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 祭壇の前にある蝋燭がゆらりと揺れる。

 この国の神には形がなく、偶像崇拝はされていない。

 大きな羽のようなものに水晶玉が護られているような像がシンボルとなっている。

 それの現身のような水晶玉に魔力を込めようとした矢先のことだった。


 私以外の者も異常事態に気付いたらしく、国王陛下とフェリクス殿下がアイコンタクトを交わしている。

 もしかしたら念話でもしているのかもしれない。周囲の人々はそれに気付かず、儀式は粛々と行われている。

 フェリクス殿下は私にチラリと目をやると、何事もなかったような顔をして念話を使った。

『近くの騎士団に何か異常があったようだ。これから私と陛下が念話で連絡を取って指示をする。儀式は中断せずに何事もなかったかのようにこのまま続行するよ』

 念話の消費魔力も最小限で教会の者は気付いていないようだ。

 私が目線で承諾の意を示すと、彼は私に向けていた視線を前方へ戻した。

 さも儀式に集中しているように見えるが、よく観察していると僅かに眉を上げたり、指先に力が込められたりと何かしらの反応があった。

 何かまずい事態なのが、よく分かった。


 ユーリ殿下も国王夫妻も何事もなさそうな顔をしていたが、おそらく指示を飛ばしているに違いない。

 王族とは、顔に出ないものなのか。

 これが、上に立つ者たちの姿。


 国王夫妻が魔術を奉納し、陛下の時の水晶玉は、赤と緑が混じったような色に光った。

 陛下の魔力は火属性と土属性だった。

 王妃様の魔力は、緑色。どうやら風属性のようだ。

 これは魔力によって色が変わる水晶なのだ。

 フェリクス殿下のは、青と赤。


 ならば私の魔力は、闇色をしているのだろうと思って、水晶玉に触れた瞬間だった。

「……!?」

 水晶玉の中から、透明な手のような何かが私の手をふんわりと包んだ。

 水晶玉の色は闇の色に染まっていたが、謎の手が私を掴んでいる。


 思わず周りを見渡して、驚愕した。


 フェリクス殿下も国王夫妻もユーリ殿下も、それから祭司が瞠目していたからだ。

 え? 何? これは。

 私の何かがまずかったの?


『上位精霊の手……か』


 ルナがぽつりと呟いた。


「これは……まさか文献に伝わる上位精霊の、ささやかなる干渉?」

 国王陛下がぽつりと呟いた時、司祭が膝を折った。

「精霊様……。慈悲深く神聖な無垢なるお方よ。この尊くめでたき日、宝具に坐しあそばされたこと、恐悦至極。我々、人間にその御手の温もりを頂けましたこと、その奇跡を感謝申し上げます!」

 この場合、どうすれば良いの?

 思わず立ち尽くしそうになった瞬間、ルナが小さな声でポツリと零す。

『神への忠誠を誓う体勢……。そのまま膝をついて、最敬礼をするのだ。今の上位精霊は、神の代理として光臨している』

 それから細かく教えてくれた。

 あれ? 正座? これって前世でいう、お座敷でする礼に似ている気がする。というか、同じ?

 細かく説明してくれた通りに、昔のマナー講座を思い出しながら、精霊に向けた最敬礼を取ると、髪をふわりと何かが撫でる気配がした。

 とにかくルナのおかげでその時、立ち尽くしてしまうことなく、場を繋ぐことが出来た。

 儀式が滞りなく終わるまで、フェリクス殿下は何も聞かなかった。

 それよりも外で何があったのか、そちらの方が気になる。上位精霊のこととか、色々と気になるけど、それはそれ。


 儀式が終わった瞬間、フェリクス殿下に腕を引かれ、馬車に乗り込む。

「あっ……レイラちゃん……!」

 王妃様が興味津々の顔で私の名前を呼んだけれど、フェリクス殿下はニッコリと笑いつつ、すぐに連れ出したのだ。


 馬車の中、二人きりになった瞬間、フェリクス殿下は切り出した。

「とっさにあの場を切り抜けるなんて、本当に頑張ったね。お疲れ様、レイラ」

 そう言って、私の髪を撫でながら何やら色々と聞きたそうな顔をしていたが、質問攻めにすることはなく、ゆっくり話を聞こうとしている。

「国王夫妻も驚いていたよ。上位精霊を目にしたこともだけど、レイラがとっさにした正しい振る舞いに内心舌を巻いていた。陛下は『よくやった息子よ、お前の見る目は正しい』とか念話でわざわざ仰っていたし。というか、母上が念話で今もうるさいし。なになに? 『自分だけ独り占めして、馬車の中でいやらしいことするんでしょ』? 仕事してください、と言っておくか」

