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影に忍ぶ者のとある追想1

リアム目線です。

 童顔で年上には見えない、ちゃらんぽらん。

 だが、腕は立つ。

 リアムの今の評価はこんなところだ。

 昔から身を隠すことと空を駆けずり回ることが得意だった。

 フェリクスの護衛としての務めに、今のリアムは誇りを持っている。

 守るべきただ一人の主。揺るぎなき忠義。

 そこに至る切っ掛けは五年前、リアムが二十歳だった頃まで話が遡る。



 その日、リアムは忍んでいた。

 通気口から侵入し、ある豪奢な部屋の天井部分に位置する場所の僅かな隙間。

 その付近から目だけを出して、ターゲットを視認した。

 ──あんな子どもを殺せなんて。

 リアムの弟よりも年下の少年を殺すなんて、なんて残酷な命令なのかと先程から、躊躇している自分に気付く。

 ──だけど、少しでも成果を見せなければ。

 ターゲットを殺すか、リアムが死ぬか。

 二つに一つだと彼らは言っていた。

 手ぶらで帰ってしまえば、どうなるか。

 手をこまねいたり、躊躇している場合ではない。

 天井付近から身を隠し、音を消しながら部屋に侵入し、ターゲットの後ろに回り込み、首を刈り取ってしまえば良い。

 リアムの隠形魔術を見破れたものなど、今まで居ないのだから。

 魔術で音を消しながら、天井の格子を外そうとした瞬間だった。



「天井からそれ以上手を出すと、致命傷だよ」



 素っ気ない子どもの声が、無音の部屋に響き渡った。


 ──は? 嘘だろう? バレている?


