私に見せてくれたら嬉しいなぁ。社交も、私の傍から離れない条件を守れるなら連れて行くよ」

 話しぶりからカーニバルの間だけでなく、この監禁生活はそれ以後もずっと続くこと前提のようだった。

 フェリクス殿下のことだから、監視のための魔術も張り巡らされているのだろう。

 ふとフェリクス殿下が窓際に何かを置いていて、何かと目を凝らしてみる。


 暗くてよく分からないけれど、あれは鎖……?

 いや、手錠!



 今の私は動けないし、外に出る素振りもなかったけれど、もし刃向かっていれば、あの鎖や手錠を使われた可能性があるということだ。

 いや、もしかしたらここを離れる時に使っていたかもしれない。


 じっと見つめていれば、フェリクス殿下は今更ながらに私の視線の先に気付いたようで、照れたように笑った。

「執務室に仕事を取りに行った時、不安だったから使ってた。レイラの腕に傷が付かないように魔術で調整はしてある。重くもないし痛くもない。冷たくもないし、羽のように軽いよ。術式は厄介だったけど作ってみたら出来た」

 使ってた!?

 どうやら自分が少し席を外す際に手錠で拘束していたらしい。

 そんなの分からなかった。眠ってたから仕方ないとは言え……。

 それに、執務室ということは仕事を再開させようとしているのだろうか? 体は問題ないのだろうか?

 いやいや、待って。それも大事だけど、これはもう確実な監禁なんだけど、これから私はどうするべきなの? 思っていたよりも病んでいて私はかなり混乱していた。

 寝ている私が気付かない程なのだから、手錠の違和感は相当軽減されているらしい。

 そこまでする執念に私は見合っているだろうか。

 そこまでする程、私という存在は価値ある存在と言える?

 自分では分かるはずもない。

 というか、私だけここに置いておいて自分は外に出られるって、それはどうなの?

 まあ、私と違って、フェリクス殿下は部屋に閉じこもることの出来ない身分の方だけども。

 その不満の色が出たのか、フェリクス殿下は私を抱き締めると宥めるように声をかけてくる。

「レイラ。外は危険なんだ。どうしても外に出たいなら私が連れ出してあげるから。私と二人きりなら一時間くらい外出しても問題なさそうだ。レイラが欲しいものならすぐに用意するし、ここで執務が出来るように体制も整えるよ? 私が傍に居るのだから寂しくはないよね? それにね、部屋の掃除も綺麗にしてくれる魔道具があるんだ。レイラが快適に過ごせるように日々気を配るから」

「本気なのですね……殿下」

 ぽつりと力なく呟いた。

 本気で私をここに住まわせる計画なのだ。

 これは、副作用がなくなったら本当に戻るのだろうか?

「本気だ。本当は私もこの立場でなければレイラと二人きりでずっと蜜月を過ごしていたい」

 倒れたばかりの今日から仕事を再開させようとするくらいだ。

 フェリクス殿下は新薬の副作用が効いている最中も王太子という責任から逃れようとはしなかった。

 それでも私と二人、ここで閉じ篭もりたいのは本当のようで、悲愴な顔をしていた。

 ただ。

 腰を動かそうとしたところであらぬところが痛み、動けずに眉を顰めている私を見ると、その悲愴さは瞬く間に鳴りを潜めた。

「レイラが本当に動けなくなったとしても、一生世話をしてあげる。例えば足が動かなくなったとしても、抱き上げてどこへでも連れていくよ。ふふ、もちろん動けなくするために私が故意に怪我させたりはしないよ。ほんの少し考えたことがないと言ったら嘘になるけど、さすがにそこまではしない」


 発言が若干怖い。怖すぎる。

 これ、本当に明日回復するのだろうか?

 少し不安になったので提案してみる。

「あの……殿下? 叔父様に様子を見てもらいませんか? 私も話したいことがありますし……」

「行くなら私が直接行く。レイラは彼には会わせない。いくら家族といえど、男相手は許さない。先に言っておくけど、ハロルドにもノエルにもユーリにも会わせるつもりはないからね」

 にべもなかった。

 にも関わらず、不安が渦巻いている彼の表情を見てしまい、私は胸を突かれた。

 確かに普段よりも嫉妬深いように思っていたけれど、もしかしたら普段から不安を抱えていたのだろうか?

 フェリクス殿下はそういった面を必要以上に見せないようにしていたとか?

 叔父様相手でこの反応ということから、普段から私の身辺のことが気になって仕方なかったのかもしれない。


 だとしたら、私とクリムゾンの関係性について、彼はどれほど思い悩んでいたのだろうか?

 そんなことを今更ながらに考えてしまった。


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