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馬車で教会へ向かう間、冗談でも何でもなく、本当に作戦会議が行われた。
向かいに足を組んで座っているフェリクス殿下は、相変わらず優雅な佇まいで見惚れてしまう。
防音魔術をかけると、窓のカーテンは半分だけ閉めて早速切り出した。
「カーニバル三日目の明日に、魔獣召喚が行われるということだけど。こちらは騎士の配置や魔術師の配置も済ませてある。何ごともなければ明日は平穏に一日が終わると思うんだけど、レイラには明日私の部屋に居て欲しいんだ」
「リアム様も連れて行かれるということですね」
私の護衛を外すことで、少しでも戦力を増やすつもりだと、すぐに分かった。
フェリクス殿下の部屋に居るならば、護衛は必要ないだろうし。
「私は明日、部屋から出ません。部屋に居て出来ることをさせていただきます。契約精霊のルナに私の代わりをさせようと思います」
『ご主人の魔力も増えていることだしな。私も張り切って偵察をさせてもらうことにしよう』
最近、魔力が増えてきたので、ルナを戦闘要員として送り出すことが出来る。
ルナと私の視覚を共有させる魔術──すなわち、私がルナの目や耳を借りる。
ルナが見える景色や音を、部屋にいながらも感じることが出来る魔術。
消費魔力は多少大きくなるが、今の魔力量なら、前みたいに魔力切れを起こすこともなさそうなのだ。
「察しが良いね。リアムには久しぶりに私についてもらおうと思ってね」
「なんとなくです」
私はおそらく、フェリクス殿下の弱点だ。
そんな私はよっぽどのことがない限り、無茶をやらかしてはいけないのだ。
婚約前は自ら大鎌を振り回して大暴れしていたけれど、今ではそれも簡単に許される行動ではなくなっている。
自分の身を危険を晒すだけでなく、王族に嫁ぐなら穏便な方法を知っておかなければならない。
「ごめんね。窮屈な思いをさせている。私は結局のところ、我儘なんだ。こうなることも知っていて、私は貴女が欲しかったんだよ、レイラ。貴女が他の男のものになったら、きっと狂ってしまうと分かっている。本当はかなり不安定だ。そうは見せないようにしているだけで」
「フェリクス殿下。それは女冥利に尽きる言葉ですよ。そのようなお言葉を殿下に仰っていただけて喜ばない人はいません」
好きな人に求められることは、純粋に嬉しい。
お互いに見つめ合った後、二人で微笑んだ。
フェリクス殿下が安心したように笑うのを見ると、嬉しくなる。
少しでもこの人には安心を与えたいのだから。
「……話は戻るけど。各個撃破ということで、それぞれの番人を倒したら魔獣召喚陣も破壊ということで騎士たちに指示してある」
「お願いします。召喚されるまでに猶予がありますので、落ち着いて対処をお願いします。数はかなり多いですが」
「レイラが教えてくれた地点は、人目につかないところが多いし、五時台では騎士の見回りも行き届いていない。日々の巡回のルートや時間はランダムにしているんだけどね」
「おそらく、敵にその情報を掴まれているのだと思います。高位の貴族なら、知ることも容易くなるはずですから」
「厄介だなあ。それから、レイラ。もし何かあったら念話を入れる。ルナに魔力を送っていて魔術が使えなかった時は、レイラがつくってくれたこの連絡用魔具を使って」
「はい」
緊急用としてつくられた一対の指輪は今、お互いの指にはまっている。普段は手仕事が多いからと、ペンダントにして身につけているが、今日は式典ということで表に見えるように身につけていた。
その他細かいことを決めた後、フェリクス殿下は防音魔術を解くと、半分閉めていたカーテンを開けながら余計なことを言う。
「カーテンを全部閉めると、二人きりの男女が中でナニをやっているのかと追求されるからね」
「あの、フェリクス殿下。それくらい知っております。問題なのは、貴方がそれを私に言ってからかってくることだと思います! わざわざ言う意味!」
前世で言うセクハラに値しませんかね!?
フェリクス殿下は私の額に指を伸ばすと、トンっと眉間をつついた。
「かなり深刻な表情になってたからね。今日は皆に笑顔を振り撒かないと。明日のことを知っているのは、私たちだけなんだ」
どうやら、私の肩の力を抜かせようと気を使ってくれたらしい。
「そうですよね……。気をつけます」
「そろそろ大通りに出るから、レイラは皆に手を振っていて」
大通りは王家の馬車が通り、民衆たちがそれを眺めに集まっている。
いわゆるパレードのように道が開けられ、王族やその婚約者が通るのを眺めるのだ。
端ではこの国の国旗が掲げられ、馬車が通る間、その旗を順番に振り続ける。
前方に走る国王夫妻の馬車の後が私たちで、その後がユーリ殿下だ。
フェリクス殿下は見られることに慣れていた。
彼の姿を目にしただけで、出迎えていた人々は歓声を上げていて、それに手を笑顔で応えていた。
氷の魔術で小さな花をつくり、それを降らしたりと時折、遊び心もある。
窓から入り込んできた氷の花びらは軽く、手に乗せるとすぐに溶けてしまったが、氷なのに本当の花のように軽くて驚いた。
これはどういう風に造形したのか気になるが、私もここで黙ってジッとしている訳にはいかない。
エンターテイナーじゃないから特別なことは出来ないけれど。
そっと控えめに手を振って微笑んでみた。
前方の職人風の男たちが硬直した。
フェリクス殿下は笑顔を崩さずに、手を振りながら私に注意をした。なんて器用なのだろうか……!
「レイラ。あまり、微笑み過ぎるのも良くないよ?その控えめで、はにかむような恥ずかしそうな顔は正直そそるし、風に煽られて髪を押さえる仕草の一つ一つがもう扇情的ですらあるというのに、そんなレイラが可愛らしく微笑むなんて──」
『ご主人、無視だ無視』
どうしたら良いか分からないので、とりあえず出迎えてくれる方々に手を振ることにした。
「レイラ。ちょっと後で話し合おうか」
「フェリクス殿下は過保護だと思います」
教会についた後、私たちは祝詞と、司祭の話と、式典が順々に行われていくのだが、フェリクス殿下は私ばかりを気にしていた。
周りには取り繕っていたから、全然分からないと思うけれど、陰で王妃様辺りはニヤニヤしていたのでモロバレだった。
王妃様のオンオフの激しさには未だに慣れなかった。
「レイラ。前も言ったけど、水晶玉に込める魔力は最小限で良いよ。心を落ち着けて」
フェリクス殿下はこっそりアドバイスをくれた。
王族は教会で自分の魔力を奉納することになっているのだ。
荘厳な教会も本日はカーニバル仕様なのか、普段は出していないものが出してあったり。
この国の創世神話の絵画が普段のものに加えて、さらに増えているし、祭壇には色とりどりの果物や、魔力の込められた宝石が積み上げられていたりしている。
あと、奉納だけれども、水晶玉のようなものに魔力を注ぐのだろう。
『ん?ご主人、外が騒がしいぞ』
儀式が始まる直前に、ルナが何かを察知した。
『騎士団のようだ』
まさか、何か問題が起こったなんてことはないよね?
それはもしかしたら、予感のようなものだったのかもしれない。