 少年とリアムの視線は交差していた。

 確実にこちらの姿を認識しているとしか思えない。

 リアムを認識した上で話しかけているのだ。

 少年には戸惑いや驚きもない。

 キラキラと光る金髪に澄んだ蒼の瞳。

 こちらを無感動に見つめる理知的な瞳には、退屈そうな色すらあった。


「扉とこの部屋全体、防御系魔術で覆われていてね。それも重ねがけされている不可視の層が張り巡らされているんだ。少しでも触れると魔術が発動する」


 火傷、凍傷、麻痺。魔力の反射。それから精神錯乱。その他諸々の攻撃を受けることを淡々と聞かされる。

 机に置いていた本を伏せながら足を組み、無表情でつまらなさそうに冷笑する齢十の少年。

 これが王太子であるフェリクスとの出会いだった。


「普段だったら気絶させて牢屋直行なんだけど、お前となら話をしようかな?」


 綺麗に微笑む少年に抗えないものを感じたリアムは即座に隠形魔術を解いた。


「うん。今の一瞬で実力差が分かるなら、お前は大成するよ。そんな男が暗殺業なんて手を出しているのは勿体ないよね。魔術を解いてあるから、おいで。話をしよう」

 生殺与奪の権は握られている。

 フェリクスが魔術を発動させたら、リアムはすぐに死ぬだろう。

 王族の、それも次期国王のフェリクスを殺そうとした時点でもうリアムの未来は真っ暗だ。

 無言のまま、高価な絨毯の上に飛び降り、着地した。

 持っていたナイフは壁の隅に投げ捨てて、膝を折る。

「……フェリクス殿下。どうか俺を殺してくれ」

「それはまた物騒だね」

 椅子から立つとフェリクスは優雅に近付いてきて、跪くリアムを見下ろして、愉快そうに笑う。

「暗殺者の割に殺意が足りないね、お前は。私に対する慈悲と憐れみと動揺。そんな感情が渦巻いていて躊躇していた。刺客としては才能ないね」

 どうやらリアムに殺意がないから、話をしてみようと決めたようだった。

 ──話が通じそうな気配だ。なら……。

「殺すのが無理なら、牢屋にでもぶち込んでくれ」

 懇願するしかリアムには出来なかった。

 とにかく手ぶらで帰る訳には行かなかったからだ。

「……誰かに命令されているようだね。家族でも人質に取られたかな?」

「っ……!」

「ああ、当たり?」

 リアムの顔色を見て、フェリクスは見事に看破してみせた。

 口をパクパクさせて、とっさに伝えようとするも何も言えないリアムを見て、フェリクスはさらに察した。

「なるほど。契約魔術かな。誰が命令したのかは、術式の癖で特定するとして。お前も逆らえないようだね」

 フェリクスは机の中からナイフを取り出し、窓側にあった何かの液体が入ったビーカーを手に取った。


「あんた、何やって……」


 フェリクスは抜き身のナイフで自らの指を切り付け、流れ出す赤い液体を静かに見つめていた。

 おそらく痛んだのだろう。僅かに眉を顰めた仕草からそれが分かる。

 ポタリと落ちる血液を持っていたビーカーの液体に垂らしていく。

 無表情で淡々と行われるそれに戦慄する。


 目の前にいる少年がおよそ少年には見えなかった。

 式典などで時折目にした王太子は、爽やかで陽気な笑顔を振り撒いていたはずだ。

 間違っても、今みたいな冷めた目つきではない。

 戦いているリアムに気付いたのか、フェリクスはからかうような笑みを浮かべた。

「ここは私の私室だ。誰かに見せるための笑顔など必要ないからね。別にお前にどう思われても良いし」

 ビーカーの中の透明な液体は、血を垂らしたというのに色が全く変わらなかった。

 この時点で怪しい薬品としか思えなかったのに、フェリクスはリアムに向けてこのビーカーを差し出した。

「飲んで」

「は? いや、それ。血……」

「良いから」

 有無を言わさずビーカーの中身を飲ませられ、数秒後に異変が現れた。

「うっ……」

 異様な吐き気と倦怠感に襲われ、そのまま蹲る。

 ──毒!?

 暗殺されかかったのだから、ここで殺されても文句は言えなかった。

 もう、死ぬかもしれないと思ったが、思い切り咳き込んだ瞬間。

「ごほっ、……っげほ、うっ……」

 口から血の塊のようなものを吐き出したのだ。

 おどろおどろしく赤黒い血が絨毯に染みを作っていて、「これ、弁償したらいくらなのだろうか」とそんなことが気になった。

「さっき飲ませた薬と私の血がね、お前の体が異物と認識しているモノ──、つまりは契約術式を絡め取ったんだよ。今、吐き出したので全部だと思う。お前を人質に取った輩は、お前が死んだと誤認しただろうね」

 床に吐き出された血の塊をフェリクスは蒼白い炎でボオッと燃やすが、何故か絨毯だけは燃えなかった。

「で? 家族を人質に取られたんだよね?」

 契約術式に阻害されることもなくなったので素直に頷いた。

 母と弟が居ること、遠くにいる親戚の家からの帰宅が天気により遅くなり、深夜に裏取引の現場にたまたま居合わせたことから目を付けられたこと、母と弟が人質に取られていること。

 大体のことを白状させられた。

 命は助かったが、おそらくリアムは任務失敗で、このまま帰ることになれば……。

 フェリクスはリアムを観察していたが、ふいに何かを思いついたように手をポンっと叩いた。

「そうだ。お前をこのまま雇うことにしよう。裏社会に関わった者が、何事もなかったかのように生きるのは不可能だし。裏社会名簿っていうものがあるようだからね」

「は? 雇う?」

「私の護衛として拘束される代わりに、お前の家族に便宜を図る。何者にも手を出させない。そういう契約はどう?」

「……」

 この王太子は、自分を狙ってきた暗殺者を雇うと言い出した。

 どういう神経をしているのか、それとも心臓に毛が生えているのか。命知らずなのか。

「非常識だって、思う?」

 十歳とは思えない凄絶な笑顔。

 リアムの弟よりも年下の少年だというのに、彼の精神年齢は肉体年齢を遥かに凌駕していた。

「私は人の目を見ると、その者が信用するに値するか見分けることが出来るんだ。その点、お前は合格。私に殺意を向けなければいけないのに向けられなかった時点で信用出来る。それに恩を売れば働いてくれそうだ」

