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紅の魔術師の脚本

 カーニバル三日目早朝。

 所定の位置でクリムゾンは公爵に念話を入れることにした。

 カーニバルで盛り上がる街中。裏口の貧民街の目立たない通り。

 魔獣召喚陣を起動させ、番人は早朝五時に目覚めさせる計画だった。

 番人は、魔力移植実験と洗脳技術を駆使した生物兵器だ。公爵の発想は相変わらずエグい。


 少し離れた場所から起動するのを眺めていたクリムゾンは、その様子を見てあまりの愉快さに鼻で笑ってしまった。

 にやけつつも、声だけは必死さを装いながら、念話を入れる。

『公爵。被検体141に何をしたのです? 反応がおかしいのですが。遠くから見た限り、召喚陣を自ら破壊しようと──』

『はぁ!?』

 頭に響く聞き苦しい公爵の声に眉を顰めつつ、状況を報告した。

『簡単に言えば暴走しています。攻撃対象誤認、精神掌握率が低下中……! こちらから命令は不可能です。このままだと、一番大きな召喚陣が破壊されます! 公爵、貴方が調整を間違えてどうするんですか!?』

 前日にこっそり忍び込んで被検体141に細工をして、術式を滅茶苦茶にしたのはクリムゾンだったが、ここは悲壮感を装いつつ、少々錯乱気味に公爵をなじってみることにする。

『なっ……!? 知るか!』

『最後に部屋を後にしたのは、貴方ですよ!』

『お、お前がどうにかしろ!』


 そしてアビスがポツリと呟いた。

『これを言葉で表すなら、よくもぬけぬけと……とかどの口でそれを言う……辺りが最適ですね』

 ものすごくどうでも良い。


 攻撃対象を誤認し、召喚陣に魔術で攻撃を加え始める被検体141にクリムゾンは適当に相手をしてやる。

 いつもより少ない鎖の数で、ペシペシと攻撃を捌いてみることにする。

 時折、『うわぁっ!』というわざとらしい叫びを念話に混ぜつつ、報告する。


『他の召喚陣を壊すつもりかもしれません! なんということだ……! こんなの人間のやることじゃない!』

 絶望に打ちひしがれるような声を出しているが、攻撃対象を誤認をするように、昨日のうちに細工をしたのはクリムゾンである。

『ああ……我が主。なんてわざとらしいのでしょう。実は少し楽しんでませんか?』

 アビスの言葉は無視した。

 元々の被検体141は、他の作品とは一線を画した芸術品となるようにと公爵直々に調整したらしい。

 魔力はこれまでよりも潤沢で、身体能力や攻撃威力もこれまでよりずば抜けている。

 そのように調整された。

 もちろん洗脳済みなため、公爵の命令を忠実に聞く優秀な生き人形と言っても良い。

 だが、それも昨日までのお話。

 とにかく今の被検体141の精神には、命令形態すら残ってはおらず、魔獣召喚陣を破壊するという一つの行動パターンしか認識出来ない。

 つまりは、生きる武器。

 魔獣召喚陣の気配を求めて彷徨い、それを破壊するだけしか出来ない生物兵器に生まれ変わらせた。

 ある程度、破壊工作をさせて、しばらくしてから適当にクリムゾンが片付ければ良い。

 証拠さえ残らないのだから何をしても同じ。


『おまけに暴走しているのと、大きな魔力のせいでマトモに近付けません!』

 嘘だった。被検体141はこれまでのものよりも、さらに魔力量が増えているし、馬鹿力であったが、クリムゾンには敵わない。

 技量はこちらが圧倒的なのだから。

『ブレイン! どうにかならないのか!!』

 念話で怒鳴るのは止めて欲しい。

『何仰ってるのですか。どうにか出来るならしていますよ』

 一頻り喚いた公爵との連絡に辟易してきたが、ついにその一言を頂戴した。

『ブレイン! 命令だ! 被検体141の始末をしろ! なるべく早くやれ!!』

 クリムゾンはうっそりと笑いながら答えた。

『承知いたしました。最善を尽くしますので』

 最善を尽くす? これも使い勝手の良い言葉だ。

 そう。ようするに、クリムゾンはすぐに破壊するという約束はしなかった。

 141が破壊行動をある程度は黙認する振りをして、此度の戦いをどれだけ撹乱出来るか。

 表立った反抗が出来ないクリムゾンの、ありふれた脚本に過ぎないのだから。

 とりあえず、被検体141に追跡術式を埋め込み、準備は整えている。

 被検体141がゾンビのように揺らめき、ここの召喚陣を破壊していくのを目の前で見学しながら、クリムゾンは偽装工作として戦闘痕を付けていく。

 その隙に被検体が去っていったが、それをクリムゾンは無感情で見つめた。

「ついでに血を垂らしておきましょうか。ここと、ここと。あと、壁に」

 サバイバルナイフで指先を切って、流血させて血を流しておく。

 壁にも擦り付けておき、ついでに魔術で地面をへこませておいた。

「設定としては、暴走した被検体に苦戦しながらも逃げられ、戦い、魔獣召喚陣を時折守りつつ、怪我を負っているということで。本当は私も逃したくはないのですよ」

 クリムゾンは頑張っている振りを全力で演じるだけだ。

 ある程度は召喚陣を守らないと、クリムゾンに疑いを向けられるのだ。

『やはり楽しんでいませんかね?主』

「いやあ、被検体141が強力で参っちゃいますねえー」

『我が主。完全に棒読みです。それと、そろそろこちらに王太子の指示による騎士団が向かってくるところですよ。さっさとこの場所は離れないといけませんよ』

「後はお手並み拝見ですかね?」


 逃げ出した被検体141の残骸が、公爵へのお土産なのだ。

 魔獣召喚陣を守り、被検体141の攻撃から番人を守るために奔走する。

 聞こえはなかなかだ。公爵に顔向け出来るだけの仕事をしている。


 騎士団が魔獣召喚陣を破壊するかもしれないが、それはクリムゾンにとっては預かり知らぬことだし、そこは公爵の手腕なのだからクリムゾンは何も知らないし、関係ない。


「うーん。それよりも公爵が殺人鬼たちを解放してしまったせいで、そちらの方が問題ですよね。次から次へと退屈しませんね?愉快とは思いませんが」

 解放された中には、マリス=インパルスが居た。

 思わずチッと舌打ちしていれば、アビスに指摘される。

『主。落ち着いてください。いつ如何なる時も冷静沈着且つ紳士的に振る舞いなさい』

「ああ……。そうでしたね。うーん。まあ、あのマリスのことはフェリクス殿下もご存知でしょうし。丸投げしますか。きっと、どうにかするでしょう。俺たちは、ほんの少しだけ番人を倒す手伝いでもしますか。被検体141に戦わせれば、番人の体力と魔力を消費させることが出来るでしょうし」


 あの被検体が魔獣召喚陣を自ら壊そうとするなら、他の番人たちは必死になってそれを守るに違いない。

 ならば、邪魔者がお互いに潰し合うという訳で。

「とりあえず、ざまを見ろ公爵!ということで決着しましたね」

『我が主。心から楽しそうですね』


 あの男の計画を壊していくのは気分が良かった。

 これは、楽しいことに分類されるものだ。

 クリムゾンは、愉快そうに唇の端を上げるのだった。


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