 王族の人々は表面上、何事もないように見せながら念話を使いこなす。慣れもあるかもしれないけど、器用だと思った。

 相変わらずの王妃様の言葉に少し赤面していたら、フェリクス殿下が不思議そうに感心したようにポツリ。

「それにしても正しい作法をよく知っていたね。あの司祭もかなりパニックに陥っていて、最敬礼の種類を間違えていたのに。直接精霊と対峙する時は作法が変わるからね」

「ルナが咄嗟に対応を教えてくれたのです」

「そっか、ルナが……。それにしてもレイラが上位精霊に好かれていたとは。あの精霊たちは人前に姿を表すことがないと言われているから、長年の王家の記録でも十にも満たないくらいなんだ」

「確かに、上位精霊が、何故私を……。ルナは何か知っているの?」

『上の考えることは、よく分からぬ』

 そんな会社員みたいな台詞を。

『ただ、ご主人が、あのよく分からぬ好みを持つ上位精霊が好む魔力と魂を持っていることは確かだ。ほら、ノエルとかいうそなたの友人が言っただろう。魔力が甘い、と』

「私の魔力の味が甘い?」

 というか、魔力に味なんてあるのだろうか?

 思わず零すと、フェリクス殿下は何気ない口調で反応した。

「ああ。レイラと口付ける時、零れた魔力が伝わって来る時があるけど、そういう時は、甘くて柔らかな味がするようか気がした。味って言うとよく分からないけど。ふふ。なんて伝えたら良いのか分からない」

 とりあえず恥ずかしいことを言っているのはスルーすることにした。

「フェリクス殿下にとっては、私の魔力は甘い味がするのですね」

『一部の人間も、過敏な者はその特殊性に気付くことがある。上位精霊好みの魔力をご主人が持っているのは、私も初めて知ったがな』


 ルナにもあまりよく分かっていないことを伝えた後、フェリクス殿下に何の騒ぎだったのか聞いてみた。

 精霊のことも気になるが、私としてはこちらの方が気になっていたのだ。

 フェリクス殿下は、念話で騎士団に様々な指示を飛ばし、報告を聞いていたらしく、苦々しげに眉を顰めた。

「この忙しい時に、問題が発生した。私もこの後、働くことになるけれど。……精神病棟に閉じ込められていた犯罪者……それも社会復帰不可能とまで言われている危険な精神破綻者──つまりは錯乱した殺人鬼たちが何者かによって解放されたんだ」


 殺人鬼!?

 待って。精神病棟? 確かアビスが言っていた……薬か何かで錯乱した殺人鬼を一人、放り込んだとか何とか。

 それが解放された?

「誰がそんなことを!?」

「ノエルの情報と、騎士団の情報を鑑みるに、サンチェスター公爵の仕業かもしれない」

 もしかして。そうやって騒ぎを起こすことで、騎士団の戦力を削ぐつもりで?

 アビスが言っていた情報、以前大司祭を狙った殺人鬼が居るかもしれないことをフェリクス殿下に告げると、彼は目を大きく見開いた。


「まずいな……。あの切断魔術の使い手が相手になるのか」

「それも殺人衝動を抑え切れなくなるとも聞きました」

 アビスのことは口に出さない。出せない。

「レイラ。貴女はこの後、私の部屋から出ないように」

「はい。フェリクス殿下の気が散るようなことはしません。偵察はルナに一任します」


 三日目どころか、その前日で既に物騒な事件が起ころうとしている。

 カーニバルというめでたき日を穢そうとでもするみたいに。


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