 十歳にしては尊大な態度でリアムを指差した。

 先程から年下に『お前』と連呼されていても、見下ろされていても何とも思わないどころか、相応しい態度のように思える。

 少年なのに。

「ふふ。自分では自覚していないだろうけど、君、年下に弱いんだよ。私に向ける視線を見てなんとなく分かった」

 フェリクスの二人称が『君』になり、少しだけ声も柔らかくなった。

 フェリクスは、口では使い勝手が良いやら、裏切らない相手は貴重だとか、いわゆる悪い笑みを浮かべて語っていたが、実際のところかなりの便宜を図ってくれた。

 端的に言うと、リアムの元雇い主──家族を人質に取って脅してきた輩の情報をどこからか手に入れ、彼とその仲間たちを裏社会から一掃した。

 ついでに裏社会に流出したリアムの情報などを隠蔽してくれた。


「フェリクス殿下。この度は──」

 お礼を言おうとしたが、彼は何も問題ないと言わんばかりに首を振って、書類を机の上にバサッと置いた。

「君のおかげで犯罪者の足取りが掴めて助かった」

 それだけ言って肩を竦めた。

「フェリクス殿下。俺は貴方に変わらぬ忠義をお約束いたします。此度の御恩、一生忘れることなく、貴方の影となり盾となる所存」

「硬っ苦しいなあ。もっと、チャラチャラしていても良いのに」

 ──チャラチャラ?

 とりあえず、口調から変えてみることにしよう。

 そう思って、フェリクスと二人きりの際はチャラそうな軽い言動を繰り返していたら、次第に二人の間で交わされる会話には遠慮がなくなっていった。

「リアム。君、当初と比べたら人格変わったって言われない?」

「あははっ。最初の頃の俺を知るのは殿下だけっすから、それはないですねー。それを言うなら殿下の外面の良さはもはや芸術っすよね。あれこそ、人格が変わってますって」

「褒められている気がしない」

「殿下、今はそれでも良いっすけど。好きな子には本音を見せてくださいね?自分にしか見せない本音というのに、女の子はキュンと来るらしいんすから」

 ちなみにリアムに恋愛経験はない。悲しいかな、モテたことがない。

「好きな人か……。うーん」

 フェリクスもピンと来ないようで仕切りに首を傾げていた。

 フェリクスに仕えてみて分かったのは、彼の外面が猫を被りすぎだということと、何をやらせても完璧で神童だということだ。

 完璧すぎて時たま不安になる程に。

 責任とか、しがらみとか、とにかく重圧に押し潰されることがないように、彼と二人の時は緩い雰囲気を心がけることにした。

 そういえば、リアムの一件もフェリクスが裏から手を回したり報復したりしていた。

 子どものうちから王家は何をさせているんだ。

 ──ある意味、何でも出来るフェリクス殿下だからこそ……なんだろうな。


 気になることは少々あるとはいえ。

 リアムを護衛として採用し、家族の安全を保証して、家族二人を養える仕送りを送れるくらいの給料も与えられ、あまつさえ手紙のやり取りすら許してくれたし、月に一度、実家に帰らせてくれる。

 裏社会に一度でも関わってしまったため、昔のように表の世界で生きるにはリスクがあったけれど、それはもう仕方ない。

 フェリクスのおかげで、真っ当な仕事につけたのだから、これ以上望むものはない。

 フェリクスの護衛としての毎日は悪くなかった。


 チャラい言動をやりすぎたせいか、忠誠を誓っていることを口にしても冗談に取られることが増えたのは誤算だったが。



 そんなフェリクスの元で働いて数年。


 十五になったフェリクスに運命の相手が現れた。

 彼女の名前はレイラ=ヴィヴィアンヌ嬢。


 包容力のある優しく可憐な令嬢で、時折影が差すような物憂げな雰囲気が堪らないという噂の美少女である。


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